画像: カマシ・ワシントン/Becoming ビートインクから発売中 https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11408

カマシ・ワシントン/Becoming ビートインクから発売中
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11408

 4月22日(木曜日)、ヒューマントラストシネマ渋谷において、カマシ・ワシントン『Becoming』のハリウッド・ボウルにおけるライヴ・パフォーマンスが特別上映されるイベントが開催されることはすでにお伝えした通りだ。
https://online.stereosound.co.jp/_ct/17442186

 その特別上映に際して、online編集部は『Becoming』の録音に携わっている3人の録音エンジニアにインタビューを行なった。レコーディング・エンジニアのTony Austin、ミキシング・エンジニアのRandy Emata、そしてマスタリング・エンジニアのKevin Mooらのインタビューを通して、『Becoming』の底知れない音の魅力を感じてほしい。

Mr. Tony Austin(ドラム、パーカッション、レコーディング・エンジニア)

画像: 写真:Bob Broadhead

写真:Bob Broadhead

―あなたはこれまで様々なプロジェクトで録音エンジニアとして活躍されてきました。そんななかカマシ・ワシントン作品における録音エンジニアとしての仕事は、どのような関わりで実現したのですか。経緯を教えてください。
Tony Austin カマシと私は子供の頃から一緒に音楽を演奏してきました。ドラム以外に、子供の頃に磨いたスキルの大部分は、サウンド・エンジニアリング、レコーディング、プロデュースでした。 私はサークルで最初にコンピューターを使って音楽を録音する方法を学んだので、ドラムを演奏した多くのバンドを録音してきたのです。
 私はカマシの最初のメジャー作『The Epic』をレコーディングする際、エンジニアとしてきちんとした録音スタジオを使用するように勧めた一人でした。それ以来、私は彼のレコーディングのほとんどでカマシのサウンド・エンジニアを務めてきました。カマシと私は長い付き合いがあるため、スタジオで一緒に仕事をしています。とても効率的にコミュニケーションをとることができているのです。『Becoming』のスコアを録音するためスタジオ入りするときも、私がその役割を担うことは疑いようがありませんでした。

―アルバム『Becoming』は伝説的なLAの<Sunset Sound Studio>で収録されています。録音の際、特別に何か感じたことがあれば教えてください。
Tony Austin カリフォルニア州ハリウッドにある<Sunset Sound Studio>は、歴史的な録音スタジオです。 若い頃はドライブ中、ここでレコーディングすることを夢見ていたのを覚えています。 実際、私は<Sunset Sound Studio>で多くのセッションを録音してきました。スタジオには素晴らしいヴィンテージ・マイクが完備され、素晴らしいスタッフがいます。
 <Sunset Sound Studio> には3つの素晴らしいスタジオがあり、『Becoming』のために私たちは「スタジオ2」を使用しました。「スタジオ2」には整備の行き届いたNeve 8088コンソールがあり、『Becoming』のレコーディングで使用しています。「スタジオ2」には抜きん出たスタジオと録音ブースが整い、カマシのスコアを記録するのに最適な環境でした。

画像: 写真:Kayla Reefer

写真:Kayla Reefer

―ドラマー、パーカッション奏者からの視点で見ると、<Sunset Sound Studio>はどんなスタジオですか。
Tony Austin <Sunset Sound Studio>には多くの歴史が刻まれています。 このスタジオで数々のヒット・レコードが録音されてきました。 プリンスは80年代「スタジオ3」に住み、多くの伝説的なレコーディングを行なっています。
 ミュージシャンとしてスタジオに入ると、すぐに壁にスタジオの歴史を感じることができます。<Sunset Sound Studio>のすべてのスタジオは隅々まで調整が行き届き、素晴らしい音がします。 私は通常、大きなスタジオでドラムを録音しているのです。 各スタジオには空間を制御・コントロールするための可動バッフルが用意されているので、響きが多めの音、タイトで親密な音を記録することが可能です。こうしたコントロールは、ドラムやパーカッションの録音に特に役立ちます。 <Sunset Sound Studio>では常に素晴らしいドラムの音が録れるので、歴史的なレコーディングが行なわれ、ミュージシャンから支持されてきたのだと感じます。

―アルバム『Becoming』の録音エンジニアリングで留意した点を教えてください。バンド・メンバーによる演奏は一発録音でしょうか、それとも楽器ごとに個別に録音されたのですか。
Tony Austin すべてを段階的に録音しました。最初にリズム・セクション、ベース、ドラム、ピアノ、ギターを録音し、 B3オルガンをオーヴァーダビングしました。リズム・セクションを録音した後、ホーンと木管楽器をオーヴァーダビングし、その後、別のセッションでストリングス・セクションを録音しています。
 スタジオでは多くのセッションが同時進行していたので、私たちはリアルタイムで数多くのミュージシャンにスタジオに入ってもらい、次のセッションでは出てもらうといった段取りが必要でした。<Sunset Sound Studio>ではすべてのセッションが収録できず、ホーム・スタジオですべてのパーカッションをオーヴァーダビングしなければなりませんでした。
 『Becoming』の録音において私が最も注意を払ったのは、すべてを良い音で記録することは別として、録音の段取りをスムーズに行なうことでした。サウンド・エンジニアの役割は、録音することだけではありません。限られた時間、クライアントの予算でいかに効率的に録音ができるのかということを、トータルで考えたうえで、管理・計画しなければなりません。それを実行するため、休憩したりリラックスする余裕はありませんでした。休憩時間は、次のプランニングを想定し、次のセッションの準備をしていたのです。すべてのセッションを時間通りに開始する必要がありました。ミュージシャンがスタジオに入って、セットアップを待たずにすぐにセッションが始められることを最優先に考えていたのです。

―録音はスケジュールの関係から、数日間で行なわれたそうですね。録音時、特に印象に残っていることがあれば教えてください。
Tony Austin レコーディングを開始したとき、カマシのバンドと私は2週間のツアーから戻ったばかりでした。私たちは空港からスタジオに直行しました。 再びツアーに出たので、すべてを録音するのに数日間しかありませんでした。映画製作者は作品の編集をまだ完全に終えていなかったので、ほとんどの音楽は代替ヴァージョンも録音する必要があったのです。ツアー中は何も再録音できないので、カマシは編集を完成させる間、映画製作者に彼の音楽を最大限柔軟に提供したいと考えていました。
<Sunset Sound Studio>での収録の後、カマシと私は自分のスタジオに移動しました。 私たちは48時間寝ずに、パーカッションのオーヴァーダブとラフ・ミックスを行ないました。 繰り返しになりますが、時間的余裕は本当にありませんでした。すべての作業が終わり、荷物をまとめて空港に到着するまで1時間しかなかったのです。それから、1カ月半のツアーが始まりました。

―あなたが録音エンジニアとして、常に意識していることは何ですか。
Tony Austin 同じアーティストであっても、セッションごとにアプローチを変えるようにしていることでしょうか。 私は各レコーディング・セッションを完全に新しいプロジェクトとして見るように最善を尽くしているのです。 自分のやり方にとらわれたくありません。 柔軟性を保ち、自発性をサポートし、スタジオで起こる創造的な魔法にのることを心がけています。 パフォーマーとして、私は最高の魔法の音楽の瞬間が予想外に起こることを知っているのです。 サウンド・エンジニアとして、私は常にこれらの予期しない瞬間に備え、それらをサポートするために最善を尽くしています。

画像: 写真:Visual_Thought

写真:Visual_Thought

―『Becoming』は後日、ハリウッド・ボウルにおいて、無観客ライヴが行なわれています。その際、印象に残っていることがあれば教えてください。
Tony Austin カマシ・バンドの大半もアルバムと同じメンバーが集まり、長年お互いを知っている仲間ばかりでした。 参加メンバーは幼い頃からほとんどが知り合いです。私たちは皆、兄弟姉妹のように互いに関係しているのです。 コロナ・パンデミックにより、私たちの多くは6カ月近くお互いに会っていませんでした。大半の参加メンバーはほぼ6カ月間、他のミュージシャンと音楽を演奏していません。家族のような存在のメンバーと一緒に再び音楽を演奏することは本当にエキサイティングでした。
 当初はハリウッド・ボウルの10,000席の空席を前にステージで演奏するのに少しためらいましたが、その迷いはすぐに消えたのです。 参加メンバー同士が交わり始めると、それはまるで家族の再会のように感じたのです。 私は音楽を演奏し、兄と妹と再会できたことに大喜びしました。

―最後に日本のリスナー向けにコメントをいただけますと幸いです。
Tony Austin 日本は、私が演奏し訪れる最も好きな場所のひとつです。 そこで演奏するのがとても恋しく、この音楽を日本のオーディエンスのためにライヴで演奏するのが待ちきれません! 日本の友人やファンが長年にわたって私たちと私たちの音楽を楽しんでくれたことに心から感謝し、できるだけ早く日本に行けることを楽しみにしています。

Mr. Randy Emata(キーボード、ミキシング・エンジニア)

画像: 写真:Fred Morledge

写真:Fred Morledge

―『Becoming』でカマシ・ワシントンの録音ミキサーとして関わることになった経緯を教えてください。
Randy Emata カマシのドラマー兼トラッキング・エンジニアであるトニー・オースティンが私にその仕事を勧めてくれたのです。私はトニーを10年近く知っています。 私たちの共通の友人であるサラ・ワッサーマンが私たちを紹介してくれました。 それ以来、私たちはお互いに音楽仲間の一員なのです。

―『Becoming』は伝説的なLAの<Sunset Sound Studio>で収録されています。ミックス作業の際、特別に何か感じたことはありますか?
Randy Emata 私は実際のところ、収録現場には立ち会っていませんでした。ハード・ディスク・ドライブを手渡され、私のロフト・スタジオでプロジェクトをミックスしたのです。ミックスを更新すると確認のため、MP3をカマシに送信していました。彼はツアーの予定が重なっていたので、それが私たちにできる唯一の方法でした。

―キーボード奏者としても活躍されているあなたから見ると、<Sunset Sound Studio>はどんなスタジオですか?
Randy Emata 実際にそこで働いたことはありませんが、他の大規模なスタジオでの経験から、必要なものがすべて揃っていると想像できました。

画像: Randy Emata Studio 写真:Randy Emata

Randy Emata Studio 写真:Randy Emata

―普段はどんな鍵盤楽器を使っているのですか。
Randy Emata 私自身、ほとんどのクラシック、スタインウェイとヤマハのグランドピアノ、ハモンドB3とレスリー122、88キーローズ、Wurlitzer 200-A、クラビネットD6、ヤマハDX-7、Studio Electronics SE-1(再開発されたクラシック・モデル)を所有しています。私が所有している唯一の最新キーボードはYamaha MotifX F7です。
 火曜日の夜のギグで演奏することが私のモチベーションを維持し高めてくれています。私はノースハリウッドのフェデラルで10年近く演奏しています。 私をスタジオから連れ出してくれるのです。また、R&Bの伝説的人物であるエリック・ベネットのために、Tortured Soul(ディレクション、作曲、プロデュースも兼任)というグループと一緒にツアーを行なっています。

―あなたがミキシング・エンジニアとして、常に意識していることは何ですか。
Randy Emata ミキシング・エンジニアとして私がいつも心に留めているのは、クライアントが満足していることを確認することです。彼らが何を求めているのかを理解し、それらの期待を超えようとしているのです。私は音楽をクリーンで理解しやすく、インパクトのあるものにするためにできる限りのことをします。それはときにパフォーマンスを調整することを意味する場合もありますが、その場合は常にクライアントの許可を得ています。

―録音はスケジュールの関係から、数日間で行なわれたそうですね。ミキシングの際、特に印象に残っていることがあれば教えてください。
Randy Emata 私が覚えているのは、締め切りを考えると、信じられないほど速く作業したことだけでした。どこからともなくミックスを提示するので、人々は私をオーディオ忍者と呼んでいます! すべてのミュージシャンが一流だったのはいいことでした。そうでなければ、それはとても困難だったでしょう。 みんな素晴らしい演奏なので、私の仕事はずっと楽になりました。

―『Becoming』はProToolsの96kHz/24ビット・フォーマットで録音されたのですか?
Randy Emata アーカイブ・ドライブを確認したところ、96kHz/24ビットで録音およびミキシング作業を行なっていました。

―録音エンジニアのトニー・オースティンとは事前に打ち合せをされましたか?
Randy Emata トニーと私は文字通り町を飛び出してツアーに出たので、話す機会がありませんでした。私はカマシの素晴らしいマネージャー、バンチと連絡を取りました。彼女がすべてを調整してくれたのです。 曲がワン・テイクで完成したかどうかはわかりませんが、必要なものだけを提供してくれました。 様々なリード・サックスのオプションを含んだ複数のヴァージョンがあったことを思い出します。

画像: ハリウッド・ボウルにてカマシ・ワシントンと一緒に 写真:Randy Emata

ハリウッド・ボウルにてカマシ・ワシントンと一緒に 写真:Randy Emata

―『Becoming』のミキシング作業において、留意されたことを教えてください。
Randy Emata サウンドトラックのミキシングには注意が必要です。聞き手を惹き付けるいっぽうで、ストーリーの妨げにならないことを常に意識する必要があるからです。パンチの効いたものが欲しくなることもありましたが、カマシも私も、暖かくて居心地のいいものに仕上げるように作業を続けました。暖炉のある素敵な図書館にいるような素振りで取り組んでいたのです。

―『Becoming』の聞きどころは、どこにあるとお考えですか。
Randy Emata 聞き手はカマシにより完璧に作られた曲(作詞・作曲)に耳を傾ける必要があります! 彼はミシェル・オバマが彼女の話をするための基盤を作ったのです。 私の仕事はそれを作品としてまとめ、時間通りに、実際には早く届けることでした!

―最後に日本のリスナー向けにコメントをいただけますと幸いです。
Randy Emata 日本が大好きです! 私の心の中には日出ずる国、日本に特別な場所があるのです。19歳のときの最初のツアーは日本でした。私はLimbomaniacsというバンドのキーボーディストを探していて、日本で過ごした経験があります。 私は日本の規律に感銘を受け、それは私のキャリアに大きな影響を与えました。   
 2017年にロナルド・ブルーナーJr.ツアーの音楽監督として戻ったとき、ベーシストで親友のマット・テイラーは、私の労働倫理の起源にすぐに気づきました。 ステージ・クルーが組織的で直感的なのを見たとき、彼は「今、君がそのノウハウをどこで習得したのか知っているよ!」と叫んだのです。

Mr. Kevin Moo(マスタリング・エンジニア)

画像: 写真:Kevin Moo

写真:Kevin Moo

―あなたがマスタリング・プロセスで常に意識していることは何ですか。
Kevin Moo 何よりもレコーディングに対するアーティストの意図を心に留めています。ミキシング・エンジニアと彼らの音の方向性を尊重するように最善を尽くしています。

―あなたはこれまでもカマシ・ワシントンのアルバムをマスタリングされています。アルバム『Becoming』のマスタリング・プロセスにおいて留意されたことは何ですか。
Kevin Moo 『Becoming』は以前のカマシのアルバムに比べて、ダイナミックレンジを意識してマスタリングを施しています。カマシ本人から、本作の音創りを従来のアルバムより柔らかい音にしたいと聞いていたのです。イコライザーのAvedis E27 と Electrodyne 511のペアを駆使して、100%アナログ・プロセスで音調整を行ないました。

―『Becoming』は伝説的なLAの<Sunset Sound Studio>で収録されています。音源素材を聞かれて、特別に何かを感じたことはありますか。
Kevin Moo すぐに驚くべき音だと感じました。特にホーン・セクションとカマシのサックスの録り音は素晴らしいものでした。

画像: Cosmic Zoo 写真:Edrina Martinez

Cosmic Zoo 写真:Edrina Martinez

―あなたのマスタリング・スタジオ<Cosmic Zoo>で徹底していることは何ですか。
Kevin Moo 私のスタジオは壁一面に音響処理を施しているため、リスニング・ポジションはとてもデッド(=音の響きが少な目)になっています。スタジオは賑やかなロサンゼルスの通り(グレンデール大通り)が見下ろせる環境なので、通りの音を常に聞くことができます。採光がいいのも利点です。

―マスタリング・スタジオにはラージとスモールのモニター・スピーカーが常設されていますが、どのように使い分けているのですか?
Kevin Moo 現在はFocal CMSサブウーファーとFocal Trio6 Beスピーカーのペアでモニターをしています。最近はこれらに加え、Sony MDR-7506ヘッドフォンを交互に使用してマスタリング作業を行なっています。

―『Becoming』のマスタリングおいて、特に意識されたことは何ですか?
Kevin Moo ドキュメンタリーのテーマを踏まえ、すべての曲において瑞々しさと可憐な高音域の艶を意識してマスタリングに取り組みました。決して耳触りにならないよう、アルバムを通して温かみのある音を心がけています。さらにホーン・セクション、オルガン、ドラム・セットから発生しがちな固有音や共鳴に注力し、必要に応じて音調整を施しました。

画像: Low End Theoryパフォーマンス 写真:Coley Brown

Low End Theoryパフォーマンス 写真:Coley Brown

―マスタリング・エンジニアという視点から、『Becoming』の聞きどころはどこにあると思いますか。
Kevin Moo 本作のマスタリング・プロセスにおいて、私の仕事の大半は音を標準化することでした。コンプレッサーやリミッターを施している点はあまり目立たないはずです。多少の音の歪み感はありますが、2020年にリリースされた他のアルバムと比べるとほんの僅かだと思います。

―最後に日本のリスナーへ向けて、メッセージをいただけますか。
Kevin Moo 東京は世界のなかでもお気に入りの都市の一つです。再訪するのが待ちきれません。

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