台湾のヘッドホン・イヤホンブランド「 oBravo(オーブラボー)」をご存じだろうか。独自開発のハイルドライバーユニットにこだわり、60万円を超えるヘッドホン・イヤホンをラインナップするなど、異彩を放つ新興ブランドだ。一方で知る人ぞ知る名ブランドとして、熱狂的なファンから熱い支持を集め続けているという。
そんなオーブラボーだが、ブランドヒストリーや開発者の素顔など、いまだ多くがヴェールに包まれている。何より、なぜヘッドホンやイヤホンに60万円を超えるモデルがあるのか、筆者自身も気になって仕方がない。今回、ポータブルオーディオの一大イベント「ヘッドフォン祭」に合わせて、同ブランド創業者が来日するとの情報を聞きつけ直撃取材を敢行した。それでは、孤高のブランド、オーブラボーの秘密に迫ってみよう。
ビジネスのプロが「音楽」をテーマに起業した
オーブラボーは、2006年にデビッド・テン(David Teng)氏によって台湾で設立されたオーディオメーカー「Stymax International」のヘッドホン・イヤホンブランドで、少数精鋭のチームによって運営されている。デビット氏は同社を設立する前に、大手日本企業の台湾支社にて2年、そして台湾の大手IT系企業にて13年ほどICコンポーネンツの開発に従事し、ここで、ビジネスやインダストリアルのマネジメントを体得したそうだ。その後、自身の生涯を掛けて取り組める事業の起業を決意して独立した。
なぜ、オーディオなのか? その理由を「どんな人でも、音楽の話になると、途端にみんな生き生きとした顔になるからです」と話してくれた。幼少より常に音楽に親しみ、自身にとって必要不可欠な存在であった「音楽」をビジネステーマにすることは、氏にとって必然の成り行きだったのだろう。
デビッドさんを起業に踏み切らせたのは、ハイルドライバーとの出会いだったという。オーディオ好きの方ならご存じの通り、ハイルドライバー(オーブラボーでは、エアー・モーション ・トランスフォーメーションと呼ぶ)とは、蛇腹状に折り畳まれた振動板から圧縮した空気を勢いよく飛ばすことで、立ち上がりに優れた音が得られるスピーカーユニットである。
ドイツのスピーカーメーカーELACの「JETトゥイーター」や、プロ用モニタースピーカーメーカーADAMのトゥイーターに採用されていることでもお馴染みで、俊敏かつ透明感の高い高域描写にファンも多い。かくいう筆者も、自身のオリジナル・リファレンス・スピーカーのユニットに、TAKE-T社のハイルドライバー型スーパーツイーターを採用している。
そんなハイルドライバーの音色に魅せられたデビッド氏は、前職を退職し同ドライバーを搭載したスピーカーの開発に着手する。数年に及ぶ研究期間を経て、2005年にハイルドライバー型ツイーターを搭載した小型2ウェイスピーカーを完成させ、本国を中心に販売を行った。そして、その技術をそのままヘッドホンに活用したのが、2012年に発表したオーブラボーの記念すべき初代モデル「HAMT-1」なのである。
ハイルドライバーへのこだわりとは?
デビッド氏になぜハイルドライバーにこだわるのか、疑問をぶつけてみた。「すべては、音楽を聴いたときに楽しいか、楽しくないか、ということです。我々が目指すのは、音楽を楽しく聴けるサウンドです。そのためには、超高域の表現力を欠かすことは出来ません」と返ってきた。
超高域成分は、人間の高域可聴限界である20kHzを超える周波数領域の音だ。生楽器や自然界の音に多く含まれる。昨今では、「ハイレゾ」という形で注目されて久しいそれら領域の再現性こそが、豊かな音楽再生にとって必要不可欠かつ最も重要な要素の一つだとデビット氏は説く。
「ハイファイな再生システムにとって重要なのは、充分な高域の伸びです。実際に、ハイエンドオーディオにおけるスピーカーシステムには、20kHzを遙かに超える周波数をカバーするユニットの搭載が欠かせません。我々のユニットも、40kHz以上をカバーしており、充分な高域の伸びと豊かな音の余韻を確保し、深みある音楽再生を実現しています」。
つまり、オーブラボーは、まさにハイエンドスピーカーで得られる音楽再生の充実感を、ヘッドホンやイヤホンで実現しようとしているのだ。事実、オーブラボー製品は、すべてハイルドライバーとダイナミックドライバーを組み合わせた2ウェイ構成となっており、これは、デビッドさんがこれまで開発してきた2ウェイスピーカーのユニット構成にほかならない。
そして、気になっていた価格について尋ねると、素材や質感に妥協していない点もあるが、やはり「この2ウェイハイルドライバーユニットが高価」なのだそうだ。
まるでスピーカー。声はきめ細かく、楽器の余韻は美しく響く
オーブラボーは一体どんな音を聴かせてくれるのだろうか? 実際に試聴させてもらった。まずはオーバーヘッド型の「HAMT-1」(¥276,000+税)から。オーブラボーブランドの第一弾製品であり、ドイツのオーディオ雑誌では、プレーナー型ユニットを搭載したメジャーメーカーのハイエンドモデルを抑えて、高い評価を獲得しているモデルでもある。手に取ってみると、イエローパインの無垢材が使われた美しいハウジングがなんとも印象的だ。精悍なメタリックフレームと、手触りの良いファブリック素材のイヤーパッドとヘッドパッドが、モノとしての存在感を一段と高めている。
早速本機をアステル&ケルン「A&ultima SP1000」に繋いで試聴してみる。そのサウンドは、まさにスピーカーから奏でられる音そのものだ。ハイルドライバーから直接耳に届く、ダイナミックかつストレスのない高域表現が、なんとも麗しいのだ。ヴァイオリンの擦弦やチェンバロ弦が弾かれる様が、実に瑞々しく流麗である。そして、ヴォーカルソースがこの上なく美しい。マスターテープからほぼダイレクトにDSDレコーディングされた太田裕美『心が風邪をひいた日』から「木綿のハンカチーフのCDリッピング音源を聴いてみると、それがよく分かる。
まず、冒頭のクリーントーンのエレキギターやドラムのハイハットが、輝かしくもキレの良い音色で迫ってくる。続いて歌い出すヴォーカルは、滑らかかつ独特の温もりを帯びており、瑞々しい美声でもって真っ直ぐと耳に響いてくる。この高い鮮度と躍動感に満ち溢れるサウンドは、まさにオーブラボーでしか味わえない快感だ。とにかくきめが細やかで、饒舌なのである。高価なのもうなずけるクォリティと言えよう。
続いて、インナーイヤー型から、8mmサイズのダイナミック型とハイルドライバーを搭載した木製一体型「eamt-4w」(木製ハウジング+木製フェイスモデル、¥290,000+税)を試聴する。
こちらは、オーバーヘッド型の「HAMT-1」とは対照的で、コンパクトなモデルとなる。より手軽なサイズで楽しむことを目的に開発され、小型化に腐心したシリーズという。内部のドライバー部を見せて貰ったが、小指の爪ほどに極小化されたミニチュアサイズのハイルドライバーが搭載されていた。試聴すると、「HAMT-1」で楽しむことが出来た鮮度の高い中高域描写が、本機でもしっかりと実現されていることに驚かされる。また、木製筐体ならではの響きも美しい。楽器の余韻に美しい響きが乗り、独自の柔らかさを獲得しているのだ。
なお、オーブラボーの製品は、同ブランドサイトからの直販が主流だという。ただし、一部のモデルがフジヤエービック、e☆イヤホンなどのヘッドホン・イヤホン専門店に置いてあり、試聴も可能だそうだ。「じっくりサウンドを聴いていただければ、我々の製品の良さを分かっていただけるはずです。今後はオーディオ専門店にも販路を広げて、試聴できる場を増やしたいですね。このインタビューを見て興味を持ってくれたお店があったら、ぜひお問い合わせください(笑)※」。
デビッド氏を取材して強く感じたのは、何よりもその強い信念とほとばしる情熱だった。「子供の頃に聴いた音楽の感動を再現したい。音ではなく、“音楽”とは何かを問い続けたい」。そんな理想を、こだわりの手法で貫き続けるブランドこそがオーブラボーなのである。孤高のサウンドを、ぜひとも皆さん自身の耳で味わって欲しい。