演奏家の思いから生まれたサラウンドフォーマット

弊社月刊HiVi2018年2月号で開催した「HiViグランプリ2017」で技術特別賞に輝いた「Auro-3D」(オーロ3D)。デノンのAVアンプ「AVC-X8500H」といった製品群がバージョンアップでAuro-3Dのデコードに対応することが発表され、いちやく注目を集めている。そんなAuro-3Dが誕生したベルギー、ギャラクシースタジオを麻倉怜士さんが表敬訪問。そこで目にしたAuro-3Dの魅力についてお話いただいた。(編集部)

画像1: 演奏家の思いから生まれたサラウンドフォーマット

 昨年末から、日本メーカーのAVセンターにもAuro-3D対応モデルが登場しています。皆さんご存知のように、Auro-3Dはヴィルフリート・ヴァン・ベーレンさんとギャラクシースタジオが開発したイマーシブ・サラウンドフォーマットです。

 私は2年前の本連載でヴィルフリートさんにインタビューをしました。これはおそらく日本のメディアとして初だったと思いますが、お会いしたときから、彼の人間性、行動力に深く感銘を受け、100年の知己のように感じていました。ヴィルフリートさんはものすごくフレンドリーで、ジェントルで、情熱的でした。インタビューでも、いかに彼が心を込めてAuro-3Dを作ったかということが、よく伝わってきました。

 その際に、彼はもともと音楽家で、そこから録音技術に興味を持ち、サラウンドに目覚めていったという話を聞きました。自分が求めていく自然な音を再現するためには、垂直方向の情報をもったサラウンドが必要だというところから、Auro-3Dを開発したそうです。

 自分が演奏で伝えたいこと、あるいは音楽として聴きたいことを実現するにはどうしたらいいのかを、テクニカルな側面からではなく、音楽的な思いから欲して生み出されたフォーマットなのです。その意味でもヴィルフリートさんのパーソナリティや経歴が、Auro-3Dというフォーマットに結実しているという印象を強く受けました。

画像: ギャラクシースタジオの創始者、ヴィルフリート・ヴァン・ベーレンさん

ギャラクシースタジオの創始者、ヴィルフリート・ヴァン・ベーレンさん

 そのインタビュー時に、彼が経営しているギャラクシースタジオについても話があり、たいへん興味を惹かれました。それ以来、彼がこだわり抜いて作り上げたスタジオを訪問し、Auro-3Dの秘密を知りたいとずっと思っていました。

 現在のイマーシブサラウンドというと、ドルビーアトモス、DTS:X、Auro-3Dになるわけですが、Auro-3Dは遅れて登場したということもあり、なかなか認知が進んでいません。でも個人的には今、もっとも注目のフォーマットだと思いますし、国内AVセンターへの普及が進む今年に、Auro-3Dとはどんな出自で、どんなところで誕生したのかを報告するにはいいタイミングだと思っていました。

画像: 巨大なギャラクシースタジオのエントランス

巨大なギャラクシースタジオのエントランス

 そんな折、今年1月のCESでヴィルフリートさんと再会し、ギャラクシースタジオに招待されたんです。そこで4月に欧州に行く予定があるとお返事したところ、ぜひおいで下さいということになり、今回の取材が実現しました。

 4月の予定は、9日(現地時間、以下同)からフランスのカンヌでのMIPTV(フランス最大のテレビコンテンツ展示会)、その後19日からイタリア・ローマでIFAのGPC(グローバル・プレス・カンファレンス)取材というものでした。

画像2: 演奏家の思いから生まれたサラウンドフォーマット

 当初はカンヌに行く前にベルギーに立ち寄り、ギャラクシースタジオにお邪魔させてもらおうと考えていました。でもここで事故が発生。欧州ではいわゆるシェンゲン領域(アイルランド、イタリア、ドイツ、ベルギー、他)に出かける場合、パスポートの有効期限が3ヵ月以上残っていないと駄目なんです。

 うっかりしていたのですが、今回私のパスポートの有効期限が3ヵ月を切っていたました。大急ぎでパスポートを更新しましたが、日程的にMIPTVに参加するのがぎりぎりで、その前にベルギーに行くことは叶いませんでした。

 しかし幸いなことに、IFAのローマ取材の方は市内観光をするつもりで、2日前の17日のチケットを押さえていたのです。IFAの会議は19日からですから、なんとか時間は取れる。結局、一旦ローマに入り、そこから一泊二日でベルギー取材というタイトなスケジュールになりましたが、またとない機会でしたので、お邪魔させてもらうことにしました。実に奇跡的なことです。

画像: ギャラクシースタジオで収録した作品群の一部

ギャラクシースタジオで収録した作品群の一部

画像: 麻倉さんを歓迎してピアノを一曲演奏してくれた

麻倉さんを歓迎してピアノを一曲演奏してくれた

ポルシェのカーオーディオシステムにも搭載

 ギャラクシースタジオは空港から高速道路で1時間ほど走ったモルという街にあります。高速道路が少ないこともあり、渋滞がかなりひどいようですね。15日にはヴィルフリートさんが自ら迎えに来てくれましたが、なんとポルシェのパナメーラに乗ってきたんです。これには驚きました。

 Auro-3Dは映画や音楽などの家庭でのイマーシブ再生という枠を超えて、モバイル、スマホといった利用にも活用範囲を広げています。そのひとつのターゲットが車で、2016年にポルシェと提携しパナメーラにAuro-3Dのシステムが搭載されたそうです。さらに昨年の秋には新型カイエンにも採用されています。

 システムとしては21基のスピーカー+サブウーファーという構成で、サラウンド再生等に関するソフトウェアはAuro-3Dが受け持ち、アンプ等のハードウェアはブルメスターの機材が使われています。ベルギーとドイツのテクノロジーの融合ですね(編集部注:日本国内で発売されているパナメーラ、新型カイエンにも、Burmesterハイエンド3Dサラウンドシステムとして搭載されています)。

画像1: ポルシェのカーオーディオシステムにも搭載

 ここでのAuro-3Dはサラウンドシステム全体の呼称で、その中に様々なサブシステム、アルゴリズムがあります。そのひとつが「オーロマティック」で、モノーラルやステレオの音源を3Dサラウンドにアップミックスする技術です。

 パラメーラの場合、左右のドアにあるふたつのスピーカーに加えて、Aピラー部分にハイト用スピーカーを2基搭載しているそうです。このスピーカーを使って音を再生するわけです。

 取材時に、FMラジオやDBR(衛星ラジオ放送)の2chステレオ音源を使い、ストレート再生とオーロマティックで拡張した音を聴き比べさせてもらいましたが、これが大違い! 車がコンサートホールに変わったんです。

画像: ポルシェのパナメーラや新型カイエンには、Auro-3D機能を搭載したカーオーディオシステムが採用されている、現地でカイエンとともに記念写真

ポルシェのパナメーラや新型カイエンには、Auro-3D機能を搭載したカーオーディオシステムが採用されている、現地でカイエンとともに記念写真

画像: ポルシェのヘッドユニット上のイマーシブオーディオコントロール用画面。Auro-3Dの効果がわかりやすく表示されている

ポルシェのヘッドユニット上のイマーシブオーディオコントロール用画面。Auro-3Dの効果がわかりやすく表示されている

 オリジナルのステレオ再生では音が貧弱で、薄味のオーケストラなのですが、オーロマティックを入れると音場が奥に広がり、たいへん深みが出てきます。さらに音質そのものも、元々の情報量や音調の方向性はそのままに、もっと豊かで芳醇な音に変化しました。

 もともとの2chで聴いているときは全体が貧弱なので、こちらの脳内で音を補完しているような気分になっていましたが、オーロマティックを入れると、そういった後付けも必要ない、リッチでナチュラルな音場と音質が得られました。

画像2: ポルシェのカーオーディオシステムにも搭載

 これまでのAuro-3Dはサラウンドのための技術といったイメージでしたが、オーロマティックはプロセッシングによるアップミックス処理で、Auro-3Dテクノロジーとしてはこういったノウハウも既に完成されていたわけです。

 アップミックスとしては、オーロマティックの他に「オーロスペース」もあり、こちらはトップスピーカーがなくても使える方式だそうです。残念ながら今回は試聴できませんでしたが、トップスピーカーがないぶん3D効果は減少するでしょう。しかし、オーロスペースでも結構な効果があるとヴィルフリートさんは説明してくれました。

画像: Auro-3Dでは、ベーシックな9.1chやフロントトップを加えた10.1chなどのスピーカー配置が提案されている

Auro-3Dでは、ベーシックな9.1chやフロントトップを加えた10.1chなどのスピーカー配置が提案されている

画像: スピーカーの高さは、ベースチャンネルを耳の高さを基準(0度)にして上下15度の範囲とし、ハイトスピーカーは30度プラスマイナス15度の範囲に置く

スピーカーの高さは、ベースチャンネルを耳の高さを基準(0度)にして上下15度の範囲とし、ハイトスピーカーは30度プラスマイナス15度の範囲に置く

 国内で販売されているAuro-3D対応AVアンプにもオーロマッティック機能は搭載されており、ステレオ音源をイマーシブサウンドで楽しむことができます。その意味でもAuro-3Dの強い武器になると実感しました。

※後編に続く(5月29日公開予定)

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