9月6日グラングリーン大阪に開業した文化装置VS.(ブイエス)のオープニングエキシビションとして、日本を代表するアーティストの真鍋大度による新作個展「Continuum Resonance(コンティナム・レゾナンス):連続する共鳴」が開催されている。取材班は現地を訪れ、最新のインスタレーションの世界を体験。合計34台のプロジェクター、41台のスピーカーシステムを融合し、VS.の4つの空間にオーディオビジュアルによる共鳴空間を作り出した真鍋大度氏に今回の個展のコンセプトなどをうかがった。
――音楽と映像が共存することで起こる化学反応が面白いと意識したきっかけはありますか?
真鍋大度(以下・真鍋) 原体験はビデオゲームです。アメリカに住んでいた頃、小学校1年生の時にATARI(注1)のゲームをプレイして衝撃を受けました。その後、小学校高学年の頃には自作の音楽ゲームのようなものを制作していました。
――「Continuum Resonance」の構想はいつ頃芽生えたのですか?
構想から設置におよぶ過程における変化、構想からスタジオにおける制作期間、そして実際にVS.で設置を始めてから作品に変化はありましたか? もし変化したとしたらどのような点でしょうか? 私自身、VS.で「Continuum Resonance」を鑑賞し、高品位な音質と音圧に非日常感を覚え、スタジオで制作されていた音と、この空間で再生される音は別物になるような気がしたのです。最終的に(凄まじい)このサウンドシステムをどのように制御したのかを教えていただけますか。
真鍋 「Continuum Resonance」は、空間の反響を含めて作品にするという構想を当初から持っていました。そのため、作曲の段階から反響を考慮して制作を進めていました。
しかし、実際に会場に設置してみると、空間の反響やサブウーファーの存在感により、音の印象が大きく変わりました。そのため、会場での設置後に実際に音を鳴らしながら細かな調整を行ないました。当初の音源は音数が多すぎた箇所もあり、本番では音数を減らしている曲もあります。
最終的なサウンドシステムの制御には、イースタンサウンドファクトリーの佐藤さんのサポートを得ました。スピーカーのディレイ調整により体感的な空間のサイズを拡大したり、その他の細かな調整を行なうことで、豊かな音像を作り上げることができました。これらの調整により、スタジオでの制作時とは異なる、会場空間に最適化された音響体験を実現できたと考えています。
――チーフエグゼクティブプロデューサーの野村さんとの出会いやエピソードを教えてください。
真鍋 野村さんとの出会いは2009年、梅北1期のオープニング時にさかのぼります。それ以来のお付き合いで、VS.の立ち上げやコンセプト設計の段階から関わらせていただきました。
今回の展示で最も重要だったのは、都市の在り方を変革するような特別な空間がアーティストに提供されたことです。これにより、新しい開発要素を融合しながら、様々な革新的な試みを実現することができました。
このような壮大なプロジェクトは、通常の展示機能のみの美術館では実現が難しいものです。VS.のようなメディア表現に適した装置と機材、そして専門的なスタッフの存在があって初めて可能になりました。
これは東京ではなく、大阪だからこそ実現できたプロジェクトだと考えています。さらに、野村さんのようにリスクを恐れず、むしろ楽しむような姿勢の方がいなければ、実現は困難だったでしょう。
――ポリノーズのアイデアはこれまでの真鍋さんの活動で温めてきたものの発展形でしょうか? それともまったく新しいアイデアになりますか?
真鍋 PolyNodes(ポリノーズ)の原型となるアイデアは、数学科時代にヤニス・クセナキス(注2)の本を読んだ頃に生まれました。しかし、当時は実装するスキルがなかったため、漠然としたアイデアにとどまっていました。
実際に動くプロトタイプを作ったのは、IAMAS(情報科学芸術大学院大学)という美術学校の課題として赤松正行先生(注3)が出題した「2.5次元音楽を作る」というテーマに取り組んだ時です。その際、確率論を用いて空間を構成する辺を分割し、頂点間を移動するオブジェクトから音が鳴るシンセサイザーを作成しました。3次元の立体図形の構造を利用したオーディオビジュアルシンセとしては最初のプロトタイプとなり、8チャンネルの空間音響を用いました。
この最初のプロトタイプは約22年前のものです。それ以来、アイデアを進化させてきましたが、今回のプロジェクトではシナン・ボケソイ(注4)とのコラボレーションが大きな力となり、さらなる発展を遂げることができました。
したがって、PolyNodesは長年温めてきたアイデアの発展形であり、同時に新しい要素も加えられた作品だと言えます。
――音と映像の先行性は作品のキャラクターによって異なると思うのですが、「Continuum Resonance」においてはどちらのイメージが先行したのでしょうか? また、それはどのような時にイメージが湧くのですか?
真鍋 「Continuum Resonance」において、音と映像の間にヒエラルキーをつけないことが目標の一つでした。しかし、私が作品を制作する際、時間軸を扱う表現としては音の方が解像度も構成も作品体験に大きな影響を与えるため、どうしても音の構造や展開を重視する傾向があります。
作品の尺などの具体的な要素は、実際に現場に入って体験してから決定していきます。さらに、お客様が入場した初日の様子を見て変更を加えることもあり、フレキシブルに対応しています。
イメージが湧くタイミングについては具体的に言及されていませんが、制作プロセス全体を通じて、特に実際の空間での体験や観客の反応を見ながら、作品のイメージを形成し洗練させていくようです。
――「Sensing Streams-invisible, inaudible」(注5)は2014年に札幌国際芸術祭 において制作・発表され、その後、東京、広島、カンジュ、北京、香港、成都など国内外の美術館やアートフェスティバルで展示されていますが、これらの作品では人間が日常的に知覚することのできない「電磁波」を感知し可視・可聴化したものと認識しています。
今回の作品「Continuum Resonance」では来場者の動きを感知されていますが、それによりどのような効果を作品にもたらせているのですか?
「Sensing Streams」での感知と「Continuum Resonance」での感知は異なる技術なのですか?私は真鍋さんが坂本龍一さんと創り上げた「Sensing Streams」はインスタレーション作品の最高傑作だと思っています。だからこそ両者の感知技術の違いについて知りたいのです。
真鍋 はい、「Sensing Streams」では目に見えない、耳に聞こえない情報、電磁波を扱っています。streamsというように常に意識しなくても流れているものをあえて意識してもらうためにこの見えない、聞こえないデータの可視化可聴化を行なっています。
一方で「Continuum Resonance」では鑑賞者の立ち位置がPolyNodesのパラメーターに影響を与える要素となっています。直接的に音が反応する、例えば動くと音がなるというようなものではなく、システムの振る舞いに影響を与えるようなもので、対応関係は直感的ではありません。仕組みを理解した上で耳をすませば人の動きが音の生成に影響を与えていることが理解できると思いますが、理解せずとも絶えず変化する音響空間を楽しんでもらえたらと思います。
――インスタレーションの満足度を高めるためにサウンドシステムに求めるものは何ですか? StudioAで作品を鑑賞していると、低周波の海にさまざまな低周波の波が押し寄せては引いていく感じを覚えます。そして、天から降り注ぐ音に包まれるレイヤーも感じました。真鍋さんの作品はサブソニック帯域の使い方が特に鍵になっているように感じますが、ご自身サブウーファーの使い方にどのような考えをお持ちですか?
テクニカルなポイントなので、話せる範囲で教えていただけますと幸いです。
真鍋 元々IAMAS学生時代には建築と音響、身体と音響のようなことをモチーフに作品を作っていました。例えば古民家の固有振動数を見つけて、それに合わせて巨大な振動子を揺らして家を丸ごとスピーカーにしてライブをするというようなこともやっていました。身体で言うと振動子を埋め込んだ椅子や手で持つスピーカー、着るスピーカーなど様々なものを開発し、作品を作りました。
簡単に言うと低音が建物や身体に与える影響を利用した作曲をやっていたのですが、今やっていることはその延長にあると思います。今ではサブウーファーを効果的に鳴らすためのプラグインやシンセもたくさんありますし、様々な手法があると思いますが根本にあるのは低音が持つエネルギーをどの程度継続させるかという問題ですね。適切な種は数と音量を使えば、本能的にこの音は何か生命維持に影響があるのでは、ということを錯覚させるくらいのことが出来ると思っています。
今回の展示は、子供も遊びにきますし、あまり長く大きな音で低音をきかせすぎると気持ち悪くなってしまうのでむずかしいところですが、そのギリギリを狙っています。
――音響面ではイースタンサウンドファクトリーとのコラボが多い印象ですが、彼らの設計するサウンドシステムの優位性はどこにあるとお考えですか? 特に気に入っているポイントがあればお聞かせください。
真鍋 サウンドシステムは今や単なるハードウェアの問題ではありません。最も重要なのは、空間に最適化された音を実現するためのキャリブレーションです。イースタンサウンドファクトリーの佐藤博康さんにこの部分を任せられることが、最大の利点だと考えています。
展示空間は時に反響の大きな場所や特殊な環境であることがあり、スタジオやシアターの音響設計とは異なる対応が必要です。また、ドルビーアトモスなどとは異なる独自の空間音響システムを求める場合もあります。そういった様々なシチュエーションで、私がイメージする音をハードウェアのセレクションからキャリブレーションまで頼れて、かつ忠実に再現してくれる彼らの技術力は非常に頼もしいですね。
――近年の映画や音楽作品がドルビーアトモスを筆頭に音響の立体化が進んでいますが、その信号処理技術をどのように捉えていらっしゃいますか? 映像と立体音響を共存させている映画に影響を受けることはありますか?
真鍋 正直なところ、映画やライブ映像の立体音響は主にリアルな再現を目指しているため、技術的な凄さは感じますが、個人的には面白さを感じることは少ないですね。
私が影響を受けたのは、むしろブライアン・イーノ(注6)やマックス・クーパー(注7)のような、積極的に空間音響を作曲に活用するアプローチです。さらに遡れば、クセナキスの考え方にも影響を受けました。彼は音を単なる時間軸上の現象としてだけでなく、空間的な要素として捉え、視覚的、触覚的な体験と融合させる試みをしていました。
――今回の個展で真鍋さんが来場者に一番感じて欲しい、伝えたいものは何ですか?
真鍋 難しいことは考えずに最高の音響と映像の体験をしにきてください。
注1
ATARIは1972年、アメリカで創業されたビデオゲームを作ることを主眼に創立された世界初のメーカー。1979年~1992年までホームコンピューターを販売していた。
注2
ヤニス・クセナキス(1922~2001)はルーマニア出身の現代音楽家/建築家。1948年、建築家ル・コルビュジェに弟子入り。数学の理論を用いることで電子音楽や管弦楽曲を多数生み出した。
注3
赤松正行(1961~)はメディア作家。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了、 博士(美術)。インタラクティヴな音楽や映像作品を制作、近年はモビリティとリアリティをテーマにテクノロジーが人と社会へ及ぼす影響を制作を通して考察している。
注4
シナン・ボケソイはアーティスト/コンポーザー。イスタンブールの音楽店で働き始め、テレビやポップ・ミュージックの作曲を行なう。ヤニス・クセナキスの作曲を学ぶためにパリを訪れ、プラグイン開発者になった。
注5
「Sensing Streams-invisible, inaudible」は2014年に「札幌国際芸術祭 2014」で制作・発表され、電磁波を検知し可視・可聴化した坂本龍一と真鍋大度の初のコラボレーション作品。その後、2015年に東京(新国立美術館)、2016 年に広島(旧日本銀行広島支店)、2018年にカンジュ(Asia Culture Center 光州)、2021年に北京(M WOODS 北京)、2022年に香港(Hong Kong Design Institute 香港)、2023年に成都(M WOODS 成都)、東京(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]) の計8ケ所に招聘展示されている。第18回文化庁メディア芸術祭アート部門で、優秀賞を受賞。
注6
ブライアン・イーノ(1948~)はイギリス出身の音楽プロデューサー。ロキシー・ミュージックのオリジナル・メンバーとして活動を開始。以後、デヴィッド・ボウイ、トーキング・ヘッズ、U2などのプロデューサーとして広く知られることに。 ウィンドウズの起動音も作曲。ゲイリー・ハスウィット監督による彼のドキュメンタリー映画『Eno』が米英で2024年公開された。
注7
マックス・クーパー(1980~)はイギリス出身の サウンド/ヴィジュアル・アーティスト。 計算生物学の博士号を持つ。 先頃日本に来日し、音と映像によるライヴを開催したばかり。