2022年9月、ゼンハイザー社の傘下にあるノイマンからSRユースで活用できるマイクロフォンがリリースされた。「MCM(Miniature Crip Mic System)」と呼ばれるもので、各種クランプを使い、小型の本体とクランプを組み合わせながら使うマイクである。筆者がこの情報を聞きつけてすぐさまアプローチしたことは言うまでもない。日本に到着したばかりのデモ機をお借りし、筆者が赴く現場に持ち込んで既存のマイクロフォンとの比較や新しいアプローチなど、さまざまな試用をおこなった。

 

NEUMANNとSR事情

 筆者はSRを通じて長年音響という業務に携わってきたが、ノイマン(NEUMANN)製マイクと筆者との関わりについて、今回の実機リポートをする前に少し触れておきたい。

 ノイマンという名やそれが著名なマイクロフォンメーカーであり、また、名機といわれるものが多く存在することは、音響に興味を持ち始めた頃から知ってはいた。SRを生業にするようになってからもマイクに関する話題は変わらずに見聞きしたものだが、そのほとんどがレコーディングに関わるものであって、自身(SR)の現場で使われている例を見かけることはほとんどなかった。またその理由も当時は不明なまま。先輩らに聞いたのは、まずマイク自体が高価なものであること、また、SRのように時間に追われる現場では、録音スタジオらしく機材を丁寧に扱えないこと。そうしたことが理由の主であった。

 その後、現場チーフを任されるようになると、社外のエンジニアとも交流ができはじめるが、ここでも彼らから取得できる意見にほぼ変わりはなかった。そして折しもバンドブームと呼ばれる1980年代と重なってくるのだが、日本にマルチウェイ再生における位相制御へと着目したスピーカーシステムが上陸し、スピーカーから見れば最も上流にあたる音の入り口まで、見直すべき事態となった。その時、やっと再会したといえるのがノイマン製のマイクロフォンであった。

 「再会」と何故言ったのかそれには理由がある。つまり旧来のサウンドシステムやこれまで使ってきた手法では、ノイマン製に限らず各々のマイクロフォン本来の姿が見えていなかったと言っても過言ではないからだ。評価が完全に逆転するマイクロフォンも存在したほどである。

 冒頭にも話したように、音源の入口での出来事は後々まで深く影響を与えるため、この発見は自身のSRへの認識を変える転換期にもなった。

 

画像3: NEUMANN MCM(ミニチュア・クリップ・マイク)SR現場におけるピアノとストリングスへのアプローチを徹底分析【PROSOUND REVIEW】

1)デモ機として届けていただいたマイク本体と付属品。これらを2セット預かった。

画像4: NEUMANN MCM(ミニチュア・クリップ・マイク)SR現場におけるピアノとストリングスへのアプローチを徹底分析【PROSOUND REVIEW】

2)マイクケースの内部はウレタンでしっかり区分けされ、すべてのパーツがしっかりはまり込む。多少の振動くらいではびくともしないところは持ち運びが多くなるSRでも安心だ。マイクとアダプタが基本セットになるため、クリップの用意は必須

 

1)カプセルをよく見ると無駄を一切排除したつくりに好感が持てる。ウインドウスクリーンも付属する。

2)クリップ「MC8」に装着された「KK14」マイクカプセル。グースネックを掴む様子が見て取れる。同じ受け口がすべてのクリップの最適な位置に取り付けられ、ネックの掴み位置を工夫すれば、多くのバリエーションを実現できるだろう。

3)マイクから伸びるケーブルを最終的に接続するXLR端子の出力段「MCM100」。適度な重みがあり、設置時に座りが良い。カラーは艷消しの黒色で上品な仕上げだ。

4)マイク側と「MCM100」のコネクター部。高い工作精度で、装着感がスムースで気持ちもキリッと引き締まる。

5)各種クリップ。どのモデルも安全かつ楽器に優しいつくりが特徴。楽器に対して尊敬の念を抱きながら設計されたであろう印象を受ける。

 

 

ピアノのマイクアレンジ

 昨年9月にノイマンから登場した「MCM」システムは、細いグースネックの先端にカプセルが装備されたスタイルで、使用目的によってオプションで用意されたクリップを装着して使う。前号でもお知らせしたとおり、現在は9種類のクリップがある。クリップそれぞれにグースネックを受け取るための溝を切った受け口があり、ネック長の範囲内で取り付け位置を微調整しながら楽器への最適なアクセスを行なう。

 今回の試用では、アコースティックピアノを中心に、バイオリンとビオラへ使うことにした。

 筆者はピアノを収音する場合、メインマイクとして低域用と高域用を2本、さらに低域の補助用にピックアップを1本。以上3本で収音することが多く、可能な限りピアノの蓋は全開とする。周囲の楽器の音の回り込みを避けるため、ドラムキットをピアノから最も遠くへ離すなど、物理的解決を限界まで施し、ステージ上でできる限りの楽器配置に協力を仰いだ上でライヴに臨む。蓋を開ける理由として、閉じた場合にはそれに比例して音が詰まり、伸びやかさを失うためである。また、舞台上でバンドメンバー全員がピアノの音を聞こえるようにすることは容易ではなく、蓋を開けることで自然音でのモニタリングにも期待するものである。

 もちろん、音響からのリクエストが優先できる場合ばかりではなく、状況に応じてアクリル板の設置や、ピックアップマイクの増設などで対応を進めている。

 ピアノへのマイクアレンジは筆者の場合、写真のように鍵盤側を背にした方向にダイヤフラムを向けるのが常である。これはエンジニアが10人いれば10通りのマイクアレンジが存在して然るべきであり、このスタイルもある一例に過ぎないことを断わっておきたい。

 今回「MCM」を試用した催しは2種類あり、一方は小編成になる場合が多いジャズや弾き語り系の生楽器が主になるといったもの。他方はドラムキットあり、さらにエレキベースやエレキギターありといった電気楽器とのアンサンブルを行なうポップス系で、編成が比較的大がかりなものである。ここで種明かしをひとつ先にしておくと、上記どちらのアンサンブル編成の場合も、マイクアレンジと蓋を全開で使うという使用条件は同じとした。マイクへの回り込みがミックスへ与える結果が良否どちらに転ぶかも不明であり、何より筆者自身が知りたかったからでもある。

 ちなみにハードウェアの使用環境としては96kHzサンプリングのシステムを使い、デジタルコンソールでSRミックスを行なった場合と、48kHzサンプリングのコンソールで、SRとは別に各楽器を個別に立ち上げる方法で配信ミックスを行なった2パターンとがある。いずれの場合も舞台上のアナログ回線を近接した場所に設置したステージボックスにマイクを入力、そこから変換してネットワーク回線を通じてコンソールに引き込んだパターンである。オペレーションはすべて筆者が行なった。

 

1)ピアノ用マグネットホルダー「MC8」に取り付けたセッティング。「MC8」の底面にはマグネットがあり、自立可能な磁力を持つ。

2)ピアノフレームの背に乗せても不安定さなく自立する。

3)マイクカプセル本体から伸びたケーブルの先端。この日はピアノの内部でXLR接続を行なった。XLR端子とのジョイントはスクリュー方式のため抜け落ちは皆無。スポンジを敷いて養生している

 

 

ピアノ収音後の実感

 まずマイクロフォンの基本性能の高さとして第一に挙げておきたいことは、フィードバックマージンが大きいことである。これには驚いた。どこまでフェーダーを上げてもフィードバックせず、心配をせずミックスに専念できたことは初めての体験と言える。過去、常にフィードバックと闘ってきたので驚いてしまった。

 次にサウンドの存在感が大きかったこと。音像や音場を専有するという意味ではなく、コントロールブースからステージ配置を見たままの自然さでピアノが客席に出現し、フェーダー位置との違和感がない。とにかくスムースにピアノが拡声されている。肝心の音質だが、重厚でキャラクターというものを感じない。強いていうなら腰が落ち着いた重量感を持つといったところか。おそらくは周波数特性が自然で、特に低域はスムースに低域端まで緩やかにロールオフしていると感じる。ピアノにマイクを設置したポジションから見える音風景を正確かつ雑味を入れずにトレースしているかのようで、ピュアそのもの。驚きの仕上りだ。全体の音質傾向はピラミッド型で、前述したように高域にかけ実にスムースで、イコライジングの必要などまったく感じない。それが必要になる時は、アンサンブルなど別の要因が絡んだ時になるのだろうが、それさえしたくないと感じるナチュラルかつ高い明瞭度だ。

 ステージ配置は、ピアノが下手、すぐ上手隣にドラムキット、そしてエレキベースおよびエレキギターといった、ピアノにとってなかなか手強い配置であった。さらに全員がコーラスを行ない、センターにはヴォーカリストがいる。ハウスミックスはピアノが小さな音でもアンサンブルに潜らせない工夫が必要だが、それよりも難しいと感じたのは、メンバー全員へのピアノのモニタリングである。最終的に良い結果を出した方法は、モニター用にハウス用の「MCM」を流用せず、モニタリング専用マイクとして、別のマイクを1本立てたことだ。この手法により、まったく滞りなくリハーサルを収められた。モニタリング用マイクは敢えてナローにイコライジングを施し、ワイドレンジをねらわなかったことである。楽器の生音に近いサウンドが良いのかと思いがちだが、ステージ上でプレーヤーが聴きたい音は別に存在する場合があると教訓を得た。

 

配信での制御

 バイオリン属に「MCM」を使った配信の場合は上記のピアノと少々違ったアプローチが必要となった。この時はバイオリン2名(一方はビオラとの持ち替えあり)およびピアノの3人編成で、配信用として個別に立ち上げてミックスを行なっている。

 バイオリン用のクリップを装着してもらい、普段使っているマイクと同じポジションに「MCM」を設置する。これでミックスを行なってみたが、弾き手と聴き手が感じるギャップを感じたので、イコライジングとリバーブの付加によって演者から聴き手までの距離感を確保することにした。高域をLPFで適度に丸めるが、リバーブを付加した際に空気感ともいえる実在感を失わないよう注意を払った。「MCM」のピックアップ能力は秀逸で、余すところなくバイオリンの近接音をワイドレンジかつノーキャラクターで掴んでくる。「MCM」があれば、いかようにも料理できると感じた。

1)マイクカプセルをブリッジ脇の低音弦寄りに設置。クリップは片手で着脱が可能で、楽器への取付け圧力は良好。熟考された印象を受ける。演者も違和感なく装着していた。

2)バイオリンに取り付けた例。クリップ「MC1」のグースネックの取り付け位置を調整しながらプレーヤーの邪魔にならない最適なポジションを探す。

3)弦属などに適した「MC1」等のクリップは注射噐を押すようにして開口させる。

 

また使いたくなる音質と操作性

 今回のデモで感じたことは、後発リリースのマイクだけに、さまざまな部分に工夫がいき届いていること。まずマイク本体と送り出しケーブルはジョイント部分がスクリュー式となっていて、抜け落ちの懸念は皆無だ。さらにマイク部分が重くならないよう、ケーブルやコネクターは細手のデバイスを使い、楽器に取り付けた際の負担をできる限り軽減している。

 プレーヤーは普段弾いている楽器にマイクなど異物を取り付けた場合、たとえわずかな質量であっても違和感を感じる。特にバイオリン属やフルートなど手持ちが基本の軽量楽器では顕著である。充分に気を遣う必要があり、演者本人に確認しながらの使用が必須だが、「MCM」では、クランプで使われる材質の質量を含めて見事にクリアしている。マイクからのケーブルの長さもよく考えられており、不足を感じることはなかった。SR現場のことを熟知した上で周辺機器が考えられているところはまさに秀逸、こうした研究され熟考された仕様のひとつひとつが「またこのマイクを使いたい」と思わせる。長きに渡り、スタジオで現場の声を聞いてきたメーカーならではと感心した次第だ。

 あまりに出来が良いマイクに喜びの声を上げているが、我儘レベルで気付いた点を2点だけ知らせておきたい。まずマイクヘッドから伸びるケーブルだが、細手で扱いが容易なものの、ケーブル自体の取り回しがさらにスムースなものを検討してほしい。癖がつきにくく程良く伸長できるものであれば長く使うにあたって切断の不安が大幅に少なくなる。またピアノ用のマグネットホルダーの「MC8」だが、外径がほぼ正方形で底面にマグネットがある。長方形としたうえで複数の辺にマグネットを用意するよう改善されれば、マイクアレンジはさらに自在さを獲得でき、セッティングを急いでいるときなども役立ちそうだ。また、ピアノに使った時にアレンジによってはケーブル処理が面倒だと感じる場合がある。垂れ下がったケーブルがピアノの弦に触れないよう、フレーム自身に抱き合わせる細いマジックテープを自作で検討している。

1)譜面台の端にXLR端子にあるクリップを使い装着、ここからマイクへのケーブルが伸びるが、その長さがよく考えられており過不足なし。この点は演者も感心していた。

2)譜面台でスタンバイする「MC1」クリップとマイク。一般的な譜面台に装着しているのでサイズ感を参考にしてほしい。クリップを装着した状態でも軽量に仕上がっている。

3)XLR端子に装備されるクリップ。爪の先端が持ち上がっており、容易に譜面台などへと装着できる。このクリップ自体も取り外しができる

 

さいごに

 今回のデモで感じ、また感じ入ったことはただひとつ。それは「音の良さ」その1点である。これまで類似するマイクロフォンを使ってきて重宝しているが、こうして「MCM」に出会ってみると、まだ進化すべき伸びしろがあったのだと明るい未来を感じた。

レビュアー:半澤公一

 

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