ダニエル・ゼンハイザー氏は同社の創設者、フリッツ・ゼンハイザー(Fritz Sennheiser)氏から3代目にあたり、2013年に弟であるアンドレアス・ゼンハイザー氏とCEOに共同就任。以降、精力的に製品展開を行ない、現在もなおトップカンパニーのひとつとして君臨する手腕を見せ続けるが、今回のインタビューではCEOに就任してからおよそ10年、近年では3年間近くも続くコロナ禍を受け、軌道修正なども余儀なくされたであろうなか、日本法人であるゼンハイザージャパンの代表を務める宮脇精一氏にも同席いただき、これから同社を存続そしてさらなる繁栄につなげる思いを聞くことができた。
過去40年間に築かれた技術、実績、信頼を屈指のチームワークをもって未来のソリューションへ繋ぎたい
時代に合わせたニーズを読みながら
── 御社はとても長い歴史を持つプロオーディオのリーディングカンパニーのひとつでありますが、過去その時代それぞれに音楽やその周囲の環境の変化は幾度となく巡ってきました。ただ、そうでいながらゼンハイザー社はいつもその頂点に君臨してきました。そうした時代時代の変化へどのように対応なさってきたのでしょうか。組織としてのコンセプトやその姿勢に関わってくるかと思うのですが、いかに対応しながらトップの立場を維持されてきたのでしょうか。またもしその秘訣があれば教えてください。
Daniel Sennheiser(以下、DS) 私どもの創業は1945年ですがそれ以来、常にオーディオの未来をつくるという仕事に邁進してきました。私の祖父フリッツがこの会社を立ち上げたわけですが、彼自身はサイエンティスト(科学者)だったのです。ですから常に、例えばオーディオの背後にある、それらを支える科学といったところを前進させるためにエンジニアリングとともに注力してきました。ですから成功した秘訣は?と質問を受けましても、そこには魔法のようなものがあるわけではないのです。ただただ一心に努力を続けてきたと。確かにそこにはとても優れた生産技術やエンジニアリングを持っており、加えてドイツならではといえる品質の高い価値とそれに対する理念というものがあったこと。さらにまたお客様に対してサポートをするといった真摯な姿勢、取り組みの姿勢があったことも事実です。敢えて秘訣というならば、その点かなと思います。
── とても興味深い回答をいただきました。しかしながら御社が創業されてからの長い年月の間、先ほども言いましたようにレコーディング、ライヴサウンド、そして放送といった各プロオーディオシーン、またその中心のひとつになる音楽そのもの自身の進化や成長がありました。そうした変化を無視した製品開発では意味がありません。ただ単に性能や特性の良いものだけを作っていくだけでは世界を牽引できなかったと思われます。そうしたことに対応できるフレキシブルな運営方針というのは引き継がれてこそ成立するかと思うのですが。いかがでしょうか。
DS 的を射た質問かと思います。その回答のひとつとしてお答えしておきたいと思うのですが、それは振り子のようなイメージと言えば良いのでしょうか。われわれは長年の間、いろいろな波の影響を受けその都度、最も見合う方向へ動く振れを実践してきました。弊社の社員一同は好奇心が豊かです。好奇に満ちて新たなソリューションそして新たな製品群、また新たなビジネスと、常にチャンスの拡大を心がけてきました。そこでとても重要なことは、CEOとしてどこに重要な点を見出し、その最重要課題に対して焦点を定めて注力することを経営側としては行なっていく必要があります。加えてお客様にとって何が最良なのか、この点を見極め、そして製品のリリースやサービスを届けていくことが肝要かと思います。このポートフォリオの変化ということで申し上げておきますと、例えば1968年にヘッドフォンを初めて市場に投入しています。長年にわたり力を入れて育ててきましたが、こうしたコンシューマ製品は現在ラインアップから切り離し、現在はプロオーディオを専門とする組織として方向性を変えました。こうした取り組みは、われわれが業界において大きな変革を起こす目的のためのものです。
ゼンハイザーが今目指す方向性
── では現在取り扱いをなさっているマイクロフォンについて聞かせてください。これまで数々の名機、ヴィンテージから現代の製品群までを生みだしてきたその原動力とは一体何でしょうか。
DS それはずばりわれわれの好奇心に直結しています。また開発にあたっては、ニーズの背景にあるサイエンスは何であるのか、音響が求めるサイエンスとは、といったことを常に注意を払っています。これらが新しい製品の開発を裏付ける重要な要素となります。マイクロフォンもスピーカーシステムが持つ世界もそうですが、現在われわれはアナログからデジタルの領域に踏み込んでおり、そうしたひとつの流れで重要なところは接点で表わすことができます。人間と機械の接点、音響とテクノロジーの接点といったところを常に見据え、新たな発明や新たなものを見出していくことをわれわれはとても大切にしています。それらが原動力でしょうか。この原動力から例えば伝説的と言われるようなマイクロフォン、例えば「MD 421-U」や「MD 441-U」といったといったものから、弊社傘下のノイマンにおいては「U 87」や「M 49」などが世に送り出されてきたわけです。それらのヒット商品は市場での成功例として一般的にはみなされるわけですが、われわれの認識としてはこれまでずっとお客様とともに共同開発してきているものである。そのように考えています。
── ただ製造しているだけではないという姿勢が興味深いです。だからこそ現在でも世界中で使われ続けてきている理由がわかったような気がします。また同様に、先日ダニエルさんはあるコメントのなかで、今後はよりマーケティングに力を入れていくと仰っています。具体的にどういった内容になるのか、いくつか教えてください。
DS ご存知のことと思いますが、弊社のコンシューマ事業に関しては2022年の年頭に売却をし、われわれはあらためて半世紀ぶりにプロオーディオ事業に完全集中する決断をしています。これらは3つの柱から成っており、いわゆるプローディオおよびノイマン、またビズコム(ビジネス・コミュニケーション)と呼ばれ、学校や会議で使われる製品群を指しています。これらを中心に展開していきます。
宮脇 彼が先ほどコメントをした部分の補足をしておきますと、こうした製品、そして機器は今の時代に求められる要件として、ただ単に良いハードウェアを市場に届ければそれで済むというものではありません。動作させるためのソフトウェアというものがとても重要性を持っていると。ですから従来型のエレクトロニクスの部分だけではなく、今現在われわれが投入している製品群はソフトウェアも含めたソリューションというところが大きくなっています。したがって企業内でも電気を扱う技師以外にソフトウェア専門のエンジニアも増えています。われわれゼンハイザーがより他社と比べて際立った仕事をしている部分ということでは、このソフトウェアのテクノロジーとハードウェアのテクノロジー、それら双方が高い次元で融合されていく形でさまざまな領域に応用ができる。例えば放送関連や音楽、音響、ビジネス・コミュニケーションなどさまざまな用途により良い成果をもたらすための技術と製品を開発しているのです。その点がわれわれの強みだと思っています。
── 今の話を聞いて思ったのですが、近くデジタルマイクロフォンが登場する可能性はありますでしょうか。
DS そうですね、マイクロフォンのトランスデューサーというものは常にアナログであって、その点はアナログによって支えられています。ただそれ以降の素子の部分については、デジタル技術が使われるということがあり得ます。特に今後はビジネス・コミュニケーションで扱う製品はデジタル式のマイクロフォンということができると思います。
宮脇 冒頭の部分は複雑な話になりますので少し付け加えておきますと、空気の振動を電気信号に変換するもの、その点は今後もアナログで変わりはないのですが、ダニエルが言うのは変換後、そこからデジタルに変えていくのかというだけのことで、その点は大きな問題とは捉えていない、といったことを強調しておきたいです。
ゼンハイザーの次期主力製品
ゼンハイザーがこれまでに設計した中で最も汎用性の高いデジタル・ワイヤレス・システム「EW-DX」
読者を追従し収音する特許取得のダイナミックビームフォーミング搭載の天井設置マイクロフォン「TeamConnect Ceiling 2」
ノイマンの次期主力製品
Miniature Clip Mic System「MCM」シリーズ・マイクロフォン
「KH 150」スタジオモニターシステム
「M 49」チューブ・マイクロフォンの復刻版「M 49 V」
さらなる成長に向けた3つの着目点
── 次に、技術的なところから組織の運営について聞いてみたいと思います。今後、ダニエルさんがゼンハイザー社をリーディング・カンパニーとして引き継いでいくことに変わりないと思うのですが、企業自身が成長を遂げる、その点をダニエルさんから見た場合、大事な視点はどこにあるでしょうか。
DS 3つの回答が考えられます。まず何と言っても成長を牽引する動きというものは、顧客志向を重要なポイントに据えているか。その姿勢にあると思っています。どの業界であっても、現在、現場では一体何が起きているのかを知ることです。そしてお客様の現場がどうなっているのか。お客様が現場で行なっている仕事自体は常に変化しています。そこへ注意をしっかり向けるということです。2番目としてわれわれが考えるのは、業界の動きのなかで最もインパクトを与えられる部分やエリアに力を注ぐことが企業の成長につながります。必要な部分に必要な投資をしていく。その投資を活用して開発を行ない、さらなる製品群を生みだし生産をしていくこと。特に弊社の特徴として製品はインハウス、つまり自前で製造をしています。その特徴を活かして品質の確保やその確保への取り組みの向上を図るというところです。そして3番目の要素、それは組織としてチームづくりの大切さを強調したいです。つまり最高のチームを結成すること。まずそのための人材を確保し、その人材が離職せずに定着してくれるところに注力すること。その点が重要であると考えています。つまり最高の人材を採用して投入、それを維持していくこと。それら人材の能力が活かされることこそが大事なことなのです。そうすることで開発や営業、マーケティングやサービスといったことが端々に至るまで完全な活動が行なえるわけです。
── 人材の活用が大きなポイントであること。あらためて組織における人、そしてその人それぞれが支えるありかたが事業として大切だと再認識しました。それでは次の質問ですが、ゼンハイザーの近未来を知りたいです。今後、御社はどこへ向かおうとしているのか。ダニエルさんの夢を含めていただいて構いませんので教えてください。
DS とても壮大な質問ですね(笑)。私の弟であるアンドレアスと共に、このゼンハイザー社の3代目としてトップ経営陣の座を占めてやってきました。われわれが最も大切としているミッションのひとつに、偉大なこのゼンハイザーの歴史に根ざした遺産を、この次の世代にも伝えていくことがあります。それについてはとても認識を深めているところです。そしてまたわれわれ自身は自社内に業界屈指と言える高い能力を備えたチームを持っています。前述しました弊社が掲げた3つのセグメント、その事業部門を未来に向けて発展させていくわけですが、それぞれに対して適した戦略を策定し、それを動かしてオーディオの未来を伸ばしていくことがロードマップと言えます。そのなかでわれわれが注意を向けていることのひとつに、その業界全体の発展に資するようなそうした技術、またソリューションを届けたいという思いがあるわけです。例えばここでは過去40年間のリサーチ、研究開発の成果をあらわすようなスペーシャル・オーディオ(空間オーディオ)というものがあります。AMBEO(アンビオ)と私達は呼んでいるのですが、そういったものが過去、例えば1970年代を振り返ってみるとピンクフロイドなどのバンドがバイノーラルのそうした技術を使って実験したものが元になった「AMBEO」なのです。今後は従来型のテクノロジーとも併せながら、この「スペーシャル・オーディオ」コンテンツ制作に見合ったものを届けていこうといった意向があります。また、新たに実装したソリューションとしましては、自動車内で音響を楽しんでいただけるような仕組みを支えるデバイス、また音楽や楽曲を家庭内で楽しんでいただくそうしたもの。それぞれの空間でリスナーの方々がエモーショナルで自身の情動や感情に訴えかける経験ができる。こういったソリューションも目指しています。いずれにしてもわわわれが目指すものは、最高の製品を市場のお客様のためにお届けする。その点なのです。そのなかでお客様のニーズについての深い理解と、それを支えるサイエンス。いわゆる音声、音響といったことに対しての深い理解がわれわれには当然必要になるわけです。そうしたしっかりとした構造のなかから今後のオーディオの世界でも濃密であり、密度ある内容をリスナーに提供していく。彼らの感情を深く揺さぶるような、そういった経験を届けられればと思っています。
アートを生み出す助けになりたい
── とても興味深いお話で、私自身も夢が持てました。ではあと少し聞かせてください。まず、ダニエルさんが個人的に好きなゼンハイザー製品を教えてください。
DS これは難しい質問です(笑)そうですね…ポスト・プロダクションユースの「MKH 800 TWIN」ですが、製品としても拡張性や種類が多いところはお気に入りです。また「MD 441-U」です。暖かみのあるサウンドでありながら自然な音質を提供します。歪みが少ないところも特徴ですね。もうひとつ、ノイマン「M 49」スタジオユースマイクでしょうか。これらが瞬時に浮かびますね。
── ダニエルさんの内面が少し見えたようで嬉しいです。では最後の質問です。日本のゼンハイザー・マイクロフォンのファン、また若手の方を含め、これからファンになるかもしれない方達に何かメッセージをお願いいたします。
DS まず、私どもの製品を一度使ってみていただきたいと思います。そして経験をしていただくことにより、それがあなた自身がアートを作り出す助けになればと思いますし、私どもはそうした作品作りに必要なツールを提供する立場にいます。その優れたパフォーマンスは、おそらく皆さまをがっかりさせることなく、満足いただけるものであることと自負しています。さらに経験をしていただけましたら、ぜひ他の方にも共有してほしいのです。そうした多くの方々の経験から、ぜひとも情報や要望をお知らせいただければと思っています。その情報は製品改善や新製品へしっかりと反映していくお客様志向100%の取り組みを実感していただきたいです。
── 決して長い時間ではありませんでしたが、とても密度の濃い内容で、私自身もエンジニアとして勉強になりました。貴重なお話ばかりで喜んでいます。ありがとうございました。
インタビュー:半澤公一 撮影:幡手龍二