❶ はじめに
ここ数年で一気に普及した感のある、インターネットを利用した音声と映像の生中継=ライブ配信。現在では音楽のコンサートをはじめ、ライブ・トーク、ゲームの実況、セミナー/塾の講義など、ありとあらゆるコンテンツがライブ配信されている。ひと昔前までこういったコンテンツは、録画~編集~アーカイブという工程を経て公開されるのが一般的だった。それがなぜ生中継、ライブ配信されるようになっていったのか。その背景には通信環境の向上、大手IT企業によるライブ配信プラットホームの無料提供など、いろいろな要因が考えられるだろう。もちろん、高性能なカメラを搭載したスマートフォンや、ライブ配信に必要な機材が安価に手に入るようになったことも大きく、ライブ配信の需要は爆発的と言っていいくらい拡大している。ただ、現時点ではライブ配信のビジネス・モデル(収益化の手段)が確立されていないため、まだまだ直接お金が動いていない(動いたとしても大きな額ではない)コンテンツの配信(例えば告知系など)が多い印象だ。音楽のコンサートなどでは、ライブ配信でいかに収益を生み出すかというのが今後の課題だろう。
❷ ライブ配信の仕組み
ライブ配信は、一体どのような仕組みで行われるのだろうか。チャットや課金システムといった付加機能のことは考えずに、音声と映像のライブ配信の仕組みをシンプルに表したのが(図①)だ。マイク/ビデオ・カメラで取り込まれた音声と映像は、エンコーダーによって符号化された後、ネットワークでライブ配信プラットホームのWebサーバーに送られる。そこからネットワークを通じて世界中に配信され、視聴者側のデバイスで音声と映像に復号化(デコード)されるという仕組みだ。
ライブ配信コンテンツを楽しむために特別な機材は必要なく、インターネットに接続されたスマートフォンやタブレット、パソコンといったデバイスがあれば視聴することができる(図②)。Webサーバーから配信されたデータは、デバイス内のソフトウェア内でデコードされるため、視聴者は難しいことを考える必要はない。最近はテレビや携帯ゲーム機でもライブ配信を楽しめるのはご存じのとおりだ。
従ってライブ配信を行おうとした場合、必要となるハードはライブ配信プラットホームの前段、ネットワークに載せるまでの部分ということになる(図③)。
音声と映像をどのように取り込み、ライブ配信プラットホームに送出するか。ライブ配信システムを構築する際、最初に決めた方がいいのが『4つのW』だ。“W”で始まる4つの項目を整理することで、どのような機材が必要なのかが自ずと決まってくる。
○ 1:WHAT
どんなコンテンツを配信したいのか。先述のとおり、ひと口にライブ配信と言っても、音楽のコンサート、ライブ・トーク、セミナーなど、内容は様々である。対談番組を配信したいのであれば、当然カメラは複数台あった方がいいだろうし、音楽のコンサートを配信するのであれば、音声のチャンネル数が多く必要になるだろう。どのようなコンテンツを配信するかによって、システムの規模や内容はかなり変わってくるのだ。
○ 2:WHEN
定期的に配信するのか、あるいは一度きりの配信なのか、これも最初に考えておいた方がいいだろう。一度きりの配信ならば、そんなに大げさなシステムを組む必要はないだろうし、定期的に配信を行う場合は、ライブ配信プラットホームの選択も慎重に行う必要がある。
○ 3:WHERE
特定の場所に機材を常設して配信を行うのか、毎回違う場所で仮設機材で配信を行うのか、これによってもシステムは変わってくる。ライブ・ハウスなどに配信機材を常設する場合は、スペースの問題も考えなければならないだろうし、常設か仮設かというのも最初に考慮すべきポイントだ。
○ 4:WHO
一部の人に向けて配信を行うのか、それともできるだけ多くの人に見てもらいたいのか。2番目の『WHEN』同様、ターゲットとする人の層/規模もライブ配信プラットホームの選定に関わってくる。例えば、ライブ配信で収益を得たいと考えているのであれば、投げ銭システムに対応したライブ配信プラットホームを選定すべきだろう。
以上『4つのW』を整理することで、自ずと『HOW』=つまりは配信の方法が決まってくるのだ。どのようなシステムを構築し、どのライブ配信プラットホームを選定すべきなのか。ライブ配信を検討している人は、まず『4つのW』を考えるといいだろう。
❸ シンプルなライブ配信システム
ここからはライブ配信システムを具体的に紹介することにしよう。最もシンプルなシステムが(図④)で、スマートフォンがあれば誰でもすぐにライブ配信を始めることができる。すべて(と言っていいだろう)のスマートフォンにはマイクとカメラが搭載されており、そのままインターネットに接続できるため、特別な機材を用意する必要はない。必要なのは、ライブ配信プラットホームのアカウントだけだ。マイクとカメラが搭載されていれば、もちろんタブレットやパソコンでも大丈夫である。
スマートフォンやパソコンだけでライブ配信を始めた人が、最初に不満を感じる(改善したいと思う)のが音質だ。スマートフォン内蔵のマイクは、基本的には通話用に設計されているため、言葉が聴き取りづらい、音量が変動する、ノイズが混入するなど、ライブ配信用としては音質的に決して満足のいくものではない。人は映像が乱れるよりも音が聴き取りにくい方が気になるもので、音の良し悪しは“伝わりやすさ”に直結すると言っていいだろう。
手っ取り早く音質を改善する方法が、ライブ配信用デバイスの導入である。ライブ配信人気の高まりを受けて、いくつかのメーカーからライブ配信用のデバイスが発売になっており、中でも人気なのがローランドのGO:LIVECASTという製品だ(写真①)。今年1月に発売されたGO:LIVECASTは、ライブ配信を行う際にスマートフォンが弱い部分を補完してくれるデバイス。スマートフォンとUSBで接続するだけで、高品位なマイク入力(XLR/TRSフォーン兼用のコンボ端子)、ライン入力、ヘッドフォン出力を追加することができ、BGMや効果音をポン出しするためのボタンなども備わっている。
(図⑤)がGO:LIVECASTを使用したシステムで、映像は(図④)同様スマートフォン内蔵のカメラを使用するが、音声はGO:LIVECAST内蔵の入力を使う形になる。これだけで大幅に音質を改善することができ、ライン入力に電子楽器などを接続することも可能だ。さらには図にもあるとおり、2台目のスマートフォンを用意してWi-Fi接続することで、“2カメ”配信にも対応する。
スマートフォンにGO:LIVECASTを組み合わせるだけで、かなりクオリティの高い配信が行えるようになるが、音楽のコンサートや対談番組などを配信する際は、多チャンネルのマイク入力を確保する必要がある。そういった場合は、音声をまとめるためのミキサーを別に用意し、2ミックスをGO:LIVECASTに入力するというやり方がいいだろう(図⑥)。
また、スマートフォンとGO:LIVECASTの組み合わせではなく、パソコンとオーディオ・インターフェース、USB Webカメラを組み合わせたシステムも検討の価値ありだ(図⑦)。
❹ 映像演出に対応したライブ配信システム
スマートフォンとGO:LIVECASTのような機材の登場によって、低予算でも高音質なライブ配信が行えるようになったわけだが、これまで紹介したシステムの映像は、基本的にカメラが捉えたものが送出されるだけだ。最近のスマートフォンの内蔵カメラは高性能なので、画質的な不満はないと思われるが、自由な位置やサイズで映像をハメ込んだりといった演出はできない。セミナーの配信やゲームの実況では、パソコン画面(ゲーム画面)の中に講師(プレーヤー)の表情が小画面(PinP=ピクチャー・イン・ピクチャー)で表示されるのが一般的だが、そういった演出ができないのである。「セミナーの配信やゲームの実況を行うわけではないので、自分には映像演出は不要」と思った人もいるかもしれないが、小規模なイベントでも2つの映像を合成するだけで、場の雰囲気や空気の伝わり方はまったく違ってくる。動的な映像演出は、視聴者数のアップにもつながり、見る人を飽きさせないコンテンツになるのだ。
お金をかけずに映像演出を行うには、Webカメラを複数台用意してパソコンで合成するという手もあるが、パソコンへの負荷が高くなり、動作の安定性が低くなってしまう。また、音声と映像にディレイが生じてしまうこともある。そこで紹介したいのが、ビデオ・スイッチャーと呼ばれる機材だ。ビデオ・スイッチャーは、文字どおり複数の映像を切り替えることができる機材で、ほとんどの製品は基本的な映像合成機能も備えている。
ビデオ・スイッチャーを使用したライブ配信システムの基本構成を表したのが(図⑧)で、スマートフォン(Webカメラ)で行なっていた映像の取り込みを、ビデオ・カメラとビデオ・スイッチャー、そしてビデオ・キャプチャーで行うようになった形だ。
各機材の接続はHDMIで行うのが一般的で、大抵のビデオ・スイッチャーには配信機能は備わっていないため、パソコンと接続するためのビデオ・キャプチャーも別途必要になる。この図では音声はオーディオ・インターフェース経由でパソコンに送っているが、ビデオ・スイッチャーの多くはオーディオ入力を備えているので、そこに接続してしまうのもアリだろう(図⑨)。
ビデオ・スイッチャーというと、業務用機をイメージする人も多いかもしれないが、最近は安価で高性能なものがいくつかのメーカーから登場している。ハーフA4サイズというコンパクト筐体で人気なのが、ローランドのV-1HD(写真②)というフルHD対応のビデオ・スイッチャーで、HDMI入力を4系統/出力を2系統備え、PinP/スプリット/キーヤーといった映像演出機能も搭載。12chのオーディオ・ミキサー機能も内蔵し、映像と音声のズレを補正するディレイ機能や、映像の切り替えに合わせて音声を自動選択する『オーディオ・フォロー』といった便利機能も備えている。
また、2カメの切り替えができれば十分という用途向けに、V-02HD (写真③)というモデルもあり、こちらは世界最小という超コンパクト・サイズが魅力だ。
なお、図⑨で紹介しているが、パソコンを使用せずにライブ配信を行うことができる、Webエンコーダーと呼ばれる機材も存在する。Webエンコーダーは、映像と音声のエンコードに特化した専用機なので動作が安定しているのがポイントだが、異なる配信プラットホームに同時に送出できるという特徴もある。YouTube Liveとニコニコ生放送など、複数のプラットホームで同時に配信したいという人は、Webエンコーダーの導入を検討してみてもいいだろう。
❺ AVミキサーを中心とした、ライブ配信システム
ビデオ・スイッチャーはとても優れた機材だが、基本的には映像機器であるため、ライブ配信を行うには別にビデオ・キャプチャーやWebエンコーダーが必要になる。また、一部のビデオ・スイッチャーはオーディオ入力を備えているとはいえ、多チャンネルの音声をミックスするにはオーディオ・ミキサーが不可欠だろう。当たり前の話だが、複数の機材を組み合わせてシステムを構築すると、機器同士の接続や設定が煩雑になり、万が一トラブルが生じた際にも原因を探るのが大変だ。また、音声はオーディオ・ミキサー、映像はビデオ・スイッチャーでハンドリングしなければならないため、操作性も良くない。そこでおすすめしたいのが、AVミキサーと呼ばれる機材だ。
前回の最終ページでも紹介したAVミキサーは、オーディオ・ミキサー、ビデオ・スイッチャー、ビデオ・キャプチャーの各機能が一体化した製品。ライブ配信に必要な機能がほぼ網羅された非常に便利機材だ(図⑩)。マイクやオーディオ・プレーヤーの音声出力、ビデオ・カメラやパソコンの映像出力を一元的に取り扱うことができ、もちろんPinP/スプリット/キーヤーといった映像演出機能も搭載している。あとはUSBでパソコン(あるいはWebエンコーダー)に接続するだけで、ライブ配信ができてしまう。セットアップもいたってシンプル、トラブルが発生した場合でも、音声と映像はすべてAVミキサーに集約されているので原因も探りやすい。本格的にライブ配信を行うには、最適な機材と言っていいだろう
AVミキサーは昔はほとんど無かった新しいカテゴリーの製品で、その先鞭をつけたのがローランドのVRシリーズだ。現在、最上位モデルのVR-50HD MKII、HDに対応したスタンダード・モデルのVR-4HD、コンパクトなエントリー・モデルのVR-1HDという3製品がラインナップされており、どれを使っても高品質なライブ配信を行うことができるので、前述の『4つのW』に応じて選びたい。
VRシリーズが優れているのは、ライブ配信に必要な機能がオール・イン・ワンになっていることだけではない。業務用ミキシング・コンソールやオーディオ・インターフェースなども手がけるローランド製だけあって、オーディオ機能がとても充実しているのだ。例えばスタンダード・モデルのVR-4HD(写真④)は、24bit/48kHz対応のデジタル・ミキサー機能を搭載し、18chの入力のうち4chの入力はマイク・プリアンプも装備。EQやディレイといった各種プロセッサー機能のほか、入力を感知して自動でバランスを取る『オートミキシング』や、パソコンからUSBで出力された音声をミックスして再度パソコンに戻す『ループ・バック』といった便利機能も備えている。加えて特筆すべきは、その操作性の良さだ。VRシリーズはすべて左側がオーディオ、右側がビデオと操作面がセパレートされており、左側のオーディオ部は見てのとおり典型的なミキサーの操作体系を踏襲している。ミキシング・コンソールを扱ったことがある人なら、きっとすぐに操作できてしまうだろう。もちろん音質はM-5000/V-Mixer譲りのもので、“オーディオ・ミキサーにビデオ・スイッチャーと配信機能が追加された”と言ってもいいほどだ。
最近のライブ配信人気を受けて、AVミキサーの需要はかなり高まっているという。確かにライブ配信を本格的に(定期的に)行うのであれば、ビデオ・スイッチャーやオーディオ・インターフェースなどを組み合わせるよりも、AVミキサーを導入してしまった方がいいだろう。その機能を考えると、コスト・パフォーマンスは非常に高い。ライブ配信に興味を持っている方は、メーカーのWebサイトなどでぜひチェックしていただきたい。
❻ まとめ
前回、映像システムの代表的なトラブルとその解決策について解説したが、ここで改めてライブ配信を行う上で注意すべきこと(トラブルの原因になること)を紹介しておこう。ライブ配信初心者が陥りやすいのが、著作権信号に起因するトラブルだ。HDMIでは『HDCP』と呼ばれるコピー・プロテクションが採用されており、映像を送信する側の機器(Blu-ray/DVDプレーヤーなど)と映像を受信する側の機器(モニター・ディスプレイやプロジェクターなど)の認証手続きが完了しないと、映像信号は表示されないようになっている。これは間にAVミキサーやビデオ・スイッチャーを挟んでも同じことで、常に頭に置いておいた方がいいだろう。Blu-rayプレーヤーなどは使わないと言っても、MacBookなどApple製のパソコンは、基本的に常時『HDCP』を出力する仕様になっているので注意が必要だ。また、『HDCP』に対応している信号方式はHDMI、DVI、DisplayPortの3つで、SDIは対応していない。
今回はライブ配信システムについて解説したが、いかがだっただろうか。ライブ配信を行う上で大切なポイントを4つまとめてみたので、ぜひ参考にしていただきたい。
○ 1:接続はシンプルに
(接続をシンプルにすることで、無用なトラブルを回避でき、操作性も向上する)
○ 2:映像よりも音が重要
(本文中でも触れたが、視聴者は映像の乱れよりも音の悪さの方が気になるもの。音質/音量/ハウリングには常に気にかけよう)
○ 3:映像と音の時差を無くす
(映像と音のズレは、視聴者はとても気になる。もしズレが生じてしまった場合は、音を遅らせて映像に合わせよう)
○ 4:機器に大きな負荷をかけない
(機器への大きな負荷はトラブルの元。なるべく分散させ、放熱にも気をかけよう)
監修:ローランド株式会社
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ローランド VR-1HD
ライブ配信の便利機材、AVミキサー。そのエントリー・モデルと言えるのが、ローランドの「VR-1HD」という製品だ。ホワイト・カラーの筐体が印象的な「VR-1HD」は、3系統のHDMI入力、2系統のマイク入力(XLR/TRSフォーン兼用のコンボ端子)、ライン入力(RCA)を装備したコンパクトなAVミキサー。製品名のとおりHD対応で、USBでパソコンと接続するだけでシンプルにライブ配信を行うことができる。操作面はシンプルだが、AVミキサーとしての機能は本格的で、PinP/スプリット/キー合成といった映像演出はもちろんのこと、オート・ミキシング/エコー・キャンセラー/ハウリング・キャンセラーなどオーディオ機能も充実。音に映像を自動追従させるビデオ・フォロー・オーディオ・モードや、音楽のテンポに合わせて映像を自動で切り替えるビート・シンク・モードといったインテリジェントな機能も備えている。グースネック・マイクを取り付けられるというのも、一人で配信する場合は便利だろう。小規模なライブ配信を検討している人におすすめのAVミキサーだ。
問い合わせ:ローランド株式会社
Tel:050-3101-2555(お客様相談センター)
https://proav.roland.com/jp/