スタジオジブリのプロデューサー、鈴木敏夫氏の嗜好・思考を丸ごと可視化する巡回企画「鈴木敏夫とジブリ展」。そのフィナーレとなる愛知展が、ジブリパークのある愛知県長久手市の愛・地球博記念公園体育館で開幕した。7月11日に行われた開会式には鈴木プロデューサー本人も登壇し、宮﨑 駿監督との47年におよぶ関係や地元・名古屋への思いをユーモアまじりに語った。会場には約8,800冊の書棚や映画・音楽コレクションに加え、愛知会場限定の「油屋」巨大セット、中日ドラゴンズ関連の展示、地元工芸コラボグッズなどフィナーレ仕様の見逃せない展示が集結している。

画像: 会場はジブリパークに隣接した愛・地球博記念公園体育館

会場はジブリパークに隣接した愛・地球博記念公園体育館

鈴木敏夫プロデューサーが愛知への想いを語った開会式

 開会式は2025年7月11日、会場の愛・地球博記念公園体育館で報道陣を招いて実施された。登壇した鈴木敏夫プロデューサーは、「1978年5月に初めて宮﨑 駿と話しました。そこからもう47年。ひとりの人間とそんなに長く付き合ってきたことは誇りにしてもいい」と語り、長年活動をともにしてきた宮﨑監督への敬意を示した。

 鈴木プロデューサーは「ぼくは名古屋市昭和区の元宮というところの出身で、“宮”という字がついている。それも宮さんとの縁かもしれない」と地元トークで場を和ませたうえ、2017年に始まったこの巡回企画について「地元の愛知で幕を閉じられるのはうれしい」と最終地開催への感慨を語った。

 さらに「本来ならスタッフは『宮﨑 駿展』をやりたいに決まっている。お客さんもそれが見たいはず。でも本人がすぐ怒るからできない」と冗談を飛ばしつつ、代わりに自身の「頭の中」をさらけ出す展示になったと説明。テープカット後は報道陣からの質問にも応じ、各コーナーの背景やエピソードを語る姿が印象的だった。

画像: 愛知県知事 大村秀章氏、中日新聞社長 大島宇一郎氏らとともに開会式のテープカット(左)、その後の囲み取材で気さくに企画への想いを語る鈴木敏夫プロデューサー(右)

愛知県知事 大村秀章氏、中日新聞社長 大島宇一郎氏らとともに開会式のテープカット(左)、その後の囲み取材で気さくに企画への想いを語る鈴木敏夫プロデューサー(右)

本・映画・音楽で読み解く「これまでの鈴木敏夫」

 「鈴木敏夫とジブリ展」の核となるのは、鈴木プロデューサーの創作やアイデアの源となっている「本」「映画」「音楽」の紹介。巡回各地で評判を呼んだ膨大な書籍や映像作品のコレクションに、今回の愛知会場では鈴木プロデューサーが愛する音楽作品のコレクションも加わり、氏の読書遍歴・視聴遍歴・聴取遍歴がつまびらかにされる。

 順路は鈴木プロデューサーの半生をたどる展示から始まる。最初に目に入るのは、氏が少年期を過ごした名古屋の自宅の部屋を再現したセット。四畳半の狭い部屋に所狭しと積み上げられた漫画や小説、雑誌の量に、鈴木少年のとてつもない知的好奇心がうかがえる。

 続いて「ぼくの血肉となった本」「ぼくが夢中になった映画」「ぼくが虜になった音楽」と題された展示が並ぶ。愛読した江戸川乱歩や吉川英治、ディケンズなどの書籍や、子役スターのヘイリー・ミルズが出演した映画『ポリアンナ』のパンフレット、坂本 九の7インチレコードやポータブルレコードプレーヤーが陳列され、鈴木プロデューサーの文化的な原体験が見る者にもありありと伝わってくる。

画像: 「ぼくの血肉となった本〜少年編〜」には、鈴木少年が熱心に読んだ漫画雑誌、白土三平やちばてつやの単行本がずらりと並ぶ

「ぼくの血肉となった本〜少年編〜」には、鈴木少年が熱心に読んだ漫画雑誌、白土三平やちばてつやの単行本がずらりと並ぶ

画像: 「ぼくが夢中になった映画〜少年編〜」には、中学2年生の頃に夢中になったヘイリー・ミルズに関する展示が

「ぼくが夢中になった映画〜少年編〜」には、中学2年生の頃に夢中になったヘイリー・ミルズに関する展示が

画像: 「ぼくが虜になった音楽〜少年編〜」には、坂本 九のレコードが陳列される。下には親に買ってもらったポータブルレコードプレーヤーも

「ぼくが虜になった音楽〜少年編〜」には、坂本 九のレコードが陳列される。下には親に買ってもらったポータブルレコードプレーヤーも

 少年期・青春期を経て徳間書店に入社。アサヒ芸能編集部で編集者としてのキャリアをスタートし、アニメージュ創刊に立ち合うことに。高畑 勲氏や宮﨑 駿氏との出会いなどのエピソードのほか、鈴木プロデューサーがアニメージュの編集にあたって掲げた「8つの方針」、マニュアルで効率化を徹底させた編集部のシステムづくりなど、氏の仕事術も垣間見える興味深い展示が並ぶ。

画像: 徳間書店でアニメージュ創刊に立ち合った当時の奮闘の展示はアニメファン必見。編集長としての哲学も垣間見ることができる

徳間書店でアニメージュ創刊に立ち合った当時の奮闘の展示はアニメファン必見。編集長としての哲学も垣間見ることができる

 その後の『風の谷のナウシカ』誕生からスタジオジブリの設立、数々のヒット作の裏側などをたどる展示は、あくまでもプロデューサー・鈴木敏夫の目から見たものであり、作家である宮﨑 駿氏や高畑 勲氏から見たものではないところがポイント。制作進行や宣伝、タイトル文字の作成などに注がれた氏のアイデアや苦労がさまざまな資料から浮かび上がる。

画像: 宮﨑 駿氏や高畑 勲氏に関する資料だけではなく、当時一世を風靡した『機動戦士ガンダム』関連の資料なども豊富に並べられている

宮﨑 駿氏や高畑 勲氏に関する資料だけではなく、当時一世を風靡した『機動戦士ガンダム』関連の資料なども豊富に並べられている

画像: 鈴木プロデューサーが手がけたタイトル文字の数々も、原書が展示されている

鈴木プロデューサーが手がけたタイトル文字の数々も、原書が展示されている

中日ドラゴンズ×ジブリ? 地元ならではの異色コーナー

 名古屋開催に合わせ、中日ドラゴンズ関連の新聞切り抜きやグッズを集めた特別展示が設けられている。「本当を言うと、コレクションはもっともっとたくさんある。スペースがあればもっと展示したかった」と鈴木プロデューサーは語る。ジブリ展に野球資料という意外性が、逆に「人間・鈴木敏夫」を鮮やかに照らし出す展示となっている。

画像: 宮﨑 駿氏デザインのマスコットキャラクター「ガブリ」ほか、鈴木プロデューサーのドラゴンズ関連のコレクションが集められた特別展示

宮﨑 駿氏デザインのマスコットキャラクター「ガブリ」ほか、鈴木プロデューサーのドラゴンズ関連のコレクションが集められた特別展示

8,800冊が並ぶ巨大書棚で知る「鈴木敏夫の頭の中」

 そして順路はいよいよ「鈴木敏夫の本棚」へ。鈴木プロデューサーがこれまでの人生で読み込んできた小説・漫画・歴史・哲学・評論など多彩なジャンルの約8,800冊を並べた「本の森」は圧巻だ。壁面をびっしり埋め尽くした書棚に並ぶ背表紙を眺めているだけで、鈴木プロデューサーの頭の中を垣間見たような気持ちになる。

画像: 鈴木プロデューサーの書庫をイメージした「鈴木敏夫の本棚」。本を読むカオナシが中央に据えられ、四方が書物で埋め尽くされた圧巻の空間

鈴木プロデューサーの書庫をイメージした「鈴木敏夫の本棚」。本を読むカオナシが中央に据えられ、四方が書物で埋め尽くされた圧巻の空間

画像: 各所に設けられた解説も読み応えあり。写真は宮﨑・高畑両監督に「読んでないんですか?」と言われて慌てて買い込んだ宮本常一らの本

各所に設けられた解説も読み応えあり。写真は宮﨑・高畑両監督に「読んでないんですか?」と言われて慌てて買い込んだ宮本常一らの本

数知れぬ映画体験を俯瞰

 本に続くのは映画。鈴木プロデューサーが観てきた映画は1万本規模に及ぶとされているが、「鈴木敏夫の映画コレクション」ではそこから影響源や思い入れの深いブルーレイやDVDを抜粋して陳列。ジブリ作品との関連を示唆する解説や、予想外のカルト作も並び、氏の嗜好の幅広さがうかがえる。また、録画マニアでもある氏のエアチェック&保存術も公開されており、Stereo Sound ONLINE読者なら共感せずにはいられないはずだ。

画像: 映画からドキュメンタリーなど、本と同様に幅広いラインナップが並ぶ映画コレクション

映画からドキュメンタリーなど、本と同様に幅広いラインナップが並ぶ映画コレクション

画像: 録画マニアであり整理整頓を好む鈴木プロデューサーらしい録画術。AVマニアとして参考になる知恵が惜しみなく披露されている

録画マニアであり整理整頓を好む鈴木プロデューサーらしい録画術。AVマニアとして参考になる知恵が惜しみなく披露されている

愛知限定の大型演出・油屋巨大セットが出現

 『千と千尋の神隠し』の主な舞台となっている油屋をモチーフにした大スケールのセットが会場の目玉だ。プロジェクションマッピングを巧みに組み合わせた高さ約15mの構造物が会場の体育館内にそびえ、照明演出で昼夜の変化を再現。フォトスポットとしても人気を集めるに違いない。鈴木プロデューサーは「本当はジブリパーク内に油屋をつくりたかったが、サイズ的に難しかったので展示で先に実現した」と舞台裏を明かしてくれた。

画像: 愛知展で初めて実現した油屋のセット。ひと通り展示を見たあと、突然目の前に現れるこのセットは圧巻。『千と千尋の神隠し』でお馴染みの街並みも細かく再現されている

愛知展で初めて実現した油屋のセット。ひと通り展示を見たあと、突然目の前に現れるこのセットは圧巻。『千と千尋の神隠し』でお馴染みの街並みも細かく再現されている

ショップには巨大な湯婆婆と銭婆のおみくじも

 ショップには湯婆婆と銭婆の巨大な立体造形が。銭婆の口からおみくじを引く仕掛けになっている。順路にはトトロたちと撮影できるフォトエリアなども用意され、家族で楽しめる「遊べる展示」的な側面も充実している

画像: 湯婆婆と銭婆が背中合わせに配置されている。口に手を入れて垂れ下がっている紐を引くと「大事な言葉」が発せられる仕掛けだ

湯婆婆と銭婆が背中合わせに配置されている。口に手を入れて垂れ下がっている紐を引くと「大事な言葉」が発せられる仕掛けだ

 フィナーレ会場らしく、グッズは愛知ゆかりのクラフトとジブリモチーフを掛け合わせた限定商品なども展開されている。名古屋提灯を用いた装飾アイテム、瀬戸焼の箸置き、三河木綿ガーゼの刺繍ハンカチなど地域資源を活かしたラインナップだ。

画像: 鈴木プロデューサーの絵や言葉があしらわれた瀬戸焼の箸置き、『千と千尋』のキャラクターが刺繍されたガーゼのハンカチなど、グッズも魅力的

鈴木プロデューサーの絵や言葉があしらわれた瀬戸焼の箸置き、『千と千尋』のキャラクターが刺繍されたガーゼのハンカチなど、グッズも魅力的

膨大なアーカイブから浮かび上がるのは「人間・鈴木敏夫」

 「鈴木敏夫とジブリ展」愛知会場は、巡回の集大成として素材量・演出規模ともボリュウムたっぷりでリピーターの方も満足できる内容となっている。鈴木プロデューサーの読書・映画・音楽体験からジブリ作品生成の土壌を立体的に読み解けるのは違いない。フィナーレの9月25日までに、ぜひ足をお運びいただきたい。

©Toshio Suzuki ©Studio Ghibli ©2022 Hayao Miyazaki/Toshio Suzuki

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