遠上恵未 監督の初の長編作となる『平坦な戦場で』が、いよいよ7月5日(土)より池袋シネマ・ロサで公開となる。完成からすでに2年近い時が経っているそうだが、その間、さまざまな映画祭で入選、大賞を獲得するなど、注目を集めている作品だ。タイトルからは何やら物騒な印象も受けるが、その実、10代の多感な時期に感じやすい悩みや葛藤などを、静謐な筆致で描いたものとなる。ここではW主演の櫻井成美と野村陽介にインタビューを実施。出演の感想や、役を通して感じたことなどを聞いた。なお、遠上監督は本作で配給も請け負っていて、インタビューに同席されていたことから、適宜、監督にも話を聞いている。
――よろしくお願いします。さて、いよいよ公開が迫ってきました。今の心境をお聞かせください。
櫻井成美(以下、櫻井) この作品は先に、カナザワ映画祭2023や第24回TAMA NEW WAVEコンペティションで上映されていましたので、そこで観てくださった方々の感想をいち早く聞くことができ、監督が描いた人物や世界を受け取ってくださったという体感が得られ、すごくありがたい機会でした。
次はいよいよ東京、大阪、名古屋の映画館で上映されますし、映画祭とはまた違っていろいろな方に観ていただく機会を提供できることがすごく楽しみだし、ちょっぴり緊張というか、どうなるんだろうっていう不安もあります。
野村(以下、野村) 完成から少し時間が経っていますので、逆に僕はすごくフラットな気持ちでいます。カナザワ映画祭2023は、作品ができてまだ数ヶ月後のことでしたから、作品の記憶も強いうちに観客の声が聴けたというので、印象も強く残っていますけど、それから2年が経ち、僕の中の記憶もだいぶ濾過されたというか、大事なピースが残った上で、またこう東京から各地へ(作品を)発信できて、またいろいろな人の声(感想)を聞けるのが、改めて新鮮に感じます。たくさんの人へ届けていきたいです。
――野村さんはご自身も作り手ですから、他の監督作に出演する感覚はどういうものなのでしょう。
野村 遠上監督は、僕がぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2020で入選した時の同期なので、そういう意味では、戦場(映画製作の中)でできた友人だと僕は思っているんです。ということもあって、こういうタイトルではありますけど、現場では意見の相違もなく穏やかに、和気あいあいとやっていました。でも、静かにいろいろなものと戦っていたというか、遠上監督は、見た目はすごく穏やかですけど、おそらく内面にはすごい闘志があって、僕らもそれに必死で食らいついていた、という感覚はありました。
――今日は、遠上監督が配給も兼ねていることもあって、このインタビューに同席されているのでお聞きしますが、完成から2年が経つわけですか?
遠上恵未 監督(以下、遠上監督) はい。今日は配給担当として同席していますから、監督目線でのコメントから外れてしまうかもしれませんが(焦)、上映する劇場が決まるまでが、ものすごく大変でした。初めての劇場営業ということもありましたけど、断られた理由の中で記憶に残っているものが“この映画は、映画館で観るべき映画の時間が流れてない”というものでした。しかし、映画祭の時、実際の映画館で上映していただくこともありましたが、私はこの作品には映画館で観るべき映画の時間が流れていると信じていました。なので、シネマ・ロサさんで上映を決めていただき、こうして劇場で公開されることで、映画祭とはまた違うお客様と出会えるので、この映画を観てどう感じてもらえるのか、楽しみです。
――タイトルだけ見ると少し物騒な印象もありますが、とある出来事によって大きな悩みを抱え、人にも相談できないような孤独に苛まれる姿が描かれています。出演が決まった時、あるいは台本を読んでの感想、印象を教えてください。
櫻井 私はこのタイトル(平坦な戦場で)を聞いた時に、すごくいいと思ったんです。自分の体にすごくしっくり来るというか、今自分が生きていて、なんとなく感じているものを捉えたような感覚になって。私の場合は1人で乗り越えられるぐらいの戦場ですけど、そうではない中で生きている人がいる、あるいは自分たちの生活の中で感じるものを表現しているようで、すごくしっくり来ました。

――そうした場合、役作りなどはすんなり入っていけるものなのですか?
櫻井 最初に台本を読んで思ったのは、自分が抱えているものや今日起こった楽しいこと、あるいは違和感を持ったことなど、私の場合は何でも人に話せてしまうのですが、私の演じた早崎のぶえを含めこの映画で映されている人たちには、それが出せないんだというものでした。
それぞれが問題を抱えて困っているんだけど、自分で解決しようとしたり、それを隠して軽やかに生きようとしたりする……。そういう人たちに近づいて、映し出している映画だなとすごく感じたんです。
人が生きていく中では、人に頼ったり、頼りすぎたり、自分で解決しないことを申し訳ないと思う、なんとなくそういう空気があるし、周りの同年代の子にも、自分一人で抱え込んでいるものがあって、その中でどうやって生きていくのかを模索しているように感じることがあったので、そういう友人たちのことを思い出しながら、(台本を)読んだ記憶があります。
人それぞれ、自分の中で消化しきれないこととか、傷ついたことがあって、それをぐるぐると考え込んでしまい結論が出ないことってあると思うんです。それは、どんなに平気な顔をしている人にもきっとあるだろうと感じていて、(悩みを)自分の外側に出すことをしない人達は、相手や周りのことをどういう風に捉えているんだろう、どういう風に接しているんだろう、他者をどういう存在として認識しているんだろうなと、探りながら(台本を)読んでいました。
――野村さんはいかがですか?
野村 僕もこのタイトルを聞いた時は、しっくりきましたね。思春期の頃を振り返れば、学校を含め自分の生きている世界、そこが絶対的な世界だったし、僕たちはそこで生きていくしかないのだから、毎日、そこで戦っていかなければいけない。確かに今となっては大したことがないようにも感じるけど、当時はもう、生死をかけた戦いをしていた。それこそがこの作品のテーマでもあるし、性の問題についても、男性なら男性なりの、女性なら女性なりの、その世界を生き延びるための必死な、不器用な戦いがあるんだと感じました。

――本作では、そんな不器用な二人に焦点が当たっています。お互いの初対面の印象はいかがでしたか?
櫻井 初めてお会いしたのは確か、衣装合わせの時だと思います。めちゃくちゃかっこよくて、聡明そうな人が来たって思いました。
野村 本当? 確かその日はまだ髪を切っていない時で(ロングヘアだった)、撮影までには切ってきます、大丈夫です、って言っていた記憶が……。
櫻井 そうそう、言ってましたよね(笑)。しかも、すごくかっこいいベルトをしていて、おしゃれだったんですよ。
野村 そんなことまで覚えているんですか?
櫻井 覚えてますよ! しかも映画も撮られているって聞いていたし、監督とはぴあで交流があってということで、3人で打ち合わせをしている時は、私は緊張もあって、お二人の会話についていけなくて……。自分に対してすごく不安になった記憶あります
――話に入っていけなかった?
櫻井 そうなんです。今なら入っていけると思いますけど、当時はもう、私も考えていることを伝えなくちゃいけないとは考えるんですけど、変なこと言ってしまったらどうしようって、なかなか入っていけず……。
野村 でも、僕は監督とはぴあで同期、櫻井さんと監督はENBUゼミナールで同期だったんですよね。
櫻井 そうなんですけど、選択しているコースが違ったので、当時は話したことがなかったんです。
――こうして同じ作品で共演するということを含めて、何かしらの縁があった、ということですね。お二人のプロフィールを拝見すると、球技や水泳が得意と書いてありますが、そういう話はされなかった?
野村 えっ、そうなんですか! 初めて知りました。
櫻井 そういう話はしませんでしたね。
――ちなみに、撮影に入る前になにか二人で役作りしたことはありますか?
櫻井 そういえば、劇中に出てくるチェキは、全部野村さんが実際に撮ってくださったんです。チェキ撮影を通してコミュニケーションを取ることができました。
野村 そうそう、あのチェキノート1冊分撮りました。撮影の合間を使って、校庭とか帰り道とかで撮っていましたから、その時間を通してのぶえと村木の関係性も作ることができたと感じています。
――そのチェキを、上映記念ということで、劇場で配ってほしいですね。さて、冒頭部分の二人の関係性は、待ち合わせして登校したり、一緒にパンを食べたりと、初々しかったですし、背景というのでしょうか、撮影地の雰囲気も、令和の今というよりは、かつての昭和という印象が強かったです。
野村 そうですね。監督の地元でもある錦糸町で撮影していたので、監督の原風景というのでしょうか、学生らしい初々しさと、夜の歓楽街の危うさみたいなものが入り混じったものを感じました。ある意味、監督の経験を追体験するような感じでした。
遠上監督 撮影は、普段ドキュメンタリーの現場で仕事をしている井坂さんにお願いしていて、その理由は、役者をドキュメントっぽく撮って欲しかったのと、周囲の風景も含めて撮って欲しかったからです。というのも、私の生まれ育った錦糸町の、今の風景の中で、この2人の姿・画を撮りたかったからなんです。井坂さんにその希望を伝えたところ、周囲の風景込みの、全体的に若干引きの画で構成してくれました。
――私の世代だと懐かしい風景で、子供のころを思い出します。
遠上監督 確かにそうですね。実はこの作品は、錦糸町駅の南口で撮っているんです。北口はスカイツリーができて、かなりクリーンになっているんですけど、南口はまだ昔の風景が残っていて、これを今撮っておかないと、なくなってしまうような気がして……。それで撮影地に選びました。
子供の頃は、南口には行くなって言われていたんですけど、通っていた塾が、キャバクラの入っているビルの上にあったりして(笑)。歓楽街と生活がずっと隣にある状態で過ごしていました。
――引きの画が多いことは分かりました。一方で長回しも多かったです。撮影はいかがでしたか?
櫻井 私はもともと演劇の出身なので、(撮影)当時は映像の経験がほとんどなかったこともあり、長回しの方がむしろ、彼女(のぶえ)としてそこにいられる分、やりやすかった記憶があります。それこそ、ドキュメンタリーのように撮るわけですからね。
――その場合、なにか次の動作に移るきっかけ(指示)みたいなものあるのですか?
櫻井 ある時もありますが、基本は、大体これぐらいの間があって、こうして下さいという指示がありますので、役の感情に沿って芝居をしていました。特段、長回しだからとか、特徴的な演出だから、とかは感じませんでした。
――監督は、撮影に入る前になにか指示をされたのですか?
遠上監督 櫻井さんには、現場に入る前にツァイ・ミンリャンの『愛情萬歳』(1994)のDVDを渡して、これ観ておいてくださいとは伝えました。それ以外では、事前に本読みとかをせずに現場に来てもらって、そこで合わせたという感じです。
知り合いが彼女の映像演技を撮っていたので、事前にそれを見ていたこともあり、彼女に任せておけば、自分の時間感覚でやってくれるだろうというのは分かっていたし、一度『愛情萬歳』を観てもらえば、大丈夫だと思っていました。タイミングの指示を出したことはありますけど、基本は、彼女の時間感覚でやってもらっています。
――野村さんはいかがでした。
野村 そうですね、確かに長回しが多かったようには感じていますけど、それは監督自身が、役者が生きている瞬間を見て、結果的にそういう撮り方されたのだろうと感じています。(現場では)僕と櫻井さんの芝居というか、どういう風にそこにいるのかっていうのをすごく見守って、すごく待ってくださっているなと思いました。(撮影の)時間にもゆとりがあったので、じっくりと贅沢に、撮っていた記憶があります。
――長回しによるお二人の芝居には引き込まれました。冒頭、公園のベンチでパンを食べるところは、リアルなカップル感がありました。

野村 ありがとうございます。実際にメロンパンを食べながら、何回か芝居をしましたけど、そこが1番(カップル感の表現が)うまくいったように思います。
櫻井 そのシーンって実は、その後も結構長く撮っているんですよ。エチュードみたいに長くて、いろいろと任せてもらっていました。
野村 そうそう、その後で鳩が寄って来たので、僕がそれに突進していくとか、色々やりましたけど、ごっそりカットされてました(笑)。
――将来、DVDが発売されたら特典で入れてほしいですね。さて、話を進めまして、村木(野村)はある夜、一人の女性と出会い、この作品のテーマにもつながる体験(被害)をします。
野村 あの部屋は台本上では、さらっとした描写だったんです。けど、実際に組みあがった部屋に立ち入った瞬間、美術の鶴優希さんの凄さでもあるんですけど、ウサギ・ウサギ・ウサギっていう感じで、ウサギが象徴的なものにまとめられていて……。
ウサギって鳴き声をあげられないそうで、さきほど櫻井さんも、なかなか吐き出せないような人たちが出てくると話されていましたけど、それの象徴のようになっていて。何かを抱えていて、それを溜め込んで溜め込んで、なんとか生きている人の館みたいなところに入った瞬間、ああ、村木は捕食されたのかもしれないって感じました。ただ、村木は被害者でもあるけど、(村木に性加害した)彼女もまた被害者でもあったのかもしれないという、いたたまれなさも感じました。

――ある意味、被害者が被害者を生んでいる、と。
野村 そうですね。誰かが悪者にならないといけないという感じでしょうか。撮影も、あの無邪気なデートのシーンの後だったので、あの部屋に入った瞬間、ああ、幸せな日々とは対照的な、世の中の裏側というか、『ブルーベルベット』(1986)みたいな世界に連れていかれてしまった、とんでもないところに迷い込んでしまった、という感じがしました。大人の闇というか、一種のノワールだったと思います。
――のぶえ、村木ともに心に傷を負う経験をしますが、ラストには光明も見えました。
櫻井 そのシーンは台本上ではもともと、玄関の前で展開するものだったんです。恐らく、監督やスタッフさんが事前に打ち合わせをして変わったのだと思いますが、のぶえの家に村木が来るんだから、一緒にご飯を食べて、会話をしようということになりました。
さきほど、監督と野村さんが衣装合わせの時に話していた内容に追いつけなかったと話しましたが、それがまさにここで、この映画では食事のシーンがすごく印象的だって話をされているんですけど、その時は、それがつまりどういうことなのかをあまり理解できなかったんです。
そして実際にそのシーンを長回しで演じた時に村木が、自分に起こったこと、自分のトラウマになったこと、自分が後悔していることをのぶえに話しますが、それは先に進むではないけど、生きていくためにする行動なんだなと思って。
のぶえ自身も、お父さんに言えないし、友達にも言えないことを抱えている時でも、朝ごはんや夜ごはんを食べるシーンがあって、つまりは食べるっていうことは、生きていくことだと気づいて。すごく腑に落ちたんです。
だから、初めて2人が一緒に朝ごはんを食べるところは、まあこれからどうなるかは分かりませんけど、すごく印象に残りました。私自身、この作品について考えているつもりだったけど、そのシーンを経験して、もう一段深いところへ行くことができたように思います。
野村 そうですね。食事シーンが印象的だというのは僕も思っていました。のぶえも1人で食べていますし、村木もまた1人でコンビニ弁当を食べています。やはり、食事を1人でしていると、すごく孤独なんだっていう気がして。だからこそ、公園でパンを半分こして食べるシーンや食卓を囲むことがすごく微笑ましく感じるんだろう、と。
いま話題になっているそのシーンは、玄関先で話して出かけるという展開だったものが、食卓で向き合って、同じものを分かち合って食べることで、お互いに逃げなかったというか、(お互いの持つ悩みに)向き合うことができたんだと感じています。まあ、それが飲み込めるか、飲み込めないかはまだ分かりませんけど、お互い腹を割って話せたことで、最後のシーンでオープンエンドになったと思っています。

映画『平坦な戦場で』
2025年7月5日(土)より2週間 池袋シネマ・ロサで劇場公開
<キャスト>
櫻井成美 野村陽介 玉りんど 佐倉萌 竹下かおり 安藤チカラ つかさ 山田荘一朗 上野山圭治 金子翔 大野やすひろ 大河原恵
<スタッフ>
監督・脚本・編集:遠上恵未
撮影:井坂雄哉 録音・整音:若杉佳彦 照明:奥田夏輝 美術:鶴優希 撮影助手:堂脇和奏 助監督:川島崇 小川将也 遠上明希 深見はまる 安藤チカラ カラーグレーディング:奥田夏輝 井坂雄哉 宣伝デザイン:Do Ho Kieu Diem 宣伝:河合のび 菅浪瑛子(Cinemago)
2023/日本/78分/カラー
(C)2023/遠上恵未
●櫻井成美 プロフィール
2000年生、大分県出身。高校卒業後に上京、アルバイトをしながら演技を学ぶ。2022年4月、芸能事務所アプレが12年ぶりに開催した新人オーディションに応募。豊かな感性とたたずまいが魅力と評価をされ合格。現在は映画・舞台・CMなどで活動中。主な出演作に映画では『きまぐれ』(監督:永岡俊幸)『春の結晶』(監督:安川徳寛)『犬も食わねどチャーリーは笑う』(監督:市井昌秀)、舞台では20歳の国「長い正月」(演出:石崎竜史)ほりぶん「一度しか」(演出:鎌田順也/ナカゴー)広告ではLIFULL HOME’S(ライフルホームズ)などがある。
公式サイト:https://apres.jp/players/sakurainarumi.html
野村陽介 プロフィール
1996年生、埼玉県出身。東京藝術大学美術学部へ進学し在学中より俳優を目指す。在学中に主演・監督・脚本・美術・編集・音楽などを務め制作した自主映画『未亡人』がぴあフィルムフェスティバル PFFアワード2020で審査員特別賞を受賞。主な出演作に映画では『ドクター・デスの遺産』(監督:深川栄洋)『脳天パラダイス』(監督: 山本政志)、舞台では「N/KOSMOS-コスモス」(演出:小池博史)などがある。
公式サイト:https://sanctuary-agency.com/artist/detail/01jq8h7etd1q6jp1dssreke70j