「高畑勲展 日本のアニメーションを作った男。」が6月27日(金)から、麻布台ヒルズギャラリーで開催中だ。今年は高畑勲監督の生誕90年という節目であり、氏が人生に大きな影響を受けた太平洋戦争から80年が経過していることを踏まえての開催だという。

高畑監督といえば、『アルプスの少女ハイジ』『赤毛のアン』といった数々の名作テレビアニメを手掛け、さらに『平成狸合戦ぽんぽこ』『ホーホケキョ となりの山田くん』『火垂るの墓』などの劇場作品を作り出したことでも有名だ。
昨日、麻布台ヒルズでそのオープニングセレモニーが開催され、高畑夫人のかよこ氏と長男の耕介氏が登壇、さらに高畑監督の熱烈なファンとして知られる爆笑問題 太田 光氏と、スペシャルサポーターの岩井俊二監督も登場して高畑監督への思いを語ってくれた。

高畑監督の長男 耕介氏と、夫人のかよこ氏
耕介氏は、「アニメーターではない、監督の足跡をたどる展示企画は珍しいようです。父の作品は見た目も変化に富み、個性的で、甘さ控えめで爽快感を味わえるとは限らないけれど、味わい深く今も色あせない輝きを持っていると思います。
もともとこの企画は父の生前に始まりました。作品が作られた時代背景や思想、影響を受けた演出などを採り上げようという構想でした。父の作品では映像にリアリティを与えるために導入したいくつかの表現が注目されていますが、より重要なのは、主人公から距離を取ってありのままの現実、日常の暮らしや営みを見せて、感覚を共にすることで、見る人が主人公を見守ることにあります。
アニメーションは基本的にゼロから作りますので、構図から芝居のすべてについて細かな設計が必要です。声優選びから劇伴まですべてにこだわりがあります。その制作過程が本展示の見どころです。それが端的に見えるものとして注目いただきたいのが、『赤毛のアン』のオープニングに関する展示です。皆様には、展示されている制作チームの苦闘の跡を改めて見ていただければと思っています」と語った。

爆笑問題の太田 光氏と、スペシャルサポーターの岩井俊二監督も登場
太田氏は生前に高畑監督と対談をしたことがあったとかで、「最初は『王と鳥(やぶにらみの暴君)』という作品の上映会で対談をしたんですが、僕はこんな感じだったんで、監督は引いていましたね(笑)。
その後、『かぐや姫の物語』の制作中に、番組でスタジオジブリにうかがいました。そこではスタッフの人たちが、監督が一度作品を作り始めるとたいへんなことになるとおっしゃっていました。作業が緻密で、妥協を許さないということだったんです。アニメーションでの人間の仕草とか、瞬きひとつの動き方に対する監督のこだわりの強さを聞いて、本当にこの人は作品に対して、自分に対して厳しい人なんだと感じました。
高畑勲という名前を意識したのは随分大人になってからですが、それ以前から僕の中で体験として高畑さんの作品を見ていたので、気がついたときには僕の中に入っていた。原点っていうとあまりにシンプルですけれども、名前を知る前から中にいた人、そんなイメージですね」と高畑監督への思いも話してくれた。

岩井監督は、実は高畑監督の遠い親戚に当たるそうで、その縁で学生時代に高畑監督にお話を聞いたことがあったそうだ。「うちの親戚で映像の仕事をされているのは高畑さんしかいらっしゃらなくて、OB訪問的な感覚でおうかがいしたんですけど、めちゃくちゃ怖い方でしたね(笑)。
君は自分の作りたいものを、プロになっても今まで通り作っていきたいんじゃないのかね? と聞かれて、そうですねと答えたら、そんなことは僕が聞きたいよって言われて。そこから、いかに好きなものを作るってことがこの世界でたいへんなのかという話を2時間ぐらい話していただきました。
映画作りのたいへんさ、きびしさを語ってくださって、僕にとっては唯一の映像の先輩がくださった言葉だったので、座右の銘じゃないですけど、ずっと大事にしてここまで来たという感じなんです」と意外な関係性を披露してくれた。

また高畑監督からの影響についても、「『ラブレター』という作品の最後のシーンは、『おもひでぽろぽろ』のラストシーンをイメージしながらコンテを書いた覚えがあります。また『花とアリス』というアニメーション作品に挑戦させてもらったときに、ご指導や感想をいただいたりしました」と、高畑監督の優しい人柄が感じられるエピソードも紹介してくれた。
その展示会場は時代別、作品別に分けられており、それぞれにアニメーション作りの真髄に迫った本人直筆の原画や絵コンテ、初公開となる資料などが並んでいる。また所々で高畑監督へのインタビュー映像や作品本編も上映され、じっくりと楽しめる内容になっている。アニメーション作品に込められた作り手の思いに触れることができる貴重な機会でもあるので、時間に余裕を持ってお出かけいただきたい。(取材・文・撮影:泉 哲也)
高畑勲展 日本のアニメーションを作った男。
●期間:2025年6月27日(金)〜9月15日(祝)
●開館時間:10:00〜20:00(最終入館19:30)、6月27日(金)〜7月18日(金)の火曜・日曜は10:00〜17:00(最終入館16:30)
●会場:麻布台ヒルズ ギャラリー 東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階
●主催:麻布台ヒルズ ギャラリー、NHK、NHKプロモーション
●企画協力:スタジオジブリ
●協力:(公財)徳間記念アニメーション文化財団、新潮社
●協賛:ア・ファクトリー
●後援:レッツエンジョイ東京、TOKYO MX、在日スイス大使館

1971年に放送がスタートした「ルパン三世」(今で言うPART1)の後期エピソードでは、高畑氏と宮﨑 駿氏が監督を手掛けていた。写真はその最終回の絵コンテ

『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)の絵コンテには、動きの速度など細かい指示も書き込まれている

物語の進行に伴う緊張と弛緩、感情の起伏などのポイントを制作スタッフで共有するために高畑監督が制作したテンション・チャート。緊張を「閉」「開」「動」の3つに色分けするなど細かな工夫が施されている

ヒロイン、ヒルダのイメージの変遷なども展示

『パンダコパンダ』(1972年公開)のコーナーには、宮﨑監督の脚本原案に対して高畑監督がセリフを加筆・修正し、演出上のメモや構図スケッチを添えてシナリオを練り上げていった様子もわかる資料が展示されている

大人気のテレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』(1974年)では、“自然という主人公”がテーマだったとか。高畑監督は原作を読み込んで、1年のシリーズとして構成を考えたとのこと。現地ロケに出かけた際の動画もあり

『赤毛のアン』(1979年)は、爆笑問題の太田氏が号泣したという名作。高畑氏は原作に忠実にアニメーションにすることを試みたとのこと

長男の耕介氏の話にもあった、オープニングの原画や絵コンテも展示されている。細かい描き込みが綺麗です

『じゃりんこチエ』(1981年)では、日本を舞台にしたアニメーションとして、日本の風土や庶民の生活をリアルに描くことに注力したそうです

『火垂るの墓』(1988年)より。それまでのアニメーションでは現実よりも絵の具の彩度が高く設定されていたが、『火垂るの墓』では1940年代をリアルに描き出すために彩度を抑えた新色を多数作ったとか

『おもひでぽろぽろ』(1991年)では、1966年と1982年というふたつの時代が舞台になっている。そこで、1966年は漫画のタッチを活かした作画と淡い色彩、1982年は実写性を追求した作画と背景といった具合に描き方を使い分けている

『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)は、高畑監督自身が「記録映画だと思っている」と語った作品

『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)は、デジタル技術を使って手描きの水彩タッチを再現する技法を開発している。音声でも、スタジオジブリ作品で初めてDTSデジタルサウンドを採用した

『かぐや姫の物語』(2013年)は企画から完成まで8年をかけた長編大作で、高畑氏の最後の監督作品となった。会場には貴重な絵コンテや本編映像も展示されている

男鹿和雄氏による、有名なシーンのイメージボード

同じく麻布台ヒルズ内にはMUSEUM SHOPも準備され、展示会の冊子や各種アイテムが並んでいる

MUSEUM SHOPの一角には撮影スポットも準備され、チケットの半券を持っていけばパパンダの大型ぬいぐるみと一緒に記念写真を撮ってくれる

カフェコーナーでは、パパンダカレー、ミミ子の目玉焼きデザートプレートといった作品にまつわるメニューもあり
高畑勲氏 肖像写真 撮影:篠山紀信
「太陽の王子 ホルスの大冒険」©東映
「パンダコパンダ」©TMS
「アルプスの少女ハイジ」©ZUIYO
「赤毛のアン」©NIPPON ANIMATION CO.,LTD.“Anne of Green Gables”AGGLA
「じゃりン子チエ」©はるき悦巳/家内工業舎・TMS
「火垂るの墓」©野坂昭如/新潮社,1988
「おもひでぽろぽろ」©1991 Hotaru Okamoto, Yuko Tone/Isao Takahata/Studio Ghibli, NH
「平成狸合戦ぽんぽこ」©1994 Isao Takahata/Studio Ghibli, NH「
ホーホケキョ となりの山田くん」©1999 Hisaichi Ishii/Isao Takahata/Studio Ghibli, NHD
「かぐや姫の物語」©2013 Isao Takahata,Riko Sakaguchi/Studio Ghibli, NDHDMTK


