アニメーション作品の音響制作や外国語作品の日本語版制作を主に手掛けるアフレコスタジオ運営大手のグロービジョン株式会社が、本社ビルを改装。ドルビーアトモス、DTS:X対応の最新鋭、そして最高峰アフレコスタジオとして「信濃町スタジオ」としてオープンさせた。
グロービジョンは、「サザエさん」を放送開始からすべてアフレコ収録を担当、海外作品では「刑事コロンボ」「ツイン・ピークス」など有名なテレビドラマの日本語吹き替えを受け持つなど、アニメーション作品や外国語作品の音響制作では非常に知られた存在である
2月中旬に予定されている「信濃町スタジオ」の本格的な稼働の前に、関係各位へのお披露目/内覧さらに最終調整やスタッフのトレーニングで多忙な中、取材が許された。
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瀟洒な住宅街の一角にある、グロービジョン信濃町スタジオがある同社本社ビル。JR信濃町駅から徒歩約6〜7分とアクセスも抜群
ドルビーアトモス/DTS:X対応7.1.4chスピーカー構成の最新鋭アフレコスタジオ
グロービジョン信濃町スタジオは大きく3つのスタジオから構成されている。
「Studio 1」はいわゆるアフレコスタジオで、コントロールブースがドルビーアトモス/DTS:X対応7.1.4chスピーカー構成で構築された信濃町スタジオのメインスタジオとなる。コントロールブースの広さは、幅約4.8メートル、奥行約7.4メートル、高さ約2.9メートルで、広さは約35平方メートルの中規模クラスのスタジオとなる。コントロールブースの右側に併設されたアフレコブースは幅約4.8メートル、奥行約6.4メートル、高さ約3.0メートルで、広さは約30平方メートルの広々とした空間で最大20名が収容できる。
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信濃町スタジオのStudio 1のコントロールブース
Studio 1の主な機材は以下の通り。
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コントロールブース横に併設されているアフレコブース。明るい内装は、長時間の収録作業時にできるだけ疲れにくくするための配慮だ
なお、「Studio2」はオーディオブックやゲームセリフの収録スタジオ、「Studio3」は5.1ch対応の音楽/効果音等の仕込みを行なうスタジオとなる。
信濃町スタジオの改装ポイント
取材に対応してくださった代表取締役社長の川島誠一さんと、本スタジオの音響設備構築に携わった安部雅博さんのコメントを整理すると以下の通りとなる。
グロービジョンでは、前述の通り、アニメーション作品の音響制作業務と外国語作品の日本語版制作業務が主なビジネス分野だが、近年そうした業務が急成長。同社が現在自社スタジオとして運営している「九段スタジオ」での稼働率が上がりすぎて、他社のアフレコスタジオでの収録作業を増やして対応していたのだそう。そこで、かつて録音スタジオとして運営していた本社ビルを改装、耐震工事など含めてフルリノベーション工事を行ない、最新鋭の「信濃町スタジオ」としてオープンすることになったという。
川島社長によると、改築のポイントは大きく3つとなる。
①最新、最高の音響性能を備えた音響設備の構築
②長時間の収録でも快適に作業が行なえる環境の整備
③近年増加している収録取材などの万全な対応
①に関しては、同社では、すでにドルビーアトモス・シネマ、DTS:X対応の九段スタジオ(301スタジオ)があるので、それに負けない音響性能を追求。エンジニアが求める最高水準の音響性能を構築することで、高音質化が加速するイマーシブオーディオ対応スタジオとしての機能構築を追求した。
アフレコスタジオでなぜドルビーアトモス環境が必要になるのか。安部さんによると近年ドルビーアトモス音声で作られたネット動画作品が増えており、ドルビーアトモス音声フォーマットでの日本語吹き替え版を制作するニーズが増えているのだそう。その作業を行なうにはドルビーアトモス対応のアフレコスタジオが必要になるわけだ。
②は、アフレコスタジオとして、多様化するクライアントニーズに応えるためのこだわりだ。声優さんたちやここで作業に関わる社内外のスタッフたちに対する快適性向上の取り組みの一環でもある。広々として開放的、しかも陽光降り注ぐ待合室や美味なコーヒーメーカーの設置など、細部まで入念なおもてなしの精神でスタジオ全体が設計されている。
③に関しては、アニメーション作品で声優さんの収録風景を含めて、アフレコスタジオで取材を行なうニーズが近年高まっており、写真撮影に華を添えるような待合室のインテリアや照明設計が重要になる。さらには着替え、メイクが可能な控室がスタジオ上層階に用意され、万全を期している。
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待合室。陽光降り注ぎ、開放的な素敵なスペースでした
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デロンギ製コーヒーメーカーを完備。記者も一杯ごちそうになりましたが、深煎りながらフレッシュなテイストのコーヒーでした。ありがとうございました!
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Studio1の前で。グロービジョン株式会社 川島誠一さん(代表取締役社長、写真右)と信濃町スタジオの音響設備構築に携わった安部雅博さん(同社技術本部 音響技術部 一課 課長 兼 技術管理部、写真左)。安部さんは「サザエさん」のアフレコ/楽曲選曲を担当されているベテランエンジニアでもある
こだわりの全チャンネル同一スピーカー構成での7.1.4chイマーシブ音響対応システム
Studio 1は、前述の通り、ドルビーアトモス、DTS:X対応の7.1.4chスピーカー構成となっている。驚くべきは、低域をサブウーファーに担当させるベースマネージメント機能を使わずに、サラウンド/天井スピーカーも含め全チャンネルを、可聴帯域をほぼフルカバーする25Hz〜20kHzのワイドレンジ特性を備えたハイエナジースピーカーで、7.1.4chを構成していること。安部さんは当初、BWV Home/Studioの最高峰スピーカーH-5を信濃町スタジオに導入しようと目論んだそうだが、スピーカーのサイズが大きく、そのまま使うと作業スペースが狭くなるため断念した。
BWVスピーカーの製造元である、イースタンサウンドファクトリーに相談したところ、同社はH-5よりも小サイズでありながら、ニアリーイコールの性能を実現する新型スピーカーH-7を新開発。スクリーンチャンネル(フロントL/C/R)とサラウンドバックに使われる5本のスピーカーは縦型フォルムの筐体で、サイド(サラウンド)とオーバーヘッド(頭上)の6本は特注の幅広フォルム筐体の、2パターンのエンクロージャーを開発してもらったという。
サウンドスクリーンの裏側に隠蔽設置されるサブウーファーS-5は4発(信号としてはモノーラル処理となるため「0.1ch」扱い)。H-7は、3ウェイ3スピーカー構成のバスレフ型モデルで、内部にクロスオーバーネットワークを組み込まないマルチアンプ駆動仕様のスピーカーだ。H-7は、イースタンサウンドファクトリーが輸入元となる英国リニアリサーチ社製8chパワーアンプ88C06に備わった内蔵DSPで帯域分割/遅延補正処理/周波数補正などが行なわれたのち、ハイパワークラスDアンプで駆動される流れだ。
BWV Home/Studio H-7スピーカー。キャビネットのカラリングはすべて信濃町スタジオの特注カラー(グロービジョンのコーポレートカラーの明るい青色)で彩られている
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工事完了前に撮影したスクリーン裏の様子。センタースピーカーのH-7はフロントL/Rと同じ高さにインストールされている。その周りには、サブウーファーとして使われるBWV Home/StudioのS-5が4台取り囲むように設置されている。S-5は、15インチウーファー搭載の強力モデルだ。パワーアンプを搭載しないパッシブタイプ仕様となる
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サイド(サラウンド)スピーカーは、エンジニアが作業する位置(基準点)に向かって高域/中域がマウントされるキャビネットが微妙に傾斜を付けている。この傾斜は緻密な計算のもと角度が決められたという
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天井スピーカーも25Hz〜20kHzの周波数特性を備えたH-7(の特注キャビネット仕様)スピーカーが4本ぶらさがっている。天井スピーカーの低域増強用にサブウーファーを設置することは例がないわけではないが、ここまでの再生能力を備えた巨大スピーカーを吊るす例はほとんどないだろう。本スピーカーを吊るす前提で、天井面の補強工事が行なわれた
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取り付け金具も特注。アンプからの接続は3ウェイマルチ駆動となるが、結線そのものは、信頼性重視のスピコン端子で行なわれている
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最新鋭のデジタルコンソール、Solid State LogicのSystem T S500を導入。DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)はAVIDのProTools HDXを2台用いている
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各種機材はバックヤードにまとめてラックマウントされている。右側ラックに6台がマウントされている黒いコンポーネントが、リニアリサーチ製のDSP内蔵8chパワーアンプ88C06
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88C06の後方端子では、H-7につながるスピーカーケーブルがスピコン端子を介して接続されている。88C06への信号入力はDanteという業務用デジタル接続規格ネットワークケーブル(LANケーブル)で行なわれ、88C06内でD/A変換、帯域分割などが一括して処理される
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中央の銀色の機器がSSLデジタルコンソールの信号処理を担う本体。コントールブースにある、いわゆる「卓」は、リモートコントロールユニットである。下には、そのIO(input/output)用インターフェイスが設置されている
分厚い低音が360度シームレスにつながる、強烈、超絶な立体音響に圧倒された!
ドルビーアトモス、DTS:Xのトレーラーのほか、BD『エベレスト』、『アンブロークン 不屈の男』など、聴き馴染んだ作品を再生していただいた。
業務用スタジオだから「鮮度感が高く、歪み感の少ないハイエナジーの音」であることはある程度想像していたが、その想像の遥かうえを超える強烈なサウンドに圧倒された。
20Hz〜20kHzまで定規でまっすぐな線を引いたようなワイドレンジでしかもハイエナジースピーカーが、天井まで4本備わりつつ、それぞれが理想的な配置にあるドルビーアトモス、DTS:Xのシームレスサラウンド。
言葉にするとそうとしか表現できないが、それは筆舌しがたい強烈な体験であった。分厚い低音が360度全周みっちりとつながり、躍動する三次元立体音場の生命感といったら……。オーディオビジュアル再生を趣味として30年以上実践し、仕事としても25年以上関わってきたが、このレベルの音は初めてである。家庭用サラウンドシステムでは未踏の領域であることは断言できるし、商業映画館/スクリーニングルームでも体験したことのない「超絶体験」であった。
信濃町スタジオが本格稼働し、「音のいい」アニメーション作品や日本語吹き替え作品が多数リリースされる原動力になることを強く期待したい。(取材・文/辻潔)
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音声アフレコ用スタジオなので、映像表示は重視されておらず、スクリーンは約100インチと小型。マシンルームから斜め投写するため、やや特殊なレンズを使って台形補正機能などを駆使して表示される。プロジェクターはChristie製フルHD仕様を用いている