中国香港のハイエンドオーディオ市場が熱い! その熱量を体験するには現地に出かけるのが一番ということで、注目が高まりつつあるオーディオ販売店「Audio Exotics(オーディオ・エキゾティクス)」を訪れることにした。
同ショップを選んだ理由は二つある。既存のオーディオ専門店では目にすることが少ない希少なブランドの製品と出会えること、そして豊富な経験とノウハウを駆使した独自の販売姿勢を貫いていること。その二つの点においてオーディオ・エキゾティクスには高級オーディオショップの未来を担う先見性があると見た。はたして「そこでしか聴けない音」は存在するのだろうか。
創業は2009年。現在は中国香港に3店舗、シンガポールにも進出
Chris Leung(クリス・レオン)が2009年に創業したオーディオ・エキゾティクスは、現在中国香港に3店舗を構えるハイエンドオーディオ専門の販売店&代理店で、直近ではシンガポールにも新店舗を開設するなど、事業を拡大中だ。毎年「AEスーパーハイエンド・オーディオショウ」と名付けた展示会を主催するなど、オーディオ市場の拡大に熱心に取り組み、アジア地域のオーディオプラットフォームを自認する。現地のオーディオ愛好家だけでなく、海外からも注目を集める話題のショップだ。
今回は2019年にオープンした旗艦店「Divin Lab(ディヴィン・ラボ)」と創業店の2ヵ所を訪問した。前者は香港島南部アバディーン近郊、後者は香港島北岸の上環に位置し、車なら30分ほどで移動できる距離にある。
Divin Lab
Divin Labは、Audio Exoticsの中国香港に3つある店舗の中でもっとも広い旗艦店。メインシステムとして設置されているのが、ドイツ・ゲーベルのスピーカー「Divin Majestic」と同じくゲーベルのサブウーファーである「Divin Sovereign」。組み合されているプリアンプとパワーアンプは日本のロバートコーダの「Takumi K15EX」「Takumi K160」だ。アナログプレーヤーはデンマークのHartvig Audio「Statement」、イギリスのDalby Audio Design「Akasu Elemento」、スイス・DaVinciAudio Labs「Gabrielle Mk4」の3種で、フォノイコライザーは日本・Zanden Audio Systems「仁風」とフランス・JMF Audio「PHS 7.3」の2種を使い分ける。
ディヴィン・ラボは広々とした空間にドイツのGöbel(ゲーベル)の巨大なスピーカー群や3台の超弩級ターンテーブルが鎮座し、その威容が来訪者を圧倒する。筆者ら取材チームが訪れたときは、複数のシステムを切り替えて鳴らすのではなく、Chrisが選んだ最良のシステムを基本にしてターンテーブルなど一部の機器をソースに応じて使い分けるという方法で音を出していた。それが同ショップの基本姿勢で、そこに一般的なオーディオショップとの違いがある。複数のコンポーネントとシステムを並べて顧客が聴き比べるのではなく、店主が選び、追い込んだシステムで音を聴かせ、その音に共感した顧客が環境や好みに合った製品を購入するという流れが多いという。どうやらその販売姿勢が支持を集めているらしい。オーディオ・エキゾティクスで高額なオーディオ製品を購入する顧客は、店主の耳とオーディオ哲学に全幅の信頼を寄せているのだ。
論理的アプローチで理想の音を追求する創業者のChris Leung
創業者Chris Leungの半生は中国への香港返還後の経済的発展と密接に結び付いている。米国コロンビア大学とニューヨーク大学で経済学と統計学を専攻し、修士号を得る。銀行業で25年間のキャリアを積んだエコノミストという本業の傍ら、子供の頃から父親の影響で趣味としてのオーディオの楽しさに引き込まれ、ハイエンドオーディオの世界に足を踏み入れた。オーディオ歴は30年以上に及ぶ。
Audio Exotics Founder
Chris Leung(クリス・レオン)
米国コロンビア大学とニューヨーク大学で統計学と経済学の修士号を取得し、銀行業界で25年間、中国マクロ経済学を専門とするエコノミストとして活躍。そして、父親の影響で趣味として始めたハイエンドオーディオの世界にも足を踏み入れ、2009年、ハイエンドオーディオ専門ショップ「Audio Exotics」の1号店を香港島北岸の上環にオープン。以後、拡大を続け、現在は中国香港に3店舗、シンガポールにも新店舗を開設。ピアニストのラン・ラン(Lang Lang)、香港フィルハーモニー管弦楽団へのスポンサーシップ等の文化的活動でも知られるほか、中国香港の人気歌手、俳優であるアーロン・クオックとも親交が深く、直接教わった音楽におけるテンポの重要性などが、オーディオ機器を評価する際にひじょうに役立っているという。
音楽とオーディオへの情熱は人一倍強く、論理的アプローチで理想の音を追究するのがChris流だ。ディヴィン・ラボは文字通り彼が音を追い込むラボでもあり、主要なコンポーネント群の周囲には大量のケーブルやアクセサリー、一見しただけでは用途不明な「ブラックボックス」が並んでいる。オーディオマニアの牙城にありがちなカオスに見えなくもないが、実はその一つひとつに明確な役割があり、一つの重要な目的のためにシステムに加えられている。
その目的とはなにか。「理想の音を実現するためにはあらゆるノイズを減らし、排除する必要があります。私が重要と考えるノイズは次の6種類、すなわちグラウンドノイズ、交流ノイズ、メカニカルノイズ、RF(高周波)ノイズ、EMI(電磁)ノイズ、そして室内音響ノイズです。それら複数のノイズをそれぞれ適切な方法で低減させなければならないのです」(Chris)。
システム全体としての再生音の印象を書く前に、Chrisが言及したノイズ低減策の一部とその効果を紹介しておこう。
グラウンドノイズ対策はTripoint Audio(アメリカ)のTroy Elite N Gが担う。これがなければディヴィン・ラボは成り立たないと断言するほど、重要な役割を演じているという。Troy Elite N Gを外すと、レイフ・オヴェ・アンスネス『1786』の録音に含まれるムジークフェラインザールの余韻の動きが曖昧になることを実際に確認できたことからも、微小信号の損失を防ぐ顕著な効果を発揮していることがうかがえる。
Subbase Audio(ドイツ)のVividus zwoは高周波ノイズを抑えるフィルターとして機能する。バルトークの「管弦楽のための協奏曲」を同フィルターの有無で聴き比べると、弦楽器の浸透力や音色の瑞々しさ、打楽器のアタックなど、広い音域にわたって音色の忠実度が向上する効果が認められた。
EMIノイズを抑えるPranaWire(アメリカ)の製品はパワーアンプとスピーカーの間に使用する。同フィルターについても実際に接続の有無で音を聴き比べたところ、ソプラノのアリアをフィルターなしで聴くと声が少しきつく感じられた。Chrisによると、スピーカーからアンプに伝わる電磁ノイズの影響だという。使用時は声の高めの音域まで質感がなめらかになるが、鮮度を失ったり、表情の振れ幅が小さくなることはない。ノイズ対策を重ねても演奏の振幅やエモーショナルな表現が後退しないことは、ディヴィン・ラボの音の大きな特長の一つだと思う。音楽の肝心な要素は残したまま、悪影響を及ぼすノイズだけを排除すること。それこそがChris流ノイズ管理の極意なのだ。
室内音響の改善アイテムとして日本音響エンジニアリングのAGSを採用し、メカニカルノイズを制御するためにウェルフロートの製品を導入しているのも理由は同じ。有害な振動を適切にコントロールしながら、音楽のエネルギーを抑える方向には作用しないことに共通点がある。
ノイズ対策の徹底により演奏の高揚感や表情の豊かさをストレートに聴き手に伝える
6種類のノイズ対策を徹底したシステムから生まれるサウンドは、どこにも不自然な誇張がなく、演奏の高揚感や表情の豊かさをストレートに聴き手に伝える。ゲーベルのDivin Majesticは天井に届きそうな巨艦で、46㎝ウーファーを内蔵するサブウーファーの存在感も半端ではない。だが、オーケストラ伴奏で歌うソプラノの音像はむしろ小柄な身体つきを想像させ、オケも小編成ならではの繊細な響きを忠実に再現する。
リッキー・リー・ジョーンズでは贅肉を削ぎ落とした自然なヴォーカルが浮かび、ベースは動きが機敏でアタックも鮮明。パーカッションの粒立ちの良さも際立つ。とはいえ分析的なクールな音という印象はなく、表情の豊かさは申し分ない。視覚から受けるイメージと実際の音の印象がこれほど一致しないシステムは他に思い当たらないほどだ。
バルトークの管弦楽曲では、音数が多いフレーズを極限まで解像する見事なディテール再現に強い感銘を受けた。各セクションの関係を立体的に描き出しながら、オケに散漫な印象はなく、細部と全体が高い次元でバランスを保っている。メインスピーカー単独でも十分な低域を再現しているにも関わらず、あえてサブウーファーを加えているのは、低域の再現力にさらなる余裕をもたらすことが狙いだという。オープンで澄んだ低音の感触からはたしかに別格のゆとりが感じられ、コンサートホールで体験するような深い響きを体感することができた。
LPレコードで再生したマーラー「復活」の最終楽章は、文字通りそこでしか聴けない音として筆者の記憶に強く刻み込まれた。大編成のオーケストラと合唱にオルガンが加わる終結部は響きが混濁しがちで、各楽器の動きや合唱の各声部の関係を把握するのは至難の業。ところがディヴィン・ラボのシステムで再生したインバル指揮フランクフルト放送響の「復活」は合唱の抑揚とオケの細部が鮮明に浮かび、演奏会場に居合わせたような臨場感も実感できる。目の前にステージが精緻に展開しながら、ホール全体を満たす高密度な余韻が身体を包み込む感覚もリアルこの上ない。
奥行きの深い音場再現にはロバートコーダ(日本)のセパレートアンプやDalby Audio Design(イギリス)のターンテーブルなど、クリスが厳選したコンポーネント群が重要な役割を演じていることが想像できる。「良い製品を作りながら宣伝が不得意なブランドを発見するのが私の仕事です。ゲーベルのスピーカーも含め、オーディオ・エキゾティクス特注のカスタムモデルもたくさんあります」(Chris)。
マーラーで体験した空間の広がりには、Arya Audio Labs(イギリス)のAirBlade Signatureが重要な役割を演じている。水平方向180度という広大な指向性を実現した独自構造のスピーカーで、メインスピーカーの後方、そして壁に向けて設置することで、立体的かつオープンな音場の再現に効果を発揮するという。筆者は初めて聞くブランドだが、たしかに同スピーカーの有無で空間描写が大きく変化し、ディヴィン・ラボの空間では著しい効果を発揮していると感じた。