神の丘にみちびかれ、少女たちは永遠の時間(とき)の流れに消えた
1900年2月14日、ヴァレンタイン・デーのこの日、オーストラリアの寄宿制学校アップルヤード・カレッジの女生徒たちが、ふたりの教師に引率されて岩山ハンギングロックへピクニックに出かけた。ところが岩山を見るといって出かけた4人のうち、3人の少女の行方が分からなくなる。さらに引率の数学教師までもが忽然と姿を消してしまった。そしてこの事件をきっかけに、アップルヤード・カレッジではすべての歯車が狂い出す。誰もが真相を知らぬまま・・・。
原作は1967年にジョーン・リンジーが発表した同名小説。原作をお読みの方はわかると思うが、文体には事件のあらましを淡々と追ったドキュメントのような趣向がなされている。本作もあくまで迫真性を狙った創作であり、当時のオーストラリアに類似した事件の記録は残っておらず、実際に起きた事件に基づいたものではない。非常に完成度の高い、神隠しを扱ったミステリなのである。
本作はオーストラリア映画を世界地図に載せ、オーストラリア映画産業の新時代の到来を告げた作品のひとつである。この時代はオーストラリアン・ニューウェイブ(オーストラリアン・フィルムルネッサンス、オーストラリアン・フィルムリバイバル)と呼ばれており、監督ピーター・ウィアー、製作の マッケルロイ兄弟、撮影監督ラッセル・ボイドはこの運動の中心人物であった。
この映画には、ただ美しい映像以上のものが必要だった。映像の背後にある見えないパワーで、観客に魔法をかける必要があった。それを達成するために、ラス(ボイド)と私はさまざまなフィルターの実験をした。また、フレームレートについても実験し、多くのクローズアップを毎秒32フレームで撮影した。俳優にはまばたきや突然の動きをしないように求め、その画像を毎秒24フレームの会話ショットに混ぜて編集した。変化する速度に気づくことなく、なにかが違う、なにかが少し奇妙に感じられる。そんなムードを作り上げたんだ。(監督ピーター・ウィアー)
撮影のラッセル・ボイドは監督ウィアーとは6度コンビを組み、2003年の『マスター・アンド・コマンダー』ではアカデミー撮影賞を受賞。2022年、オーストラリア国立映画音響アーカイブに保管されていた35mmオリジナルカメラネガを、オーストラリアのグラナリィ社が4Kスキャン。デジタルレストアをポーランドのフィクサフィルム社が担当している。
HDRおよびSDRグレードは同じくフィクサフィルムで行われ、ウィアーとボイドが監修、最終承認している(カラリストはゴーシャ・グジブ/米ヘッドクォータース・ポスト)。収録サイズはオリジナル1.66:1ヨーロッパビスタ(ソフトマット)。107分ディレクターズカット(DISC1)120分劇場公開版(DISC2)収録。スタンダード・エディションにはBLU-RAY(R-B)は収録されない。
この映画でラスは、風を嗅ぎ、土を蹴り、太陽に目を細めながら、農夫みたいに撮影場所を歩き回りながら、ピクニック・シーンを撮影するのに最適な時間を具体的に示してきた。私が少し魔法のような雰囲気を求めていたからね。そして私が望む雰囲気を得るには、1時間という特定の時間枠内で撮影する必要があると言ったんだ。スケジュールを大幅に変更して、1日 1 時間、これを1週間続ける。アシスタントやほかのスタッフにとって悪夢だったが、得られた結果を考えるとその価値はあったよ。(ピーター・ウィアー)
これまで使用された35mmインターポジ使用のBLU-RAY版は、経年劣化による収縮によって画面揺れが生じていたが、オリジナルネガ使用の本盤では安定度が著しく改善されている。また低照度の室内ショットに散見されていた、見苦しいフリッカーからも解放されている。ところが、一見すると柔和なHDR画像にみえるものの、多くのショットで奇妙な違和感があるのも事実だ。
フィルム粒子の痕跡が大幅に脱脂されており、画像の質感は(ときに不快なほど)人工的で、過度にDNR処理された側面が見受けられるからだ。結果は程度を超えた平滑な質感となり、蝋状の顔貌や扁平で水彩画のようなショットが生成されてしまっている。中庸な粒子感のショットもあるにはあるが、デジタル撮影作品にみるような擬似粒子のエミュレーションを思わせる。こうした過度なDNRの使用は、前述したフィルター効果を再現するためのものか、その意図は定かではない。
近年各方面から信頼を得ているUKセカンドサイトから、このような修復結果が得られたのに驚かされた。セカンドサイトからは2010年にBLU-RAY版がリリースされており、このレストアHDマスターは2014年クライテリオンBLU-RAYにも採用されている。これらもウィアーが監修・承認したものであることを考えると、今回リリースのUHD BLU-RAYはオリジナル・リリースの復元ではなく、映画の新たな「描き換え」を意味しているのであろう。
「描き換え」を証明する手立てとして、議論を引き起こすであろうカラーグレーディングが挙げられる。ニュートラルすぎた感もある2010年BLU-RAY版のHD マスターに対し、新しいUHDマスターはほぼ全体にわたって黄系(黄金色)のスペクトルに傾いている。かなり快適に彩度が上がっており、ハイライトのディテイルは蘇生。一方で低照度ショットでは、黒の引き込みが早くなっている。
音響編集/サウンドデザインは『わが青春の輝き』『乙女の祈り』のグレッグ・ベル。ディレクターズカットは5.1ch、劇場公開版は1.0 MONO、2.0 デュアルMONOトラックで提供される。5.1chトラックは2010年レストア・マスターのリユースとなるが、16ビットから24ビット仕様となっている。
多分にフロントヘビーではあるが、発声(一部の俳優は吹き替え)は歯切れよく明瞭で、安定度が高い。サラウンドチャンネルは音楽と環境音の拡張のために使用されており、エネルギッシュなマルチチャンネル・パフォーマンスを期待すべきではないことは明らかだが、ミステリアスなムードは十分に出る。音楽は『アイスマン』『愛しのロクサーヌ』のブルース・スミートン。ゲオルゲ・ザンフィルによるパン・フルートの響きは聴きどころのひとつ。
ゲオルゲの音楽なしでは、ハンギング・ロックでのピクニックなど想像できない。映画のために特別に作曲されたものではないにもかかわらず、この音楽がこれほどうまく機能していることは、本当に信じられないことだ。この音楽をまったく異なる文脈で映画に流用したことで、非常に詩的で神秘的な何かを暗示することになった。まるで別の次元からハミングしているかのような印象だ。同時に音楽に宿る不穏で挑発的な感覚が、この映画に途方もない永続的な力を与えている。(編集マックス・レモン)
UHD PICTURE - 4/5 SOUND - 4/5
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