キャリーをいじめないで! 彼女が泣くと恐しいことが起こる・・・
ご存知スティーヴン・キング、1974 年弱冠26歳のときの長編デビュー小説の1976 年映画化作品。映画化権はわずか2,500ドルではあったが、映画は文字通り世界に衝撃を与えることになる。監督ブライアン・デ・パルマは、ティーンエイジャーの不安や孤独感、親からの虐待、学校生活における重圧や原罪意識など幅広いテーマに取り組み、深く考え抜かれた知的なランドマーク・ホラーに仕上げてみせた。キングの原作を脚色したのは、映画・演劇評論家であったローレンス・D・コーエン。長編映画の脚本執筆は2作目ながら大抜擢となったコーエンは、小説の意図に厳密に従った草案を書き、その後にデ・パルマと共に脚本を完成させた。この脚本は高く評価され、アメリカ探偵作家クラブ主催のエドガー賞・映画脚本部門にノミネートされている(受賞は『ファミリー・プロット』)。
ジョージ・ルーカスと私は、同時期に若い俳優を探していたので、一緒にキャスティング・セッションを行った。私たちはふたりともエイミー・アーヴィングを自分の映画に欲しかった。ジョージはレイア姫のためにね。キャリーのエンディングのアイデアをどこから得たのか憶えていない。草稿では小説通りに母親の殺害で終わっていた。キャリーのテレキネシスによって心停止するんだが、脚本のローレンスとプロデューサーのポール(モナシュ)に、これで終わりかい?これが君たちが言うビッグシーンなのか?と強く言ったのを覚えている。そこでエンディングには我らがエイミーにお出ましいただいた。最高のエンディングになったよ。(ブライアン・デ・パルマ)
当初デ・パルマは、キャリー役に『さらばハイスクール』(監督ピーター・ハイアムズ)で注目されたベッツィ・スレードを選ぶことに決めていたが、シシー・スペイセクのキャスティング・セッションを観て考えを改めた。当時26歳という年齢がスタジオの反感を買ったが、スぺセクは持ち前の演技力で17歳の超能力少女を見事に演じ切り、アカデミー主演女優賞にノミネートされている。スぺセクの他にも、ジョン・トラボルタ、ナンシー・アレン、ウィリアム・カット、前述のエイミー・アーヴィングといった若い才能のキャリアパスを実現した作品でもある。一方でキャリーの母親を演じたパイパー・ローリーは、映画界への復帰作となった本作で圧倒的な存在感をみせ、『ハスラー』に続いてオスカーにノミネートされている(その後『愛は静けさの中に』でもノミネート)。
当初の撮影監督は『ある日どこかで』のイシドア・マンコフスキー。デ・パルマと対立したことで早期に解雇され、インディーズ作品やTV映画の撮影で知られていたマリオ・トッシが引き継いでいる。さまざまなレンズとフィルターを備えたアリフレックス35 IIC と シネマプロダクツXR35(ミッチェルNC)撮影。前者はキューブリックが愛用したことでも知られており、小型で優秀な機動性、頑丈で信頼性の高いカメラである。後者は合成ショットで使用される。35mmオリジナルカメラネガからの最新4Kデジタルレストア/HDRグレード。HDRはHDR10とドルビービジョンをサポートする。
ズームレンズを頻繁に使うのは私のスタイルだ。広角ズーム(16-35mmなど)や標準ズーム(24-105mm/24-70mm)をショット毎に取り換えながら撮影するのだが、絞りは最大開放となる場合が多い。そこで、わずかなフートキャンドル(照度や光強度の非SI単位)を追加して、現像所で1ストップ増感する(現像時間を長くする)。『キャリー』は予算も時間も限られていたが、それまでのハードライト・アプローチに反して、ソースをバウンスして(間接照明法)最小限のフィルライト(補助光)を使用して、ブライアン(デ・パルマ)が望んだ自然主義的な照明アプローチを行った。キングの小説の激しさと挑発の両方にマッチした効果が得られたよ。(撮影監督マリオ・トッシ)
タイトな粒子感を織り込んだHDR映像。ソフトフォーカス・ レンズやスプリット・フォーカス・ディオプターの使用、化学合成によるスプリット・スクリーン(分割画面)ショットが多用されるため、いくぶん軟調な解像感を示すものの、フィルムルックなニュアンスは十分に提供される。これまでのBLU-RAY版と比較すると、テクスチャとディテイルの描画力がアップグレード、魅力的な大顔絵から絶妙な構図のワイドショットを楽しむことが出来る。
HDRとWCG(広色域)の恩恵は随所で視認できる。青味の強かったBLU-RAYに比べてウォームトーンが補完され、カラーパレットにより深い色合いと付加的な次元を加えている。 原色と二次色の表現も良好。赤から黄色にかけての色調が重要な場面で多用されており、実に印象的だ。ドルビービジョンによってより拡張されて強化されたコントラストと黒レベルは、明暗法に拘ったライティングの妙味を再現。なかでもキャリーの家の照明アプローチは、観どころのひとつとなっている。
私とブライアンはバーナード・ハーマンにスコアを依頼していたが、交渉中に病気にかかり、マーティン(スコセッシ)の『タクシードライバー』の作業を終えた後に亡くなった。我々は作曲家を失い、完成期限も迫っていた。その時、ブライアンの知人が『赤い影』のサウンドトラックのコピーを送って来た。それを聴いた我々は、ピノ(ドナッジョ)がこの映画に相応しいと確信した。彼はショッキングな瞬間ではなく、甘く優しい瞬間に焦点を当てて作曲した。(プロデューサー、ポール・モナシュ)
音響エンジニアはデ・パルマ御用達のディック・ヴォウリセク。DTS-HDマスターオーディオ5.1ch/2.0ステレオ/2.0デュアルモノ・サウンドトラック収録。本盤をリリースしたシャウトファクトリーからは2016年に4KレストアBLU-RAYが登場しているが、サウンドトラックは2016年BLU-RAYのリユースとなる。個人的にオススメは2.0デュアルモノ・トラック。一貫して明瞭度が高く、ボリュームがあり、バランスも自然に感じられる。5.1 chトラックは(フロントヘビーながら)適切なサウンドスケープを提供しているが、フロントステージの密度感がいくぶん後退する。
若い女の子が仲間の苦痛を克服し、殻から抜け出し、男の子と出会い、おそらく人生で初めて幸せな時間を楽しむ。ピノはこれを理解しており、映画全体でいくつかのバリエーションで繰り返される『キャリーのテーマ』は、ピノの熟練の功績だ。ゆっくりとした穏やかな木管楽器がトラックの上を漂い、10 代の恋愛の夢を伝える。残念ながら、すべての夢と同じように、その夢も終わりにならなければならない。殺戮の惨劇が彼女を待ち構えていて、スコアも豹変し、不気味な電子音が唸りを上げ続ける。ピノのスコアはストーリー展開を大いに助け、多くのシーンの原動力となっているんだ。(ブライアン・デ・パルマ)
UHD PICTURE - 4/5 SOUND - 4/5
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