ボディホラー・ジャンルの先駆者デヴィッド・クローネンバーグの代表作。彼のフィルモグラフィは際限なく謎めいているが、おそらくもっともユニークな作品として際立っているのが本作であろう。描くは残忍なスナッフフィルムを流す放送「Videodrome」に出くわした、ケーブルTV局CEOマックス(ジェームズ・ウッズ)の怪異な顛末だ。共演はブロンディのボーカル、デボラ・ハリー。
メディアの想像力、インターネット上の悪質なジョーク、インスタグラムの露出狂、ミーム文化・・・『ヴィデオドローム』での予言はすべて現実のものとなった。
(プロデューサー、クロード・エロー)
常に新しい衝撃を渇望するマックスは、映像メディア社会が生んだ分裂症人間であり、クローネンバーグは現実と幻覚との彼我の境で挙措を失っていく姿を、十八番の粘質な内臓感覚を用いて描き出していく。ポスト・ヒューマニズムをめぐる会話やテクノロジーの不可逆的な様相に着眼し、急速に悪化する社会構造を予測したホラーとして高い評価を得ているのも頷けよう。もうひとりの主役でもある特殊メイクは、『狼男アメリカン』等で7度のオスカーに輝くリック・ベイカーが担当している。
撮影監督は『スキャナーズ』『ザ・フライ』のマーク・アーウィン。クローネンバーグの承認を得た、35mmオリジナルカメラネガからの最新4Kデジタルレストア/HDRグレード。総監修はアロー・ビデオ。97分劇場公開版と89分ディレクターズカットを収録。2010年クライテリオンBLU-RAY(35mmインターポジからの2Kレストア)や2015年アロービデオBLU-RAY(同クライテリオン・マスター)から大幅な映像改善を実現、間違いなくこれまでで最高のプレゼンテーションとなっている。
いわゆる潔癖な高精細感とは一線を画す、多分にアナログ的触感を持った解像感。中輝度ショットの描画力が強化され、黒レベルや陰影詳細も一貫している。減感現像された室内ショットにおける粗面の暗部表現も魅力的だ。HDRとWCG(広色域) の恩恵は広範にわたり、とりわけ赤系色が大胆、深みのある原色、豊かな橙系色も忘れ難い。節度を保った戒慎のハイライト操演も素敵だ。
音響エンジニア(サウンドデザイン/音響編集監修)は『私に近い6人の他人』のピーター・バージェス。35mm磁気トラックからの2010年レストア・マスター使用/2021年リマスターMONOトラック採用。予想以上に有機的なシネソニックを披露。2010年クライテリオン/2015年アローBLU-RAYとの音声(リニアPCM 1.0)比較では、わずかにミッドレンジの解像感の改善を聴取できる。ローエンドは制限されるものの、発声や効果音は映像と一貫した親密性を保っている。
私の草稿は、性的に、暴力的に、そして奇妙さの点で極端になる傾向がある。だがそれらは観客が現実として受け入れるものとして、バランスを取らなくてはならない。 サウンドミックスでも、例えば腹部のスリットの中で手が動き回る音に、とても騒々しく、ずんぐりした、ゴツゴツした効果音をミックスした。それは実存の世界と幻覚との狭間で狼狽える、マックスの興奮状態やパラダイムの崩壊を表現しているんだ。
(デヴィッド・クローネンバーグ)
なんといっても聴きどころは、クローネンバーグ作品の音楽と言えばこの人、ハワード・ショアのスコアだ。クローネンバーグ作品の異様な悲劇性を把握しつつ、(いくぶん押し殺した楽想ながら)ホラー映画に要求される挑発性を踏まえた心胆を寒からしめる楽音を響かせている。
UHD PICTURE - 4.5/5 SOUND - 4/5
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