4K UHD BLU-RAY レビュー『氷の微笑』ポール･ヴァーホーヴェン監督【世界4K-Hakken伝】

BASIC INSTINCT with DOLBY VISION／4K DIGITAL RESTORATION

Paul Verhoeven's BASIC INSTINCT is a typically complex and ambiguous film from a director whose erotically charged work, at its best, explores and prods at the assumptions about sex, gender, violence and power that underlie various Hollywood genres, even as, on its surface, the film fulfills those genre conventions in every way.

Release Dates (Theater)：March 20, 1992 (Domestic)
Domestic Total Gross：$117,727,224
(International: $235,200,000)

FILM

全米興行成績トップ3にヒット作の続編『ホーム・アローン２』『バットマン･リターンズ』『リーサル･ウェポン3』が並んだ1992年、大きな話題を呼んだのが本作『氷の微笑』である。興行成績では『ボディガード』を押さえて8位にランキング、日本では『フック』『エイリアン3』に次いで3位となる快挙であった。脚本は『背信の日々』『ミュージックボックス』といったサスペンス映画の脚本で知られていたジョー･エスターハスで、映画化権が売りに出されたのは1990年初夏のこと。ショッキングな内容ゆえに注目を集め、競売には8人のプロデューサーが名を上げたが、最終的にカルロコが300万ドル（当時最高額）で落札。主演のマイケル･ダグラスには1500万ドルのギャラが支払われ、製作費は5000万ドルにまで達したサスペンス･スリラー大作となった。

ある夜、元ロック･スタアが鋭利な凶器で裸体のまま惨殺された。サンフランシスコ市警殺人課のニックは、被害者の愛人キャサリンを尋問する。小説家でもある彼女は殺人の手口と酷似したミステリを発表しており、事件の第一容疑者であったからだ。容疑を一笑するキャサリンの尾行を開始したニックは、彼女を疑いつつもその肉体的な魅力に引き摺り込まれていく。キャサリンに扮したシャロン･ストーンは、大胆かつ官能的な演技で話題を提供、B級女優扱いだった過去から脱皮して一躍トップスタアに躍り出ることになる。共演に『ザ･ファーム／法律事務所』のジーン･トリプルホーン、『ディア･ハンター』のジョージ･ズンザ、『風と共に散る』でオスカーに輝くドロシー･マローン。

監督は『ロボコップ』『トータル･リコール』をメガヒットに導いたポール･ヴァーホーヴェン。オランダ時代には宗教的タブーやバイオレンスに手心を加えない問題監督であったが、ハリウッドの一線監督となってからはいくぶん丸みを帯びた感がある。とはいえ、本作にみるエロティシズムとバイオレンスへの過剰な傾倒はヴァーホーヴェンならでは、あくどく露骨、抜け目のない描写で観る者を挑発する。そんな挑発のなかで観逃がせないのが、ヴァーホーヴェンのヒッチコックへの傾倒ぶりで、『サイコ』『めまい』『裏窓』『マーニー』など、随所でオマージュが捧げられている。

VIDEO

撮影監督はオランダ時代のヴァーホーヴェン作品や『ダイ･ハード』『レッド･オクトーバーを追え！』の撮影、『スピード』『ツィスター』の監督で知られるヤン･デ･ボン。パナビジョン･パナフレックス／35mmアナモフィック撮影。レストレーションは仏ブーローニュ＝ビヤンクールにある、老舗ヒヴェンティ現像所の修復チームが担当。保存されていたネガを調査したところ、削除された約40秒間の素材が発見されず、それらのネガは消失していたことが判明（ヨーロッパではカット版／R-RATED版を上映）。米国とヨーロッパ各地を探索した結果、良質なインターネガを発見（最初に現像したフィルムをマスターと呼び、それを複製したネガ／ポジ状態はインターポジ）、ここではノーカットUNRATED版を収録している。DIAMANTフィルムソフトウェアによって自動／手動のレストア作業を実施。DIファイルは4Kとなり、UHD BLU-RAYはネイティヴ4K版となる。

LUT（ルック･アット･テーブル）はコダック（カラープリント用）5386。スタジオカナルの責任者ソフィ･ボイヤーによれば「R-RATEDカット版とUNRATED版では色調が異なっており、そこでネガフィルムEXR 500T 5296のLUTも試してみた。35mmプリントも制作して試写しながら、カットアンドトライでグレーディングを追い込んでいった。もっとも均質化に苦労したのはHDRグレーディングで、細かな調整に難航した」という。そのHDRはHDR10とドルビービジョンHDR（オプション）を採用、ヴァーホーヴェン自ら最終承認している。映像平均転送レートは56Mbps（HDR10）+1.4Mbps（ドルビービジョン＝DV）。収録アスペクトは2.39:1スコープサイズ。

過度なDNRによって蝋細工のような質感となっていたBLU-RAY版と比べ、大幅なアップグレードを誇示、圧縮アーティファクトからの解放はもちろん、粒子感が適切に管理されている（ここでのDNRは慎重に使用されている）。セルロイド（フィルム）ならではのオーガニックな質感再現も良好だ。先鋭度と明瞭度も高められており、輪郭補正の弊害も解消されている。建造物のエクステリアやインテリア、衣服のステッチや生地をより明確に再現。明快なディテイルを得た大顔絵の魅力も増幅。パノラマショットの見晴らしも大変ヨロシ。窓やブラインドに沿って穏やかなエイリアシングが見られたり、建物や屋根のエッジがわずかに揺れ、極めてマイナーなポスタリゼーションもあるにはあるが、鑑賞の集中を欠くものではない。

カラーグレードは、BLU-RAYの青味の強いクールトーン（DVD、LDも同様）を劇的に改善、随所に健康的なウォームトーンがバランスよく散りばめられ、原色や二次色のカラースキームも映像にインパクトを与えている。HDRによるコントラストバランスは全体を通じて管理されており、映像に鮮度の高い活力を付加。黒レベルは低照度ショットでわずかに安定を欠き、白は暖かみのある淡い黄味の感触を持つが、DVによる適切なスペキュラハイライトの効果に旨味あり。『遊星からの物体Ｘ』のロブ･ボッティンによる特殊メイクは、醜悪な血生臭さで濡れ光っており、ホラー効果も抜群だ。

AUDIO

音響エンジニアは、音響効果監修に『ロボコップ』『スピード』で2度のオスカーに輝くスティーヴン･ハンター･フリック。リレコーディングミキサーに『ディア･ハンター（オスカー受賞）』『2010年』『ドラキュラ』のアーロン･ローチン、『2010年』『イヤー･オブ･ザ･ドラゴン』『トータル･リコール』のマイケル・J・コフトとカーロス･デラリオス。前述ヒヴェンティ現像所のサウンド修復部門による、35mmドルビーステレオSRマスターからの最新DTS-HD MA5.1リミックス。音声平均転送レートは3.2Mbps（24bit／48kHz）。フランスで開発された（短命だった）LCコンセプト･デジタルサウンド･マスターは使用されていない。

リミックスの恩恵は随所で聴取でき、さらに全編にわたり同期がチェックされており、予想以上に流麗なシネソニックを披露。ミッドレンジの強化、ダイナミクスの改善も明快だ。発声と音楽に大きな比重が置かれており、ダイアローグにおいては緊迫感が舌先を濡らす口跡が素晴らしい。ヒッチコック作品に聴くバーナード･ハーマンの楽曲を想起させるジェリー･ゴールドスミスのスコア（※）は、強靭な体幹を持ち、優れた鮮明度と明瞭さを持って響き渡る。怪しく冷ややかなストリングスは聴きどころのひとつ。ローエンドは印象深いものではないが、アクションと音楽に魅力的な重量感と存在感を与える一助となっている。サラウンドはシームレスなアンビエントが優秀、満足度の高い効果で音場を拡張している。アップミキシング再生との相性もバツグン、トップスピーカーが見事に機能して没入度の高い音彩空間を構築する。

（※）シンセサイザーの音色に酔わせるゴールドスミスの代表作だが、監督ヴァーホーヴェンが依頼したのはゴールドスミスの自作『ワーロック』（1988）のテンプであった。テンプ（テンプトラック）とは、製作者や監督が音楽のイメージを作曲家に伝えるため、粗編集やワークプリント編集素材に既製曲をダビングしたもの。テンプに関しては作曲家のなかでも賛否が分かれるが、ゴールドスミスは行き過ぎた使用でない限り容認していた。近年のハリウッドでは、ごく常識的に行われている。

●『ワーロック』サウンドトラック（作曲: ジェリー･ゴールドスミス）

FINAL THOUGHTS

LDからDVD、BLU-RAYと、なかなか満足のいく品質の映像に出会えなかった『氷の微笑』だが、UHD BLU-RAYはエリートクラスではないものの満足のいく映像クオリティを披露しており、これまで埋没していた映像情報が掘り起こされているのも嬉しい驚きだ。UKスタジオカナルからのリリースのため、UHD BLU-RAYと同じレストアマスターから作成されたBLU-RAY版がリージョンB仕様なのが残念。今回紹介のスチールブック･エディションのほか、UHD BLU-RAY／BLU-RAY（本編ディスク、特典ディスク）を収めた3枚組コレクタース･エディション（ブックレット、ポスター、アートカード所収）。スチールブック･エディションは入手困難となっているが、後者は数量に余裕がある。また8月にはUHD BLU-RAY／BLU-RAY（2枚）の通常版がリリース、£19.99で購入可能だ。

SPECIAL FEATURES（COLLECTOR'S EDITION）

4K UHD BLU-RAY

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