ビートルズの50周年記念プロジェクトとして、昨年から開始されているオリジナル・アルバムのリミックス・シリーズ。先頃、リリースされた『ホワイト・アルバム』(原題:The Beatles)の2018ヴァージョンは、オリジナルのマルチトラック・テープからリミックスが施されている。リミックスは2チャンネルのTDマスターに音調整を施すリマスタリングとは根本的に異なる。今回のリミックス作業におけるサウンド・プロデュースは、ジャイルズ・マーティンが担当。英国アビイ・ロード・スタジオのエンジニアと作り上げた新装版『ホワイト・アルバム 』はどのようなプロセスを経て完成したのか、ジャイルズ・マーティンにその秘密を尋ねた。
ー日本に来たのは何年ぶり?
ジャイルズ・マーティン(以下J・M) 2006年の『ラヴ』以来だから、12年になる。12年って、ビートルズの活動期間より長いんだよ。信じられる?
ーそう言われると、驚きます……。ところで『ラヴ』でジャイルズさんがビートルズの既存音源をリミックスし始め、続く2015年にベスト・アルバム『ザ・ビートルズ1』、さらに昨2017年に『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』でリミックスのサウンド・プロデュースをされたことになります。昨年の『サージェント・ペパーズ』と今年の『ホワイト・アルバム』ではリミックスのアプローチに相違点はありましたか?
J・M 明らかに相違点はあったよ。『サージェント・ペパーズ』と『ホワイト・アルバム』ではアルバムの成り立ちがそもそも異なるんだ。『サージェント・ペパーズ』はアルバムのトータル・コンセプトがきちんとあって作品として仕上げられている。僕の父親(=ジョージ・マーティンのこと)がスタジオで建築家としての役割を果たしながら、練り上げられているアルバムなんだ。一方の『ホワイト・アルバム』は一曲一曲がまるで煉瓦のように積み上げられているアルバムで、作風がまるで違う。
ーとても分かりやすい喩えです。
J・M 『ホワイト・アルバム』の収録曲はバンド・サウンドが根底にあるので、細部まで綿密にリミックスを施してしまうと曲の魅力が後退してしまう。頬を叩かれるような感覚を残したまま、リミックスをした。頬を引っ叩かれる感じ、試してみる(笑)。
ーどうぞ……。新装版にはステレオ・ミックスとサラウンド・ミックスの2ヴァージョンが収録されています。どちらのミックスから制作に取り掛かったの?
J・M 僕の場合は常にステレオ・ミックスの方から作業に取り掛かっている。2006年の『ラヴ』はそもそもシルク・ドゥ・ソレイユのミュージカル用に制作したサウンドトラックなので、サラウンドが前提にあった。『ラヴ』は個人的には2チャンネルのステレオではリリースしたくなかったんだ。そして、『ザ・ビートルズ1』でもサラウンド・ミックスを試みたところ、とても評判がよくなって、それ以来オリジナル・アルバムの5.1chミックスを制作するのが標準仕様になってしまった。
ージャイルズさんがサラウンド制作を開始したのはいつ頃?
J・M 最初の本格的なサラウンド体験はエア・スタジオ(ジョージ・マーティンが設立したレコーディング・スタジオ)にいた頃、ドルビーのスタッフが来て、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」のサラウンドを聞かせてもらった時だよ。その時はギターが後方から聞こえてきて違和感を覚えて、音楽のサラウンドにはあまりいい印象を抱いていなかった。けれども、自分で『ラヴ』のサラウンド制作に携わることになって、常に進化し続けるマルチチャンネル・ミックスに大きな可能性を感じ、これこそ〈音の未来〉だと確信したんだ。それと同時に、サラウンドがきちんと整備されている環境が極めて少ないことも分かってしまった。サラウンド・ミックスは整った環境で聞かないと、台なしになってしまう。これは今後変えていかないといけない課題でもある。
ーその状況は日本でも変わりません。映画をサラウンド環境で楽しむ方は少なからずいますが、残念ながらサラウンド・ミュージックに真正面から取り組んでいる聞き手はまだまだ少ないのが実情です。ところで、『ホワイト・アルバム』のリミックス作業を開始したのはいつ?
J・M 昨年の11月頃からスタートして一旦は終了したんだけど、聞き返したらどうしても納得できなくて、クリスマスの後にすべてやり直したんだ。
ー納得できなかった?
J・M そうなんだ。リミックス作業はアビイ・ロード・スタジオのエンジニアであるサム・オーケルと一緒に取り組んでいたんだけど、最初のリミックスはオリジナルと変わった印象が物足りなかった。それで一からやり直したんだけど、その時重視したのはコンプレッションを取り除きながら、曲が本来持っているバンド・サウンドのスピリットを保つことだった。さっきも述べたようにコンセプト・アルバムの『サージェント・ペパーズ』と違い、『ホワイト・アルバム』の収録曲は一曲一曲を個々に考えられるし、アルバム・トータルの統一感を考慮する必要がなかった。
ー今回のリミックスはあくまでバンド・サウンドを尊重しているんですね。
J・M そう。曲によってはコーラス部分にのみコンプレッションを施すなど、現代だからこそ駆使できる最新技術を用いて曲に勢いを残したままリミックスをしているんだ。
ー素材となるマルチトラック・テープは4トラック、それとも8トラック?
J・M 『ホワイト・アルバム』の収録曲はレコーディング・スタジオもまちまちで、機材も4トラックから8トラックへの移行期だったので、素材も4トラックと8トラック・テープが混在している。「ヘイ・ジュード」が収録されたトライデント・スタジオには、アビイ・ロード・スタジオよりもいち早く8トラックの機材が導入されていたんだ。「ディア・プルーデンス」はトラインデント・ステジオで録られた曲で、リンゴ・スター抜きに収録されていてリンゴの代わりにポール・マッカートニーがドラムを叩いている。その後、アビイ・ロード・スタジオにも8トラックの機材が導入されたんだ。
ー今回収録されている「イーシャー・デモ」と「セッションズ」の選曲はどんな風に決まったの?
J・M 「イーシャー・デモ」はジョージ・ハリスンの自宅で収録されたデモ音源で、『ホワイト・アルバム』に収録された曲のもとになっている。長い間行方不明だと思われていたんだけど、マーティン・スコセッシ監督によるハリスンのドキュメンタリー「リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」(2011年)の音を制作している際、「イーシャー・デモ」のマスター(アンペックスのテープ・レコーダーにて収録)がきちんと残っていることがわかった。オリヴィア・ハリスンが持っていたんだ。クリアーでクリーンな音だった。今回、アコースティック・デモを27曲収められたのは、大きな収穫だった。一方の『セッションズ』は膨大なトラックの中から聞き手がストーリーを感じてもらえるような構成を心掛けている。セッション中のメンバーの会話を積極的に取り入れるなど、録音中の雰囲気を伝えることに考慮しながらトラックを選んだんだ。ファンとしてはすべてのテイクを耳にしたいと思うのかも知れないけど、ディスクにすべては収まりきらないから苦労したよ。
ー今回もブルーレイ・オーディオにはハイレゾ音源が収録されていますが、イギリスではハイレゾを聞くファン層は増えているのですか?
J・M ストリーミング・サービスはイギリスでも普及していて、品質に関してサービス会社のスタッフとも協議したことがあるんだ。これはリスナーの聴取スタイルだから一概にはいえないけれど、音楽にはオプションとして高品質の選択があってしかるべきだと思う。ビートルズの音楽はいまでも別格でイギリスやアメリカのファンは、パッケージメディアで接することが少なくないんだ。個人的には昨年リリースされた『サージェント・ペパーズ』のアナログLPの音に惹かれている。
ーアビイ・ロード・スタジオでハーフ・スピード・カッティングで制作されたLPですね。
J・M そうだよ。自分は制作には携わっていないけど、マイルス・ショーエルが音溝を刻んだディスクに本当に魅せられているんだ。
ー確かショーウェルさんはメトロポリス・スタジオから移籍されたエンジニア?
J・M そう。近年、アビイ・ロード・スタジオでは現在、多くのアナログ盤が制作されているけど、ハーフ・スピード・カッティングの制作において彼の存在は欠かせないんだ。
ー今日はありがとうございました。
ハイレゾ音源配信中
e-onkyo
http://www.e-onkyo.com/music/album/uml00602577096976/
mora
https://mora.jp/package/43000006/00602577096976/
【収録曲】
■スーパー・デラックス・エディション<6CD + 1ブルーレイ(音源のみ)、デジタル>
◇CD 1: 2018 ステレオ・ミックス
1. バック・イン・ザ・U.S.S.R.
2. ディア・プルーデンス
3. グラス・オニオン
4. オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ
5. ワイルド・ハニー・パイ
6. コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロウ・ヒル
7. ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス
8. ハピネス・イズ・ウォーム・ガン
9. マーサ・マイ・ディア
10. アイム・ソー・タイアード
11. ブラックバード
12. ピッギーズ
13. ロッキー・ラックーン
14. ドント・パス・ミー・バイ
15. ホワイ・ドント・ウィ・ドゥ・イット・イン・ザ・ロード
16. アイ・ウィル
17. ジュリア
◇CD 2: 2018 ステレオ・ミックス
1. バースデイ
2. ヤー・ブルース
3. マザー・ネイチャーズ・サン
4. エヴリボディーズ・ゴット・サムシング・トゥ・ハイド・エクセプト・ミー・アンド・マイ・モンキー
5. セクシー・セディ
6. ヘルター・スケルター
7. ロング・ロング・ロング
8. レボリューション1
9. ハニー・パイ
10. サボイ・トラッフル
11. クライ・ベイビー・クライ
12. レボリューション9
13. グッド・ナイト
◇CD 3: イーシャー・デモ
1. バック・イン・ザ・U.S.S.R.
2. ディア・プルーデンス
3. グラス・オニオン
4. オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ
5. コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロウ・ヒル
6. ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス
7. ハピネス・イズ・ウォーム・ガン
8. アイム・ソー・タイアード
9. ブラックバード
10. ピッギーズ
11. ロッキー・ラックーン
12. ジュリア
13. ヤー・ブルース
14. マザー・ネイチャーズ・サン
15. エヴリボディーズ・ゴット・サムシング・トゥ・ハイド・エクセプト・ミー・アンド・マイ・モンキー
16. セクシー・セディ
17. レボリューション1
18. ハニー・パイ
19. クライ・ベイビー・クライ
20. サワー・ミルク・シー
21. ジャンク
22. チャイルド・オブ・ネイチャー
23. サークルズ
24. ミーン・ミスター・マスタード
25. ポリシーン・パン
26. ノット・ギルティ
27. ホワッツ・ザ・ニュー・メリー・ジェーン
◇CD 4: セッションズ
1. レボリューション1(テイク18)
2. ア・ビギニング(テイク4) / ドント・パス・ミー・バイ(テイク7)
3. ブラックバード(テイク28)
4. エヴリボディーズ・ゴット・サムシング・トゥ・ハイド・エクセプト・ミー・アンド・マイ・モンキー(アンナンバード・リハーサル)
5. グッド・ナイト(アンナンバード・リハーサル)
6. グッド・ナイト(テイク10・ウィズ・ア・ギター・パート・フロム・テイク5)
7. グッド・ナイト(テイク22)
8. オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ(テイク3)
9. レボリューション(アンナンバード・リハーサル)
10. レボリューション(テイク14 – インストゥルメンタル・バッキング・トラック)
11. クライ・ベイビー・クライ(アンナンバード・リハーサル)
12. ヘルター・スケルター(ファースト・ヴァージョン
– テイク2)
◇CD 5: セッションズ
1. セクシー・セディ(テイク3)
2. ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス(アコースティック・ヴァージョン ^ テイク2)
3. ヘイ・ジュード(テイク1)
4. セントルイス・ブルース(スタジオ・ジャム)
5. ノット・ギルティ(テイク102)
6. マザー・ネイチャーズ・サン(テイク15)
7. ヤー・ブルース(テイク5・ウィズ・ガイド・ヴォーカル)
8. ホワッツ・ザ・ニュー・メリー・ジェーン(テイク1)
9. ロッキー・ラックーン(テイク8)
10. バック・イン・ザ・U.S.S.R.(テイク5 – インストゥルメンタル・バッキング・トラック)
11. ディア・プルーデンス(ヴォーカル、ギター&ドラムス)
12. レット・イット・ビー(アンナンバード・リハーサル)
13. ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス(サード・ヴァージョン ^ テイク27)
14. ベイビー・アイ・ドント・ケア(スタジオ・ジャム)
15. ヘルター・スケルター(セカンド・ヴァージョン
– テイク17)
16. グラス・オニオン(テイク10)
◇CD 6: セッションズ
1. アイ・ウィル(テイク13)
2. ブルー・ムーン(スタジオ・ジャム)
3. アイ・ウィル(テイク29)
4. ステップ・インサイド・ラヴ(スタジオ・ジャム)
5. ロス・パラノイアス(スタジオ・ジャム)
6. キャン・ユー・テイク・ミー・バック?(テイク1)
7. バースデイ(テイク2 – インストゥルメンタル・バッキング・トラック)
8. ピッギーズ(テイク12 – インストゥルメンタル・バッキング・トラック)
9. ハピネス・イズ・ウォーム・ガン(テイク19)
10. ハニー・パイ(インストゥルメンタル・バッキング・トラック)
11. サボイ・トラッフル(インストゥルメンタル・バッキング・トラック)
12. マーサ・マイ・ディア(ウィズアウト・ブラス・アンド・ストリングス)
13. ロング・ロング・ロング(テイク44)
14. アイム・ソー・タイアード(テイク7)
15. アイム・ソー・タイアード(テイク14)
16. コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロウ・ヒル(テイク2)
17. ホワイ・ドント・ウィ・ドゥ・イット・イン・ザ・ロード(テイク5)
18. ジュリア(ツー・リハーサル)
19. ジ・インナー・ライト(テイク6 – インストゥルメンタル・バッキング・トラック)
20. レディ・マドンナ(テイク2 – ピアノ・アンド・ドラムス)
21. レディ・マドンナ(バッキング・ヴォーカルズ・フロム・テイク3)
22. アクロス・ザ・ユニバース(テイク6)
◇ブルーレイ(音源のみ)
『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム』
:PCMステレオ(2018ステレオ・ミックス)
:DTS-HD マスター・オーディオ 5.1 (2018)
:ドルビー True HD 5.1 (2018)
:モノ(2018 オリジナル・モノ・ミックスからのダイレクト・トランスファー)
公式HP
https://www.universal-music.co.jp/the-beatles/news/2018-09-24-release/