約3年ぶりに開催された『機材展』
コロナ前は恒例のイベントだった『機材展』が去る5〜6月、福岡・大阪・東京の3会場で、約3年ぶりに開催された。各会場では「Alcons Audio」や「Wharfedale Pro」など、「イースペック」取り扱いの音響製品/照明製品が展示され、大阪会場ではメーカー/代理店各社の協力のもと、7ブランドのラインアレイ・スピーカー試聴会も開催。業務音響関連では久々となる大規模な展示会/試聴会ということもあり、各会場には多くの来場者が詰めかけ、大盛況のうちに幕を閉じた。
大阪会場のラインアレイ・スピーカー試聴会で、特に注目を集めていたのが「Alcons Audio」のコンパクト・ラインアレイ、「LR」シリーズだ。オランダの「Alcons Audio」は、2002年に創業した音響機器メーカーで、ライブSRや設備、劇場/映画館、商用スタジオ向けのサウンド・システムを開発。徹底した品質管理のもと、オランダで生産されている同社の製品は現在、世界40カ国以上の国・地域で販売されている。中でも「Alcons Audio」を代表する製品と言えるのがコンパクト・ラインアレイ「LR」シリーズで、同社が独自に開発したリボン・ドライバー『pro-ribbon』を搭載。リボン・ドライバーには、コンプレッション・ドライバーのような“音を圧縮する”という概念が無いため、極めてフラットで明瞭度の高いサウンドが大きな特徴だ。まだ国内に上陸して間もない「LR」シリーズだが、これまで本誌でも紹介してきたとおり、いくつものPA会社が導入/運用している。
イマーシブ・ライブサウンドプレゼンテーション
そして今年の『機材展』のファイナルとなった東京会場では、「Alcons Audio」のスピーカー・システムを使用したイマーシブ・ライブサウンドのプレゼンテーションが行われた。会場のサンパール荒川(大ホール)は、収容人数約1,000名の市民ホールで、昨今注目を集めるイマーシブ・サウンドを、中規模ホール/現実的なシステムで実現してしまおうという大変興味深い試みである。
スピーカーは、ステージ上に「LR」シリーズの中で最もコンパクトな「LR7」が5アレイ設置され(LR7/90×2+LR7/120)、サイド&リア・スピーカーは、同じく『pro-ribbon』ドライバーを搭載した「VR8」と「VR12」がそれぞれ4本ずつ、客席を取り囲むように設置。パワー・アンプはDSPコントローラーを内蔵した「ALC Sentinel 10」と「ALC Sentinel 3」が使用され、サブ・ウーファーとして「LR7B」(×4)と「BF151mk2」(×2)も設置された。また、ステージの両サイドにはイマーシブ・システムとの比較試聴用ステレオ・システムとして、6/2/1対向の「LR7」も用意された。
音源として使用されたのは、大編成のオーケストラ、三味線、唄、笛などの民謡、ボーカルありの電子音楽、インストの電子音楽。これを「ティースペック」の橋本敏邦氏が「Flux SPAT Revolution」を使ってイマーシブ・プロセッシング(曲により180度および360度パンニング)処理し、その出力を「エスエスピー」の後藤誠氏が「ヤマハ RIVAGE」を使ってミックスした。プレゼンテーションは、イマーシブ・ミックスとステレオ・ミックスを切り替えながら進められたが、イマーシブ・ミックスの立体的な音像には、きっと来場者全員が驚いたのではないだろうか。プレゼンテーション中は多くの来場者が会場内を移動し、別の場所での音像を確認していたが、特にオーケストラ音源では、各楽器がマスキングされることなく、1音1音ハッキリと聴こえる。まるで目の前でオーケストラが演奏しているような音像で、ステレオ・ミックスには無い奥行き感や広がり感を感じることができた。この自然な音像は、単にスピーカーの本数を増やしたからというだけでなく、フラットな特性の「Alcons Audio」の『pro-ribbon』ドライバーによるところが大きいと言えるだろう。コンパクト・ラインアレイとソフトウェア・プロセッサーという敷居の低いシステムでも、ここまでの音像を作り出せてしまうことを実証して見せた、大変意義のあるプレゼンテーションだった。
取材協力:イースペック株式会社 写真:鈴木千佳
Interview_1
ライブ・サウンドの次のステップはイマーシブ・ライブサウンド
橋本敏邦氏 (ティースペック/ライブデバイス)
今回のプレゼンテーションで、ライブサウンドの次のステップはイマーシブであるということをあらためて確信しました。もちろん、実際に取り組もうとするとそれなりのコストと労力が必要になるわけですが、ステレオのPAでは実現できなかった音像を作り出すことができる。今回、私はイマーシブのプロセッシング部分だけを担当して、ミックスは後藤さんが担当したんですけど、後藤さんにも「もう楽しくて仕方ない」と喜んでいただきました(笑)。
今回音源として、大編成のオーケストラ、三味線、唄、笛などの民謡、ボーカルありの電子音楽、インストの電子音楽を使用したのですが、オーケストラに関してはステージ上に本物の演奏者がいるかのように定位しました。そういったプロセッシングには「SPAT Revolution」を使用したのですが、本当に自由度が高いソフトウェアですね。波面合成にも対応していますが、今回は180度のプレゼンテーション時だけで使用し、360度のプレゼンテーションでは使用しませんでした。波面合成は、すべての場面において適しているかと言えば、そういうわけではありません。「SPAT Revolution」は、音源や状況に合わせて、波面合成の適用を選択できるのがいいですね。
それにしても「Alcons Audio」の『pro-ribbon』ドライバーは、多チャンネルのイマーシブ・サウンドに凄く合っているなと思いました。イマーシブ・サウンドでは、演奏者が発している音を自然に拡声するというのが何より重要で、スピーカーの存在が消えてこそ大成功。そう考えると、正確な指向性制御とナチュラルな音質が持ち味の「Alcons Audio」は、イマーシブ・サウンドにも最適なスピーカーだと思います。
長年この仕事をしてきて、和楽器、洋楽器問わず生の楽器編成やジャズのコンサートでは、PAの存在自体が嫌がられることが何度もあったんですよ。スピーカーからの出音が生音とまったく違う、こんな音でコンサートしたくないと言われたこともあります。だからこれまで、そういうPA嫌いの人にも納得していただけるような音を目指して頑張ってきたわけですが、いくら良い音を作っても、音が出る位置というのはスピーカーに制限されてしまうわけです。しかしイマーシブ・サウンドでは、自由に音像を作ることができる。上手く使えば、視覚情報と同じ位置から音を出すことができるんです。それによって初めて音響機器の存在を消し、本来の意味でのPA=生音を拡声するというところに辿り着くことができる。生楽器をPAされている方ならば、本当に取り組み甲斐のあるテクノロジーだと思います。
「Alcons Audio」と「SPATRevolution」の組み合わせは、導入コストも低く、すぐに踏み込むことができる次世代のライブ・サウンド・システムという印象ですね。(談)
Interview_2
頑張れば頑張るほど、スピーカーの存在が消えていく
後藤誠氏 (エスエスピー)
イマーシブ・サウンドにはずっと興味はあったのですが、今回のイベントでオペレーションを担当するまでは、自分には縁遠いものだと思っていたんです。自分が普段手がけているような現場に降りてくるまでは、もう少し時間がかかるのかなと。しかし今回の仕込みでは、「Alcons Audio LR7」システムの軽量・コンパクトさも手伝って、吊り込みなど設置自体はあっという間に完了してしまい、こんなにも簡単にできてしまうんだと驚きました。もちろん、「SPAT Revolution」の設定や作り込みには時間を要しますが、今回のプレゼンテーションを体験したことにより一気に現実的なものになったというか、自分が普段回っている仕事であれば来週からでも取り入れられそうなくらいです(笑)。
今回オペレーションを手がけて、映像で言うところの立体映像・未来の世界にあるような立体テレビみたいなものはまだ先の話だと思うんですが、立体音響というのは現実的なものとなっているんだなとあらためて思いました。その昔、クライアントから「PAをせずにPAをしろ」と言われたことがあるんですが、従来のPAシステムは左右から音が鳴ってしまうので、どんなに頑張ってもスピーカーの存在を消すことはできない。しかしイマーシブ・サウンドですと、頑張れば頑張るほど、スピーカーの存在が消えていくんです。ここまで自然な音像を作ることができるんだと本当に感動しましたね。その自然な音像を実現できたのは、「Alcons Audio」の『pro-ribbon』ドライバーの存在が大きいと思います。『pro-ribbon』ドライバーのフラットな音質に、「SPAT Revolution」のナチュラルな定位が加わって、この自然な音像が実現できたのかなと。「SPAT Revolution」の『WFS』にも凄く感動したので、また機会があればぜひイマーシブでミックスしてみたいと思っています。アコースティックものにも合うような気がしていますね。(談)
Alcons Audio製品に関する問い合わせ:イースペック株式会社
Tel:06-6636-0372
本記事の掲載はPROSOUND 2022年8月号 Vol.230