昨年創立50周年を迎えたLAWO
─── エルリッツさんはLAWOでアジア太平洋地域の営業を統括されているそうですね。
グレガー・エルリッツ(以下、GE) はい。現在はAPAC営業部長(Head of APAC Sales)という立場でアジア太平洋地域の営業チームを率いて、ライブ放送環境におけるIPインフラストラクチャ・ソリューションを積極的に推進しています。中国では中国中央電視台のIPベースEFP(Electronic Field Production)への移行を支援し、その他にも海口市のHaikou Television、日本のQVCジャパン、韓国のKBS、オーストラリアのNEPなど、アジア太平洋地域の様々なライブIPプロジェクトに携わってきました。この過程で、関連するIP技術や最新の制作ワークフローについての知識を深め、ライブIP放送の実用的なソリューションをコンサルティングするための多くの経験を蓄積できたのではないかと思っています。私について少しお話しすると、ドイツ・ダルムシュタットの工科大学で通信の産業技術者としての学位を取得し、その後放送業界で20年以上にわたってエンジニアリング、マーケティング、セールスに携わってきました。
─── LAWOの本社は、ドイツのどのような地域にあるのですか。
GE フランスとの国境に近いライン渓谷の町、ラシュタットにあります。約8,000平方メートルの土地に8つの建物があり、そこでは約200人の従業員が働いています。ソフトウェアを含むすべての製品開発はラシュタットで行っており、社員の約4分の1が製品開発やR&Dに従事しています。また、アメリカ、イギリス、カナダ、中国、シンガポール、ベネルクス、スイスにも子会社があり、アメリカ、イギリス、カナダ、スイスにはR&Dの拠点もあります。
─── 生産はすべてドイツで行われているのですか?
GE もちろんです。すべての製品は本社の敷地内にある工場で、最高の品質基準に基づいて生産されています。これによって製品の品質と生産ワークフローを完全にコントロールし、生産性と効率性を最大化しているのです。本社内で生産すれば、1つのタイム・ゾーンかつ短い指揮系統で、たとえ修正が必要な問題が発生した場合でも迅速に対処することができます。私たちの製品とソリューションは革新の最先端にいますが、それは生産ワークフロー全体のコントロールが必要であることを意味します。研究開発部門へのフィードバックを迅速に行うことができれば、生産スケジュールを維持し、こだわりのあるお客様に革新的で高品質な製品を提供することが容易になります。また、アジリティ(俊敏性)の観点からも、海外のサプライヤーに依存しているとコンテナの容量不足などの問題が生じることがあります。海外で生産するとリード・タイムが不必要に長くなり、予測が難しくなってしまいます。
─── LAWOは、放送業界では知らない人はいないブロードキャスト・コンソールのトップ・ブランドですが、会社が設立された経緯についてはあまり知られていません。もともとは現代音楽の作曲家に向けて実験的な電子楽器を開発していたそうですね。
GE そうです。創立者のピーター・ラボ(Peter Lawo)は大学で技術者の学位を取得した後、航空無線やセキュリティ技術を扱うメーカーでR&Dの責任者として働いていました。そして1970年、電子音楽を作曲するための技術を開発するエンジニアリング・オフィスとしてLAWOを設立したのです。彼がLAWOで最初に取り組んだプロジェクトは、“Halaphon”と名付けられた電子楽器で、この楽器はカールハインツ・シュトックハウゼン(Karlheinz Stockhausen)、ピエール・ブーレーズ(Pierre Boulez)、ルイジ・ノーノ(Luigi Nono)といった前衛作曲家たちの創作と録音に大いに貢献しました。しかし彼は電子楽器の開発に留まることなく、医療用のレーザー、無線インターホン付きのヘリコプター・クルー用ヘルメット、バスや電車用の表示器など、様々な業界に向けて製品やシステムを開発していったのです。
─── そんなLAWOがミキシング・コンソールの開発に着手したきっかけは何だったのですか。
GE 1970年代、ピーター・ラボは現代音楽のためのスタジオである“Experimental Studio”の責任者であるハンス・ペーター・ハラー(Hans Peter Haller)と出会いました。そして二人は共同で、現代音楽の作曲家のためのサウンド・プロセッサーやヴォコーダーを開発するようになったのです。“Experimental Studio”は、地方公共団体の放送局の一部でもあったため、ミキシング・コンソールが必要になりました。そこでピーター・ラボは、ステレオ・チャンネル・フェーダーを搭載し、超緻密なコントロール機能を有したモジュラー設計のミキシング・コンソールを開発したのです。そのミキシング・コンソールは、もちろんアナログ回路で構成されたものでしたが、その機能は非常に革新的なものでした。
─── 最初のミキシング・コンソールから放送仕様のものだったんですね。
GE ただ、当時のドイツの公共放送局は、番組を制作するだけでなく、局内の高品質なスタジオで、音楽の録音も行なっていました。ですので我々のミキシング・コンソールは、1970年代のアナログ・コンソールから1980年代のデジタル制御のコンソールに至るまで、放送用途と録音用途の両方に適したデザインになっていたのです。
LAWOと言えば、ブロードキャスト・コンソールというイメージをお持ちの方も多いと思いますが、現行のmc²シリーズは、そのサウンド・クオリティーが高く評価され、音質に強いこだわりを持つレコーディング・スタジオでも使用されていることを強調したいと思います。クラシック音楽を専門とするレコーディング・スタジオだけでなく、世界的なアーティストを手がける音楽プロデューサーの中にもLAWOを選んでいる人がいます。レコーディング・スタジオだけではありません。一流のオペラ・ハウス、劇場、コンサート会場などでも多くの導入実績があります。
もちろん、放送やライブで使用する場合は、固有の要件が求められることも理解しています。LAWOのミキシング・コンソールはソフトウェア・ベースであるため、顧客からの要望に応じて機能を簡単に追加したり、改良したりすることができます。これがミキシング・コンソールに対する我々のアプローチです。
世界的に評価される放送用コンソール
─── LAWOは昨年、創立50周年を迎えたと伺いました。半世紀の歴史の中で、ターニング・ポイントとなった製品や技術をいくつか挙げていただけますか。
GE 1970年代から1990年代にかけて発売したアナログ放送/デジタル放送用のブロードキャスト・コンソールは、世界的に大きな成功を収めただけでなく、高品質な業務用機器のメーカーとしてのLAWOの評価を確立したと思っています。製品で言えば、プロセッシング・コアとコントロール・サーフェースを分離したミキシング・コンソールであるmc²シリーズと、モジュラー式のルーター・システムであるNovaシリーズの発売は、大きなマイルストーンでした。また、LAWO最初のビデオ製品であるビデオ・プロセッサーのV_pro8もターニング・ポイントとなった製品と言えるでしょう。テクノロジーについては、製品ポートフォリオ全体をオープン・スタンダードであるIP技術をベースとすることを決定したのは画期的なことでした。
─── LAWOの現在の製品ポートフォリオを簡単にご紹介ください。
GE 我々は現在、オーディオ、ビデオ、ラジオ、放送制御ソフトウェア、テレメトリ・ソフトウェア、IPマネジメント・プラットフォームといったカテゴリーで製品を提供しています。オーディオ製品には、mc²シリーズ、A_UHD Core、Power Core、ビデオ製品にはV_matrix、V_remote4といった製品が含まれます。
─── mc²シリーズは、日本の放送局でも多くの導入実績がありますが、他社のミキシング・コンソールと比較した優位性を挙げていただけますか。
GE 放送、劇場、レコーディングなど、どんなアプリケーションにおいても、mc²シリーズのユニークな機能とオーディオ・クオリティーは際立っています。そしてIPへのネイティブ対応により、ユーザーは洗練されたリモート・プロダクションを最大限の柔軟性で実行することができるのです。処理を担うプロセッシング・コアが世界中のどこにあるのか、その物理的な位置はほとんど関係ありません。ユーザーの中には、世界のある地域にテック・ハブとなるデータ・センターを持ち、最大で12,000キロ離れた場所からコントロールしている人もいます。また、画期的なLiveView機能によって、ビデオ・ストリームのサムネイル・プレビューをフェーダーのラベリング表示で直接確認することもできるのです。
─── 放送局で使用される機器は、機能や音質もそうですが、堅牢性も重要なファクターだと思います。
GE おっしゃるとおりです。LAWOのプロダクトは、オーディオ製品であれビデオ製品であれ、堅牢なプロトコルですべてのコントロールを行う設計になっています。我々は、AES67/RAVENNA、ST2110、ST2022-7、Ember+といった業界標準規格をすべての製品に採用しており、その信頼性は非常に高いものとなっています。遠隔地での制作を要求される場合、例えばイギリスのロンドンやオランダのヒルバーサムにあるプライベート・プロセッシング・クラウドを使用し、ヨーロッパの20都市からコントロールするというシナリオも考えられます。同様のアプローチがオーストラリアでも採用されており、サッカーやラグビーの試合では、最大4,000km離れた場所から伝送された音声信号や映像信号を中央のハブでミックスしています。LAWOが採用しているオープン・スタンダードのIP規格は、レコーディング・スタジオや教会などでも利用できるというのは大きなメリットです。ステージ・ボックスが3台までの小規模なセットアップならば、スイッチすら必要ありません。
─── LAWOのブロードキャスト・コンソールの顧客をおしえてください。
GE 日本では、テレビ朝日、フジテレビ、テレビ東京、読売テレビ、TBS、KBS京都、日本テレビ、WOWOW、USEN RADIO、鹿児島テレビ、毎日放送など、多くの放送局で採用されています。ドイツの公共放送および民間放送局のほとんどもLAWOを採用しており、もちろんアメリカ、ヨーロッパ、中国、中東の多くの放送局にも導入実績があります。また、ベネルクス(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)で稼働するほとんどすべての中継車がmc²シリーズを搭載しています。
顧客が我々のミキシング・コンソールを選ぶ理由としては、高い信頼性と直感的な操作性、そして当然ながら優れたオーディオの品質が挙げられます。ユーザーからは、他のメーカーのミキシング・コンソールでは心地よい音を出すためにある程度のEQ調整が必要だが、mc²シリーズではEQをバイパスした状態でもすでに良い音が出ていると言われています。
─── 製品開発において、特に留意している点をおしえていただけますか。
GE 何よりもハードウェアとソフトウェアを分離し、製品のアップデートやアップグレードを容易にできるようすることです。LAWOの製品は、オーディオ製品もビデオ製品も長期に渡ってご使用いただけますが、それはFPGAベースのアプローチによって新機能を追加したり、一部の物理コネクタを再利用したりできるからです。例えばV_matrixユニットの接続プレートは、アップロードするソフトウェアに応じてSDIやMADIの入出力として使用することができます。同様にPower CoreやA_UHD Coreユニットの機能セットも、様々なアプリケーションやリソース共有のシナリオに対応できます。
IPソリューションへの取り組み
─── ここ数年、LAWOが注力しているIPソリューションへの取り組みについておしえてください。
GE 現CEOのフィリップ・ラボ(Philip Lawo)は、オープン・スタンダードなIP技術の可能性にいち早く着目した人物です。LAWOは、ST2110やRAVENNAから派生したAES67、制御用プロトコルであるEmber+の規格化に貢献しました。また、AIMSの創立メンバーでもあります。我々がオープン・スタンダードにこだわるのは、顧客がメーカーを問わずベストなソリューションを選択できるようにするためです。たとえばSMPTEは、WANへの接続に対応しているため、複数の地域にまたがって機器をネットワーク接続できるというメリットがあります。昨年から今年にかけて、多くの国でロックダウンが実施されましたが、我々の顧客は自宅でも仕事を完遂することができました。
ほとんどのお客様がオープン・スタンダードのIPを採用している今、LAWOは新しいIPマネジメント・プラットフォームを導入することにより、基本的な設定プロセスを簡素化したいと考えています。例えばHOMEは、ベースバンド時代のプラグ&プレイの利便性を実現しています。LAWOの製品はすべて、IPネイティブです。言い換えれば、LAWOのオープン・スタンダードIPへのコミットメントは、非常に強固なものです。我々に課せられたミッションは、メディア・インフラ、クラウド、ワークフロー・ソリューションの革新を牽引し、すべての顧客がワールドクラスのコンテンツ制作を可能にすることです。mc²シリーズのような革新的なミキシング・コンソールも、私たちのサービス・ポートフォリオの一つの要素に過ぎません。オープン・スタンダードなIPソリューションの創始者の一人として、LAWOはその野心的な使命を果たすため、経験、専門知識、そして献身的な熱意を持っているということを忘れないでください。
─── LAWOのIPソリューションの実例をご紹介いただけますか。
GE 2016年にフランスで開催された世界最大規模のサッカーの大会『UEFA EURO 2016』は、完全にIPドメインで運営された最初のイベントの一つです。また2017年には、オーストラリア最大の制作会社であるNEPが、シドニーやメルボルンから制御した大陸規模のリモート・プロダクションを行い世界を驚かせました。そして著名なテレビ局の多くは、同じIPネットワークに接続された2つ以上の都市から番組を制作できることに可能性を見出しています。これらはほんの一例ですが、このようにLAWOのIPソリューションは、厳しい状況下でその実力を証明しています。放送局、放送サービス・プロバイダー、オペラ・ハウス、劇場、銀行、ストリーミング・サービス、そして世界規模の議会に至るまで、多くの現場でLAWOのIPソリューションが活用されているのです。
─── LAWOはRAVENNAを策定した中心メンバーとして知られています。AVBやDanteと比較してRAVENNAにはどのような特徴、アドバンテージがありますか。
GE AVBと比較すると、RAVENNAはIPレイヤー3で動作するため、特定のスイッチ・インフラを必要とせず、広域のネットワークがよりスムーズになるという利点があります。Danteの比較では、RAVENNAはオープンで拡張性があり、自由に設定可能で、無料で利用できるというメリットがあります。Danteについては、ライセンスが必要なブラック・ボックスと捉えている人も少なくないでしょう。
ビデオ機器も手がけるLAWO
─── プロサウンドはオーディオの雑誌なのですが、LAWOのビデオ製品についても簡単におしえていただけますか。
GE V_pro8に続き、我々は映像、音声、コントロール・データのストリーミングを実現するIPネイティブのビデオ・デバイス、V_remote4を発表しました。また2016年に発売したV_matrixは、映像と音声の両方の処理に対応した、世界初のソフトウェア定義型のバーチャル化放送エコ・システムです。V_matrixフレーム内のc100コア・プロセシング・モジュールは、ロードされたソフトウェアに応じて、マルチ・ビューワー計算、アップ/ダウン/クロス変換、受信信号をIPストリームに変換するゲートウェイ処理、映像処理、音声処理など、さまざまなタスクを実行することができます。このようなソフトウェア定義のアプローチは、A__UHD CoreやPower Coreのようなオーディオ機器でも採用されており、ハードウェアはそのままに機能が進化していきます。また、vm_avpアプリによってLAWOの顧客は、既存のSDI機器と新しく購入したオールIPソリューションを自由に組み合わせて使うことができます。
─── コロナ禍で普及したWeb会議システムには興味ありませんか?
GE 現時点ではWeb会議ソリューションを提供していませんし、そのような計画もありません。しかし一部のエンジニアは、V__remote4にビデオ・カメラとマイク/オーディオ・ステージ・ボックスを接続し、アップデートやメンテナンス・セッションの遠隔監視、現場スタッフへの指示などに使用しています。
─── 新製品の予定はありますか?
GE 来たる11月16日に、ラジオ関連製品の発表会を予定しています。他の分野での新製品も予定していますが、我々は3ヶ月以内に確実に発売できる場合のみ、製品の内容を発表する方針をとっています。しかしながら確実に言えるのは、A_UHD Core用の新しいソフトウェアのリリースが予定されているということと、それによってPhase 2が現在よりもさらに強力なソリューションに変わるということです。どうぞご期待ください。
─── 最後に、この記事を読んでいる日本のプロフェッショナルにメッセージをお願いいたします。
GE まずは読者の皆様がLAWOに興味を持ってくださっていることに感謝申し上げます。ミキシング・コンソールのmc²シリーズをはじめとする我々のオーディオ製品に興味をお持ちの方には、FacebookのLAWOユーザー・グループへの参加をお勧めします。このグループは独立したグループであり、オーディオ・エンジニアがミキシングの課題や質問、ヒントなどを、たくさんの写真と共に投稿しています。LAWOの社員もこのグループのメンバーであり、カジュアルな雰囲気の中で楽しんで参加しています。
─── 本日はお忙しい中、ありがとうございました。
取材協力:LAWO AG、オタリテック株式会社
LAWO製品に関する問い合わせ:
オタリテック株式会社
Tel:03-6457-6021 https://otaritec.co.jp/
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