PS はじめにこの水族館のコンセプトからお聞かせください。
小池 当館は最新の映像表現と空間演出を駆使した、これまでになかった新しい形のエンターテインメント水族館で、代表取締役兼館長である市川大介が発案してチーム全員でつくりました。沖縄に生息するさまざまな生き物と亜熱帯気候が織りなす自然の魅力を、映像を含む造作物と多彩な空間演出を融合し表現しています。
名称に「水族館」と謳っておりますが、海洋生物に限定せず、来場者の方々には沖縄全土の自然を広く知ってもらうことを優先し、沖縄の魅力に気付いてもらえたらと考えているのです。この水族館はエリアごとにテーマを設け、それらに即したヴィジュアルと音を結びつけているのが特徴の一つとして挙げられると思います。
PS 各エリアには各々のテーマがあり、そのテーマに即した演出効果が施されているのですね。
坂口 はい。当館は入口から出口まで、来場者の方々に沖縄の自然を体験し楽しめる仕掛けをいくつも用意しています。施設は2フロアに分かれ、計13のエリアを設けているのです。演出効果はサウンド面に特化し、フィールド・レコーディングで集めてきた音声素材をエリアに合わせ加工・編集を施しています。音と照明を含む光、そしてヴィジュアルの関係性を念入りに考慮しているのです。
PS 坂口さんがこの水族館でここまで音にこだわっているのは何故ですか。
坂口 私は子供の頃、アメリカのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートのエプコット(実験的未来都市)で音響と映像に包まれる体験をし、特に音に興味を抱きました。テープレコーダーを使いさまざまな音を録音し、繰り返し聞いては遊んでいたのです。
PS サウンドとヴィジュアルが一体となった演出に目覚めたんですね。
坂口 はい。その後、大学では日本の伝統建築・庭園史を研究し、日本の美学に想を得たサウンド・インスタレーション制作などを行ないました。2017年から2018年にかけては「DMM VR THEATER」で5.1chや7.1chのサラウンド・ミックスの制作にも携わっていました。
個人的に以前から音楽というよりは、音そのものの合成や制作に関心を抱いてきたのです。建築や空間の中で音を効果的に活かすこと、音の中に自ら入って体験することにずっと興味を抱き続けてきました。
始まりと終わりがある音楽体験ではなく、音楽や音の中に鑑賞者が没入することで、主体的に音の聴取・体験ができるサウンド・インスタレーションの分野に大きな可能性を見出してきたのです。
音のコンセプトを実現する米国製QSC「Q-SYS」
PS 複数のエリアにおける音と映像のコンセプトはどのように決めていったのですか。
小池 2018年11月に水族館の基本設計が完了し、図面がほぼ確定しました。その図面に合わせて、坂口がエリアごとに流すコンテンツとスピーカー(チャンネル数)を想定しながら、演出の方向性を固めていったのです。
坂口 2019年1月、パブリックアドレスの武井一雄さんに相談し、その方向性にアドヴァイスをいただきました。武井さんはご存知の通り、システム・エンジニアの第一人者で、サラウンド環境の構築でも実績のあるエキスパートです。武井さんからQSCの「Q-SYS」を提案していただき、より具体的な機材の選定を始めました。
PS QSCといえば映画館のプロセッサーを中心とした業務用機材が認知されています。
坂口 武井さんから提案をいただいたQSCのプロセッサーの拡張機能や多様性のある制御・管理を知れば知るほど、われわれが考えていた水族館におけるエリアのイメージが膨らんでいったのです。
小池 館内演出のコントロールが「Q-SYS」のタブレットひとつで一元管理 できるというのも見逃せません。
QSC の「Q-SYS」はエリアごとにアンプやスピーカーを組み合わせ、チャンネル数を自由にプログラムできる。施設のテーマやプラニングに即した形で 音を演出することが可能だ。さらに商業施設に来場者が訪れた時間帯に合わせた演出の設定も可能となる。また、武井さんによるスピーカーチューニングの現場作業においても「Q-SYS」は力を発揮し、エリアごとのEQ処理などでも、その場、そのタイミングに応じた効率的な作業ができたという。
床一面が透明なガラス張りで、足元を覗くと大きな水槽を約6メートル見下ろすことができるエリア。このエリアはあえて音を排除し、家族連れなどが賑やかに楽しめるようになっている
フィールド・レコーディングで集めた音声素材を最大限活用
「DMMかりゆし水族館」の各エリアは下記のイラストの通り、沖縄という土地柄を象徴する森林や海などで採取した動物たちの声、自然音などを映像素材と融合させることで、刺激的な体験をもたらす。
「DMM かりゆし水族館」の音に特化した主要エリア
2F
1F
この水族館は計13エリアに大別されるが、とりわけ音に特化したエリアがイラストが示す7エリアとなる
PS 入口からすぐの「はいさいゲート」のエリアについて聞かせてください。
小池 「はいさいゲート」は2つの部屋を用意し、旅の始まりを告げる「水」と「生命」をテーマに掲げています。多面大型スクリーンを設け、サラウンド・サウンドのみならず、演出の一つとして風を取り入れていることも特徴として挙げられるのです。このエリアで日常の世界から、沖縄という魅力溢れる世界に思いっきり飛び込んで欲しいと考えています。
坂口 フィールド・レコーディングした水中の音、波、雷、鳥の声、そして森のざわめきなどをやんばるの森や沖縄の海、そして首里城で撮影した映像素材に合わせて鳴らしています。それと同時に沖縄の伝統的な楽器とオーケストラを合わせた祝福感のあるニ長調の音楽を作曲し再生しています。サラウンド・スピーカーの配置も考慮し、あえて壁面に音を反射させ映像から聞こえてくる効果を狙っているのです。
小池 それぞれのエリアのテーマは予め決まっていたので、坂口自身がマイクとデジタル・レコーダーを抱え沖縄北部のやんばるの森、各地の海岸で波や水中の音などを録音。それらの音声素材をベースに編集・加工を施し採用しているのが、この水族館の特徴の一つといえます。
「DMMかりゆし水族館」で流れる音楽の作曲、および音を全面的にプロデュースした坂口さん。音声素材は沖縄の森や海を坂口さん自身がマイクとデジタル・レコーダーを駆使し、フィールド・レコーディング。DSDで収録された音声はPCMに変換後、スタインバーグNuendo8で加工・編集が施されている
坂口さんがフィールド・レコーディングで使用したデジタル・レコーダー。メインで使用したソニーPCM-D100(右)、サブで使用したコルグMR-2(左)
坂口 フィールド・レコーディングは2018 年7月、2019年2月、4月、6月、延べ22日近くを費やし、やんばるの森や全県域の近海の島で行なっているのです。使用したレコーダーはメインがソニーPCM-D100、サブがコルグMR-2で共に2.8MHzのDSDで記録し、PCM変換し編集・加工を施しています。
「森」のエリアはやんばるの森で8日間を費やし録音した自然音で構成し、いっぽうのCG映像はヤンバルクイナ、リュウキュウオオコノハズクなど沖縄固有の希少な動物の声も録音し、編集しています。
小池 2階は来場者の方々に「水上の世界」を体験してもらえるスペース、1階は「水中の世界」を味わってもらうスペースです。それなので、階下へと降りるエスカレーターは水の音を効果的に取り入れることで、それをさりげなく演出しています。
坂口 エスカレーターは波の音から水中のそれへと変化させることで、水中に潜るような体験を狙いました。波の音は珊瑚の砂浜(本部町水納島)で録音しているのですが、波が引くときに白骨化した珊瑚のかけらを引っ張るので、普通の波の音よりキラキラとした高い音がします。いっぽう、水中の音は波の音に加工を施し、さらに水中に潜ってAmbisonics(4ch)で録音した音(恩納村真栄田岬で収録)を重ねているのです。
「森のエリア」
ジャングルを模したこのエリアは様々な動物たちの生態を音とヴィジュアルの両面で表現している
「森のエリア」はタグチ製の多面体スピーカーを採用することで、音の広がりを得ている。照明も併せてコントロールすることで、来場者の非日常感を巧みに演出
2階の「水上の世界」から1階の「水中の世界」へとつながるエスカレーター。エスカレーターに乗った直後は波の音、やがて音は水中の音へと変化を遂げる。サウンドクリエイター坂口さんのフィールド・レコーディングの成果が発揮されている
PS 1階の「水中の世界」の中で、特にお勧めのエリアはありますか。
小池 小さな水槽を幾つも用意し、南国ならではの珍しい熱帯魚に触れ合ってもらえるエリアや海中トンネルなど楽しんで欲しいエリアばかりです。特にサウンド・インスタレーション的な求心的な音の効果を導入しているのは、「クラゲ・エリア」でしょうか。
坂口 「クラゲ・エリア」は円筒状の水槽を7本設置し、来場者がその中をすり抜けていくスタイルなのですが、照明と音声が5分で一周するようにプログラムしています。
商業空間では通常、和音進行の音楽が多用されているのですが、このエリアの音楽は前半電子音楽に旋法(モード)を取り入れ、深海のような青く暗い雰囲気を生み出し、後半は完全5度の明るい音の構成で作曲しました。もちろん、音楽に連動するように照明効果も配慮しています。
1F「クラゲ・エリア」は20ものスピーカーを駆使し、サウンド・インスタレーションを展開
「クラゲ・エリア」はQSC製の円筒型スピーカーをあえて鏡の天井に向けて設置し、音の拡散効果を狙っている
坂口さんによると、「DMMかりゆし水族館」に流れている音楽はすべてDを中心としたニ長調で制作されているという。入口から出口まで音の調性を統一することで、各エリアの音が干渉し合っても不協和音にならず、さらにリフレインや様々なフレーズを散りばめることで館がまるで一つの組曲になることを狙っている。
DMM RESORTSがプランニングした新しい形のエンターテインメント水族館は、お伝えしたようにQSCの「Q-SYS」で一括制御されている。この「DMMかりゆし水族館」は、日本で一番音響にこだわった施設を目指すという市川館長の企画とサラウンド・サウンドで音に目覚めた坂口さんのアイデアがふんだんに盛り込まれた、観光スポットとして異彩を放つ。沖縄の底知れない自然の魅力が体感できるのはもちろんのこと、エリアごとに音響デサインが念入りにプログラムされたことで、音や音楽の面白さや豊かさは来場者の心にきっと響くに違いない。
アプリ「DMMかりゆし水族館」
この水族館では通常目にするエリアごとのディスプレイなどはいっさい見当たらない。このアプリを来場者が導入することで、生息する動物たちや水槽で泳ぐ海洋生物などを詳しく知ることができる
「DMMかりゆし水族館」に導入されたQSC「Q-SYS」について
インテグレーテッド I/O
QSC Q-SYS CORE 510i
ネットワークスイッチ
デル N1124P
ネットワーク/アンプリファイアー
QSC CXD8.4Q
ネットワーク/アンプリファイアー
QSC CXD4.2Q
「Q-SYS CORE 510i」はオーディオとビデオを制御できるプロセッサーでネットワークスイッチ「N1124P」を介して、ネットワーク/アンプリファイアー「QSC 8.4Q 」「QSC 4.2Q 」の2台と組み合わされている。エリアごとに2チャンネルからサラウンドまで複数のスピーカーを自由に設定・制御できる。DMMかりゆし水族館では計13エリアの音と演出がタブレットで一元管理される
INFORMATION
DMMかりゆし水族館
沖縄県豊見城市豊崎3-35
営業時間:10:00~21:00
※ 年中無休
入館料
大人(18歳以上):2,400円
中人(13歳~17歳):2,000円
小人(4歳~12歳):1,500円
https://kariyushi-aquarium.com
2020年5月25日、豊見城市豊崎の美らSUN ビーチに隣接する大型複合商業施設「イーアス沖縄豊崎」に併設・開業された。大型駐車場を完備。沖縄空港からクルマで約20 分の距離にある。