漫画の神様・手塚治虫の新作を、AIを駆使して創りだそうという「TEZUKA2023」プロジェクトが、この6月から再始動。その新たな挑戦となるのは、手塚治虫の代表作でもあり、今年誕生50周年を迎えた「ブラック・ジャック」。6月には、今秋の新作公開を目標として発表会を開いたが、本日11月20日、新作のお披露目イベントが、慶應義塾大学の三田キャンパスで行なわれた。
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「TEZUKA2023」に先立つ「TEZUKA2020」プロジェクト(2020年2月)では、今回と同様にAI技術を駆使して、手塚治虫の新作の制作を行なうことを目的に活動し、既報の通り「ぱいどん」というキャラ&物語を生み出し、雑誌「モーニング」への掲載を果たしている。
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さて、今回の「TEZUKA2023」プロジェクトでは、「TEZUKA2020」で気が付いた課題を改善し、生成AIを創造性のサポートツールとしてより使えるようにすることを目的としている。その根底には、コンテンツが急激に増えたことによる、シナリオ不足を解消・補填することも含まれている。また、本プロジェクトの実施によって得られた知見――生成AIはどれぐらい運用できるのか、どのような限界があるのか――についても、お披露目会にて説明されていた。
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栗原聡氏
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ということで、「TEZUKA2023」では、「ぱいどん」からは2つの点で進化している。一つは、画像生成AI「Stable diffusion」の活用。一つは、生成AI(ChatGPT)へ問いかけを行なう(人の指示を、ChatGPTがより分かりやすいように変換してくれるもの)、仲介的な存在の「仲介AI」を作成となる。
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実際の制作の工程については、「ぱいどん」に比べてより精緻となり、大きく「1 プロット生成からシナリオ制作」「2 新キャラクター生成」「3 ネーム制作から作画」という3つになる。1のプロット生成では、手塚治虫の残したブラック・ジャック200話以上を分析――ジャンル、展開、世界観などなど――して細分化してデータ化し、仲介AIに手塚らしさの源泉として記憶させているそうだ。プロット(あらすじ)については5人のクリエイター(チーム)を用意し、それぞれが考えたものを、仲介AI・ChatGPTを駆使して推敲。最終的に選ばれたのは映画監督・林海象氏のもの。
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林氏が考えたのは、ブラック・ジャックは医者なので病気を治すのが仕事だが、一方で治せないものもあるのではないか、という点から話を作り込み、最終的に今回採用された話「機械の心臓」にたどり着いたという。「『機械の心臓』というタイトルは生成AIが考えたもので、原作の中ではなかったし、作中に出てくる人工心臓のネーミング『HeartBeat MARK II』も、通常ならIなのに、なぜIIが出てきたのか? そういう点に興味をひかれたし、すごいものができたと感動した」そう。加えて、「なによりもプロットを入力(指示)してからの返事が速い! だからすぐに展開を追うことができたし、やっているうちにAIに感情が湧いてきたようで、こちらの入力に気遣いを感じられるようにもなってきた(笑)」と、今回の制作過程を振り返りながら、最終的には「楽しかった」と述懐していた。
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林監督
ちなみに各チームの、仲介AI・ChatGPTとのやりとりについては、70~190回近くのキャッチボールが行なわれているそうだ。
その過程で、AIの提示してきたプロットを見た、秋田書店・週刊少年チャンピオン編集部の田中氏は、「展開は面白いが、なぜそうなるのかという感情、心情の表現が足りないと感じた」とコメント。「そこはまだAIに足りない部分だろう」としながらも、「何度もやり直しができて、しかもそれが速い。そこは有用と感じた」と話していた。
次に新キャラの創造については、先に記したように、仲介AIに手塚の作風を学習させ(テキストによる条件付けを細かくしているそう)、画像生成AIを駆使しているが、その出来上がりは「ぱいどん」のころからは長足の進歩を果たしているそうで、最初からある程度完成した“画”として提示してきたという。
今回新キャラとして登場するのは、「マリア」と「川村」。マリアについてはゼロベースで、川村については、実は林監督にサポートとして付いた学生が川村というそうで、その彼の写真を基に生成しているという。キャラについて手塚眞氏(本プロジェクトの総合プロデューサー)によれば、「キャラには、主役とサブの2種類があって、今回の二人については後者であることから、かっこいいのはNG。また、手塚作品のサブキャラには、人間味があり、同時にクセが強いという特徴があるので、それを加味した造形を心掛けた」ということだ。結果、川村のキャラについては「コミカルで人間味が感じられるものになった」と話していた。
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ネームの作成については、ページ単位ではなく、コマ単位での生成を重ね、そのコマ単位の構図を基に、最終的に人の手でページの形に落とし込み、最後は手塚治虫のアシスタントとして活動していた 池原しげと氏が完成(ネーム・作画)させたということだ。
今回の成果である「ブラック・ジャック」の新作は、11月22日発売の「週刊少年チャンピオン 52号」に掲載される。
今回の制作を振り返って手塚眞氏は、「生成AIは、実際に使うと1時間ぐらいで慣れてくるし、なによりテンポ(返事・反応)が速くて心地がよい。使っているうちに親近感も湧いてくるし、いいパートナーと感じるようになった」。反面、「今回は手塚治虫の1作分データを学習させただけなので、手塚治虫自身が身に着けていた記憶・意識をどのように学習させるのか、AIのよさをもっと引き出すためには、それに適した操作法(インターフェイス)が必要になる」。また、AIが苦手とするところとして、「抽象性、ニュアンス、間合い、感覚の表現がこなれていない。今後これをどう学習させていくかが課題になると思う」と、話していた。
一方、本プロジェクトの総合プロデューサー・栗原聡氏(慶應義塾大学 理工学部 教授)は、「生成AIはあくまでツールなので、作業の効率をアップするものとして、そして同時に、クリエイターの意欲を刺激するものとして、量産に使える仕様にして、国内のコンテンツを充足させるツールとしていきたい」と、今後の抱負を口にしていた。
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