ステレオサウンドストアでは、厳選した音源を収録した各種高音質CDやアナログレコードを好評発売中だ。そんなオーディオファイルに向けたこだわりソフトの数々を店頭に並べている、“面白い本屋さん”が長野市にあるという情報を聞き、さっそく現地へと車を走らせた。

 JR長野駅から徒歩わずか2分の場所に建つ、ながの東急百貨店。その別館シェルシェ2・3階に、今日取材する「株式会社平安堂」(以下平安堂)長野店は店舗を構えている。

画像: 新型コロナの感染拡大が収まったタイミングということもあり、駅前には多くの人が(2021年12月取材)

新型コロナの感染拡大が収まったタイミングということもあり、駅前には多くの人が(2021年12月取材)

 ビルに入ってエスカレーターを上がると、唐突に仏像の尊いお姿が目に飛び込んだ。

 『ん? ここが ……本屋?』

画像: 店舗入口では、尊いお姿がお出迎え。合掌。

店舗入口では、尊いお姿がお出迎え。合掌。

 戸惑いつつも周囲をよく見渡すと、仏像周辺には歴史関係の本がびっしりと並んでいる。間違いない、ここがウワサの平安堂だ。

 取材の約束時間まで少し店内を歩き回ってみると、また先ほどの心の声がリフレインしてくる……。買い物客で賑わう店内では、雑誌や書籍に混じって化石や鉱石が売られているし、レジ前にはなぜかおでんの缶詰が並んでいる。

 3階も同様で、児童書のコーナーがあると思えば、様々な文房具やインテリアアイテム、さらにはCD・DVDソフト専門の売り場まで! バラエティ豊かというか、書店、雑貨店、ホビーショップ、レコードショップが合体したような、ワクワク感あふれる店内だ。

 そしてステレオサウンドのソフトは、店内で最も人が訪れる新刊・雑誌コーナーの隣という、オイシイ位置に特設ブースが作られていた。

画像: ステレオサウンドの各種音楽ソフトが並ぶ特設ブース

ステレオサウンドの各種音楽ソフトが並ぶ特設ブース

 なぜ、こんなにユニークな売り場なのか? なぜ、仏像なのか? 頭にたくさん溜め込んだ『?』を、平安堂の書籍事業部長を務める長崎深志さんにぶつけてみた。

画像: お話を伺った平安堂 長野店の長崎深志さん。愛車は“ランエボ”。右手のブックタワーは、おひとりで7時間かけて積んだ力作

お話を伺った平安堂 長野店の長崎深志さん。愛車は“ランエボ”。右手のブックタワーは、おひとりで7時間かけて積んだ力作

『それは、創業時から“ライフスタイルを扱うお店”だからなんです』

長崎さん 平安堂は昭和2年に長野県の飯田市で生まれた本屋なのですが、創業当時から文房具を扱う複合書店でした。アナログレコードもいち早く販売しましたし、料理教室なども開催してきて、飯田における文化の発信地として地域の皆さんの支持を頂いてきたんです。

ーー昭和52年、平安堂は県庁所在地である長野市に旗艦店を出店。それを皮切りに、長野県を中心に多店舗を展開し、現在では県内に15の店舗を構えているそう。

 今でこそ文具や雑貨も取り揃えたカルチャー発信型書店の存在は珍しいものではないが、平安堂はそのパイオニア的な存在なのだ。ほとんどの店舗でCD・DVDを取り扱っていて、“街のレコード屋さん”としても地域に根付いている。

“絶滅危惧店”となってしまった、街のレコード屋さん

ーー長崎さんは、音楽を店頭で買う文化が危機に瀕していることが心配だ、と話す。

長崎さん 大都市圏以外の地方都市では、いわゆるレコード店というものが絶滅危惧種になってしまいました。長野市にもかつてはタワーレコードなどの大手レコードショップがありましたが、何年も前に撤退しましたし、CDショップを併設する大手チェーンではほぼ新譜しか置いていない。一方で個人店は、チケット販売やコンサート物販などの外商でなんとかもっている状況です。

 いまでは、全ジャンルを網羅したCDショップを持つチェーン店は、県内では平安堂くらいしかありません。多くの方が『店頭で音楽ソフトを選んで買う』というスタイルから、ダウンロード販売やストリーミングに変わっているんです。

 でも、店頭で音楽を買う方がいい、とおっしゃるお客様が長野には少なからずいらっしゃいますので、なんとか頑張っていきたいんです。

画像: レコードジャケットに「新作入荷!」のポップが見られるのも、平安堂ならでは

レコードジャケットに「新作入荷!」のポップが見られるのも、平安堂ならでは

ーー長崎さんが、店頭販売にこだわる理由――それは、創業時の“先輩たち”から大切に受け継がれてきた、平安堂のフィロソフィーが根底にあるという。

長崎さん 創業に携わった大先輩たちからよく言われてきたのは、「“石炭屋”になるな」ということ。かつて、家庭でも木炭や石炭が燃料として使われていましたが、時代が移り変わって石油にシフトしたとき、「うちは石炭屋だから」と言っていた人たちはみな商売を畳んでしまったそうです。しかし、「うちは石炭屋でなく、エネルギーを売る商売だ」といった方々だけが生き残ったということなんです。

 書店として本を売ることはもちろん大事ですが、それ以前にライフスタイルやカルチャー、エンターテイメントを取り扱うお店だと私たちは自認しています。だから形にこだわらず、本だけでなく文具や音楽を店頭に置くことは、創業時から受け継がれてきた大切な伝統なんです。

画像: 3階にあるCD・DVD専門コーナー

3階にあるCD・DVD専門コーナー

文化の発信地として、流れを作る

ーー長崎さんはネット販売との差別化について、リアル店舗にしかできない大きな強みがある、と続ける。

長崎さん 僕はバイヤーとして、“日本最強の本屋”であるAmazonをものすごく参考にしています。消費者の購買行動を集めたビッグデータや、それをもとにしたレコメンド機能は大変優れたシステムですが、ふたつの弱点があると思うんです。

 ひとつは、それが後追い的なデータであること。ランキングもレコメンドも、購入された結果をベースにしているので、ユーザーが潜在的に求めている商品が世の中ではあまり売れていない場合、書誌情報が不明だと探しにくいし、出会いにくい。

 もうひとつは、ネット購入を主にしている人の集積データだということ。平安堂はご年配のお客様に支えられている面があって、その点でAmazonのランキングやレコメンドとは違った商品の売れ方をしているんです。

画像: もう200缶以上も売れているというレジ前のおでん売り場

もう200缶以上も売れているというレジ前のおでん売り場

自然豊かな土地では、水生昆虫図鑑が売れる!?

ーー加えて、売れる商品に地域性が色濃く反映される点もリアル店舗ならではの現象だという。

長崎さん 以前、平安堂のある店舗で、水生昆虫の図鑑がなぜか棚差しで年に30回ぼど売れていたんです。Amazonを見てもそんなに人気はないし、問屋さんのランキングにも挙がってこない。不思議に思ってその書籍を買われたお客様にたずねてみると、渓流釣りに使う毛針(※)を自作するのに図鑑を参考にする、と仰ったんです。

 ※毛針=釣りに用いる疑似餌の一種で、昆虫に似せた毛を針につけたもの

 ほかにも『チェーンソーパーフェクトマニュアル』や『トラクタ名人になる(DVD付)』など、「なんで売れているの?」っていう本が年間で何十点も見つかるんです。

 スタッフには常日頃から「棚を通じて読者と対話しよう」と教えていますが、店舗にいらっしゃる客層から地域性の強いニーズを発掘して、“なぜか売れる本”をその店舗のベストセラーに変えていく。そのへんはやっぱり、リアル店舗の醍醐味ですよね。

 お客様からすれば、本屋に行ったら欲しかった本が目に飛び込んできて、「なにこのトラクターのマニュアル!」と出会うことができる。偶然というか必然の出会いがネット販売との大きな差というか、棲み分けなのではないでしょうか。

 音楽も、やっぱり出会いなんですよね。リアルな店舗として、音楽と触れられる機会をなるべく失わせたくないという想いで頑張っています。

画像: 老若男女が思い思いに商品と出会う店内

老若男女が思い思いに商品と出会う店内

コロナ禍で再認識した、本の大切さ

ーー人々のライフスタイルを大きく変えてしまったコロナ禍。そんななかで、書店が果たす役割とは何なのだろうか?

長崎さん 2020年の2月頃でしょうか、国内で本格的に新型コロナウイルスの感染拡大が始まったときに、生活必需品を売るスーパーを除いて、大型小売店はみんな営業を自粛しました。当店が入っているながの東急さんも、地下の食料品売場以外は営業自粛したんです。

 そのとき、私たちは店を閉めませんでした。悩んだのですが、本が生活必需品であるかどうか自問すると、「そうだ」と思ったからです。

 受験生にとって参考書は欠かせませんし、就活や資格取得を目指す人にとっても “待ったなし”で書籍は必要です。実際に、学校が休校になると、参考書が一気に売れました。「家で子どもたちを不安にさせたくないから」と、親御さんも児童書をずいぶんお買い求めになりました。

 そういったことを目の当たりにして、やっぱり本は生活必需品なんだ、と再認識しましたね。お店を開けていたことに対して感謝の声が多くて、お叱りの声が殆どなかったですから。

 音楽関連では、コロナ禍によって新譜のリリースがものすごく減ってしまいました。でも、そんななかだからこそ「上質な音楽に触れたい」というニーズは高まっていると思うんですよね。

画像: 3階にある文具やインテリア関連商品の売り場。かなりの品揃えだ

3階にある文具やインテリア関連商品の売り場。かなりの品揃えだ

“おもしろい書店”のエッセンスとして、高音質音楽ソフトを育てたい

長崎さん そんなときに、ステレオサウンドのCDやアナログレコードを知ったんです。どうせやるなら、とCD・DVD売り場とは別で、店内でいちばん人の目に触れる場所に出荷いただける商品を全部並べてみよう、と。

 販売開始から一ヶ月少々になりますが、アナログレコードが売れていることにびっくりしました。“ルパン三世”を筆頭に、各種CDも好調なんですが、なによりLPって、東京のマニア向けショップで売れるもの、という認識だったので正直驚いています。

 でも、この音楽ソフトですごく売上を上げたいとは思っていないんです。リアル書店ならではの“面白さ”のエッセンスのひとつとして育てていきたいんですよね。入り口の仏像も同じで、3年ほど販売していますが、月に何百万という売上が立つものではありません。でも、それでお客様には「平安堂って面白いな」と思っていただけます。

 リアル店舗を構える書店として、そういったものを10も20も取り揃えて、新しい文化と出会う場を提供することが、今後も必要なんじゃないかなって考えています。

画像: 化石・鉱石コーナーは昔から置いている商品のひとつ

化石・鉱石コーナーは昔から置いている商品のひとつ

長崎さん 平安堂に来ていただいて、楽しんで帰っていただければそれが一番。そういう意味で、ステレオサウンドのレコードやCDはクォリティが高いので、上質な音楽を求めるお客様に応えられているのを実感していますし、それがとても嬉しいです。

ーーもしあなたがネットショッピングのヘビーユーザーで、刺激に欠ける自粛生活にやきもきしているなら。週末のおでかけには、お近くの平安堂をお勧めしたい。そこではきっと、意外な発見や嬉しい出会いが、あなたを待っているから。

(取材・写真:中山宇宴)

中山宇宴(なかやま・うえん)
長野県在住の元オーディオ専門誌編集者。現在は古民具を生かしたスピーカー製作など、マルチかつクリエイティブな活動を行っている。(https://uen-s.work/)

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