さまざまなジャンルの未公開作を一挙に上映する劇場発信型の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2021」が今年も、1月22日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、およびシネ・リーブル梅田にて開催される。
中でも注目なのは、昨年、映画『ソワレ』で一躍脚光を浴びた芋生悠がヒロインを務める『ある用務員』だろう。ハードアクションで彩られている本作において、可憐な存在感を遺憾なく発揮している。ここでは、上映に先駆けて出演の感想を聞いた。
――芋生さんが演じる唯は、まわりがほぼ殺し屋ばかりという状況の中で、ただひとりのノーマルな人間といえる役柄です。演じるうえで特に心がけたことは?
唯の周りでは、突然日常が崩れ始めて、予期できないことが立て続けに起こります。それに一つ一つ反応しようとしながらも、頭の中が整理できていないから、反応しきれない。その感じを出すことができたらと思っていました。
監督も「銃撃戦が目の前で起きると、パニックで思考が停止することがある」、パニックの時は「悲しい」とか「怒りが湧いてくる」とかではなくて、「本当に何が起きているかわからないぐらい頭の中が真っ白」という感じだとおっしゃっていました。
――幼なじみのヒロ(伊能昌幸)と楽しそうに会話をするシーンがありますが、唯の中で彼はどういう存在なのでしょう。「好き」という意識があるのでしょうか?
いちばん自分のそばに寄り添ってくれる人なので、信頼していると思います。ただストーリーの初めでは、唯自身は、自分が(ヒロを)好きっていう気持ちにはまだ気づいていなくて、ストーリーが進んでいく中でだんだん(ヒロが)いちばん大事な人だったんだなと感じて、(好きという気持ちに)気づいていっているように感じました。
――唯は裏社会の大物・真島(山路和弘)の娘であり、学校で疎まれています。でも用務員の深見(福士誠治)とは、不思議な交流が生まれてゆきます。
唯はクラスメイトとは殆ど交流がなくて、先生からも色眼鏡で見られていて、気を許せる人はヒロぐらいで他の人はどうでもよかった。でも用務員さんは自分が敵対している人とは別で、ちょっと気になる存在であったかもしれないかな、と思います。最初、なんで用務員さんが自分のために戦っているのかは分からなかったとも思いますけど(笑)。
自分の中で用務員さんがどういう存在だったかというのは、本当にストーリー後半の出来事が起きてから分かるわけです。自分と同じような境遇にいた人、自分で自分の人生を選択できていなかった人、いろんな人に振り回されながら生きてきた人、その意味では用務員さんは唯にとって自分を見ている鏡みたいな存在ではあったのかなと思います。彼を見ていると、自分を見ているみたいな腹立たしさもあったかもしれない。
――物語が進むにしたがって、唯という点と深見という点がつながっていくような印象です。
最終的に気持ちが一致したかどうかは分からないけど、二人でちゃんと対面して会話した時にようやく動き出す物事は確かにあったと思います。用務員さんが自分と同じような境遇を持っていて、それによって自分へのいら立ちみたいなのも芽生えてくる。個人的にも最も心を動かされる場面でした。
――それがあったからこそ、ラストの描写が生きてくる。
監督からは「後ろにあるものを断ち切るような感じで、颯爽と歩いてほしい」という指示がありました。向こう側にある光に向かって突き進むような感覚で、ワンテイクでした。めちゃめちゃ緊張感がありましたね。
――本当に一人で、まだ見えない未来に向かってしっかり踏み出していく。
死にそうな人を置いていくんですよ。相当、用務員さんにシンパシーを感じてきているはずなのに。この人を守りたいと、外に一緒に連れていくというところまではいかない。でも、唯が自分をやっと見つける瞬間ではあったのかなと思います。
――彼女の心境の変化が鮮やかに捉えられた作品だと感じました。
以前の唯には、どこかであきらめている状態のままずっと過ごしているところがありました。学校もただの場所でしかないし、自分はそこにただいるしかなかった。親につくられた、意志のない人形のような状態だったんです。
お父さんに連れられて高級レストランに行くシーンがあって、異様な空気があるんですけど、お父さんはそれ(=高級な外食)が娘の一番喜ぶことと思っているかもしれないけど、唯本人は居心地も悪いし、着ている服だって高くてきらびやかかもしれないけど、それも「これを着たら娘は喜ぶだろう」という親の押し付けでしかない。
その自己満足に、唯は「自分のことを理解してくれてはいない」と思っている。そんな状態ではステーキもおいしく感じないし、お父さんを目の前にした居心地の悪さがある、モヤモヤした気持ちなんです。
ところが、いろんな驚きの出来事が短い間に起こって、唯の心境も変わってゆく。その変化をちゃんと見せていくことも、演じるうえで大切なことでした。観客が一番共感するところにいる役柄だなと思ったので、出来事が起こるごとに、自分が何を感じるかということに集中して演じました。
――鋭いアクションもたっぷり味わえる作品ですが、芋生さんご自身も小学校1年から中学生の頃まで空手に取り組んでいたとうかがいました。現場でアクションしたくなりませんでしたか?
ずっと、したくなっていました。唯にはアクションの場面がないので、うらやましいなと思って。
――空手で学んだことは?
「礼に始まり礼に終わる」と、ずっと言われてきました。空手の技は人を守るためのものであって、傷つけるものではないんだ、と。技とか体の強さよりも精神的なものを学んだ感じがしますね。空手を始めたきっかけは、小さい頃、父とチャンバラごっこをしていて、なかなか勝てなかったから。母に泣きながら「強くなって、お父さんに勝ちたい」と言ったら、「近所に空手道場があるよ」と勧めてくれて(笑)。
――お母さん、止めないんですね?
止めないんですよ(笑)。さすがに最近は父と戦ってないですけど、小さい頃から負けず嫌いではありますね。前に何を思ったか(女優・空手家の)武田梨奈さんに「戦いたいです」と言って、びっくりされたこともあります。
『ある用務員』の撮影の時も、皆さんのアクションが本当にすごいんです。撮影時に、その場で加えられた動きとか全部すぐ飲み込んで、アクションができるんです。頭で覚えられたとしても、そんなに簡単に体は動かないものなんです。本当にすごいなと思いました。
――最後に、読者の方にメッセージをお願いいたします。
用務員さんの視点と唯ちゃんの視点ではまた違うと思いますが、唯ちゃん視点なら「自分のことは自分で決めることが一番大事」という作品でしょうか。皆さんにとっても、自分の道を自分で選択するとか、行動に突き動かされるようなきっかけになる作品であればいいなと思います。
――ところで、ホームシアターに興味はありますか?
はい! まだ取り組んでいませんが、割と大きめのテレビを買って、照明を落とした中で、見るようにしています。自分の作品はあんまり見なくて、主に『バック・トゥ・ザ・フューチャ―』とか『タイタニック』とか、みんなに愛されていて、ずっと残っている作品をいい環境で見るのが好きです。
映画『ある用務員』
1月22日(金)より、「未体験ゾーンの映画たち2021」にて公開
【キャスト】
福士誠治 芋生 悠 前野朋哉 般若 一ノ瀬ワタル 清水 優 北代高士 伊能昌幸 近藤雄介 尾崎明日香 伊澤彩織 髙石あかり 佳久 創 タカ海馬 幕 雄仁 茶谷優太 大坂健太 犬童美乃梨 波岡一喜 野間口徹 渡辺 哲 山路和弘
【スタッフ】
製作:人見剛史 堤天心 藍沢亮 松原憲 佐藤公彦 製作協力:高麗大助 丹羽さつき 中條喜一郎 エグゼクティブプロデューサー:鈴木祐介 林健太郎 プロデュース:前田茂司 プロデューサー:角田陸 小林哲雄 山村淳史 キャスティングプロデューサー:伊東雅子 脚本:松平章全 スタントコーディネーター:出口正義 撮影:栗田東治郎 照明:田中安奈 録音:西條博介 助監督:佃謙介 制作担当:南雅史 ヘアメイク:宇都圭史 衣裳:天野多恵 ガンエフェクト:浅生マサヒロ 制作主任:大川奏耶 VFX:恒川岳彦 音響効果:西條博介 音楽:SUPA LOVE 音楽プロデューサー:松原憲 劇伴音楽:曽木琢磨 髙橋祐子 賀佐泰洋 主題歌:「アムネジア」CrazyBoy(LDH Records) 制作プロダクション:楽映舎 T-REX FILM 配給・宣伝:株式会社キグー
(C)2021「ある用務員」製作委員会
オフィシャルHP https://www.youmuin-movie.com/
未体験ゾーンの映画たち2021 https://ttcg.jp/human_shibuya/movie/0732100.html
芋生悠 http://sticker-inc.com/talent/haruka_imou.php
テキスト:原田和典