昨年11月、ジェリーフィッシュから発売された井筒香奈江のLP『Direct Cutting at King Sekiguchidai Studio』は、キングレコードの「関口台スタジオ」においてダイレクト・カッティングされたアナログLPだ。ダイレクト・カッティングは歌い手やプレイヤーたちの演奏をそのままラッカー盤に刻む一発収録のため、失敗が許されないのが特徴だ。1970年代は国内外のレコード会社やレーベル各社がダイレクト・カッティングLPを製作・販売し、高い人気を誇っていた。21 世紀の今日、アナログLPの存在価値が見直され、海外では少数ながらダイレクト・カッティングによるLPがリリースされている。ここ日本ではオーディオファンの間でも人気の高い井筒香奈江が日本を代表するレコーディング・エンジニアの高田英男とタッグを組み、『Direct Cutting at King Sekiguchidai Studio』を創り上げたのだ。
本作は上の「レコード制作システム図」にある通り、SSLのアナログコンソールアウトが、ProToolsのPCMフォーマットとPyramix+HapiのDSDフォーマットでも同時収録されており、今年5月下旬にはハイレゾ音源でもリリースされた(全9フォーマットから選択可能)。
https://www.e-onkyo.com/music/album/lblp051/
ここでご紹介するLP『Direct Cutting at King Sekiguchidai Studio (DSD11.2MHz/1bit MASTER Cut)』は、先行リリースされたアナログLPとは異なるDSD11.2MHz/1bit マスターからラッカー盤が製作されている。このLPが見逃せないのは、井筒、高田エンジニアらが関口台スタジオのカッティング・エンジニアの上田佳子と一緒に3種類のカッター針の試聴を繰り返し行ない、最終的に井筒香奈江の本作のキャラクターに一番相応しいカッター針を選び、カッターヘッドに取り付け、ラッカー盤を刻んでいることに他ならない。
通常、アーティストやディレクターなどがカッティング・スタジオを吟味しレコード製作をカッティング・エンジニアに委ねることはあっても、作品のキャラクターに適したカッター針の種類にまで踏み込み取捨選択することはないと思われる。これは高田エンジニアによる2チャンネルの録り音がそもそも高品位でデリケートなことが前提としてあり、そのテイストをしっかりと引き出すのが、アダマンド並木精密宝石のサファイア針だったのだ。
【収録曲】
A面
1.Love Theme from Spartacus(スパルタカス 愛のテーマ)(Terry Callier/Alex North)
2.Superstar(Leon Russell, Bonnie Bramlett)
B面
1.カナリア(井上陽水)
2.500マイル(Hedy West/忌野清志郎:日本語詞)
【メンバー】
Vocal: 井筒 香奈江 Kanae Izutsu
Piano: 藤澤 由二 Yuji Fujisawa
Vibraphone: 大久保 貴之 Takayuki Okubo(A-1,A-2)
Electric Bass: 小川 浩史 Hiroshi Ogawa(B-1)
Contrabass: 磯部 英貴 Hideki Isobe(B-1,B-2)
【スタッフ】録音エンジニア:高田英男
カッティング・エンジニア:上田佳子(キングレコード)
インフォメーション井筒香奈江HP
http://kanae-5.com
取材陣は4月某日に幸運にも、本作のために用意された3種類のカッター針で音溝が刻まれた3枚のラッカー盤を聞き比べる機会を得た。各々のラッカー盤は井筒のヴォーカルにまるで異なる光を当てているような印象を抱かせ、同じ歌でありながらカッター針の違いによって彼女の歌の浸透力が変化することが確認できた。三者三様の音の違いはリスナーがLPによってフォノカートリッジを付け替え、音の変化を楽しむのと同じだと考えれば、ご理解いただけるだろう。
本作はジャケット写真にアーティストとエンジニアの名前が列記されている前代未聞の作品といえる。その意図が2種類リリースされたアナログLP、9フォーマット用意されたハイレゾ音源から感じ取れるに違いない。