画像: PROSOUND REPORT
「シネ・リーブル神戸」の音響システム「odessa」の音響監修に音楽家・原 摩利彦氏が就任。ロビーのサウンド・インスタレーションも担当

2022年10月28日より、テアトルシネマグループが運営する「シネ・リーブル神戸」の「シネマ1」に完全カスタムメイドによる音響システム「odessa」(optimal design sound system+α)が導入された。「シネマ1」の「odessa」導入に際して、同シアターの音響監修に加え、ロビーの2エリアにおけるサウンド・インスタレーションを音楽家・原 摩利彦さんが務めることになった。ここではテアトルシネマグループのコンセプトと原 摩利彦さんが考える映画館における音響監修についてお伝えする。

音響システム「odessa」が「シネ・リーブル神戸」に導入されるまで

  本稿ではまずテアトルシネマグループがこれまで展開してきた音響システム「odessa」について整理しておく。テアトルシネマグループが「odessa」の導入を開始したのは2020年春、東京の「ヒューマントラストシネマ渋谷」の「シアター1」において。同社スタッフが映画館における音響と映像を全面的にコーディネートする㈱ジーベックスに相談を持ち掛けたのが、そもそもの始まりだ。
 
 これからの劇場のニーズに対応しながら、「作品本来の音を来場者へしっかりと伝えたい」という構想を実現するため、ジーベックスは完全カスタムメイドによるスピーカーシステムを提案。そのジーベックスの依頼を受け「シアター1」の空間に見合ったスピーカーシステムを設計・開発したのが、㈱イースタンサウンドファクトリーのスタッフだ。

  「ヒューマントラストシネマ渋谷」は以前からリピーターの多い映画館として知られてきた。「odessa」の導入後は従来にも増して音響面が優れた作品を次々と上映。「odessa」は来場者からの支持を得て、SNS上でも話題となり、「odessa」の評判は徐々に高まっていった。

  同社は2021年3月、次のステップとして「テアトル新宿」のリニューアルに際して、「odessa」を導入した。「テアトル新宿」は邦画専門の映画館として運営されており、「ヒューマントラストシネマ渋谷」よりさらに個性的な作品を上映し、熱心な映画ファンに支えられている。邦画専門の劇場なので、監督や音響監督といった関係スタッフが訪れ自らの作品を確認することも少なくない。「テアトル新宿」に導入された「odessa」も次第に評判となり、邦画を愛して止まない映画ファンの間でもその存在は注目されることになった。同時期、大阪市の「シネ・リーブル梅田」にも「odessa」が導入され、「odessa」というネーミングは映画ファンの間で確実に認知度が高まっていった。

  そして2022年10月下旬、テアトルシネマグループは神戸市の「シネ・リーブル神戸」に4館目となる「odessa」の導入を開始した。その音響監修に原 摩利彦さんが就任することになった。

原 摩利彦氏 Interview

画像: 原 摩利彦氏プロフィール

原 摩利彦氏プロフィール

京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科修士課程中退。音の静寂感や隙間に気を配りながら、ポスト・クラシカルからサウンド・スケープまで、さまざまなジャンルで制作活動を行なっている。近年はアルバム『PASSION』(2020年)、ライヴ盤『MARIHIKO HARA SELECTED LIVE RECORDINGS 2018-2019』』(2020年)、『ALL PEOPLE IS NICE』(2021年)をリリース。ダミアン・ジャレ+名和晃平『VESSEL』、野田秀樹などの舞台音楽を手がける。アーティスト・コレクティブ「ダムタイプ」に参加。映像作品やCMへの楽曲提供、美術展やホテルのサウンド・スケープ、『贋作 桜の森の満開の下』や『フェイクスピア』などのNODA・MAPの音楽、第32回夏季オリンピックの開会式における森山未來のダンス・パフォーマンスへの楽曲提供でも知られる。
 2022年公開の李相日監督の『流浪の月』(出演:広瀬すず、松坂桃李)の音楽を担当し話題に。2023年3月公開の前田哲監督の『ロストケア』(出演:松山ケンイチ、長澤まさみ)の音楽を担当することも発表されている。

―原さんが物心付いてから観賞した映画で記憶に残っている作品を教えてください。

原 摩利彦(以降・原) 洋画では『プレデター』(1987年)と『ジュラシック・パーク』(1990年)の2本でしょうか。とくに『ジュラシック・パーク』はCGも含め、ジョン・ウィリアムズの音楽がひときわスケールが大きく感じられ印象的でした。母親が映画好きで、私が小学校の高学年の頃は日曜日になると、映画館によく連れて行ってもらったんです。当時観た映画では、スーザン・サランドンとトミー・リー・ジョーンズが出演していた『依頼人』(1994年)も鮮明に覚えています。音楽はハワード・ショアが担当していました。

―原さんが大人になってから美しい曲を書く人だと意識している作曲家はどなたですか。

原 『用心棒』(1961年)で知られる佐藤勝さんを筆頭に武満徹さん、坂本龍一さんのお二人はもちろんですが、増村保造監督の『清作の妻』(1965年)の音楽を担当した山内正さん(1927~1980)に惹かれました。山内さんは伊福部昭さんの門下生としても知られています。『清作の妻』で山内さんはとてもシンプルな弦楽アンサンブルを披露しているのですが、その音楽は淡々としていて美しく、秀逸だと思います。山内さんの純音楽はCD化もされているのですが、大映のガメラ・シリーズ初期の音楽以外はおそらくソフト化されておらず、残念ながらいまではほとんど耳にすることができません。また、ケヴィン・コスナーが主演の『ワイアット・アープ』(1994年)のジェームズ・ニュートン・ハワードの音楽は、いまでも口ずさめるほどです。

―2022年5月に公開された李相日監督の『流浪の月』の音楽はどのように創られたのですか。

原 映像はすでに完成しておりそれを観ながら音楽を創り、李監督と繰り返し相談して仕上げていきました。その際、李監督に教わったのは「映像に寄り過ぎず、作品の核心に近付ける」ということでした。映画音楽を作曲する場合、手掛かりとなるのは基本的に原作と映画の脚本、そして完成した映像の3つがある訳ですが、それらを自分のなかにすべて吸収してアウトプットしていくんです。脚本に沿った物語だけで音楽を創るのではなく、出演者の演技や表情、シーンによっては目の奥の表情を見ながら、音楽を創り上げていきます。

  仕事である以上、締め切りという時間的制約からはどうしても逃れられません。近頃は映画音楽を作曲する過程で時間を超越する瞬間といいますか、映像の核心に迫って没入しないと、自分自身が納得し、第三者の心に響く音楽は創れないだろうと考えています。

李相日監督は『悪人』(2010年)で久石譲、『許されざる者』(2013年)で岩代太郎、そして『怒り』(2016年)で坂本龍一といった作曲家を次々と起用し、映画音楽における旋律を紡いできた経緯がある。原さんは『流浪の月』においてストリングス、笙、ピアノといった楽器を駆使することで、出演者たちの表裏一体の人間性をあぶり出している。

―原さんは2チャンネル・ステレオの純音楽に加え、映画音楽、サウンド・インスタレーション、舞台音楽などさまざまな分野で活躍されています。それぞれのジャンルで音楽制作に取り組む姿勢は変わってくるのですか。

原 音楽といってもさまざまなジャンルやスタイルがありますが、私が常に意識しているのはそれらのジャンルにとらわれることなく、音楽を創っていくのが重要だと考えています。先程、映画音楽では映像に寄り過ぎないと話しましたが、4つ打ちのダンス・ミュージックでも形式にとらわれず音楽制作に取り組むべきだと思うんです。いっぽうで舞台音楽は根本的にアプローチが異なります。

画像: 「シネ・リーブル神戸」に導入された カスタムメイド・スピーカー「odessa」

「シネ・リーブル神戸」に導入された
カスタムメイド・スピーカー「odessa」

画像: フロントL/C/Rスピーカーはスクリーン裏に3本を設置。W470×H1400×D570mmのエンクロージャーに12インチ口径の同軸2ウェイ・ユニットが1基、さらに500Hz以下の音を担うサブウーファーが2基で構成される

フロントL/C/Rスピーカーはスクリーン裏に3本を設置。W470×H1400×D570mmのエンクロージャーに12インチ口径の同軸2ウェイ・ユニットが1基、さらに500Hz以下の音を担うサブウーファーが2基で構成される

画像: サラウンドスピーカーは計10本を設置。W530×H350×D260mm(上側)のエンクロージャーに8インチ口径ウーファー、1.35インチ・トゥイーターを搭載する

サラウンドスピーカーは計10本を設置。W530×H350×D260mm(上側)のエンクロージャーに8インチ口径ウーファー、1.35インチ・トゥイーターを搭載する

画像: サブウーファーはスクリーン裏に2本を設置。W750×H750×D500mmのエンクロージャーに18インチ口径ウーファーを搭載する

サブウーファーはスクリーン裏に2本を設置。W750×H750×D500mmのエンクロージャーに18インチ口径ウーファーを搭載する

画像: 原 音楽といってもさまざまなジャンルやスタイルがありますが、私が常に意識しているのはそれらのジャンルにとらわれることなく、音楽を創っていくのが重要だと考えています。先程、映画音楽では映像に寄り過ぎないと話しましたが、4つ打ちのダンス・ミュージックでも形式にとらわれず音楽制作に取り組むべきだと思うんです。いっぽうで舞台音楽は根本的にアプローチが異なります。

シネ・リーブル神戸「シアター1」の導入機器

スクリーン:セバートソンSAT-4K
サウンドプロセッサー:QSC Core 110F
HUB:QSC NS10-125+
パワーアンプ:QSC CX-Q 4K4
ネットワークAV:QSC NV-32-H

「odessa」の音響監修の留意点とサウンド・インスタレーションについて

―今回、音響システム「odessa」が導入された「シネ・リーブル神戸」の音響監修を務める上で留意した点はなんですか。

原 例えば、これまでの活動で能管や笙を音の吸音が強めのホールで奏でた場合、音がどうしても吸われてしまい楽器本来の音が出てこないという経験を何度もしてきました。舞台に厚めのカーテンがあると、考えている以上に音が吸われてしまうんです。その対策としてマイキングを施すことで、生音を補完して音のバランスを保ってきました。

 今回の映画館の音響監修で私がすべきことは、それぞれの作品が本来持っている音の世界を来場者の方々へ届けることだと考えています。フラットな音を届けることが大切だと思うのですが、それは何もしないということではありません。カスタムメイドのスピーカーシステム「odessa」は「シネマ1」のために設計・開発されたものですが、映画館は当然ながら広さはもちろん、天井高、壁面や天井、そして床の素材も異なり、「シネマ1」に相応しいチューニングが不可欠となります。さまざまな映画や音楽をプレイバックし、ジーベックスのサウンド・チューナーたちと意見交換をしながら、「シネマ1」で上映される作品を本来の音で聞いてもらえるように細部を追い込んでいきました。セリフはもちろんのこと、映画に施されている各種SE、音楽の抑揚がきちんと伝わり、音の消え際までしっかり再現されるのが理想的であると考えています。

―原さんは「シネ・リーブル梅田」の「odessa」を体験されているとうかがいました。

原 はい、聞いています。「シネ・リーブル梅田」の「odessa」に採用されているカスタムメイドのスピーカーシステムは低音部の再現がなめらかでありながら、エレガントさも兼ね備えている印象を抱きました。だからといってけっして迫力がない訳ではありません。その音の印象は音響監修を努めた「シネ・リーブル神戸」でも変わりません。

画像: ロビー(2エリア)に導入されたシーリング・スピーカーもこのロビーのために設計・開発されたカスタムメイド仕様。10cm口径ウーファーと2.5cm口径トゥイーターを搭載した同軸型2ウェイ・スピーカーが5基、8インチ口径ウーファーを搭載したサブウーファーが1基の5.1ch構成となる

ロビー(2エリア)に導入されたシーリング・スピーカーもこのロビーのために設計・開発されたカスタムメイド仕様。10cm口径ウーファーと2.5cm口径トゥイーターを搭載した同軸型2ウェイ・スピーカーが5基、8インチ口径ウーファーを搭載したサブウーファーが1基の5.1ch構成となる

ロビーのサウンド・インスタレーションについて

―ロビーの2エリアにおけるサウンド・インスタレーションはどのようなコンセプトで創ったのですか。

原 映画館のロビーは来場者の方々が映画を観る前と後に過ごす空間です。機械音や空調の音しかしない重たい空間にインスタレーションを取り入れ、居心地のいいゆったりとした時間を過ごしてもらえるように「Three Interludes for Cinema (2022)」という曲を作曲しました。約一世紀前、作曲家のエリック・サティは環境に溶け込む「家具の音楽」を考えたんです。彼はバレエ公演の幕間に流される短編の映画音楽も書いています。
 今回は映画館のロビーのために映画と映画、あるいは日常と映画の幕間をテーマに「One」「Two」「Three」という、それぞれ20分の曲を計3曲創りました。映画が始まるまでの時間、あるいは余韻の漂う上映の後に過ごす時間をゆったりと感じてもらえたら嬉しいですね。

原 摩利彦氏が手掛けた映画音楽

『Agniyogana』(2019年)
(Directed by Emma Balnaves
Music by Marihiko Hara & Ryuichi Sakamoto)

ムード・ホール(2019年)

流浪の月(2022年)

ロストケア(2023年)*2023年3月全国ロードショー

画像: 原 摩利彦氏が手掛けた映画音楽

原 摩利彦氏が映画館とサウンド・インスタレーションの音響監修に就任した背景

画像: シネ・リーブル神戸 支配人 多田祥太郎氏

シネ・リーブル神戸
支配人
多田祥太郎氏

多田祥太郎(以降・多田) 私は「シネ・リーブル梅田」で約5年働いた後、「シネ・リーブル神戸」に移って来たんです。ここで働き始めて早くも3年になります。「シネ・リーブル梅田」は土地柄もあり、映画を観る目的のみでいらっしゃるお客様が大半なんです。いっぽう、「シネ・リーブル神戸」の周辺はハイブランドの店舗が多いことも影響し、買い物を楽しまれた流れで映画館に立ち寄られたり、ロビーが他の映画館に比べゆったりしているので映画を観賞する前後に寛いで過ごされるお客様が少なくありません。それなので今回、原 摩利彦さんには映画館の音響監修のみならず、ロビーにおけるサウンド・インスタレーションも併せて手掛けてもらったんです。

―サウンド・インスタレーションに取り組まれたのは「シネ・リーブル神戸」のロビーにゆとりがあること、そして来場者の方々の特性といいいますか、時間の過ごし方とも関係しているんですね。

多田 そうですね。㈱ジーベックスの担当者と話し合うなかでサウンド・インスタレーションの話が出てきたときは、とても取り組み甲斐のある提案だと感じました。また、「シネ・リーブル神戸」の「シアター1」に東京(「ヒューマントラストシネマ渋谷」「テアトル新宿」)と梅田(「シネ・リーブル梅田」)の劇場で展開してきた音響システム「odessa」を導入することが決まり、加えて原 摩利彦さんに音響監修をお願いすることになったんです。

―原さんは近年、映画音楽も手掛けられています。

多田 はい。映画館の音響監修にこれほど相応しい若手の作曲家はいらっしゃらないと思うんです。原さんが音楽を担当された前田哲監督の『ロストケア』(2023年3月公開)の配給が弊社なのは偶然とはいえ、映画の公開をとても楽しみにしています。
 今回、原さんにはロビーのために「One」「Two」「Three」という3曲を創っていただきました。お客様がそれぞれの音楽をどのように受け止めて、感じてくれるのか興味が尽きません。
(談:2022年10月28日)

画像: 「シネ・リーブル神戸」 住所:兵庫県神戸市中央区浪花町 59 神戸朝日ビルディングB1F ☎:078(334)2126 最寄り駅:JR「三ノ宮駅」・阪急・阪神・地下鉄・ポートライナー「三宮駅」徒歩約10分 JR「元町駅」または「阪神元町駅」徒歩約8分 地下鉄湾岸線「旧居留地・大丸前駅」または「三宮・花時計前駅」徒歩約5分

「シネ・リーブル神戸」
住所:兵庫県神戸市中央区浪花町 59 神戸朝日ビルディングB1F
☎:078(334)2126
最寄り駅:JR「三ノ宮駅」・阪急・阪神・地下鉄・ポートライナー「三宮駅」徒歩約10分
JR「元町駅」または「阪神元町駅」徒歩約8分
地下鉄湾岸線「旧居留地・大丸前駅」または「三宮・花時計前駅」徒歩約5分

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