マイキングQ&A
2曲目が録音・再生された後、質問タイムが設けられた。
参加者A 深田さんはトップのオムニとカーディオイドのマイクの使い分けというのは具体的にどのような時にどうされるというのがあれば教えていただきたいです。
深田 楽曲と環境によりますが、個人的にはオムニが好きです、自然に録れるので。ただ、スタジオとか環境の影響が大きいのでオムニだとスネアとかが結構入ってくるので、もう少しシンバルをクリアに録りたい時はカーディオイドの方がクリアに録れます。だからその音楽の有りようというのですか、それで決めていくしかないと思います。
参加者A 深田さんは、今日のカーディオイドとオムニのオーバーヘッド(トップ)で、この曲をしっかりミックスしようと思ったらオムニを使おうと思われますか。
深田 鳥居さんのバランスがけっこう良いので、トップに被っているスネアのバランスがオムニでいけるのではないかなと思っていますが、スネアのサウンドがあまり被ってない方が良いというのであればカーディオイドを使う感じです。
参加者B EQを昔の人はいっぱい掛けたけど、今の人はあまり掛けないみたいに仰っていましたが、そのEQとかリヴァーブとかエフェクトの掛ける量はどういうふうに判断すれば良いですか。
深田 EQで言いますと、アナログテープに録音するのか、Pro Toolsみたいにデジタルで録音するのかで違ってきます。アナログテープというのは、バイアスといって電気で磁石の向きを変えて記録するので、録音した時にはそれで良くても、次の日に聴くと鈍っていってしまいますね。例えばスネアだと、5kHzや6kHzくらいをEQします。おそらくその当時は12dBくらいはブーストしていたでしょう。ところがデジタルで録音の時には…今回はPro ToolsのリターンでEQしていますが…録音の時にEQするとすぐにピークにいってしまいます。レベルをすごく下げないとピークで歪んでしまいますので、今は録音と再生がどんどん正確になってきているので、そういう過激なEQはほとんどしなくなりました。
またEQをすると“群遅延”と言って、少しずつディレイが増えてしまいます。しかも“Q”が細いほどディレイの影響が大きくなるので、あまり過激にEQすると返って音が悪くなるということがあります。フェイズを揃えていくと音が太くなるので、低域はあまりEQしなくてもよくなります。でも高域を多少クリアにするとか、アタックを足すとかそういう時は…積極的な音作りとかそういう意味ではなくて…自然な感じで録るという時だったらEQを使いますね。
あと、イコライザーのレベルの調整について、例えば、キックだと低域の50~60Hzくらいをブーストして、アタックの3kHzくらいをブーストしたとします。こうすると低音も高音もブーストして、低域はリッチになって、音も派手になりますが、レベルも上がってしまいます。これを平均的に下げると、レベルが上がらないように音色に作っていくことができるのですが、足す(+)EQと抜く(−)EQは似たような効果ではあるけれど、音はちょっと違います。PAだったらあまりレベルを上げたくないから、必要のないところを抜いていくという、そういうやり方をやると思いますが、レコーディングの場合は、僕なんかだと最終的にミックスする時に抜いていくということをやるので、録れるものは全て録っておきたいというのがあるので…録音する時に抜いてしまったら後で足すことはできないので…あまり抜かないです、実際は。
ただフェイズは揃えます。今回はキックは全部、逆相になっています。フロントから狙っているキックは正相ですが。フェイズは気にしますけれどEQはあまり掛けないです。今回はハイハットのローをちょっと切ったぐらいです。これはモニター上ですけど、少しローを切っています。あとはEQはしてないです、トップも全部ノンEQです。
DAWはPro Tools 10
マイク・プリアンプ/ADコンバーターはRME OctaMic XTCとMicstasy M
Pro Toolsのチャンネル割り当て
参加者C トップのマイクについて、ドラムキットの中でスネアがけっこう大きい音が出てて、それがトップによく被ると思うのですが、今回のセッティングだと、LのマイクとRのマイクでスネアの距離が違いますので、位相のズレが出てくると思いますが、例えばスネアから均等な位置にトップをマイキングするという考え方もあるのではないかと思います。その辺の考え方についてはいかがですか。
深田 今回のDPA 4011は均等な配置ではないですけれど、スネアをわりと中心になるような、ステレオのマイキングにしています。オムニに関してはこれは全体を拾っているので、そんなに左へは寄っていないですが、よく聴くとスネアはちょっと左にきます。それが良いとか悪いとかではなくて、求める音楽でスネアは絶対センターに欲しいとか、その感じで変わってくると思います。
参加者D 位相差で音色も変わって来て、そこの観点でいくと多分距離を揃えた方が綺麗に録れると思うのですが、いかがですか。
深田 AB方式の場合だと、その位相の違いで広がり感を作っているので、距離が違うから位相が違うというのはモノにした時に問題にはなるかもしれないが、広げている分には問題にならないと思います。
参加者E タイムアライメントについて、ドラムキットはある程度幅があったり、奥行き感があると思います。それの微妙なズレによって当然その広がり感というのが出てきたり、今回は積極的にタイミングを合わせる方向でいかれていると思いますけれど、楽曲にもよると思いますが、このタイムアライメントをとるという概念をもう少し詳しく教えていただけますか。
深田 現代的な録音の手法だと、どうしてもマイクの数が多くなってしまいます。それで、数が多くなればなるほど位相関係が複雑になって、少ないマイクだったら音が良いのですが、マイクの数が多くなるほど複雑になっていくので、それを回避するというのが主な目的です。低域に関しては位相が合っていないと明らかに痩せていきます。キックとかスネアとかは音色がすごく変わりますので、そこらへんは積極的に合わせていきます。位相を合わせた方が遥かに綺麗な音になるので、最近のエンジニアの人は位相に関しては気をつけていますね。だけどトップのマイクに関しては、この位相がずれていることによるその広がり感みたいなのが録れているので、全ての位相が合っているのが良いというわけでもないし、全部揃えてしまうと、きっと何かつまらないサウンドというか、平面的なサウンドになってしまう可能性もあります。楽音というのは、単一周波数ではないので、いろんな周波数が混ざっていますから、低域の位相が波形的に合ったとしても、高域のある周波数が逆相になっている可能性もあります。だから最終的にはこっちの方が良いなとか、これくらいの方が良いなというのは耳で聴いて合わせていかざるを得ないです。全ての周波数の位相を合わせるというのはまずできないので、どこにポイントを置くかということになると思います。
今後の公開講座
今回のセミナーが終わって、長江準教授に感想を伺った。
長江 今回のワークショップの後半では実際にドラムを収録し、事後に聴き比べるようにプログラムいたしました。このことで、学生と参加者の皆さんの自身の耳で「生のドラムの音を聴く」という機会を提供させていただくことができたと思います。また、その音源を公開し事後に聴くことで、マイクの種類や配置によってどのように音が変化するかを研究する音源を制作することができました。このことで、まず生の楽器の音を聴き、そして録音してスピーカーからどのよう再生され、そして、どのように音楽として表現することができるかという、録音の勉強と研究の方法に触れる機会を作ることができ、特に学生にとってとても貴重な機会となりました。今回のワークショップの講師を担当いただいた深田晃氏、そして実現にご協力いただいた皆様、そして名古屋音ヤの会の皆さまをはじめ、参加いただいた方に感謝申し上げます。今後も、音楽とテクノロジーをテーマこのようなワークショップを行なっていくことができたらと考えております。
最後に
今回、このワークショップを取材して、マイクロホンの特徴などを最新の理論で、基礎から改めて学び直すことができた。このワークショップの基礎編はWebに動画で公開されているので、深田晃氏の最新の基礎理論がご覧いただける。
また、収録された各マイクロホン別の音源(Pro Toolsセッションデータ)も、次のURLで公開されているので、自由に試聴できる。サウンドの違いを是非とも実際に確認していただきたい。
今回、各種マイクロホンと最新のドラム収録理論によって収録された、深田晃氏の最新のドラムサウンドも堪能できた。深田晃氏のドラム収録のアプローチの方法に加えて、ShureやAKG、DPA Microphonesの定番のマイクロホンのサウンドも再認識できた。さらに、キックにコンデンサー型のマイクロホンDPA 2011を使うという手法が紹介されたり、コンパクトなDPA 4099がスネアだけでなくフロアタムにも使えることが実証されるなど、最新のマイクロホンのサウンドも実際に確認できた。
最後に、今回のドラムマイキングの基礎から収録まで網羅する大変貴重なワークショップの模様や、収録されたPro Toolsセッションデータをホームページで公開されたことに、名古屋芸術大学の関係者の方々に敬意を表したい。さらに、次回の名古屋芸術大学の公開講座がどのような講座になるのかについても注目していきたい。
名古屋芸術大学 長江和哉准教授に訊く公開講座
Q. どのようなお考えで、今回のような公開講座を開催されていますか。
A. 名古屋芸術大学サウンドメディア・コンポジションコースでは、音楽制作、レコーディング、PA/SRについてを学び、多彩な分野で活躍するクリエイターやアーティスティックな発想を持ったエンジニアなどの人材の育成を行なっています。平常の授業とは別に、学生がこれからの時代に必要なスキルや考え方を知るために様々な分野で活躍されるトップノッチを招き、ワークショップを行なっています。これらのワークショップは、大学でどのような学びを行なっているかを知っていただくために、その多くを公開講座として一般の方もご参加いただけるようにしています。大学としましては、そのような講座で社会の接点を見つけていくことができたらと考えております。
Q. 今回のセミナーの目的を教えていただけますか。
A. レコーディングやPA/SRにとって、マイクはその音を捉えるという点で一番大切な役割を持っていると思います。学生にとっては、このような基本的な事柄であるマイクの特性や指向性による音の違いをについてを学び、研究することで、音楽を構成する音についてを深く見つめることができると思い企画しました。ドラムを取り上げたのは、ジャズからポップ、ロックなど、様々な音楽で用いられ、そして実際に収録の機会も多く、また、技術的にもマルチマイクでの位相の問題など、様々なトピックがあるため、学生にとってふさわしいと考えました。
Q. 今までどのような公開講座を開催されてきましたか。
A. レコーディング分野では、3年に1度の割合で、ドイツよりトーンマイスターを招き、クラシック音楽録音のワークショップを行なっております。また、ポップミュージックの音楽制作についてや、3Dオーディオ制作について、そして今回のようなマイクに焦点を当てた講座を行なってきました。さらに、音楽制作の分野では、ゲームのサウンドデザインや作曲についてや、現代音楽の作曲技法や演奏技法についてのワークショップも行なってきています。
これからもこのような講座を行なっていきたいと思いますのでこ期待ください。
サウンドメディア・コンポジションコース Webサイト
名古屋芸術大学公開講座「マイクロホンワークショップ」(2020年1月9日)
主催:名古屋芸術大学 芸術学部 芸術学科 サウンドメディア・コンポジションコース、機材協力:DPA Microphones - ヒビノインターサウンド株式会社
<前編>