今回ご紹介する「エフエム熊本」も、「M-5000」を運用している会社の一つで、今年2月からスタジオ音声卓としてフル活用している。そこで本誌では、熊本市にある「エフエム熊本」本社にお邪魔し、数あるコンソールの中から「M-5000」を選定した理由、システム構成、ラジオ局におけるスタジオ音声卓としての使用感について、話を伺ってみることにした。取材に応じてくださったのは、「エフエム熊本」編成技術部 技術担当部長の鬼塚昭浩氏である。
九州で4番目に開局したFM局、エフエム熊本
PS まずは「エフエム熊本」さんの沿革をおしえていただけますか。
鬼塚 「エフエム熊本」は1985年11月1日、全国で19番目、九州では福岡、長崎、宮崎に次いで4番目に開局したFM局になります。開局からしばらくは、「エフエム中九州」という名称だったのですが、2005年4月1日に現在の「エフエム熊本」に社名を変更しました。JFN系列の放送局になります。
PS 自社制作の番組の割合はどれくらいになりますか。
鬼塚 約33%は自社制作の番組で、これはJFN系列の放送局の中では比較的多く、オリジナル番組の制作能力は高いのではないかと自負しています。看板番組は、朝、昼、夕方の帯番組で、中でも夕方の『FMK RADIO BUSTERS』という番組は、地元の人たちにとても親しまれています。MCを務めるのは、月曜日と火曜日がかなぶんやさん、水曜日と木曜日がスマイリー原島さんで、お二人とも音楽業界に顔が広く、旬のアーティストが出演することも多いですね。
PS 他のFM局と比較した「エフエム熊本」さんの特色というと?
鬼塚 自社制作番組と連動したイベントなども行なっていることでしょうか。番組を外に持って行って、いろいろな場所から中継を行うこともあります。
PS ここ最近、「エフエム熊本」さんが注力していることはありますか。
鬼塚 2016年に熊本地震という非常に大きな地震があり、そのときは通常の番組をすべて休止して、地震関連の番組を数日に渡って放送しました。本当に凄い地震で、しばらくは制作のスタッフだけでなく、営業のスタッフも取材に出て情報を集めたりしましたね。あれから約3年が経つわけですが、あの地震を風化させないという想いで、『FMK熊本地震復興応援プロジェクト ~with~』という番組を立ち上げ、現在も放送を行なっています。この番組では、復興で頑張っている方の元に取材に出向き、生の声を拾って放送しています。
新規スタジオ音声卓としてM-5000を導入
PS 社内にスタジオはいくつあるのでしょうか。
鬼塚 開局時から変わらず、第1スタジオから第3スタジオまで、3つスタジオがあります。第1は、サブが分かれているスタジオで、第2と第3は、いわゆるワンマン・スタイルのスタジオですね。第1が一番大きく、第2と第3はほぼ同じ大きさです。この3つのスタジオとは別にアナ・ブースもあり、そちらはニュース番組専用で使用しています。
PS 機材の変遷についておしえてください。
鬼塚 開局からしばらくは、すべてのスタジオで「NEC」のアナログ卓と「三菱」のスピーカーを使用していました。当時のラジオ局としては、オーソドックスなシステムだったと思います。その後2001年に、すべてのスタジオを同時に更新し、筐体は「NEC」で中身は「タムラ製作所」製のデジタル卓や、当時流行っていた「Genelec」のスピーカー、特注のDAWなどを導入しました。そのときはけっこう予算をかけて、ほとんどの機材を入れ替えましたね。
PS 先頃、スタジオ機材をリニューアルされたとのことですが、そのきっかけは何だったのでしょうか。
鬼塚 前回の更新が2001年と約18年前のことだったので、機材にいろいろ不具合が出てきていたんです。ただ今回はすべての機材を入れ替えるだけの予算が無かったので、まずは卓を入れ替えようということになりました。前の卓はデジタルではあったんですが、さすがに入力段のアナログ回路の特性が劣化していて、またベースになっているOSも相当古くなっていたので……。一度止まってしまうと、復旧までかなり時間がかかったんです。電源やコンデンサーを交換したり、フェーダーをメンテナンスしたり、相当保守は行なっていたんですが、そろそろ限界だろうと。
PS 次は“こういう卓を導入したい”というアイディアはありましたか。
鬼塚 できるだけ操作性が良いものを導入したいと考えていました。第2と第3はワンマン・スタジオですから、実際に操作するディレクターやアナウンサーの立場になって、分かりやすくシンプルに使えるものを導入しようと。あとは、原稿などを置くことができるスペースをしっかり確保しようということも最初から考えていましたね。そういったスペースがあるのと無いのとでは、作業効率がまったく違ってきますから。事故が起こらないような操作環境をつくるというのが、今回の更新の大きなコンセプトだったんです。
ただ、今回は予算に余裕が無かったので、3つのスタジオすべてに高価な放送卓を導入することができませんでした。しかし予算が無いからと言って、安価な小型の放送卓を導入しても、使いにくくて後悔することは分かっている。それだったら思い切って、第2スタジオにはPA卓を導入しようと考えたんです。最近のPA卓は高機能ですし、編集スタジオと割り切れば、PA卓でも十分いけるのではないかと。それで選定したのが、「ローランド」さんの「M-5000」だったというわけです。
PS このクラスのPA卓は、他にも選択肢があったのではないかと思います。「M-5000」を選定された理由をおしえてください。
鬼塚 前にプロサウンド誌で見た、広島の「RCC文化センター」さんの導入事例記事(註:2016年2月号掲載)のことを思い出し、「ローランド」の卓が使えるんじゃないかと思ったのが最初です。その時点では、ラジオの生放送で本当に使えるかどうか分からなかったんですが、機能や仕様を調べてみたところ、これはいけるのではないかと。フェーダーの数も十分で、ラジオ局ではマストなステレオ・フェーダーにも対応していますし、内部のルーティングが自由に組めるだけではなく、ミックス・マイナスもしっかり作れる。あとは、やはりGPI/Oですよね。こういったスタジオではGPI/Oが無いとシステムが組めないわけですが、「M-5000」は入力8系統/出力12系統という十分な数のGPI/Oが備わっていた。それともちろん価格も大きかったです。もっと安価な卓や、もう少し高い卓もあったんですが、「M-5000」が価格と機能のバランスが一番良かった。それで導入を決断したんです。
GPI/Oを活用することで作業しやすい環境を構築
PS 「エフエム熊本」さんの「M-5000」のシステム構成をおしえてください。
鬼塚 卓は28フェーダーの「M-5000」で、なるべくフェーダーの数が多いものがよかったので、20フェーダーの「M-5000C」とは特に迷いませんでしたね。入出力用の「Digital Snake」は、「S-4000S」と「S-2416」が1台ずつで、「S-4000S」はAES/EBUのデジタル入力がステレオ14系統、同じくデジタル出力がステレオ6系統という仕様になっています。「M-5000」には、REAC端子を拡張するためのインターフェース「XI-REAC」が増設してあり、電源も二重化してあります。
PS 入出力がかなり充実していますね。
鬼塚 中継からの入力もありますし、交通情報などマスターから送られてくる回線も多いので、入出力はできるだけ欲しかったんです。「S-4000S」をAES/EBU仕様にしたのは、DAWの出力やエフェクターなどをデジタルで接続するためですね。これまでは入出力のやりくりにかなり苦労していたのですが、「M-5000」は本体にも入出力が備わっているので、ずいぶん余裕ができました。
PS 使用感について伺いたいのですが、まず音質に関してはいかがですか?
鬼塚 マスターからクロックを受けているので、ここでは48kHzで使用しているのですが、とても良くなりましたね。マイクの音に芯があるというか、ナレーターの評判もかなり良いです。
PS 操作性に関しては?
鬼塚 まったく新しい卓ですし、最初のうちは使い勝手が悪いというのは覚悟していたのですが、これまでどおりフェーダー・スタートもできますし、想像していた以上に良かったですね。タッチ・スクリーンでの操作も違和感なく行えています。とにかく違和感なく操作できているというのが一番(笑)。
操作性で最も気に入っているのが、機能を自由に割り当てられるアサイナブル・フェーダーとユーザー・アサイナブル・セクションです。前の卓では端にマスター・フェーダーがあったわけですが、ディレクターやアナウンサーが不用意に触ってしまうこともあったので、「M-5000」では上のエンコーダーにマスター・フェーダーを割り当てています。エンコーダーには他に、電話への送りや中継への送りのレベルなどを割り当てていますね。これらはディレクターやアナウンサーが操作するものではありませんから。それと録音番組には基準信号を入れなければならないわけですが、そのオン/オフなどもユーザー・アサイナブル・セクションに割り当てています。これだけ割り当てても、まだ余裕があるので、かなり便利な機能だなと感心しています。
PS 「M-5000」は、最大128chの範囲で内部構成/ミキサーとしての機能を自由に定義できるのが特徴なわけですが、ここではどのようなコンフィギュレーションになっていますか。
鬼塚 入力には予備も含めて84ch割り当てています。これだけ入力があれば、収録してきた素材を空いているチャンネルに入れて、すぐに編集を開始することができる。この最大128chの範囲で内部構成を自由に定義できるという仕様は、とても便利ですね。こういう卓の使い方って、放送局によって違うと思うのですが、「M-5000」ならば局に合った仕様にできるわけですから。
PS 他に気に入っている機能というと?
鬼塚 内蔵エフェクターも良いですし、シーン・メモリーも重宝しています。いろいろな人が使うスタジオですので、以前の設定をすぐに呼び出すことができるというのは便利ですよね。あとは何と言ってもGPI/Oです。今回、「北辰映電」さんにお願いしてデスクを特注してもらったのですが、そこに各種ボタンを埋め込んでもらい、GPI/Oで様々な操作ができるようにしていただきました。カフを上げたときにスピーカーが切れたり、あとはマスターとのトークバック、モニターの切り替え、電話回線の切り替え、番組頭へのクレジットの挿入など、あらゆる操作がワンタッチで行えるようになっています。スタジオを使った後は、すべて元に戻してもらわないと後で使う人が大変なわけですが、それもイニシャル・ボタンでワンタッチでデフォルトに戻る。このあたりの操作性は今回とてもこだわった部分で、GPI/Oが充実している「M-5000」だからこそ実現できたのではないかと思っています。
PS 特注のデスクはスペースに余裕があって、とても作業がしやすそうですね。
鬼塚 そうですね。生放送では、目の前に台本が無いとダメなので、使う人の立場を第一に「北辰映電」さんに設計していただきました。広島から3回くらい来ていただいて、メールでもしつこいくらいにやり取りしましたね(笑)。その甲斐あって、かなり使いやすい環境になったのではないかと思います。
PS 本日はお忙しい中、ありがとうございました。
取材協力:株式会社エフエム熊本、北辰映電株式会社、ローランド株式会社
ローランド製品に関する問い合わせ:
ローランド株式会社
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