HIFIMANの最新モデルとなる完全ワイヤレスイヤホン「Svanar wireless」。これは、独自に開発した「ヒマラヤR2R DAC」を搭載したアンプモジュールでトポロジーダイヤフラムを駆動する、HIFIMANの最新技術が盛り込まれたモデルとなっている。そんなモデルを実際に使用し、音質や使い勝手について紹介する。
完全ワイヤレスイヤホン:HIFIMAN Savana Wireless ¥79,860(税込)
●使用ドライバー:トポロジーダイアフラム搭載ダイナミック型
●再生周波数特性:10Hz〜35kHz
●Bluetooth対応コーデック:SBC、AAC、LDAC
●特長:ヒマラヤR2R DAC搭載、アクティブノイズキャンセリング機能、IPX5防水対応、他
●再生時間:約4時間(HiFiモード)、約6時間(ANCノイズリダクションモード)、約7時間(トランスペアレントモード)※ケースでの追加充電は3回まで
●ANCノイズリダクション:約35dB
●重量:8.0g(イヤホン1ピース)、83.7g(充電ケースのみ)
「SVANAR」と「EF400」が融合した、贅沢な作り
Svanar wirelessは、その名の通り有線イヤホン「SVANAR」のワイヤレス版だ。スウェーデン語で “白鳥” を意味し、その優美な姿を取り入れて、カスタムタイプのイヤーモニターに近いフィット感を実現したハウジングのデザインや、トポロジーダイヤフラムを継承している。
トポロジーダイヤフラムとは、振動板の表面に特殊なメッキ処理を施したもので、ナノサイズの粒子をさまざまな形状やパターンにした層を組み込んでいるという。幾何学模様のようなパターンを何層にも重ねることで振動板の表面構造を適切に調整し、最適な音響性能を実現した。
そしてこの振動板を駆動するアンプモジュールには、同社が誇る「ヒマラヤR2R DAC」を搭載。これは現在、高級オーディオの世界でも注目となっているR2R(抵抗ラダー型)のマルチビット型D/Aコンバーターで、「ヒマラヤ」は独自に設計され小型モジュール化されたもの。据え置き型のDAC内蔵ヘッドフォンアンプである「EF400」にも搭載されている。
簡単に言えば、SVANARとEF400が融合した完全ワイヤレスイヤホンがSvanar wirelessで、最大出力60mW(16Ω負荷時で54mW、32Ω負荷時で45mW)のアンプモジュールと組み合わせている。回路規模が大きくなりがちなR2R DACだが、ヒマラヤR2R DACなら指先ほどの大きさの基板に搭載が可能で、だからこそ完全ワイヤレスイヤホンという形が実現できたのだ。
ノイズキャンセルなど、完全ワイヤレスイヤホンの機能も充実
機能的にも最新の完全ワイヤレスイヤホンとして充分なスペックを備える。フィードフォワード型のANC(アクティブノイズキャンセリング)機能を搭載し、IPX5相当の防水性能も装備。BluetoothはVer.5.2で、コーデックはSBC、AACのほかLDACにも対応済といった具合だ。バッテリー持続時間はトランスペアレントモード時で最大約7時間、ANCノイズリダクションモードで約6時間、HIFIモードで約4時間。付属のケース(ワイヤレス充電に対応)で3回までの充電が可能で、最長約28時間使用できる。
イヤホン本体の造形だけでなく、ケースも幾何学的な多面体の作りとなっており、見た目もなかなかユニーク。ケース充電用のUSB Type-C端子は底面にあり、有線での充電時はケースが横を向いてしまうのが少々気になったが、ワイヤレス充電ならその心配もない。また、イヤホンを収納する部分の内部空間を拡大しており、大型サイズのイヤーピースを取り付けた場合でもそのまま収納可能となっている。イヤーピースは、形状やサイズの異なる8種類が付属する。
ユニバーサル仕様のカスタムインイヤーモニターに近い装着感
Svanar wirelessのイヤホン本体は、上記の通りSVANARのデザインを踏襲したもの(ハウジングの外側にアンテナなどが追加されている)。耳に触れる部分はユニバーサル仕様のカスタムIEM(インイヤーモニター)に近い形状となっている。軽量化のためにカーボン材を採用しているが、その模様が独得の印象を醸し出しているのも面白い。イヤーピースを装着する音導管は金属製だ。
一見するとやや大柄だが、本体は耳のくぼんだ部分にぴったりと収まるので、装着してしまうとさほど大きくは感じない。耳にぴったり収まる印象で、カスタムIEMに近い感触で密閉性・遮音性も優れる。しっかりとフィットするので頭を大きく動かしてもずれるようなことはない。
ANC機能は、低音域を中心にノイズを低減するタイプで、人の声などの中高域での効果は控えめ。室内ならばエアコンの動作音、室外ならばガソリン車のエンジン音や列車の暗騒音ノイズをしっかりと低減し、気持ちのよい静けさを得られるものとなっている。
騒音を低減しながら環境音は透過させるトランスペアレントモードは、人の声などの聞こえ方がよく出来ていると感じた。もともとANCノイズリダクションモードでも人の声は完全には消していないが、数m離れる印象で、会話をするにはやや聞こえにくくなっていた。ところがトランスペアレントモードなら、声は明瞭で会話もスムーズに行える。しかも、聞こえてくる声がいかにもマイクで拾ったような人工的なものにならず、イヤホンを外した状態と変わらないのに感心した。これならばトランスペアレントモードでイヤホン自体は装着したまま普通に会話できるし、駅内のアナウンスなども違和感がない。
また、一般的なANC機能ではオフが選べるが、Svanar wirelessにはオフはなく、HIFIモードを選んだ場合にANC機能が切れる仕様になっている。なお一般的なノイズキャンセル/オフだとバッテリー持続時間が延びるが、本機はANCノイズリダクションモードの約6時間に対して、HIFIモードは約4時間と、逆に短くなる。これは、HIFIモードではより高音質で音楽を聴いてもらうためにアンプのゲインを高めるなど、内部の動作を変えているためだ。
なかなか大胆な機能だが、HIFIモードに切り替えてみると確かに音量も若干上がったように感じるし、そのぶん音のエネルギー感や勢いが良くなる。もちろん騒がしい場所では周囲のノイズも入ってきてしまうので、室内や静かな場所でないと音質向上のメリットは得られない。Svanar wirelessの音質をじっくりと味わうためのモードと考えていいだろう。
柔らかい感触で厚みのあるサウンド。量感豊かな低音域は生音に近い
試聴はHIFIモードを選び、比較的静かな室内で行った。プレーヤーはソニーのウォークマン「NW-WM1AM2」を使ってLDAC接続している。愛聴ファイルからテオドール・クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナによる『チャイコフスキー/交響曲第6番「悲愴」』から第3楽章を聴くと、ホールの響きやステージの広がり、奥行が豊かなサウンドが再現された。
個々の楽器は柔らかい感触ながら、実体感や厚みのある音色だ。高解像度で個々の音を精密に描くタイプではないが、ひとつひとつの音色を力強いタッチで描き分ける。絵画で言えば毛筆の、やや太めのタッチ。力強さや実体感がよく伝わるタイプで、同時に木管楽器の柔らかい音色や金管楽器の艶といった音のディテイルもきちんと描く。
中低音は量感が豊かで、コントラバスなどの胴鳴りも朗々と響く。打楽器のアタックなどは若干穏やかだが、量感のあるたっぷりとした響きが加わり、力強さやスケール感もよく出る。フォルティッシモの音が一斉に鳴る場面では、人によっては中低域にやや混濁感があると感じるかもしれない。しかし、このあたりの響きの豊かさはまさにコンサートホールの客席で聴いている印象に近く、生っぽい演奏の感触がある。
音楽をもっと間近に、鮮明に聴きたいという人にはやや物足りなさもあるかもしれないが、客席で豊かなホールの響きとともに演奏を楽しみたい人には、音の自然な再現力も含めて、いいバランスだと感じた。
3人編成のジャズ・トリオの演奏である『BLUE GIANT』のサントラから「N.E.W.」を聴くと、テナーサックスは音のエッジはややソフトだが、吹き上がりのエネルギーや金管楽器特有の質感も豊かに描く。ピアノのタッチの繊細さや低音パートの力強い鳴り方の迫力も充分だし、ドラムのリズム感もキビキビとよく弾む。中低域の量感が豊かになるバランスではあるが、リズムが弛まないので、演奏の力強さがしっかりと出る。
ヴォーカルの質感も充分で、声を張った時の力強さや抑えた際の様子がしっかり再現され、ニュアンスたっぷりの情感のある歌になる。声の再現性や表現力の高さはなかなかのもの。ロックやポップスのエネルギッシュな歌でも、力強さをちゃんと出しつつ、ニュアンスも豊かだ。
R2R DACは据え置き型の高級オーディオでも使われているが、1ビット型DACのシャープな音の印象に比べると、音色が柔らかく密度感のある音になると感じている。Svanar wirelessのヒマラヤR2R DACの音もそれに近い印象があり、なめらかで音がみっちりと詰まっている感じはアナログ的とも言える。中低域に力のある厚みのある音もHIFIMANのEF400に通じる。この感触が、完全ワイヤレスイヤホンでも楽しめるというのは貴重だろう。
試しにアステル&ケルン「A&futura SE300」と組み合わせた音も聴いてみた。SE300もポータブルプレーヤーながら、独自に開発したR2R DACを搭載したモデルだ。Bluetooth接続ではプレーヤーからはデジタルで出力されるので、SE300のR2R DACは通っていないが、中低域が盛り上がったバランスや滑らかな音の傾向はそのままに、解像感がわずかに向上した。クラシックではコンサートホールのステージの見通しが良くなるし、ジャズの演奏では個々の楽器の音がより近くで鳴っている感じになる。
声の再現では、より密度感のあるギュっと引き締まった歌唱になり、生っぽい感触と声の質感などの情報量がたっぷりと味わえる。Svanar wirelessはプレーヤーの違いもしっかりと出してくるので、色々なモデルと組み合わせるのも面白そうだ。
HIFIMANらしいライブ感と生音の感触が大きな魅力
Svanar wirelessは価格が8万円弱と、完全ワイヤレスイヤホンとしては高級ゾーンとなる。このクラスの製品となると、音の実力だけでなく、ANCの性能や機能性、バッテリー持続時間など多くの面で最高を求めたくなる。その点で言うと、ANC性能や機能性ではSvanar wirelessよりハイスペックなモデルも存在している。
しかし、小さなサイズのイヤホン本体にDACやアンプ、BluetoothなどのLSI等を詰め込んだ完全ワイヤレス型なのに、HIFIMANらしいエネルギー感や音の厚みを感じるライブ感、R2R DACらしい密度感やスムーズさ、生音の感触がしっかりと得られるのは大きな魅力だ。特にヴォーカルの表情の豊かさは聴き応え充分なので、興味のある人はぜひ試して欲しい。
提供:HIFIMAN JAPAN