今年のゆうばりファンタススティック映画祭のオープニング作品として話題を呼んだ森田和樹監督の『ファンファーレが鳴り響く』が、いよいよ10月17日(土)より公開となる。商業映画デビューとなる本作では、自身の生い立ちを投影しつつも、理性のタガを外した主人公を描くことで、抑圧された自身の憤りをある意味払拭するかのような、残酷な青春群像劇に仕上がった。
ここでは、そんな登場人物に共感し、その世界観を見事曲に封じ込めた主題歌を作り上げたシンガー・ソングライターのsachi.にインタビューした。
――『ファンファーレが鳴り響く』のエンディング・テーマを担当するようになった経緯を教えてください。
当初、森田和樹監督からは「痛み」(2019年リリース)を使いたいという連絡をいただいて、話していくうちに、新しい曲を書いてみたくなったんです。脚本もいただいたし、その内容にも共鳴したので……。そして「美しい人生」を書いたところ、無事に映画に使っていただけたという感じです。
――脚本のどういったところに共鳴しましたか?
弱い立場、負けたことのある人間が描かれていたところです。私も不登校だった時期があって、他人に分かってもらえない悔しさを感じながら生きてきたところがあります。主人公ふたりの感情には強く感情移入しましたし、すごく懐かしくもあり……。とにかく強い感情に駆られて、「美しい人生」の最初の1コーラスは、すぐに完成しました。歌詞にも出てくるんですけど“くそくらえ”とか、自分の中で負けてきたときの気持ちがよみがえってきて。“自分と同じ悔しさを持っている人が、この物語(『ファンファーレが鳴り響く』)の中で描かれている”と思うと、書いているうちに涙が出てきましたね。
――“くそくらえ”というフレーズは何度か登場しますが、それでも題名は「くそくらえ人生」ではなく、「美しい人生」なんですね。
皮肉をこめてそうしたところもあるんですけど、実際、脚本を読んでも、映画を見ても、この(主人公の)ふたりが私にはすごく美しく見えるんです。純粋で、人間らしく生きようとしている。それ自体は決して間違ったことじゃないと思うんです。すごくまっすぐで、でもその美しさは世の中にかき消されてしまうことが多い。さんざん人を殺めていく映画ですけど、その生きざま自体は美しいんだよということを訴えられたらいいなと思って、「美しい人生」というタイトルにしました。
――たしかにこの映画、相当に人を殺めていきますが、個人的には観終えた後、なにか透き通ったような気分になりました。
死をも超える人間らしさというのが強く出ていると思います。登場人物が相手を死にいたらせるときの感情、背景がすごく強く描かれている作品というか。すごくスリルがあって、怖いんですけど、やがてそういう感情を超えて訴えかけてくるというか。
――“更生 人生 再生”“弱い 弱い 弱い”など、韻を踏んだ歌詞を多用するところが、強いリズムを感じさせます。
リズム感はすごく大切にしています。幼少の頃にダンスをやっていて、シンガー・ソングライターで行くかダンスで行くか迷ったぐらいダンスが好きなので、そこで鍛えられたところもあると思いますね。韻に関しては……竹原ピストルさんが大好きなので、その影響は受けているかもしれません。ピストルさんはすごく言葉遊びが上手だし、ラップやヒップホップがお好きだと思うので。
――ほかに大好きなアーティスト、よく聴いたアーティストは?
RCサクセションやブルーハーツは子供のころから聴いていました。父がPTAのバンドでギターを弾いていて、そこで(RCの)「スローバラード」を歌ったこともありますよ。
――最近、ギター弾き語りの女性シンガー・ソングライターがとても多いと感じているのですが、sachi.さんはちょっと渋いというか、相当時代をさかのぼったルーツをお持ちですね。「夢見るギタ女じゃいられない」という曲を聴くと、激しい反骨精神も感じられます。
アコースティック・ギターの弾き語り女性シンガー・ソングライターが“ギタ女”とひとくくりにされて、音楽は二の次でルックスとか、興味本位に見られる。現場に出るとそれがすごい葛藤でしたね。「夢見るギタ女じゃいられない」は深夜、近所のマックにチャリを飛ばして怒りのままに書いた衝動的な曲です。私は自分のリアリティを切り取って、それを訴えたいのに。
――自分のリアリティで曲作りをしていくのは、相当しんどい作業だと思います。自分の前に鏡を置いて、常に向き合っているような。
自分に向き合うことって、けっこうめんどうくさいし体力を使います。でもそれが私の一番強く表現できることなんです。伝えたいという強い気持ちに駆られて、ワンマン・ライブが終わったあとは抜け殻のようになってしまうこともあります。その意味では、今回の「美しい人生」は初めて自分以外の要素を曲に取り入れた新鮮な体験でした。脚本を読んで、自分と重なる部分に虫眼鏡を合わせて、書き上げた楽曲なんです。この曲を書く機会をいただけたことで私の世界が広がったと思います。映画の内容もすべて含めて、皆さんに一つの作品として届くことを願っています。
――今回はエンディング・テーマのご担当ですが、演技の活動に関心はありますか?
歌も演技も表現という意味では違いはないと思いますので、機会があればぜひチャレンジしたいですね。
映画『ファンファーレが鳴り響く』
10月17日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開
<出演者>
笠松将 祷キララ 黒沢あすか 川瀬陽太 日高七海 上西雄大 大西信満 木下ほうか 他
<スタッフ>
監督・脚本:森田和樹
製作:塩月隆史 人見剛史 小林未生和 森田和樹 プロデューサー:小林良二 鈴木祐介 角田陸 塩月隆史 撮影:吉沢和晃 録音:西山秀明 助監督:森山茂雄 特殊造形:土肥良成 主題歌:「美しい人生」sachi. 制作・配給・宣伝:渋谷プロダクション 製作:「ファンファーレが鳴り響く」製作委員会
(C)「ファンファーレが鳴り響く」製作委員会
公式サイト https://www.fanfare-movie.com/
予告編 https://youtu.be/ckEF1S0kmHs
sachi. http://sachi225.com/index.html
<STORY>
高校生の明彦(笠松将)は、鬱屈した日々を過ごしている。持病の吃音症が原因でクラスメイトからイジメられ、家族にその悩みを打ち明けられないどころか、厳格な父親(川瀬陽太)からは厳しく叱咤され、母親(黒沢あすか)からは憐れんで過度な心配をされ、脳内で空想の神を殺しなんとか自身を保っている状態だ。
そんなある日、明彦はクラスメイトの才色兼備な女子生徒・光莉(祷キララ)が野良猫を殺している現場に偶然居合わせてしまう。光莉は、生理の時に見た自分の血に興味を駆られ、他者の血を見たい欲求を持っていた。光莉は「イジメてくる奴らを殺したいと思わない?」と明彦に問いかける。その日から明彦の中で、何かが変わったのだった。
明彦は、自身が学校でイジメられていることをホームルーム中に訴える。そのせいで明彦はさらにイジメグループから追い回されることになり、街中逃げ回るが、ついに追いつめられる。しかしそこで、光莉がまた野良猫を殺していた。そしてそのナイフで、光莉はなんと明彦をイジメている同級生を殺してしまう……。二人はその現実から逃げるように都会へと向かう。その最中に出会う、汚い大人たちをさらに殺していき、二人の血に塗れた逃亡劇は確実に悲劇に向かっていくのだった……。
テキスト:原田和典