1978年創業の設計事務所
─── まずはアコースティックエンジニアリングについて、あらためてご紹介いただけますか。
入交 弊社は建築音響設計と施工を主な業務とする設計事務所になります。創業は1978年(昭和53年)のことで、私は13年前に社長に就任しました。現在12名のスタッフが在籍しており、そのうち10名が設計に携わっています。本社は九段下にありますが、以前は市ヶ谷、その前は飯田橋にありました。
─── 同業他社と比較したアコースティックエンジニアリングの特色、強みというと?
入交 一番は、音楽に関わる案件をメインにしていることでしょうか。“For Your Better Music Life”という理念のもと、音楽を聴いたり、演奏したり、制作したりする場を造り、お客様に提供しています。他の会社のように、企業の実験室や高速道路の防音壁といった案件は基本的には請け負っていません。具体的には、MAスタジオやレコーディング・スタジオ、リハーサル・スタジオ、ライブ・ホール、そして最近ですと配信スタジオですね。手がけている案件の90%以上は音楽関連と言っていいと思います。そのバックボーンとして、私を含め、ほとんどのスタッフが楽器を演奏し、みんな音楽に精通しているんですよ。これは弊社の大きな特色なのではないかと思っています。
例えばドラムを演奏するための部屋を造る場合、普通の音響設計の会社であれば、D-70くらいの遮音性能にして、しっかり吸音するといったところから部屋の設計をスタートすると思うんです。しかし遮音や吸音を第一に設計をしてしまうと、お客様がイメージしている空間とは違ってしまうことがあるんですよ。ひとくちにドラムを演奏するための部屋と言っても、ジャズのドラムとハード・ロックのドラムではお客様が求める響きは全然違うわけで、ジャズやブルースならばある程度響きがあった方が演奏していて気持ちがいいですし、ハード・ロックならばできるだけタイトな音で、ひとつひとつの楽器がしっかり聴こえる方がいい。ですから弊社の場合、最初にお客様とじっくり話をして、音楽的な嗜好やスタイルを十分に把握してからご提案をするようにしています。
弊社には自分でもドラムを叩くドラム・スタジオ専門のスタッフがいて、お客様から“19インチのGretschを入れたい”という話があれば、そのセットに合ったご提案ができますし、“DWの24インチで2バスにしたい”というお客様にはGretschと同じようなご提案はしません(笑)。私はギターを弾きますから、お客様のアンプがVOX AC30ならば、ベタベタに吸音した部屋は合わないということが分かりますし。お客様も、“19インチのGretsch”や“VOX AC30”といったワードで話が通じると、凄く安心してくれるんです。今回オープンしたショールームに、1960年代のFender Super Reverbといったヴィンテージ機材を置いてあるのも、そういった理由からなんですよ。最近のアンプがポンと置いてあるのと、本物のSuper Reverbが置いてあるのとでは、お客様の印象もまったく違うと思うんですよね。
─── アコースティックエンジニアリングは、第一線で活躍しているプロのミュージシャンやレコーディング・エンジニアから絶大な支持を集めています。それは仕事への評価はもとより、そういった“話が通じる”というのも大きいのかもしれませんね。
入交 それは自負しています。これは楽器に限った話ではなく、録音機材に関しても同じことが言えるんですよ。Neveの音が好きな人とSSLの音が好きな人では、音の嗜好がまったく違うわけです。お客様の作業場に行って、Aurora Audioのアウトボードがあれば、その人の音の好みは大体分かりますし、これはスピーカーに関しても同じ。Genelec、ATC、Focal、Musikelectroic Geithainでは、特性が全然違うわけですからね。これはよくスタッフにも話すことなんですが、我々が造る部屋は、楽器や録音機材と同じオーディオ・システムの一部であると。どんなに良いスピーカーでも、その特性にマッチしていない設計にしてしまうと、絶対に良い音で鳴ってくれない。弊社のお客様の中には、音楽を生業としていない一般の方もいらっしゃるんですが、そういった人は防音が一番の目的だったりするんです。響きより何より、とにかく夜中でも思いっきり楽器を演奏できるようにしてほしいと。でも、せっかく部屋を造るのに防音で終わってしまったらもったいないと思うんです。そんな一般の方でもちゃんと話をすると、“こんな響きだったらいい”という理想を持っているものなので、しっかりと防音をした上で、できる限りお客様の理想に近づける。お客様に対して、一方的にご提案するのではなく、一緒に設計を楽しんでもらえるように心がけています。
─── 音楽関連の案件がメインとのことですが、MA/ポスプロ・スタジオも多く手がけられていますよね。
入交 ここ数年、増えてきましたね。最近は純粋なMAスタジオやナレーション・スタジオが新規で立ち上がるケースはほとんどないので、CM制作の会社やゲーム会社といったところが多いです。それと絶え間なく依頼があるのが、ライブ・ホール。ライブ・ホールは、防音やデザインもそうですが、高いコスト・パフォーマンスが要求されるんですよ。スタジオのようにお金をかけて施行しても、ライブ・ホールのビジネス・モデルでは回収できない。とはいえ、防音はしっかりしないといけませんし、雑な内装にもできませんから、いかにコストを抑えて施工するかというのが重要になってきます。私たちは長年、日本全国のライブ・ホールを手がけてきましたから、コストを抑えるためのノウハウをたくさん持っている。普通の音響設計の会社ですと、もちろん設計はできるとは思いますが、トータルのコストを考えると施工までは請け負えないのではないかと思います。
─── これまで手がけられてきた仕事の中で、特に印象に残っている案件をおしえていただけますか。
入交 アーティストさんやエンジニアさんのスタジオはどれも印象に残っています。中でも思い出深いのは、エンジニアの牧野英司さんのスタジオですね。牧野さんの仕事は間違いなく、私のキャリアの中でも大きなターニング・ポイントになりましたね。あとは同じくエンジニアの淺野浩伸さんのスタジオ。牧野さんや淺野さんといった一流の方と一緒に仕事をすると、こちらもとても勉強になるんです。アーティストさんやエンジニアさんのスタジオ以外ですと、JOYSOUNDブランドを展開している名古屋のエクシングさんも印象に残っています。最近の仕事ですと、恵比寿にオープンしたSHIBUYA DIVEさんでしょうか(編註:SHIBUYA DIVEは、PROSOUND 2021年4月号の別の記事でレポートしています)。
音響設計のトレンドの変化
─── 音響面でも時代のトレンドがあると思うのですが、最近はどんな傾向にありますか。
入交 最近の話ではありませんが、ナチュラルな響きがありながらも、正確にモニタリングできる環境が好まれる傾向にあります。特に若い作曲家さんやエンジニアさんほど、“響きを残してほしい”とおっしゃいますね。彼らは同じ場所で長時間作業をしますし、海外のスタジオで作業することもあったりするので、そういったところからの影響も大きいのかもしれません。日本のスタジオは遮音を含めて独特だったりしますからね。一方で昔ながらのデッドな部屋を好む方も、もちろんいらっしゃいます。
─── 長らくスタジオの中心にあったコンソールが無くなったというのも大きいですか?
入交 それはありますね。コンソールを置かなくなったことによって、スタジオ内でのモニタリングのポジションが変わったんです。スウィート・スポットが前方になって、それに伴ってラージ・スピーカーの置き方も変わってきました。
─── 最近はスピーカー台を造作せずに、スタンドにスピーカーを設置するスタジオが多い印象です。
入交 どちらも良し悪しがあるんですよ。造作のスピーカー台は、角材で櫓を組んでコンクリートを打って造るので、市販のスタンドよりも剛性があってタイトな音で鳴ってくれる。しかし、台の上では自由に動かせますけど、スピーカーをもっと前に置きたいと思っても対応できなかったり、フレキシビリティがないんですよね。このあたりは本当に好みが分かれるところです。
─── 床や壁、天井の施工に関してはいかがですか?
入交 これもいろいろなんですが、床に関しては昔は湿式が当たり前だったんですけど、演奏空間は必ずしもコンクリートがベストとは限らない。アコースティック楽器をメインに録るスタジオでは、乾式の浮き床が好まれる傾向にありますね。湿式よりも低域にパワー感があって良いと。コントロール・ルームに関しては、マンションの一室などでどうしても荷重をかけられない場合以外、乾式を選ぶケースはまずありません。
─── デザイン面での最近のトレンドというと?
入交 明るい色のスタジオが増えましたよね。昔は黒や茶のスタジオばかりだったんですが、最近は居住性を考慮して、明るい色の内装が好まれるようになった。それとコントロール・ルームの床に本物の木材ではなく、ビニールタイルを貼るケースも増えましたね。コントロール・ルームではエンジニアさんが椅子に座って動くのでフローリングの床だとすぐに痛んでしまうんですよ。その点、ビニールタイルは、見た目は木材と変わらないんですけど、耐久性がとても高いんです。音響的には無垢のフローリングの方がよいとは思いますが。
新たにショールームを開設
─── 今回、新しいショールームを開設された狙いについておしえてください。
入交 スタジオを造るとなった場合、音響面はもちろんのこと、デザイン面や電気周りなど、決めなければならない要素がたくさんあるのですが、お客様にベンチマークを示せると話がスムースなのではないかと考えたんです。ひとくちに“硬い響き”や“柔らかい響き”と言っても、人によって音のイメージはけっこう違うんですよ。しかしベンチマークとなる部屋があれば、その音を基準に、“もう少しライブにしたい”とか、“もう少しソリッドな音にしたい”とか、そこから話をスタートできるのではないかと。同時に、スタジオであれオーディオ・ルームであれ、音響設計に真摯に取り組んでいる会社であるということを理解していただけるのではないかとの想いもありました。
新しいショールームは、ミックス作業にも使える広めのレコーディング・ブースと、コンパクトなコントロール・ルームというシンプルな構成なんですが、スタジオとしての機能を損なわなずに、場所によって遮音性能や吸音性能を変えてあるんです。例えばレコーディング・ブースの床は、ある部分は乾式、また別の部分は湿式になっていたり、吸音面や拡散面、反射面もいろいろなマテリアルを使って、可能な限りのバリエーションを用意しました。ベンチマークとなるスタジオですから、複数のマテリアルを組み合わせることで、できるだけニュートラルな響きにして。電源に関しても同様に、壁のスイッチでいろいろ切り替えられるようになっています。ギター・アンプを鳴らすのであれば雑電源の方が良かったりしますし、アコースティック楽器を再生するのであれば、できるだけピュアな電源の方がいいですからね。お客様がスピーカーを持ち込まれる場合もあるので、セッティングしやすくスピーカー台を用意して、いろいろ聴き比べられるようにしてあります。
─── アウトボードや楽器などもかなり充実していますね。
入交 ショールームではあるんですが、しっかりスタジオとして使えるようにするというのは大きなコンセプトでした。本物のスタジオでないと、お客様のイメージも沸かないじゃないですか。スピーカーが昔のGenelecというのは、単純に私の好みなんですけど(笑)。
─── 今後、取り組んでいきたいことがあればおしえてください。
入交 何か新しいことにチャレンジするというよりは、ひとつひとつの物事を丁寧に突き詰めていきたいと考えています。しかし、配信を手がけるライブ・ホールが出てきたり、イマーシブ・オーディオに取り組むMAスタジオが増えていきたり、フォーマットやシステムはどんどん変化していっている。そんな中、我々だけが同じことをやり続けていいわけはありませんから、時代の変化にもしっかり対応していきたいと思っています。
イマーシブ・オーディオに関して言えば、緻密な音響設計が求められる一方で、設計上の制約が非常に多く、着地点がしっかり決まっている。音楽のスタジオのように、こんな形もあれば、あんな形もあるという感じにはならない(笑)。こうあるべきという着地点がしっかりとあるので、個人的には音楽のスタジオの方が仕事としてはおもしろいですね。
─── オリジナル・プロダクトはいかがですか?
入交 もちろん、デスクやデフューザーなどは製作しています。オリジナル・デスクに関しては、毎年『Inter BEE』にも展示していたり。ただ、それらを製品として提供するといいうのは、今のところ考えていないですね。デスクと言っても、SSL AWS900を埋め込むか、あるいはAvid Artist Mixを置くかではデザインが違ってきますし、素材によって音も違ってくる。ポンと作って、“はい、どうぞ”というものではないと思うんですよね。なので基本、お客様のリクエストに合ったものをワン・オフで製作していきたいと思っています。もちろん、“これはどんな用途でも最高だ”と思うものができたら、販売する可能性もあるとは思いますけど。
─── コロナ禍は業務にどのような影響を及ぼしましたか?
入交 配信系のスタジオが一気に増えましたね。また、弊社は以前から多く手がけているので、そんなに増えた感じはしないのですが、プライベート・スタジオ化の流れも加速しているのかもしれません。配信スタジオとプライベート・スタジオ化の流れは、今後しばらく続くと思っています。
─── 本日はお忙しい中、ありがとうございました。
取材協力:株式会社アコースティックエンジニアリング
写真:八島崇(注釈の写真を除く)
株式会社アコースティックエンジニアリング
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