愛知県の愛・地球博記念公園内に開園したジブリパークが話題だ。11月1日のオープン以降、多くのファンが来場し、様々な展示を楽しんでいるという。StereoSound ONLINEではその中でも「映像展示室 オリヲン座」に着目、前編ではオリヲン座がどのように企画され、どんな風に実現されたのかについてお話をうかがった。

 後編では上映システムについて、さらに詳しいインタビューを行っている。対応いただいたのはオリヲン座の企画・監修を担当したスタジオジブリの古城 環さんと田島佑輔さん、さらに現地の施工・設置を担当したジーベックスの松村 茂さん、齋藤隼人さんだ。インタビュアーはお馴染み潮 晴男さんにお願いしている。(取材・まとめ:泉 哲也)

※前編はこちら → https://online.stereosound.co.jp/_ct/17581265

訪ねていける試写室クォリティ。ジブリパークの「オリヲン座」

 オリヲン座はジブリパーク「ジブリの大倉庫」内にある映像展示室だ。ここはスタジオジブリの短編アニメーション作品を上映する劇場で、現在は『くじらとり』が公開されている。前編で紹介した通り、その絵と音はジブリ社屋内の試写室クォリティ。コンテンツ制作者が狙った品質で、作品の感動に浸っていただきたい。

 さて、ここからは具体的な再生システムについてジーベックスさんにうかがいたいと思います。上映用の機材は、ここ(スタジオジブリ社屋内の試写室)と同じと考えていいのでしょうか。

松村 基本的にはこの試写室を踏襲していますが、年代が違いますので、厳密には各機器の型番が異なります。

 スピーカーはどこのブランドでしょうか。

松村 EV(エレクトロボイス)のユニットを使っていますが、エンクロージャーは特注です。L/C/Rは15インチウーファーが2基、12インチミッドレンジ、コンプレッションドライバー+ホーンの3ウェイ4スピーカーになります。

 ミッドレンジが12インチというのも凄い。フロント3本がそういう構成であれば、ワイドレンジな音が楽しめますね。

齋藤 EVの特長として、セリフがストレートに届いてくると思います。

古城 サブウーファーは18インチ・ダブルウーファーのボックスが4台ありますから、合計8基のユニットが並んでいます。

 サブウーファーが4台! それがL/C/Rの下に並んでいるんですか?

松村 L/C/Rスピーカーの下に配置することもありますが、それだと低音が弱くなるので、今回は下側の1ヵ所にまとめています。

施工中のオリヲン座。スクリーン裏にはフロントL/C/Rスピーカーとサブウーファーが設置されている。写真では小さく見えるが、L/C/Rスピーカーのウーファーは直径15インチ(38cm)で、左下に見えるサブウーファーには直径18インチ(46cm)という大型ユニットが使われている

古城 実際に音を聴いていただければわかりますが、どんな低音も余裕たっぷりで鳴らしてくれるんです。このゆとりがいいんですよ(笑)。『くじらとり』の音楽はチェコ・フィルハーモニー室内管弦楽団が演奏していますが、オケが気持ちいいんですよね。

 サラウンドスピーカーもEV製ですか?

齋藤 フロントと同様に、ユニットがEVで、エンクロージャーはオリジナルです。オリヲン座のサラウンドスピーカーは、エンクロージャーが台形で、半分壁に埋め込んでいます。

松村 スタジオジブリ試写室のサラウンドスピーカーは過去は四角いエンクロージャーでしたが、容積が多い方が低音も出ますので、台形に変更しました。オリヲン座ではそれに合わせています。ユニットも同じものを使う予定でしたが、15インチの同軸型になっています。

古城 サラウンドスピーカーは左右の壁面に各5基、サラウンドバックは後ろの壁に4基取り付けています。7.1chまでは再生可能です。

 サラウンドスピーカーが15インチウーファーを採用した同軸型なんて、そんな劇場は日本中探してもありませんよ(笑)。プロジェクターはクリスティ製とのことですが、画素数は4Kですか?

サラウンドスピーカーも15インチのウーファーを備えた同軸型ユニットが使われている。エンクロージャーは写真ではスリムに見えるが、後ろ側は壁の中に埋め込まれており、充分な容積を確保している

古城 いえ、今回は2Kモデルで、光源はキセノンランプを選んでいます。導入前にレーザー光源とキセノンランプを見比べたのですが、吾朗さん(宮崎吾朗監督)も含めてキセノンがいいという結論になりました。

松村 プロジェクター自体も新製品で、特にキセノンモデルは現在ジブリパークの1台しか日本に入っていません。クリスティとしては、劇場用デジタルプロジェクターは今回で4シリーズ目です。ひと世代前であるシリーズ3のこの明るさのクラスにはキセノンランプ機はなかったんですが、シリーズ4になって復活しました。

古城 上映する短編作品はデジタル制作ですが、最終的な映像はフィルムルックを目指しています。となると、上映に際してはキセノンランプが譲れませんでした。

 スクリーンはスチュワート製ですか?

古城 スチュワートのサウンドスクリーンです。約横8×縦4.3mですから、アスペクト比は1.86:1で、対角線で360インチ弱になります。

 スクリーンの位置が高めですが、何か理由があったのですか?

松村 スクリーン位置についても、細かく検討しました。プロジェクターの位置がどこで、一番前の席から見上げるとどうなるかといった点についてです。

古城 ここについては、長い間議論しました。高い位置から下向きに投写すると台形歪みが出てしまいますが、それをどこまで許容するかも何度も確認しています。試写室のクォリティを求めるからには、歪んだ絵ではダメですからね。

齋藤 最終的には限りなく正対投写に近くなりました。ほとんど台形歪みはなく、映像はきちんとスクリーンに収まるように設置できています。

プロジェクターはクリスティ製で、画素数は2Kタイプが使われている。フィルムルックな映像を楽しんでもらいたいという狙いから、光源はキセノンタイプを選んだとのこと

——スクリーンゲインもそれほど高い感じではなかったし、明るさを確保するのはたいへんじゃないですか?

松村 いえ、ランプ自体は余裕があります。加えて光量を調整するアパーチャを入れています。

古城 レンズもハイコントラストタイプを選んでいて、コントラスト比も2800:1をクリアーしているはずです。光源は明るいけれど、その余裕をコントラストに活かしているということです。

 スピーカー駆動用のアンプも豪華ですね。

古城 この部屋と音色を合わせたかったので、同じラブグリュッペン製を選んでいます。新型で、解像度も高いんです。

松村 4chパワーアンプですので、L/C/Rスピーカーについては2基のウーファーとミッドレンジ、高域それぞれを駆動しています。またレイクプロセッサーを内蔵しているので、アンプ側でチャンネルデバイダーの処理が可能です。サラウンドとサラウンドバックは1台のアンプでふたつのスピーカーを駆動しており、サブウーファーも8つのウーファー用に2台のアンプを割り当てています。

 ということは、すべてのユニットに1台ずつパワーアンプがあてがわれている! 贅沢すぎでしょう(笑)。ケーブルはどこの製品ですか?

松村 モガミのOFCケーブルです。フロントL/C/Rとサラウンド用で太さは違いますが、合計で数百メートル使いましたね。

映写室に設置された再生機器用のラック。本文で紹介されているラブグリュッペンのパワーアンプが、ラック下側に収納されている。バックアップシステムとしてアストロデザインのプレーヤーなども準備

——ラックを拝見したら、UHDブルーレイプレーヤーやアストロデザインのプレーヤーが設置されていました。これ何に使うのでしょう?

齋藤 基本的にはシネマサーバーからDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)を再生してクリスティのプロジェクターで上映しますが、何かトラブルがあった場合でもアストロデザインのプレーヤーとエプソンの業務用プロジェクターで、同等のクォリティで上映できるようにバックアップシステムを組んでいます。

古城 サブプロジェクターとしてエプソン機がクリスティの上に取り付けてあります。色域はBT.709ですが、明るさはほぼ同等です。アストロデザインのプレーヤーは最大4K/120pの出力が可能ですが、今回は2K映像を再生しています。

 やはり、バックアップシステムは必要なんですね。

齋藤 もし何かトラブルがあった場合、弊社のスタッフがジブリパークまで駆けつけるにしても時間がかかりますので、バックアップシステムを準備しました。

古城 アストロデザインのプレーヤーはメモリーカードを使っていますが、フォーマットが独自なのでPC等では再生できません。ですので、セキュリティ面でも安心です。しかもこれらの機材であれば、上映用のオートメーションに組み込むこともできます。ここも重要でした。

松村 オリヲン座では、イベント時にPCやパッケージソフトを使って上映する可能性もあると聞いておりましたので、その場合はエプソンのプロジェクターを使うようにシステムを組んでいます。

クリスティのプロジェクター上側の天井にはエプソンの業務用モデルを設置。こちらはバックアップ用だが、イベントなどでPC等からの映像を再生する場合にも使われる模様

 さて、オリヲン座の最終的な音決めは、どれくらいの時間をかけたのでしょう?

松村 通しで1週間かけましたが、最初の数日は、調整してから1晩エージングして、翌日また調整する……といったステップが必要でしたので、実施は5日ほどでしょうか。エージングでは、まるまる一晩ピンクノイズを出しっぱなしにしていたのです(笑)。

古城 85dBの音圧でピンクノイズを出しっぱなしにするというのは、貴重な体験でした。しかも全チャンネルですから、最後照明を落としてからドアを閉めるまで耳が痛くて、ほぼ拷問でした(笑)。

——目指した音はこの部屋の再現だったんですね?

古城 基本はBチェーン(映画館の音についての基準値)を忠実にクリアーして、その上でダビングステージではこういうところに気をつけていたよね、という部分について微調整していくという手順でした。

 その場合、どの作品をチェックに使ったのでしょうか?

古城 長編は『千と千尋の神隠し』『コクリコ坂から』『アーヤと魔女』で、短編は『星をかった日』『くじらとり』を使っています。これらの作品を使い聞こえ方をチェックしました。

 実は『千と千尋の神隠し』は、Bチェーンに合わせ込んだ状態であっても、千尋の声が耳に痛いか痛くないかのぎりぎりのレベルにあるんです。今回は、そのあたりをどう抑えるかといった事もポイントになりました。

オリヲン座の音決め時の様子

松村 劇場の建築音響的な違いもありますから、Bチェーンの基準にぴったり合わせてもまったく同じ音にはなりません。といっても、通常われわれが劇場を作る時は、この基準に忠実に仕上げるしかないのです。

 しかし今回大きく違ったのは、作品を作っているジブリのスタッフが、この音はこっちが正解です、といった具合にジャッジしてくれたことです。他ではあり得ないことですし、コンテンツサイドからのクォリティチェックがあったことは本当に重要でした。実際の調整でも、ハードウェアのスペック的にはBチェーンの基準から外れていません。音圧も1dB以内のごくごく微妙な範囲で変更しています。

古城 その時に、例えば0.3dBの差を音に反映できるのが、ラブグリュッペンのアンプなんです。以前この部屋で新規に導入するアンプを数機種試した際に、ラブグリュッペンのアンプは1dB以下の調整で音ががらっと変わりました。だったらオリヲン座も同じアンプの方が、的確に調整できるだろうと考えました。

松村 測定器では0.3dB変えても結果は同じです。でも、実際に音を聴いた印象は違ってくるんです。

古城 本編のセリフと音楽を聴きながら、ここはこんな音じゃなかったと感じたら、0.1〜0.2dB単位で上げたり下げたりという作業を繰り返していました。

 逆に言えば、オリヲン座はそのレベルの違いを再現できる空間になっているということですね。

——そんなオリヲン座の施工で、皆さんの印象に残ったことを教えて下さい。

齋藤 先ほど松村が申し上げましたが、通常の劇場では、画と音について基準値に即して仕上げるしかありません。でも、今回は作品の作り手が、この映画はこういう風に再生したいということを教えてくれるわけで、こんな経験は他ではありえませんでした。劇場を作るのは毎回難しいのですが、今回は目指しているゴールがあったというのは、有り難かったですね。

松村 スピーカーの配置もかなり追い込みました。取り付ける場所や高さは図面で決まっていたのですが、L/C/Rスピーカーの振り角度や高域用のホーンの向きなどは、現場で音を聴きながら古城さんに決めてもらいました。

古城 当初の打ち合わせではL/Rスピーカーの音像を明確にしたい、ファントムセンターもしっかり出そうという提案がありました。でも、映画音響でそれをやると、違和感を覚える時もあるんです。

 なので、オリヲン座では1チャンネルずつピンクノイズを出した状態で部屋の中をぐるぐる歩き回って、音圧が低くなるデッドゾーンがないかを探しました。座っている場所によって音が聴きにくくなるのは防ぎたかったし、劇場ではL/Rの音が合焦した席の後ろにもお客さんが座っているわけで、その人たちにはどういう風に聴こえるのか心配だったんです。

松村 僕の経験からも、そういう設置では位相が反転したようになって気持ち悪い音になることがありました。

 劇場の場合、センタースピーカーがあるんだから、それほどファントムセンターを意識する必要はないでしょう。

左から株式会社スタジオジブリ ポストプロダクション部 部長 古城 環さん、同ジブリパーク事業部 施設担当リーダー 田島佑輔さん。その横が株式会社ジーベックス 営業本部 エンジニアリング担当 サブリーダー 齋藤隼人さんで、右端が同 テクニカルサポート担当 グループリーダー 松村 茂さん

松村 また、音楽用のホールは音が響くように作りますが、映画館の場合は吸音処理をします。ここもPA音響と映画館の違いで、例えば高域のホーンもPAでは低めに向けて反射させますが、映画館ではもう少し高い位置に向けた方が音のまとまりがよくなります。

古城 調整の結果、スピーカーを設計時とは違う角度で設置したかったので、くさびを使って角度を調整しました(笑)。実は今回の音決めはここがスタートで、初日にこの作業を終えてから、先ほどお話しした細かい調整に入ったのです。

 物理特性を決めてからじゃないと、電気的な補正はできないからね。やっぱり最後は現場が大事ということですね。

齋藤 結構長い道のりでしたが、ピンクノイズを聞きながら、大人6〜7人で劇場の中をうろうろ歩き回っているのは楽しかったですよ。

古城 僕自身も試写室をゼロから作るのは初めてだったので、今までのノウハウの蓄積が発揮できたのではないかと思っています。

「ジブリの大倉庫」のとある場所に展示されていたフィルム映写機。1998〜1999年頃、『ホーホケキョ となりの山田くん』の作品制作期間中にラッシュチェック用に使われていたそうです

——最後に、これからオリヲン座に行こうと考えている読者に向けて、ひと言ずつお願いします。

古城 オリヲン座は、試写室のクォリティを体験できる、なかなかない空間だと思いますので、ぜひ無心で楽しんでください。本当にチェコ・フィルのオケの配置が見えるようですから、ぜひオリヲン座の音を体験していただきたいです。

松村 試写室クォリティであのサイズ感を持った場所はどこにもありません。そういう意味では、オリヲン座でしか体験できないものがあります。

古城 僕自身はオリヲン座が出来上がって、スタジオジブリ社屋の試写室がエアボリュウム的に不満になってきたくらいです。それくらいのレベルで非日常を体験していただける場所になっています。

田島 僕はトータル的に内装を見て欲しいですね(笑)。今時なかなか体験できない場所になっていますので、ゆっくり短編映画を楽しんでいただきたいです。

齋藤 映像も音もとても高いクォリティが達成できていますので、ぜひご自身の目と耳で体験していただきたいです。

 一般の人は、試写室やダビングステージに入れる機会はまずないでしょう。でも、オリヲン座に行けばそのクォリティを体験できるわけで、これは本当に貴重です。僕も早くオリヲン座にお邪魔しなくてはいけませんね。

©️ Studio Ghibli