角川大映スタジオは、同撮影所内に設置されたバーチャルスタジオ「シー・インフィニティ」の内覧会を開催、報道陣にその概要を紹介した。

 バーチャルプロダクション(バーチャルスタジオ)とは、大型LEDディスプレイやカメラトラッキングとゲームエンジンを組み合わせた撮影手法のひとつで、3DCGで作成した背景画像などをLEDディスプレイに表示し、その手前にオブジェクトや人物を配置してカメラで再撮影することで、実際に屋外で撮影したかのような映像を制作する技術のこと。

 角川大映スタジオでは、2023年1月から「ステージC」に8Kサイズのソニー製Crystal LEDを期間限定で設置し、バーチャルスタジオへの取り組みをスタートさせた。その後、2024年3月に同じくステージCに6K相当のCrystal LEDを常設、本格的にバーチャルスタジオの運営をスタートした。今回お披露目された「シー・インフィニティ」がその完成形ということになる。

「シー・インフィニティ」のスタジオスペック

●住所:東京都調布市多摩川6-1-1 角川大映スタジオ No.Cステージ
●仕様:スタジオ面積550㎡(167坪)、高さ8.0m、電気容量180kw(100V/200V併用)
●LED:ソニー製Crystal LED VERONA
●サイズ:横15.0m×高さ5.0m、キャビネット数300(ピッチサイズ2.31mm)
●解像度:6,480×2,160pixel、ROUND2.5度
●設置:吊り下げ昇降式(可動域2,360mm)
●送出システム:インカメラVFX:Unreal Engine4.27/5.2対応
●映像:ソニーPCL製ZOET4
●プロセッサー:Brompton Tessera SX40
●トラッキングシステム:Mo-Sys Star Tracker

奥のLEDウォールの他に、天井面にもLEDパネルを配置して照明として使用可能

 冒頭、今回のシー・インフィニティ開設について、株式会社 角川大映スタジオ 執行役員 スタジオセンター担当 兼 新スタジオ建設推進室の小林壮右さんから説明が行われた。

 そもそも角川大映スタジオでは、2023年をバーチャルプロダクション元年と位置付けて、この分野への挑戦をスタートしたという。それが上記のLEDウォールの期間限定設置で、1月から6月までの半年間トライアル営業を行ったそうだ。その経験を踏まえて、2024年4月からシー・インフィニティが開業したことになる。

 ちなみにシー・インフィニティの「C」には、CスタジオのC、クリエイティブのC、同社が得意とする美術製作技術をバーチャル空間にコネクトするという意味のCといった意味が込められているという。

株式会社 角川大映スタジオ 執行役員 スタジオセンター担当 兼 新スタジオ建設推進室の小林壮右さん

 さらに、「角川大映スタジオは昭和8年(1933年)に日本映画多摩川撮影所として調布に誕生、それから約90年の長きに渡って映画製作や美術製作事業に関わってきました。調布には当社のほかにも多くの映画映像関連企業が存在しております。映画の町・調布の力で、世界に羽ばたくコンテンツを創出することを目指して、調布のCもこの名前の意味に含めさせていただいています」と小林さんは語っていた。

 シー・インフィニティのスペックは前述の通りで、LEDウォールにはソニー製のCrystal LEDの最新モデル「VERONA」(2.3mmピッチ)を使用。これを300枚使って横幅15m×高さ5m、水平6,480×垂直2,160画素という解像度を持ったLEDウォールを実現している。このLEDウォールは2.5度の曲面形状で、さらに天井からの吊り下げ式を採用している点も特長という。

 当日は、このLEDウォールを持ち上げながら撮影できる点もしっかりデモされていた。シー・インフィニティのLEDウォールは上記の通り幅15×高さ5mというサイズにも関わらず、電動ウインチで制御することで2.3mの範囲で昇降可能となっている。

LEDウォールを一番下まで下げた状態(床面から10cm)。ここから2.3mの範囲でリフトアップ可能

 例えば空を見上げているシーンで、カメラが下から俳優の表情を舐めながら撮影しようとしても、LEDウォールの高さが足りないと背景が途中で途切れることになる。しかしLEDウォール自体がカメラの動きに連動して上がっていけば、連続したカットとして押さえることができるわけだ。なおシー・インフィニティのLEDウォールは下端から上端まで約30秒で昇降できるそうだ。

 またバーチャルプロダクションでは、環境光や撮影用の照明がLEDウォールに差し込んで、再生している背景映像が黒浮きしてしまうことが問題になっていた。今回採用されたVERONAは低反射コーティング技術も盛り込まれており、環境光が差し込むようなケースでも安定した黒が再現できるという。なお、現在VERONAの最新モデルを導入しているのは、角川大映スタジを含めて世界で2ヵ所だけとのことだ。

 撮影用カメラは、ソニー製デジタルカメラ「VENICE2」の8K対応モデルを常設している。バーチャルプロダクションの場合、撮影方法は大きく2種類、スクリーンプロセスとインカメラVFXがあり、シー・インフィニティではその両方が可能だ。

 スクリーンプロセスとは、あらかじめ撮影しておいた2Dの静止画や動画をLEDに映し出し、それを背景にしてカメラで再撮影を行うというもの。背景素材を複数用意すれば、多くのシチュエーションを比較的容易に撮影できるのがメリットという。背景画像は天候はもちろん、季節も自由に変更できるのでロケでは難しい内容の撮影もできるのが大きなメリットだろう。

 これに対しインカメラVFXでは、3Dの背景を使用して撮影を行う。事前に3Dのバーチャル撮影空間を作っておき、スタジオ内でのカメラの位置情報やフォーカス、ズームなどのレンズ情報を連動させることで、現在のカメラアングルに適応した背景画像がリアルタイムでLEDウォールに再現されるものだ。カメラの情報を元に背景画像が創出されることで、カメラワークが変わっても違和感のない映像が収録できるという仕組みだ。

 なおバーチャルプロダクション撮影はグリーンバックでの後処理による合成と似ている部分もあるが、出演している俳優にとっては背景が可視化できていることで演技への没入感が得やすいと好評だそうだ。

 またバーチャルプロダクションなら撮影現場で完成イメージ(背景の合成が終わった状態)に近い映像を全スタッフで確認できるのも重要とかで、これがあることで作品のクォリテ向上にもつながっていくとのことだった。

インカメラVFXにも対応した常設カメラ

天井の梁に見える円形の装置が赤外線センサーで、これでカメラの位置を識別している

 ただしバーチャルプロダクション撮影にも解決しなくてはならない点は残っている。そのひとつがワークフローの変化で、LEDに映し出す映像を事前に準備しておかなくてはならないため、プリプロダクションの期間が伸びてしまうことになる。映画などのスケジュールはひじょうにタイトなので、プリプロダクションの期間が伸びるのは難しいという側面もあるのだろう。

 この点については、2D背景であれば比較的短い時間で準備もできるようで、角川大映スタジオではそこでの提案として、2.5DインカメラVFXと仮称された撮影方法も提案されている。2.5DインカメラVFXとは、実際の風景などを撮影した素材を使ってLEDウォール用の背景映像を制作するもの。3DインカメラVFXではCGで背景を作るのに対し、現実の風景を流用することでその手間を省略できるわけだ。

 2.5DインカメラVFXの背景は、撮影時に被写体の位置や相互の距離などを記録しておくことで、後処理を加えることで奥行きなどの立体感情報を持った背景として表示可能という。そのためアングルを変えながら撮影しても背景がカメラの動きに追随してくれるので、出来上がった映像には違和感がないというわけだ。

 発表会では奥多摩にある百尋ノ滝を撮影し、それを元に制作された2.5Dの背景映像がLEDウォールに再現された。その手前にはログハウス風のセットが組まれており、カメラ越しでは本当に屋外でロケ撮影しているかのような映像が確認できた。

 なおこの背景映像は、現地での収録から3次元構築までをひとりのスタッフが担当している。ソニーのミラーレス一眼「α6700」(APS-C)で撮影したスチール素材から滝の周辺の地形を3次元情報として取得、さらに、パノラマ撮影した素材をテクスチャーとしてマッピングすることでベースとなる画像が構築できたそうだ。そこに木などの植物や、エフェクトとしての虫を動かしやすいような形で配置して仕上げている。

 最終的にそれをLEDウォールに送出する際に、手前のセットの質感とスタジオの照明環境に合わせてLEDの色味を調整することで自然な背景として再現できるというわけだ。もちろんスタジオでの微調整も必要ではあるが、それでも背景映像がひとりのスタッフで収録・制作できるというのは予算面からも大きなメリットだろう。

後ろの滝が、2.5DインカメラVFX用に制作された映像をLEDウォールに再生したもの。その手前にある岩もいくつかは角川大映スタジオの美術陣が作ったレプリカとか

 そもそも角川大映スタジオは優れた美術スタッフを揃えていることも知られており、シー・インフィニティでは最新技術に加えて、その美術制作陣が加わることで、より高品位で機動性の高い映像収録が可能になるのは間違いない。

 内覧会でも、大がかりな装置使っているためにLEDウォールがスタジオの主役のような受け取り方をされることが多いが、実際には、LEDウォールはその手前の現実空間の世界観を延長するための装置だと考えているとの説明もあった。

 つまりスタジオとしての現実空間の作り込みはこれまで同様に重要な要素であり、インカメラVFXのような新しい撮影方法であっても、従来の撮影方法を拡張するもの、今までできなかったことを延長するような使い方だと捉えているとのことだった。

 歴史ある角川大映スタジオがバーチャルプロダクション業務に取り組むことで、今後どんな作品が生み出されてくるのか、映画ファンとしても期待したいところだ。(取材・文:泉 哲也)