カーオーディオの楽しみは、なんといってもドライブシーンを、お気に入りの音楽が演出してくれることだろう。愛車を駆ることはそれだけでも楽しいのに、音楽はその楽しみを何倍にも膨らませてくれる。そしてその楽しみは、音楽を奏でてくれるカーオーディオシステムの内容によって大きく変わる。音楽を存分に楽しめるように、市販カーオーディオコンポーネントを車両にカスタムインストールするマニアライクなドライバーも少なくないが、近年では新車時に組み込まれて取り替えが利かない純正カーオーディオも多く、選択肢は減ってきている。だが、悲観することはない。純正のカーオーディオも、侮ることができないのである。今回は、JBLブランドのトヨタ純正カーオーディオについてご紹介しよう。
文/写真=長谷川 圭
75周年を迎えたJBLとトヨタのコラボレーション
JBLは、その名を知らない人は少ないであろう輸入オーディオブランドの雄である。同ブランドを興したジェームズ・バロー・ランシング氏の頭文字をとったJBLは、母国アメリカはもちろん、全世界で知られる。世界中で知られるには、良い物を市場に提供するのはもちろんだが、それなりの時間もかかる。JBLの創立は1946年であるから、いまから75年も前のことだ。映画館向けの音響システムや、家庭用スピーカー、スタジオ用モニタースピーカー、コンサートホール向け音響システム、カーオーディオ、イヤフォン/ヘッドフォン、BTスピーカーなどのマルチメディアにいたるまで、製品展開は多岐にわたる。そしてその全ジャンルで高く評価されている。
カーオーディオについても、正確な時期は調べが付かなかったが、筆者の知る限り市販カーオーディオ製品は1990年代に第一線の商品として日本市場で流通していたので、30年余りの歴史を持つ。北米ではさらに以前から車載用コンポーネントが流通していた。そんなJBLが純正カーオーディオとして登場するのは、1984年にリンカーン タウンカーへの採用だ。日本での採用はいまから25年前、トヨタ クラウンアリストへの採用だ。当時、トヨタではスーパーライブサウンドシステムなどの純正カーオーディオを発表し、話題の車種への搭載実績を重ねており、ドライブにおける音楽のクォリティ向上に注力していた。いっぽう、JBLのプロジェクトチームは「伝説となっているコンサートやロックツアーのサウンドを車の中で実現する」というミッションを立ち上げて、アリスト専用のカーオーディオシステムを構築、結果、両社のコラボレーションが誕生し現在に至る。
アリスト以降、多くのトヨタ車では標準装備、あるいはメーカーオプションでJBLが採用され続けており、両社のコラボレーションは世代を重ねるにつれ熟成されていく。現在、日本において販売されている車種でJBLを搭載するのは8車種。アルファード/ヴェルファイア、ハリアー、カムリ、ランドクルーザー、MIRAI、プリウスPHV、GRスープラ、GRヤリスである。
JBLプレミアムサウンドシステム搭載トヨタ車
クルマにあわせて設えられた専用オーディオの凄味
聴いて気持ちいいサウンドこそJBLの真骨頂
8車種のJBL搭載トヨタの中から、今回はGRヤリス、MIRAI、ランドクルーザー、ハリアー、アルファードについて、そのサウンドを体験することができたが、見事なのはそれぞれのクルマで、その車種の持つイメージを尊重しつつJBLらしさを主張する内容に仕上げられていることだ。『同じJBLなのだから同じような音がするのだろう』と思いきやさにあらず。はっきり言えば全て違う音である。しかし、JBLなのである。“JBLらしい”のはサウンドトーンではなく、いわばサウンドポリシーといったところだろうか、ドライバーがドライブしながら聴いて気持ち良いと思わせるサウンドなのだ。
GRヤリスは「エモい音」だし、ランドクルーザーは「端正な音」、MIRAIならば「静謐な音」、アルファードは「ゴージャスな音」といえるし、ハリアーは「官能的な音」なのである。いずれもクルマとの相性は抜群で、そのクルマに相応しいサウンドに仕上げられている。詳細は改めてレビュー記事として紹介したいが、かいつまんで述べれば、以下のようになる。
GRヤリス
WRCの魂を宿したスポーツモデルの走りに沿ったエモーショナルなサウンドで、メリハリの効いた音がウインドシールドいっぱいに展開される。アクセルを踏み込んだときに吹け上がるエンジンの音にも負けないオーディオの音は、心躍るドライブをもたらしてくれる。
MIRAI
ロードノイズしか聞こえない車内で、解像度の高いオーディオの音が堪能でき、情報量豊かな音楽の世界を味わいながら走ることができる。パワートレインがモーターへと移行していくと、上級サルーンで聴けるエンターテインメントとはこういうことかと思い知らされる。
ランドクルーザー
ラグジュアリーSUVならではといえる綺麗に整ったサウンドが聴ける。V6 3L超のディーゼルツインターボエンジンが発生させるノイズが車室内では大幅に低減される中で、音楽に含まれるひとつひとつの音の形がくっきりと聴き取れ、ゆったりとした空間で音楽世界に浸ることができる。
アルファード
広い車室内空間を活かしたサラウンド再生は、音の形を塊で聴き手にぶつけてくるような印象。きらびやかな音、どっしりとした量感をしっかり伝えてくるさまは、絢爛豪華な本車の仕様によく似た聴き心地が体験できる。一言で表現するならばゴージャスな音なのである。
ハリアー
まろやかで濃密な中高音は、メローな楽曲を雰囲気たっぷりに聴かせてくれる。特にスロージャズやしっとりとしたヴォーカルは、色気をともなって生々しさが感じられるほど。また、楽曲に施された録音の工夫なども良く聴き取れる解像力もあり、夜の都会のドライブなど気持ちよさそうだ。
どのクルマも、ドライブで聴く音楽がこれほど気持ちいいものかを味わわせてくれるのだ。これがJBLが提供する“JBLの純正カーオーディオ”である。
このような体験をすると、知りたくなるのが『どうやってこんなサウンドシステムが作り出せるのか』というところ。JBLに限らず、オーディオメーカーが提供する自動車メーカーの純正カーオーディオというのは、自動車メーカーの車両開発時からオーディオを専用に開発するのが常である。とはいえ、今回体験したクルマのように高い完成度で仕上げるには、車両開発に相当食い込んでいなければ実現できなかったはず。トヨタ車向けJBLシステムを開発しているハーマンインターナショナルで話を聞いた。
トヨタのJBLカーオーディオが生み出される場所
そこにはとことん理想を追求するスペシャリスト達がいた
愛知県名古屋市に拠点を構えるハーマンインターナショナルのオートモーティブ部門は、スタッフ100名余りが勤務する。その中には営業部門やJBL以外のブランドのオートモーティブ部門も含まれている。ここでは、車両への実装実験などが行われるラボ設備の他、同社のホーム用製品が体験できる試聴室などがあり、日々、車種専用のオーディオシステム開発が行われている。
筆者が訪れた時、試聴室にはエベレストDD66000をはじめ、JBLのスピーカーが配置されており、マークレビンソンのプレーヤーやアンプでサウンド体験ができるようになっていた。ステレオ再生はもちろんのこと、サラウンド再生も可能な部屋となっている。DD66000で聴くサウンドはダイナミックさの中にも精緻さがあり、音楽を構成する音のひとつひとつが身体を包み込みながら美しいハーモニーを生み出していた。前後2列、各3席が用意される中の前列中央で聴く音楽は、水平方向垂直方向のいずれにも広く展開するサウンドステージに、各楽器が整然と並ぶように音像が定位している。オーディオの評価をするわけではないが、この音世界が聴ける空間にはそうそう出会えるものではないだろう。そしてなにより、音楽に身を浸らせることが実に気持ちいいことを理解させてくれるのだ。
聴取位置として用意されるシートが前後2列、各3席となっているのは、クルマにおける聴取位置を意識したものだという。この部屋は、自動車メーカーの車両開発に携わる人物が訪れる場所なのだ。もっとも良い条件で聴くならセンター、車両で聴くことを想定しての左右席というわけで、JBL&マークレビンソンという同社最上級の組合せで奏でられる音が聴けるというわけだ。この部屋で音楽を聴く機会が得られる人物は幸運だ。新車開発の中でのほんのひとときだろうが、おそらくは体験した人の記憶に深く刻まれるはずだから。
ハーマンインターナショナル名古屋オフィス内の試聴ルーム。JBLのProject EVEREST DD66000やL100 Classicのステレオ再生のほか、K2 S9900をセンタースピーカーに据えたホームシアター再生、さらにハイトスピーカーを加えたイマーシブ再生までを体験することができる。
同社が擁するハイエンドブランド米マークレビンソンのアナログターンテーブルNo.5105やオーディオプレーヤーNo.519、そしてアンプのNo.526 & 53が、JBLスピーカー再生のために用意されていた。
試聴室に置かれた椅子は6脚。前後2列に3脚ずつ並べられている。中央はこの部屋のシステムのベストパフォーマンスが聴ける席だが、左右にずれた椅子はセンターからオフセットした車載状態を想定したリスニングポイントとして用意しているという。
話が逸れたが、いかに類い希な良質の音楽体験ができるといっても、クルマにおいてはそうやすやすと再現することは困難を極める。はっきり言ってしまえば同様の音響空間を構築することは不可能だろう。それほど車室内の環境は劣悪なのだ。しかし、音楽を気持ち良く体験できるようにする要素はある。そこを純正カーオーディオとして整えることがハーマンインターナショナルのオートモーティブチームには可能なのだ。
ハーマンインターナショナル名古屋オフィスにあるラボでは、実車の各種測定や、スピーカーユニットの装着場所の造作など、日々さまざまな試験、試作が行われ、車種専用のオーディオシステム開発に取り組んでいる。
ラボ内は、さしずめカーオーディオプロショップの作業スペースにも似て、このようなワークデスクのほかにも、木工設備などが揃っている。取材時にも複数の車両が持ち込まれており、エンジニア達が真剣な面持ちで作業にいそしんでいた。
今回、お話をうかがった同社片山大朗氏(ハーマンインターナショナル、トヨタJBLプロダクトオーナー)によれば、車両に適したコンポーネント(スピーカーユニットおよびDSP内蔵アンプ)の開発のほかに、帯域バランスやサウンドステージの様子などを評価するシステムを確立、その上で細かなチューニングを施す作業をしているのだという。
ハーマンインターナショナル株式会社
トヨタJBLプロダクトオーナーの片山大朗氏。
まず、コンポーネントの開発は、自動車メーカーと協議しながら搭載数、レイアウト、ユニットサイズを決めていく。その際には、いくつかのプランを提案し、最適な形を決定する。ここでJBLらしさが最大に発揮されるのはホーントゥイーターであろう。ホームオーディオで一般的なホーンとは形状がかなり違っているのだが、車載を考慮するとこの形になるのだという。ホーントゥイーターの役割は、高音の拡がりかたをコントロールするもので、音場形成に大きな影響を与える。JBLでは車種ごとにこのホーン形状を専用設計し、車室内で最適な高音再生できるようにしている。ほかにも、重低音を担うサブウーファーでは、搭載可能な車種であれば専用エンクロージュアを設計して車両に組み込むなどしている。エンクロージュアとともに組み込まれたサブウーファーの例としてはランドクルーザーには約25Lのシールドタイプを採用しており、樹脂で整形されたエンクロージュアは、軽量かつ頑強なものとするべく細かなリブの多用をするなど精密設計としている。また、エンクロージュアが搭載できないセダンタイプなどでは、大口径ユニットを採用するも、そのユニットは小型軽量の磁気回路をもつものを開発している。
カムリのAピラーパーツと、その内側に組み込まれる25mmドーム型トゥイーターユニット。ピラーと一体化したホーンの形状は、車種ごとに最適なサウンドが得られるよう専用設計されたものである。
上段左からGRヤリス、MIRAI、ランドクルーザー、ハリアーのホーン。一目で形が違うことがわかる。左はアルファードのリアトゥイーター、ホーンは採用されていないが、サラウンド再生に威力を発揮する。
ハリアー専用に設計されたサブウーファー。樹脂製エンクロージュアに224mmのユニットがマウントされている。ユニットの左側には、車両へ組み付ける際に手で握れるグリップまで成型している。
ランドクルーザー専用に設計されたサブウーファーエンクロージュア。およそ25Lほどの容量を持っており、車両に固定するためのアングルまで一体成型されている。内部やアングル部分には、細かなリブ構造が施されており、軽量で頑強なデザインで仕上げられている。
トヨタ車用に開発されたスピーカーユニット。画像の上、左からランドクルーザーリアドア用ウーファー、同フロントドア用ウーファー、インパネ用ワイドディスパージョンスピーカー。画像下はセダンタイプ(カムリ、MIRAI)に搭載される265mmサブウーファー。
独自の評価システム「サウンドベンチマーク」が可能にする
高水準のカーオーディオシステム
DSP内蔵型のパワーアンプは、現在8チャンネル型と12チャンネル型の2種類があり、車種ごとに動作が異なるよう設定されており、車両に搭載される。このアンプ動作の設定がサウンドチューニングとなるわけだが、JBLには「サウンドベンチマーク」という方法で音の評価を行い、チューニングの内容を詰めていくのだという。「サウンドベンチマークは約10年ほど前に確立された評価システムで、アメリカ、日本、ドイツ、中国、インドのハーマンインターナショナルで採用しています。弊社のトレーニングプログラムにより音を評価するための耳を養い、試験をパスした者だけがサウンドベンチマークに参加します。サウンドベンチマークはトレーニングを修了していれば、誰が評価しても同様の評価となるように組まれたシステムで、音質を数値化することができます。これはどの国で誰が何人で評価しても同じ結果が出るシステムになっています」こう説明するのは前述の片山氏。
ハリアー、カムリ、GRヤリス、プリウスPHVで採用される8チャンネルパワーアンプ。3車種に搭載されてはいるものの、その動作や音響調整パラメーターは異なっており、それぞれ別のモデルナンバーが振られて管理される。
アルファード/ヴェルファイア、ランドクルーザー、MIRAIで採用されている12チャンネルパワーアンプ。8チャンネルアンプ同様、こちらも車種ごとに動作や調整パラメーターが異なる造りになっており、見た目は同じでも違うモデルナンバーで管理される。
評価項目や、評価採点方法など、詳細は明かされなかったが、サウンドベンチマークによって、世界中のあらゆるブランドの音質が評価蓄積されていることがわかった。
「音決めに関しては、アメリカでJBLオートモーティブのサウンド責任者、リシ・ダフトアール(Rishi Daftuar)が行っていて、全車両について確認をしています」とは、同社の永富輝石氏(ハーマンインターナショナル、マーケティングマネージャー)。ダフトアール氏が全車の開発現場に赴きサウンドチューニングを行っていくのだ。
JBLのオートモーティブ部門でサウンドマスターを務めるリシ・ダフトアール氏。JBLが採用されている車両について、すべての音決めをする役割を担っている。
チューニングの内容は、イコライザーやタイムアライメントなどをデジタル技術により緻密に行われる。調整値は各車ごとにDSPアンプへ焼き込まれて車両に組み込まれるのだという。チューニング中には、インテリアパネルがオーディオ再生による共振をおこして、いわゆるビビリ音を出すこともしばしばで、その際にはトヨタサイドのスタッフにビビリ音をださないためのアドバイスをして、オーディオシステムとは関係の無いパーツ採用やパネル固定方法などが改善されるケースもあるそうだ。
四半世紀を超えて成熟してきたトヨタ×JBL
その音とともに走れるドライバーは幸せだ
通常、クルマの造りに関してはオーディオメーカーの分野では無いため、自動車メーカーへ進言することはないものだが、JBLは違うようだ。この点に関して片山氏は「トヨタ車に搭載されている装備ではありますが、JBLのブランドロゴを付けて載っているものですから、我々としてもできるだけ妥協無く取り組みたいのです。スピーカーの前面を覆うグリルにしても開口率を上げられないかなどの意見をすることもあります。音を良くするために搭載に関するお願い(要件)をトヨタさんにお伝えし、御対応いただいています。オーディオの再生音に関わる部分ではベストを尽くしています」と語る。
想像以上に多くのオーディオプロフェッショナルが関わり、しかもシステマチックでありながら人の感覚を重視してJBLのトヨタ純正カーオーディオの開発がされていたことは驚きであった。そして、その音は非常に高い完成度であり、ドライバーは愛車を走らせる愉悦を大いに堪能できることも、今回確認することができた。しかもオプション設定で装備可能な車種については、その価値は格安であると断言できる。オーディオでクルマを選ぶドライバーはごくわずかかもしれない。しかし、JBLを採用できているトヨタは幸運だと思うし、そのサウンドを享受できるドライバーは、幸せだと感じる。
提供:ハーマンインターナショナル株式会社