96kHz/7.1.4chのイマーシブオーディオに対応した、ドイツのPure Audio Blu-rayレーベル(msm-studios/StefanBock氏)と、米カリフォルニアのStreamSoft社が展開する音楽配信サービス「Pure Audio Streaming」(ピュアオーディオストリーミング)が、昨年夏からサービスを開始、日本でも楽しむことができるようになった。そこでは、WOWOWが制作したイマーシブオーディオも配信されているという。なぜBS放送局であるWOWOWが、イマーシブオーディオ音源を海外のサイトに提供しているのか? またどんなコンテンツが配信されているのか? 今回は東京・辰巳のWOWOW放送センターにお邪魔して、Pure Audio Streamingへの取り組みについてうかがった。対応いただいたのは、株式会社WOWOW 技術センター コンテンツ技術ユニット エンジニアの柳平直徳さんと小寺里佳さん。さらに両社の仲介を務めた合同会社アーツリッジの濱﨑公男さんにも同席いただいている。(まとめ・撮影:泉 哲也)
配信で新しい体験ができる! 「Pure Audio Streaming」とは
Pure Audio Streamingは、2025年にスタートした、イマーシブオーディオを中心とした音楽ストリーミングサービスだ。一般的な2chステレオ配信ではなく、AURO-3Dとバイノーラル、マルチチャンネルPCMというフォーマット(今のラインナップはAURO-3Dとバイノーラルの2種類)で、没入感に優れたイマーシブオーディオを配信している。
現状は英語のサイトからアクセスすることになるが、日本からも契約は可能で、料金は月額4000円、年間契約で35,000円。対応デバイスとしては、NVIDIA「SHIELD TV Pro」やAmazon「Fire TV」シリーズ、クロームキャスト、Android TVなどが紹介されている。
今回の取材ではSHIELD TV ProとマランツのAVプリアンプ「AV8805」をHDMIケーブルでつなぎ、アムクロンの業務用パワーアンプを経由してイクリプスのTDスピーカーによる9.1chシステムをドライブしている。
――WOWOWのイマーシブオーディオコンテンツが、Pure Audio Streamingで配信されているとのことです。なぜ、BS放送局のWOWOWが海外のプラットフォームで配信を行うことになったのか、まずはここからお聞かせ下さい。
柳平 今回の取り組みは、今までWOWOWが収録してきたイマーシブオーディオ音源を、できる限り公開していきましょうというのがきっかけでした。その出口のひとつとして、Pure Audio Streamingに音源を提供することになったのです。
麻倉 WOWOWでは以前から入交英雄さん(WOWOWでイマーシブオーディオを先導してきたエンジニア。2025年に退職)を中心にイマーシブオーディオの収録や制作に取り組んでいましたよね。私もその収録や配信実験を取材したことがありますが、ひじょうにていねいに取り組んでいていつも感心していたのです。それが配信で楽しめるようになったのは嬉しいですね。
柳平 もともと弊社では、イマーシブオーディオでコンテンツを作って、世に出していこうという取り組みを進めていました。麻倉さんにもご取材いただいたのも、その一貫でした。
麻倉 WOWOWでは、現在何タイトルくらいのイマーシブオーディオコンテンツをお持ちなんですか?
小寺 10タイトルは超えていますし、伝送実験用の素材も含めるとかなりの数になるでしょう。
麻倉 私もHAKUJYUホールでのライブや落語の配信実験を拝見しましたが、ひじょうに音がよかったのを覚えています。そういった資産については、WOWOWとしてちゃんと管理しているということですね。
株式会社WOWOW 技術センター コンテンツ技術ユニット エンジニア 柳平直徳さん
柳平 音源として残っているものの中から、公開できるものはできるだけ広く皆さんにお聴きいただけるよう提供していきたいと思っているところです。
麻倉 さて、今回Pure Audio Streamingを配信プラットフォームとして選んだ理由は何だったのでしょう?
柳平 端的に言えば、AURO-3Dで配信できるサービスとしてはPure Audio StreamingとAuroMastersがあり、そのひとつであるPure Audio Streamingを選択したということです。
麻倉 確かに、WOWOWでは以前の配信実験でもコーデックにAURO-Codecを使っていました。
柳平 弊社では以前から、配信用のコーデックは何がいいかを検証していました。その中で、AURO-3D がクォリティもいいし、オリジナルに近い音質で届けられるよねということになりました。それもあり、早い段階からAURO-3Dでの制作を実施していました。
今回もどんな形で配信に取り組むかを考えていた時に、濱﨑さんからAURO-3Dを利用したPure Audio Blu-rayを推進してきたStefan Bock氏がPure Audio Streamingというサービスを始めるという話を聞いたんです。2025年の5〜6月にサービスを始めるということでしたので、すぐにStefan氏に連絡を取ってAURO-3Dのイマーシブオーディオコンテンツを配信したいというお話をしたのです。
合同会社アーツリッジ 代表社員 濱﨑公男さん
濱﨑 私はStefan氏とは以前から面識があり、Pure Audio Streamingの話も聞いていました。そこで、こういうサービスがありますよと柳平さんに紹介した次第です。
麻倉 それはラッキーでしたね。こういったツテがないと、いきなりドイツとアメリカの企業がタッグを組んた配信サービスにつながらないでしょう。先方もWOWOWのコンテンツは魅力的だったんじゃないでしょうか。
濱﨑 その通りです。8月から配信される「だだおし」(奈良の長谷寺で行われる、鬼祓いの火祭り)のような日本特有のコンテンツは世界中で受け入れられるでしょう。Pure Audio Streamingとしても、ものすごく興味をもってくれたようです。
麻倉 AURO-3Dのフォーマットでイマーシブコンテンツを世に出すのは、WOWOWとしては今回が初めてですか?
小寺 放送はAURO-3Dに非対応ですが、配信ではKORGが開発したLive Extremeというエンコーダを使用して、清里のオルゴール博物館でのマリンバ生演奏や、「JAZZ NOT ONLY JAZZ」をAURO-3Dで配信したことがあります。
麻倉 そうでした、オルゴール博物館の配信も音がよかったですよね。ところで、Pure Audio StreamingではWOWOWのどのコンテンツが配信されているんでしょう?
株式会社WOWOW 技術センター コンテンツ技術ユニット エンジニア 小寺里佳さん
柳平 4タイトルあります。ひとつは、名倉誠人さんの「マリンバ in 東京カテドラル聖マリア大聖堂」です。他に、アンサンブルカペラの「アヴェ・マリア」と、東京交響楽団の「The Orchestra Surrounds You」、そして「奈良 長谷寺の声明」があります。
麻倉 なるほど、イマーシブで楽しむ意味のあるコンテンツばかりですね。マリンバにしろ、「アヴェ・マリア」の合唱にしろ、響きが綺麗で音場が華麗です。
柳平 東京交響楽団は、分かりやすいクラシック曲のアルバムです。収録したのは2021年のコロナ禍の時期だったため無観客でした。通常のコンサートではお客さんがいるのでマイクを立てる場所は制限されます。しかし無観客なら、入交さんがマイクを置きたいと考えた理想的なスポットでの収録ができました。その意味でも貴重な音源でした。
麻倉 同じ演奏であっても、観客が居るか、無観客かでは音の吸われ方や反響も違いますからね。クォリティ的にも自信作なんですね。
柳平 東京交響楽団は、指揮者の視点でオーケストラを聴いたらどうなるかというコンセプトで収録しています。それもあって、他との差別化のために英語のタイトルを「The Orchestra Surrounds You」としています。
麻倉 いいですね、それくらい分かりやすいとユーザーも興味を持ってくれるでしょう。実際に配信してみて反響はいかがですか?
柳平 海外のYouTubeチャンネルで指揮者視点で収録されたアルバムとして紹介されました。「史上最高のオーケストラ録音」と評していただいており、たいへん誇らしく思います。
小寺 8月に配信開始した「だだおし」はかなり異色で、教会合唱の日本語版みたいな感じですから、海外でどう受け取られるんだろうというのは気になります。
東京・辰巳にあるWOWOW放送センター内に設置されたイマーシブオーディオ視聴システム。今回はここの9.1chシステムで、配信されているWOWOWの音源を体験させてもらった
麻倉 ところで、Pure Audio Streamingを聴きたいと思ったら、ユーザーはどんな再生環境を準備すればいいんでしょうか?
柳平 基本的にはAURO-3Dで配信していますので、対応AVアンプとSTB(セットトップボックス)が必要です。Pure Audio StreamingのアプリはAndroid TVで動きますので、NVIDIA「SHIELD TV Pro」などで動作確認が取れています。iOS対応のスマホアプリも公開されており、イヤホンで楽しむこともできます。
麻倉 SHIELD TV ProとAVアンプはHDMIケーブルでつなぐんですね。こういったストリーミング再生ではどんなSTBで再生するかも重要です。WOWOWでSHIELD TV Proを販売してくれるとユーザーも嬉しいと思いますよ。
柳平 SHIELD TV Proは、今のところ日本に正規代理店がないようなんです。
麻倉 それは残念です。SHIELD TV Proは価格も比較的手頃で音質もいいようですが、なかなか売ってないから困るんですよね。
ところで、入交さんは卒業されましたが、WOWOWとしては今後もイマーシブオーディオは継続的に収録を続けていくのでしょうか。
取材時には、NVIDIA「SHIELD TV Pro」をストリーミングプレーヤーとして使っている
小寺 はい、今後も取り組んでいこうと思っています。ただ、昨年11月にWOWOWオンデマンドのプラットフォームがドルビーアトモスに対応しましたので、しばらくはイマーシブオーディオとしてドルビーアトモスにも取り組んでいこうかなという流れになっています。
麻倉 といっても、きちんとマルチチャンネルで収録しておけば、AURO-3Dでもドルビーアトモスでもフォーマットは自由に選べますよね。まずは、コンテンツをしっかり作らないといけないわけで、そこは頑張るぞということですね。
小寺 いくつかの計画はあります。イマーシブオーディオのためだけに収録するような案件が出てくるかは分かりませんが、例えば放送と関連して、ライブをマルチチャンネルで収録しておいて、そこから流用するといったことは考えています。
麻倉 ところで、新作の「だだおし」の収録はどんな風に行われたのですか?
小寺 収録は2025年2月で、入交さんがまだWOWOWに在籍している時に行いました。入交さんと一緒に録音プランを考えて、ミックスを進めるといった感じで作業しました。
麻倉 最後の授業ですね(笑)。でも今後は小寺さんが中心になって収録するわけだから、早く先生を超えないといけませんね。次のテーマは考えているんですか?
小寺 「だだおし」のような日本の伝統的なお祭りを、イマーシブオーディオで収録したいという思いはあります。そのためにも、今回の「だだおし」がPure Audio Streamingでどのぐらい再生されるかも大きなポイントになると思っているんです。反響が大きければ、さらに新しいものを録って配信しましょうという流れになるでしょう。
AURO-3Dに対応したAVアンプとして、マランツ「AV8805」を使用
柳平 Pure Audio Streamingはグローバルサイトで、「だだおし」みたいなコンテンツはひじょうに日本らしさが出ていますから、海外の試聴者にも受けるんじゃないかと期待しています。
小寺 目指すところとしては、弊社が配信したイマーシブオーディオの音を聞いて、日本に来てみたいなって思っていただけたらベストかなと。
柳平 WOWOWとしても、グローバルでの視点を持ちたいという考えもありますので、今回のケースはテストマーケティングとしても大切です。
麻倉 確かに、WOWOWは基本的には海外の作品を買いつけてきて、日本国内向けに放送するというのが主なサービスでしたからね。今回は新しい試みになるわけだ。新展開に期待したいですね。
※後編に続く
イマーシブオーディオのキャパシティの広さを、配信で体験できるなんて。
Pure Audio Streamingは、家庭での音楽体験の楽しさを広げてくれる ……麻倉怜士
――今回のインタビューに先駆けて、WOWOW放送センター内のスタジオで、Pure Audio Streamingで配信されている音源を体験させてもらった。ここにはAVアンプやAURO-3Dに対応した9.1chイマーシブサウンドシステムが設置され、イマーシブオーディオをフルスペックで楽しむことができる。以下で、麻倉さんのインプレッションを紹介する。
今日はWOWOWさんのスタジオにお邪魔して、Pure Audio Streamingで配信されている名倉誠人さんの「マリンバin 東京カテドラル聖マリア大聖堂」や、東京交響楽団の「The Orchestra Surrounds You」を体験しました。
これらの音源については、以前の取材で非圧縮の音を聴いたことがあります。その時に比べると、ちょっと音場が狭いなという感じはしましたが、一方でストリーミングでこの音質が再現できているということにびっくりしました。音に透明感があるし、ひじょうにクリアーで伸びが良く、停滞感もない。イマーシブオーディオとしての魅力が充分感じられました。
名倉さんの東京カテドラルでの響きの厚みなど、音場の解像度がものすごく高い。2ch音源では響きの向こうに直接音がある感じで鳴り分かれ気味なんですが、イマーシブオーディオでは直接音も響き成分もそれぞれがしっかり存在感を持ってくっきりと聴こえてきます。このふたつが同時に存在するのは、なかなかありえないことですが、この音源では直接音と響きの両立がしっかりと成り立っている。響きが厚い中でも、ちゃんとマリンバらしいアタックが聴けます。そういう意味では、ライブより楽しいんじゃないかと思いました。
「The Orchestra Surrounds You」も本当に面白いですね。この音源も自宅で聴いたことがありますが、今回はさらに近接試聴だったので、楽器の位置関係がすごくよく分かりました。
普段の我々の音楽鑑賞スタイルは、座席があって、その前方にステージが再現されるのが当たり前なんだけど、これは違う。イマーシブオーディオで指揮者がどんな音を聴いているのかを体験できるわけで、もし自分の家にオーケストラを呼ぶことができたらという音楽ファンの夢を叶えてくれます。その意味でも、この楽曲のような、普段は聴けない音場設定という提案はすごく新鮮で貴重です。これはひとつのジャンルになり得るんじゃないかと思いました。
音像もすごくはっきりしていて、チェロはここ、フルートはここといった具合に、楽器の配置が明瞭に聴き取れるんです。こんな風に、自分が3D音場の中に入って聴くというのは、得られる臨場感がまったく違いますね。
このコンテンツは、2chコンテンツでは聴こえなかった音まで聴こえるようになった点に意味があります。そういった体験ができるのも、イマーシブオーディオのキャパシティの広さでしょう。もちろん音もいい。イマーシブの魅力を実感してもらえコンテンツですから、ぜひ多くの方に体験してもらいたいと思いました。