MM型カートリッジの音質が形作られる要素を構造から考察し、根強い人気を持つシュアー製MM型カートリッジの交換針を比較試聴。ヴィンテージ機となったシュアーM44-7、V15 Type IIIで、オリジナルと現行の交換針を聴き比べる。

一貫して正方形の角形だったシュアーMM型のマグネット断面

 しかし国内では、MM型と言うとほとんどが、このシュアー型の構造を踏襲していたのも不思議極まる現象であった。国内で製造されたMM型カートリッジは、その基本的な構造がシュアーのMM型とほとんど同じであったが、強いて異なっていた部分を挙げるとすれば、MM型のマグネット部分の断面がシュアーでは正方形の角形であるのに対して、国内製は半ば各社言い合わせたごとく正円形であったことだろう。筆者の知る限り、例外は、ステレオ時代のごく初期の、西ドイツのエラック(ELAC)社製の正方形断面のマグネットを背負った振動素子によく似た構造の、タヤ精機がOEMで製造していた日本ビクターのDT10、DT11型カートリッジのみであった。

 本家のシュアーでは、この後もMM型マグネットの断面は終始一貫して正方形であった。実はこの違いは、シュアーのMM型と、国内製造のMM型との大きな違いの原因、ひいては米国を含む外国製のオーディオ機器と、終始逃れ得なかった日本のオーディオの持っていた本質的な音の違いの要因と言えるだろう。言い改めれば、聖歌に源を発する教会音楽のキリスト教文化との音の違いとさえ言えるかもしれない。さらに言えば、低音の質的な違い、濃度の違いさえ感じられるかもしれない。よって来たる所以はともかくとして、角形と円形のマグネットの相違が大きな原因であることは確かだ。

 例えば、MC型(注7)で言えば、オルトフォン(Ortofon)のSPUとデノン(DENON)のDL103の違いによく似ている。発電方式と構造は異なる(注8)が、SPUのMCコイルの巻芯は飽和磁束密度の高い電磁軟鉄で、重厚な低音に富んだ音楽を再生し、他方DL103では、磁気感度に重点を置いたパーマロイ(注9)を採用し、富士山型のバランスのとれた再生音を持っている。音楽再生か、ソースを選べない放送局などのスタジオのプレイバックスタンダードが主眼かの違いを想起させる問題である。
 素人でも容易に針を交換できるMM型カートリッジは、振動系も発電系のコイルを含めた磁気回路も全て、プラスティックでモールディングされている。そのために非常に高価な精密金型が必要となり、このため、大量生産に見合うマーケットの需要が少量となり、現状のオーディオ界には適さないなどの理由で、遂にMM型カートリッジの本家シュアーもカートリッジの製造から手を引いてしまっている。

 もはや、新たなシュアー製カートリッジも交換針も入手が絶望的となっている。現行交換針の選択を視野に入れることで、読者諸氏のコレクションにふたたび命を吹き込み、カートリッジの声を聴けたらと願っている。ただし、シュアーのMM型カートリッジは非常に入念に造られており、分解、再組み立ては難しいので避けたい。

(7)Moving Coil(ムーヴィング・コイル)型 (8)巻芯の構造はSPUの正方形に対して、DL103では十字型を採用している (9)磁気感度の高いニッケル合金の磁性材料。ここではPCパーマロイを指す

経年変化の少ないブチルゴム。他方、温度変化には敏感である

 MM型の振動素子は粘弾性に富んだブチル系の人工合成ゴム(注10)で支えられて運動の始点を形成している。ブチルゴムは非常に耐候性に優れ、経年変化の少ないゴムだが、温度変化には敏感に反応し、硬さと弾性が変化するので、保存には温度変化の少ない静かなところで休ませたい。長く放置されると、ダンパーのブチルゴムが一時的な固着を起こし、針先の動きやすさ(注11)が鈍くなる傾向がある。

 30度以下で少し温めると、多くは回復するが、駄目な時は、少し反り、うねりのあるレコードをトレースして運動させるとよいだろう。この場合、タイプIV以降のV15シリーズでは、ダイナミック・スタビライザーはオフにする。これで、特に低音域の厚みが増して、重厚でいて重苦しくない柔らかなMM型本来の音色が戻ってくるはずである。非純正品および製造者以外のところで修理を行なった場合は音色の変化は避けられない。改めて言うまでもないことだが、オーディオの世界では、何をいじっても出てくる音が変わるのを心に留めるべきだろう。

 シュアーに限らずダンパーに使われる粘弾性体はブチルゴム、シリコンゴム、ニトリルゴムなどのゴム系をはじめ、ビスコロイド、各種オイル、蓖麻子油に至る多岐にわたる材料が使われている。ブチルゴムを例に挙げれば、柔らかく粘性に富んだ種類から、かなり弾性が勝ったやや硬めの幅があり、前者は音楽に包み込まれるような優しい音、後者は強く逞しい音楽に迫られる気分を味わえることだろう。振動素子を含めた振動系は、再生する音の変化と音色に大きく関係するのである。

 反対に、MM型カートリッジの本体に納められた磁気回路では、やはり音の変化は認められるが、それ程大きくはない。が、音の好みに関係してくるようだ。一時、オーディオ界を騒がせた線材の競争があった。これは、オーディオケーブル、MM型、MC型のコイルも含めたものだったが、無酸素銅に始まる純度の競争、次いで銀線、果ては金に至る素材の競争の時代である。これは筆者の見解と断っておくが、純度・素材に凝った製品では期待以上の効果は上ったものの、好悪がはっきりと分かれたようであった。

 さらに、この材料競争は、オーディオ最盛期の後半から終わり頃に、振動素子のカンチレバーでも起こっている。1972年に登場した日本ビクター(JVC)が発表したCD4を対象に、45~50kHzに及ぶ特性がカートリッジに求められるようになった。これ程のワイドレンジを満足するためには、カートリッジの振動系は針先から見た実効質量を従来の半分以下に抑えなくてはならなくなる。そのため、振動素子の質量の大部分を占めるアルミニウム合金のカンチレバーをなんとかしなくてはならない。

 この時以来、チタン、ボロン、ベリリウムなどのレアメタルと呼ばれる希金属材料が導入されるようになった(注12)。以来、フォノカートリッジの再生する音楽の音と音色のスペクトラムは一変し今日に至っている。一度、この時代以前のカートリッジと、以後の、強いては今日のダイアモンドカンチレバーも含めたカートリッジの再生する音楽を聴き比べていただくと、筆者が何を言いたかったか分かっていただけると思う。音の変わりようの話はまだまだ終わりたくないが、今回はひとまずこれまでで。

(10)ダンパーあるいはダンパーゴム、エラストマー等の呼び名がある (11)針先の動きやすさをコンプライアンスと呼び、値が大きいほど動きやすさが増す (12)シュアーV15 TypeⅤのカンチレバーはベリリウムを採用している