スタジオジブリは本日から、三鷹の森ジブリ美術館の企画展示「君たちはどう生きるか展 第三部 背景美術編」をスタートした。
宮﨑 駿監督作品『君たちはどう生きるか』のために描かれた手描きの背景美術(背景画)を展示するもので、今年11月10日まで開催されていた「第二部 レイアウト編」に続いての企画となる。それに先立ち、昨日(11月22日)にメディア向け内覧会が開催された。
三鷹の森ジブリ美術館内・土星座で行われた記者会見では、同美術館館長 安西香月さんが今回の特別展示への思いを紹介してくれた。
「手描きアニメーションの制作過程を見ていただくという企画展示の第三部が、各社の方々のご協力もあっていよいよ開幕できることになりました。
宮﨑監督は、“背景美術がアニメーション映画の品格を決める” とよくおっしゃっていますが、監督の絵コンテを元に、どうすればキャラクターが生きるかを計算しながら、それに合う舞台を描いていくのが、背景美術の仕事になります。建物や空、小物もそうだし、時には光とか空気も背景美術に含まれます。
『君たちはどう生きるか』では、手描きでそれらをすべて表現しようということで、今回はそこで描いたものを展示させていただきました。今回は “絵” として見ていただこうと思って額装してあります。実際の映画の場面の “一歩手前” という感じなんですが、とても見応えがありますので、ぜひじっくり堪能していただきたいと思っています」とのことだ。
続いて、本作で美術監督を勤めた武重洋二さんと安西さんとのトークショーも行われ、背景美術についての様々なこだわりが披露された。
武重さんは1991年にスタジオジブリに入社、『もののけ姫』(1997)、『千と千尋の神隠し』(2001)、『ハウルの動く城』(2004)、『風立ちぬ』(2013)といった数々の作品で美術監督を担当している。そんな武重さんに安西さんから、本作では宮﨑監督から背景美術についてどんな指示があったのかという質問が入った。
「最初に言われたのが、今までの “緑” を使わないでほしいということでした。『となりのトトロ』や『もののけ姫』のような瑞々しく、生き生きした緑を今まで描いてきたと思うんですが、そうじゃない緑を描いてほしいという指示を受けて、そこからスタートしました。
その言葉を受けて考えたのは、昭和19年という舞台設定で、敗戦を翌年に迎えた日本では人々の身も心もパサついているだろうなということでした。そんなイメージを持ったので、少し乾いた風景だったり、ちょっと渋めな緑を描いてみました。
宮﨑監督は、どの作品でも突拍子もないというか、とても不思議な世界を描くのですが、それでもどこか見覚えのある風景にしてくれといったことを以前からおっしゃっています。そこでは、自分が経験したことや、色々な映画などで観てきたものを総動員しながら、こんな感じじゃないかなと思って描いた絵を監督に見てもらうという形ですね」とのことだ。
続いて安西さんから「今回は7年という長い制作期間がかけられましたが、聞いたところによると美術スタッフはわりと少数精鋭だったそうですね」という話が出た。
これについては、「通常の作品では公開日が決まっていて、締め切りがあるので、人数を集めて一気に作るという形をとっています。でも、本作は公開日も決めないまま制作がスタートをしたので、いつまでかかるか全然わからない状態で作業をしていました。そのため結果的に少人数になっています」とのこと。さらに「締め切りがあって、ゴールが見えている方が精神的には楽ですね」と作品づくりでの素直な気持ちを語ってくれた。
続いて安西さんから、「『君たちはどう生きるか』では、シーンに応じて背景美術の担当者が違いますが、これは武重さんが割り振っているんですか?」という質問があった。
「『となりのトトロ』で美術監督を担当された男鹿和雄さんは、何でも描ける人なので、作品が決まるとまず男鹿さんにスケジュールはどうですか? と相談をします。独得な優しい感じの風景画で、植物に対する造詣も深いですし、そこはもう右に出るものがいないという感じですね」という説明に続いて、スクリーンに男鹿さんが描いた疎開先のお屋敷の庭園風景が写し出された。
ここでは、「このシーンは、“朝焼けに輝く緑” といった、ざっくりした説明でお願いしました。遠くの水面に枯れた木が顔を出していますが、それに光を当てたりとか、手前の深い水の感じはすべて男鹿さんにお任せしています」と、武重さんが描き手の男鹿さんを信頼していることがよくわかる解説も行われている。
「下の世界の背景画は、吉田 昇さんにお願いしています。吉田さんは、男鹿さんと真逆と言ったら失礼ですけど、独得の幼児性を秘めた方ですね。『崖の上のポニョ』の背景を見ていただけると感じてもらえるかなと思うんですが、誰でも描けるっていうものではないんです。
ここはインコがたくさんいる塔の中ですが、やっぱりフォルムが柔らかくなっています。インコマンというキャラクターが出てきますが、あんな絵柄がぴったりな感じですね」と、作品の舞台に応じて背景美術の担当者を選び分けている理由も紹介された。
なお、今回の展示でもこのシーンを使ったパノラマボックスを宮﨑監督が制作、展示されているので、吉田さんの背景画と合わせて楽しんでみてはいかがだろう。
他にも、武重さん自信が描いた背景画も再生されたが、それは中央に大叔父さんの机と椅子が置かれている、作品の中でも印象的な一枚だった。
「絵の具で光を描くっていうのは実は難しいのかなと思っています。特に画面全体に光を描く、それも手描きというのはたいへんじゃないかなと思ったんですけど、そのあたりはどうなんでしょうか?」と、安西さん。
すると武重さんは、「こういうシーンは、最初は途方に暮れます。色合いだったり、影をどう入れるかということを考えないと、ただ真っ白の空間になってしまうので。そこで、影をどう入れるかを考えていって、あとは壁や床の質感といった手掛かりをどう入れ込んでいくかを考えながら描いているんです」とシーンのキーとなるポイントを解説してくれた。
さらに「手描きで頑張ってみようっていうのが、今回スタジオジブリ長編作品としての挑戦だったと思うんです。あれだけの密度の背景を手描きで作ったという点についてお話を聞かせてください」(安西さん)という質問もあった。
ここについては、「我々としては、今までやり続けてきたことをそのまま続けているという感覚の方が強いんです。監督のイメージに近づくのに一番使い慣れているのが絵の具で塗っていくっていう方法だったのです。
アニメーションの絵を描く際も、鉛筆が一番いいという人は鉛筆を使っているでしょうし、デジタルの方がやりやすいっていう方もいるでしょう。宮﨑監督は長年鉛筆を使っていらっしゃるし、そこでは慣れた道具を選んでいるんじゃないでしょうか。もうひとつ、実際に紙に描いたものは手に取ってみんなで見ることができるので、基準になりやすいのかなと思います」とのことだった。
さらに安西さんから、「宮﨑監督は映画を作るたびに、何か新しいものに挑戦していきたいっていう話をされています。本作で新しい挑戦みたいなものを感じたことはありますか」という質問があり、「新しい挑戦というよりも、70歳を過ぎた監督が本当に長編映画を作れるのかっていうのが、大いなるチャレンジだったと思います」と、長年宮﨑監督の側で作品作りを支えてきた武重さんならではの感想も聴かせてもらうことができた。
最後にプレスから、7年に渡った制作の中でジブリならでは、宮﨑駿監督ならではの特徴として、作品全体を通して求められたことはあったのかという質問も出た。
これについて武重さんは、「基本的に僕らは、監督のイメージをどうやって具現化していくかっていうことを念頭に仕事をしています。宮﨑監督の場合はまず絵コンテを描かれるんですが、その絵コンテ自体が既に絵として出来上がっているので、それを元に色合いだったり、光の具合だったりというものを考えていくっていう方向です。
監督のイメージを受け取って、それを形にして見てもらってというやりとりで作品を作っていく感じですね。宮﨑監督は、絵コンテを見るとだいたいこんな感じかなっていうのは伝わってきますし、そうじゃない場合も “なんか感じが違う” とは絶対言わないで、とても具体的な指示をくださいます」と答えていた。
そんな宮﨑監督は、実は背景画だけは描かないそうだ。これまで開催された展示企画「第一部 イメージボード編」「第二部 レイアウト編」とも宮﨑監督が描いた絵が含まれていたが、今回はすべて背景美術の皆さんが描いたもので、宮﨑監督の手が入っていない初の展示となる。
にも関わらず宮﨑監督自身も先述の通り、「アニメーション映画の品格は背景美術で決まる」と発言されており、その重要性を認識しているのは間違いない。特に紙に絵の具で描かれた背景画は今では唯一無二の貴重なもので、今回の特別展示はその魅力を充分堪能できるものになっている。ぜひ、アニメーションを構成する大切な要素である “背景美術” の素晴らしさを体験していただきたい。
なお三鷹の森ジブリ美術館は日時指定の予約制で、チケットは毎月10日に翌月分入場券がローチケWEBサイトで発売される。「君たちはどう生きるか展 第三部」は<前期>を2025年5月まで、さらに一部の展示を入れ替えた<後期>を2025年11月まで開催予定だ。美術館、またはローソンチケットのホームページをチェックして、足を運んでいただきたい。(取材・文:泉 哲也)
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