HiVi2022年秋号で、GeerFab Audioのデジタル・ブレイク・アウトボックス「D.BOB」を取材し、ユニークな切り口に感心したが、よくよく考えてみると、これはうちのディスク再生環境のために開発してくれたようなものではないかと、思うに至った。「D.BOB」とは「デジタル・ブレイクアウト・ボックス」――つまりデジタル信号を分離/分配する機器だ。何を分離するかというと、映像信号と音声信号が融合して送られているHDMIから、映像と音声を分けて、映像はHDMIで、音声はS/PDIFの同軸・光端子からデジタル出力するのである。BDやUHDブルーレイのリニアPCM信号だけでなく、SACDのDSD信号も、デジタル出力の対象だ。

 私は現在オッポデジタルのユニバーサルプレーヤーUDP-205をメインのマルチメディアプレーヤーとして使っている。すべてのディスクが再生可能という点で、最も頻繁に使用するプレーヤーだ。厳密に言うとパナソニックDP-UB9000(Japan Limited)の方が画質/音質のクォリティ的には上なのだが、決定的な違いがSACD再生がUDP-205では可能で、UB9000は不可能。SACD再生だけを考えるなら、アキュフェーズのセパレートSACDプレーヤーもあるが、少々面倒な接続替えが必要で、日常遣いでは現実的ではない。

Digital Break out Box
GeerFab Audio
D.BOB

オープン価格(実勢価格17万6,000円前後)
●型式 : HDMI音声分岐ボックス
●接続端子 : HDMI入力1系統、HDMI出力1系統、デジタル音声出力2系統(同軸、光)
●寸法/質量 : W218×H45.4×D120mm/1kg
●問合せ先 : (株)エミライ https://www.geerfabaudio.jp/

 

D.BOBの導入で様々な音源再生が「fare」から「excellent」へ

 というわけで、便益性の高いUDP-205が常用になってはいるのだが、でも音質には満足したことがない。確かに「fare(よい)」なのだが、「excellent(非常によい)」まではいかない。便利さとクォリティは二択だと諦めて(?)いたところに、ちょうどD.BOBの取材があったのである。HiVi視聴室で、同じUDP-205でBD、UHDブルーレイの192kHz/24ビットや96kHz/24ビット音源、またCD、SACDを再生し、HDMI出力、D.BOBで受けて、同軸デジタル出力しアキュフェーズのD/AコンバーターDC-1000からステレオアンプ――という経路で聴いたところ、UDP-205からのアナログ出力を遙かに凌駕する凄い音が聴けたのだ。それは、当たり前の話で、UDP-205内蔵のDACより、アキュフェーズの単体D/AコンバーターDC-1000の方が、値段も音質もまったく上だからだ。

 ……そこでである。UDP-205で再生するから、不満が大きいのであって、私のリスニングルームには、あのメリディアンの超高級D/AコンバーターULTRA DACがあるではないか。ULTRA DACは親友のボブ・スチュアートが設計した最後のメリディアン製品。オーディオ性能の凄さと音楽性の濃密さのコンビネーションが凄い。音源に入っているすべての音をモニター的な峻厳な正確再現で聴かせる能力が非常に高く、同時に熱く稠密な音楽が聴ける。演奏者の細やかな奏法の違い、表現の違いが単に物理的な音として出るだけでなく、なぜそんな演奏をしたのかの、演奏者の心と知的な思いも鮮明に「見える」のだ。

 技術的には、MQAの開発過程で得られた知見が、コンベンショナルな音質改革に資したという。時間軸誤差が音質の大敵だとMQA開発で分かり、ULTRA DACでは複数のDAC回路を組み合わせ、時間軸誤差を最小にしている。これまで、数多くのDAC製品を聴いてきたが、ULTRA DACの前にはすべて敗退した。

 これまでオッポデジタルでの再生にそのULTRA DACを使うという発想は、まったく持ったことがない。S/PDIF(同軸/光)では著作権保護の観点からBDやUHDブルーレイのハイレゾ音声で収録されたディスクは48kHz/16ビットにダウングレードされ、SACDはデジタル出力自体が不可だからだ。

 でも、「D.BOB」を介してなら、UDP-205とULTRA DACを結べるのではないかと、前述のHiViでの取材時に閃いた。そこで、導入を決めたのである。結論から記すと、HiViの取材で聴いた以上の圧倒的な感動が得られたのであった(編註:本記事はHiVi2022年秋号162ページに掲載)。

 

麻倉さん宅の2ch再生システム
●ユニバーサルプレーヤー : オッポデジタルUDP-205
●D/Aコンバーター : メリディアンULTRA DAC
●コントロールアンプ : オクターブJubilee Pre
●イコライザー : コネックAPEQ-2pro
●パワーアンプ : ザイカ845PP
●スピーカーシステム : JBL S9500

上がD.BOB導入前の再生システムの一部。BDやUHDブルーレイ、SACDの高品位2ch音声付きコンテンツを楽しむ際はオッポデジタルUDP-205(やパナソニックDP-UB9000)を用いて、そのアナログ音声をジュブリープリに送り出していた。特にSACD再生はアキュフェーズのセパレートSACDプレーヤーも所有しているが、接続替えが必要であるため、活躍の場面は少なかったそうだ。HDMIデジタル信号から音声信号を分岐するD.BOBを導入してからは下の図のように、愛用のメリディアンULTRA DACを活用する状態で日々様々なディスクを楽しむ。D.BOBは、HDMI信号から、リニアPCMやDoP(DSD over PCM)形式によるSACDのデジタル信号を同軸/光デジタルにて出力できるアイテムだ

 

音の本質をえぐり出すためにD.BOBでのHDMI音声分岐は欠かせない

 では具体的に、オッポデジタルUDP-205の内部DAC回路でアナログ化した音(RCAアンバランス出力/以下、<UDP-205再生出力>)と、HDMIでD.BOBに入力し、D.BOBの同軸デジタル出力をULTRA DACに入力したアナログの音(アンバランス出力/以下、<D.BOB経由再生>)を比較しよう。

 まず私のリファレンスCDのひとつ、ポール・マッカートニーの『キス・オン・ザ・ボトム』からスタンダードジャズ曲「手紙でも書こう」。<UDP-205再生出力>では、はっきりくっきり、輪郭がしっかりした音調で、ヴォーカルが、センターに大きく定位している。冒頭のベースが雄大で、鮮明。右チャンネルのダイアナ・クラールのピアノもくっきり。ユニバーサルプレーヤー内蔵のアナログ出力としては、十分なのではないか。

 しかし<D.BOB経由再生>はまったく違ったのである。冒頭から、音の表情、スケール感、そして細部の動き……という音楽的情報の量がまるで違う。ドラムスのブラシワークのニュアンスが実に優しく、細かな擦過音までたいへん鮮明だ。ベースのしゃくり上げるような、音程を上方にずらす動きが、細かく時間を区切り、高解像に聴ける。低音がさらに雄大になり、そのヴィブラートは、まさに大地を揺らす。

 ポールのヴォーカルのボディ感も豊潤になり、音像は立体感を帯びる。彼独特の、語りかけるような優しい口調が、より丁寧に、より表情豊かになるのである。ニュアンスに関する情報量が格段に多く、そこからはポールの優しい人間性まで聴けるようだ。歌詞の発音が明瞭になったことも、親密なニュアンス表現につながっている。「LETTER♪」と歌う語尾の感情を込め消えゆく様が、とても丁寧なのだ。ヴォーカルの背後に位置するダイアナ・クラールのピアノ、ロバート・ハーストのアコースティック・ベース、カリエム・リギンスのブラシのドラムスも、ヴォーカル音像に劣らず、明瞭。ダイアナ・クラールのソロピアノは、伴奏の時とはうってかわって、主役感に満ちる。強靱なフレージング、アクセントの強力さ、リズムのノリの愉しさ、コケティッシュな宝石のような音の転がりに、心を奪われた。明晰で、スウィンギーなニュアンスが愉しい。

 次に大作曲家がウィーン・フィルを振った話題の映画音楽集のBD『ジョン・ウィリアムズ ライヴ・イン・ウィーン』。DTS-HDMAの2ch音源で解像度は96kHz/24ビット。曲は「レイダース・マーチ」。まず<UDP-205再生出力>は、はっきりくっきりの輪郭を強めた音調であった。次に<D.BOB経由再生>で鳴らすと驚くほどの違いが感じられる。音の周波数特性を三角形で表すならば、その面積が遙かに大きく、小さな三角が大三角になったのである。それこそ、まさにクフ王の大ピラミッドのようで、その底辺サイズ、つまり低音の安定感や雄大さは<UDP-205再生出力>とは比べものにならないほどだ。この低域の揺るぎない剛性感のうえに、ブリリアントにして、柔らかく豊かな音色のトランペットが炸裂する。<UDP-205再生出力>でははっきりくっきりとした現代的なトランペットだったが、<D.BOB経由再生>でのULTRA DACによるアナログ音声に変換したトランペットサウンドはまさにウィーン・フィルのそれ。柔らかくゆったりとした感触でありながら鮮鋭、という二律背反を持つ、ウィーンの金管の華やかさ、しなやかさが聴けたのである。

 弦と金管の合奏もスリリングだ。弾む低弦リズムに乗って金管が咆吼し、ピッコロが尖る。個々の音のディテイルが明瞭に出て、しかもそれらが互いに融合し、豊かな合奏感を形作っている。再度<UDP-205再生出力>に戻して聴くと、確かに明瞭さやくっきりさはあるも、音描写が微小領域までは到達せずに、ある程度のところで留まっている印象だ。ところが<D.BOB経由再生>では、徹底的に音の本質までえぐり出し、その結果、飛躍的に音の数が増え、音色のバラエティが増え、音の表情が増えてくるのである。

D.BOB(写真上)は幅が約20cm、奥行が12cmとコンパクトな筐体となる

 

UDP-205の2系統のHDMI出力を利用して、1系統はJVCのプロジェクターに、1系統はD.BOBに送り出す。HDMIケーブルはエイム製を使っている

 

UDP-205からのHDMI音声信号をD.BOBに入力、同軸デジタルでULTRA DACに送る。電源ケーブルは極太タイプに換装している

 

麻倉さん愛用中のメリディアンのD/AコンバーターULTRA DAC。D.BOBからの同軸デジタルを受けて、アナログ信号に変換している。本機はリニアPCM信号のほか、同軸デジタル端子経由のDoP信号の再生も可能だ。「DSD64」との表示があるが、これが2.8MHz(=CDの64倍のサンプリング周波数の意味でDSD64とも呼ばれる)DSD信号を受信していることの証だ

 

HiVi2022年秋号の取材後にすぐD.BOBを導入していたが、今回のリポート記事のためにオッポデジタルUDP-205のアンバランス・アナログ音声との比較も行なっていただいた

 

ダイレクト再生では得られなかった快感的な音の洪水を獲得

 ピアニストのジェレミー・デンクが、セントポール室内管弦楽団を弾き振りしたCD『モーツアルト:ピアノ協奏曲第25番』。オーケストラの音の隅々にまで、活力が与えられた、生命感に溢れるモーツァルトだ。冒頭のフォルテのトゥッティが、くっきりとした剛性感で、勢いよく、明朗に奏される。ハ長調のコンチェルトなのだから、この溌剌さと明朗さでなくてはならないと、とても説得力のあるサウンドだ。<UDP-205再生出力>では粗さや、メタリックさが目立ったが<D.BOB経由再生>では、勢いが粗さにはならずに、ヴィヴッドさに昇華され、華やぎとチアフルな雰囲気になった。ピアノの音はまさに珠玉と形容できる、ブリリアントな音色。高質感と美しさを湛えている。

 別記事(編註:HiVi2023年春号52ページ参照)でも紹介した、たいへんな話題となっているショルティ指揮ウィーン・フィルによるワーグナー『ニーベルングの指環』の2022リマスターSACDから、第一夜『ヴァルキューレ』から第三幕冒頭の「ヴァルキューレの騎行」を聴く。<D.BOB経由再生>は圧倒的だ。ヴェールが数枚はがれたようなクリアーさと、強靱な力感と、伸びの強さ。空気が透明になり、目の前の曇りが完全に払拭されたようだ。音の体積が格段に大きくなり、ヴァイオリン、金管の音像が明確になり、ボディがリッチになった。ウィーン・フィルはビロード的な質感にて快適な耳触り。ヴァルキューレたちのハイテンションの声も、より切実に、真に迫る。4分10秒付近からの金管の重奏による咆吼はまさに、快感的な音の洪水だ。音場の奥行は、<UDP-205再生出力>とは比較にならないほど深い。しかもヴァルキューレが舞台の奥から、手前に出て来る音の動きが明瞭。プロデューサーであるジョン・カルショーが意図した舞台上の動きもきちんと音で追える。

 結論を述べよう。メリディアンULTRA DACのような「高性能D/Aコンバーター」と、オッポデジタルのUDP-205やパナソニックのDP-UB9000(Japan Limited)、DMR-ZR1、パイオニアUDP-LX800など、「HDMI出力を備えたマルチメディア対応ディスクプレーヤー」をお持ちのユーザーにぜひD.BOBをお薦めしたい。

 

 

本記事の掲載は『HiVi 2023年春号』