映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第82回をお送りします。今回取り上げるのは、天才アーティスト・ブライアン・ウィルソンの今の姿を伝える
『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』。ロードムービー的な映像を通して、彼の素顔に触れてみたい。とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)

【PICK UP MOVIE】
『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』
8月12日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国ロードショー

 ふたりの男が車に乗っている。でっぷりと太ったほうは助手席に身体を沈め、小柄な男が運転係だ。ときたま口を開く、すっかり白髪頭になった男はビーチ・ボーイズの創設メンバーであるブライアン・ウィルソン。ハンドルを握るのは元『ローリング・ストーン』誌の記者であるジェイソン・ファイン。

 ふたりは車でアメリカ西海岸のゆかりの地、思い出の場所をめぐってゆく。ブライアンが幼年時代を過ごした家や、デビュー・アルバム「サーフィン・サファリ」のジャケット写真を撮影した海岸。最初の妻マリリンと暮らした家。

 ウィルソン兄弟の末弟であり、98年に51歳の若さで肺がんで他界したカールの家のそばを通りかかったジェイソンは、「ちょっと奥さんに挨拶していこうよ」と車から降りる、ブライアンは「俺はここで待っているよ」と首を横に振る。

 弟の死をまだ受け入れることができないのだろうか。映画のタイトルになったのはカールが歌った「LONG PROMISED LOAD」だ(画面に流れるのは2009年にブライアンがリマスターしたものだけれど)。

 もちろんほかにも、幼年時代のスナップ写真や各種のアーカイブ映像、エルトン・ジョンやブルース・スプリングスティーン、プロデューサーのドン・ウォオズなど数多くの著名人のコメント、近年のソロ時代の活動の様子など貴重で興味深い映像も収められている。

 でも、個人的には3年間、70時間に渡って撮られた映像のなかから選ばれたブライアンとジェイソンの親密でプライベートな雰囲気がうかがわれる車中のシークエンスが好きだ。

 神経を病み、周囲から孤立し、いまも自分だけの世界で震える天才アーティスト、ブライアン・ウィルソンの素顔に触れられるから。

 これを聴いてみよう、と彼が選んだ曲が車中に流れる。ビーチ・ボーイズ時代のものや、インディー・ロック・バンド、マイ・モーニング・ジャケットのジム・ジェームスがこの映画のために書き下ろした「RIGHT WHERE I BELONG」など。

 それらを耳にして、ブライアンはゆっくり窓のそとを流れる景色を眺め、また思い出したように昔話をする。

 『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・ダノと『ハイ・フィデリティ』のジョン・キューザックがそれぞれの時代のブライアン・ウィルソンを演じ分けた音楽伝記映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』を、なんだか観たくなってしまったな。

 あの映画の抜けるような青い空にあったのは悲しみだ。それはこの作品にも漂っている。

映画『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』

8月12日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国ロードショー

出演:ブライアン・ウィルソン、ジェイソン・ファイン、ブルース・スプリングスティーン、エルトン・ジョン、ニック・ジョナス、リンダ・ペリー、ドン・ウォズ、ジェイコブ・ディラン、テイラー・ホーキンス、アル・ジャーディン、ボブ・ゴーディオ
監督:ブレント・ウィルソン
原題:BRIAN WILSON:LONG PROMISED ROAD
配給:パルコ、ユニバーサル映画
2021年/アメリカ映画/ビスタ/93分
(C)2021TEXAS PET SOUNDS PRODUCTIONS, LLC

▼【コレミヨ映画館】

▼【先取りシネマ】