映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第78回をお送りします。今回取り上げるのは、往年の雰囲気が感じられるというホラー作『X エックス』。とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)

【PICK UP MOVIE】
『X エックス』
7月8日(金)公開

 2016年度のアカデミー作品賞、助演男優賞、脚色賞に輝いた『ムーンライト』を筆頭に、『ルーム』『20センチュリー・ウーマン』『WAVES/ウェイブス』『ウィッチ』『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』など、多くの秀作を配給、ときには製作してきたインディペンデント系映画会社のA24。

 2012年の設立以来、着々と陣地を広げ、いまでは名前で客を呼べる個性派エンターテインメント企業に成長した。ソーシャルメディアを駆使したプロモーションにも定評があるところで、これはハリウッドでなくいまも東海岸のニューヨークを本拠地にする姿勢にも表れている。我が道をゆくエンタメ企業なのである。

 『ヘレディタリー/継承』や『ミッドサマー』などホラー映画のジャンルでもひと味ちがうヒット作を放ってきたA24謹製の、これは1970年代の血まみれ映画に愛を捧げた注目作。

 演出は『キャビン・フィーバー2』などのほか、イーライ・ロスの製作で、人民寺院集団自決事件に材をとった『サクラメント 死の楽園』などで知られるタイ・ウェスト。ちなみにウェストの初期作である『The House of the Devil』(2009年)には駆け出し時代のグレタ・ガーウィグ(『レディ・バード』演出)が助演している。現在撮影中の『Barbie』(マーゴット・ロビーとライアン・ゴスリングの共演作。バービー人形をネタにしたもの)は、ガーウィグが演出に乗り出したのでただのバカ映画ではないだろう。

 さて、この『X エックス』である。男女3人ずつ、計6人のグループが車に乗って、自主映画撮影の旅に出る。自称・名プロデューサーのウェイン(マーティン・ヘンダーソン)はヒットさせて儲けるで、と自信満々だが、作品はただのポルノ映画。ロケ地はテキサス州の片田舎に借りた離れの家だ。

 一行はさっそく彼の地で「農場の娘たち」というトホホな題名の低予算映画を撮り始めるが、母屋には奇妙な老夫婦がフラフラしている。映画の半分、60分ほどまでは気色の悪い牛の轢死体やらは登場するが、TVで宣教師が「誘拐犯や暴行魔。すべてはすさんだ社会が生んだものなのです。いくら神が寛容でも限度というものがあります」と警告するだけ。

 婆さんが「もう我慢できない、裸でうろうろしおって!」と男の喉にナイフを突き立ててから、血の宴が始まる。くわやライフルを持った爺さん婆さんは史上最高齢の殺人夫婦だったのだ!

 そこからはもうメチャクチャ。『悪魔のいけにえ』『悪魔の沼』のトビー・フーパー監督作品へのオマージュもたっぷりに、ハワード爺さんとパール婆さんの発情&暴走シーンが描かれてゆく。

 ぎゃはは。こりゃ痛快だなあ。TVで宣教師は宣言する。「これこそが聖なる侵入なのです。イエスに栄光あれ」。エンド・クレジットにはロバート・パーマーの名曲「想い出のサマー・ナイト」があっけらかんと流れる。
 
 この『X エックス』、実はA24では初めてのトリロジー(三部作)になると言われていて、続篇の『Pearl』は現在製作中。主演は本作で主役のマキシーンを演じたミア・ゴスだ。

 実はこのゴス、殺人鬼パール婆さんも一人二役(!)で演じていて、次の『Pearl』は本作の60年前の事件が描かれるといわれている。殺人婆さんからぴちぴちのぶっ刺しギャルに。こりゃ楽しみだ。絶対観るで。

映画『X エックス』

7月8日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、グランドシネマサンシャイン池袋ほかにて全国ロードショー

監督・脚本・編集:タイ・ウェスト
出演:ミア・ゴス、マーティン・ヘンダーソン、ブリタニー・スノウ、スコット・メスカディ、シェナ・オルテガ、オーウェン・キャンベル、スティーヴン・ユーア
原題:X
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2022年/アメリカ映画/シネマスコープ/105分

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