中森明菜さんが名曲の数々を歌ったカバーアルバム『歌姫』シリーズ。弊社では、もともとCDで発売されていたこれらの楽曲の中から、独自の選曲と構成を加えた『歌姫-Stereo Sound Selection』としてLPレコードでリリースしています。

 2020年末に発売した『歌姫-Stereo Sound Selection』の第1弾はオーディオファン、中森明菜ファンにご好評いただき、以来シリーズを重ねて今年3月24日にはその第4弾をお届けしました。

 今回は、中森明菜世代ど真ん中のオーディオ評論家、土方久明さんをゲストに迎え、弊社レコード事業部の武田昭彦と一緒にディスクを再生、実際に音を聴きながら各ディスクの印象やそこに込めた思いを語り合ってもらいます。

 試聴はこの4月に東京・銀座の東急プラザ5Fにオープンした「Space Is the Place」にお邪魔し、店内に設置された3つのアナログレコード再生システムを使わせていただきました。ここは「レコードのある暮らし」を提案する体験型店舗で、中古レコードからインテリア、観葉植物といった快適な暮らしに関わる様々なアイテムを実際に体験できるスペース。

 普段の試聴室とはひと味違う空間で、『歌姫』のアナログレコードはどんな音を楽しませてくれたのか。予想以上に盛り上がったふたりの対談を、前後編でお届けします。まずは第1弾と最新盤の『歌姫Vol.4』について語り合った、前半パートからお楽しみください。(編集部)

――今日は、弊社が発売している中森明菜さんの『歌姫』シリーズのLPレコードを、土方さんと一緒に楽しんでみたいと思います。土方さんは“アイドル・中森明菜”ど真ん中の世代とかで、このレコードにも注目してくれているそうです。

土方 僕は1973年生まれですが、中学生で歌謡曲を聴き始めた頃には、中森明菜さんはビッグアイドルでした。以来ずっと気になって追いかけていた存在ですね。彼女はビジュアルやどことなく儚さを感じる楽曲が注目されがちですが、本当に歌のうまいアーティストだと思います。

Space Is the Placeの店内には、ウッディな雰囲気のインテリア、家具も並んでいる

武田 まず『歌姫』シリーズについて説明しますと、このCDは中森明菜さんが当時のMCAビクターに移籍した後に発売されています。その頃同社に在籍していた川原伸司さんと飯田久彦さんというふたりのディレクターが、中森明菜の魅力を引き出すには何がいいのかを考えた時に、歌姫というコンセプトができたそうです。実際にこのシリーズは1994年の発売以来、累計で150万枚以上の売り上げを記録しているそうです。

土方 そうだったんですね。実は、僕はカバーアルバムも大好きで、2000年以降に登場したMay.JやJUJU、平井堅を始めとするカバー作品はほとんど聴いています。

 ただ、カバーアルバムは本当に難しいと思うんです。そもそもリスナーはオリジナル曲に思い入れもあるし、歌い回しをオリジナルから変えるのかどうかなど、本当に難しい。ただ出せばいいというものとも違うはずです。

 往年の名曲を別のアーティストが歌うことで新たな魅力が生まれるという狙いはわかりますが、残念ながらうまくいっていない作品も多いと感じています。もちろん新しい発見があるディスクや、思いがけない化学反応を起こして原曲以上の魅力を獲得するケースだって確かにあります。

 そこでキーになるのは、アーティストの歌唱力と表現力だと思います。その意味で『歌姫』シリーズは、すばらしい化学反応をもたらしている名盤で、数あるカバーアルバムの中でも、本当に多くの人に聴いて欲しい作品です。それが、高音質レコードとしてステレオサウンド社から発売されているのは、ファンにとってはたいへん嬉しいことです。

武田 そう言っていただけると、作った者としてとても嬉しいです。

――さて、先ほど『歌姫-Stereo Sound Selection』の第1弾から、B面の1曲目「シングル・アゲイン」と5曲目「いい日旅立ち」を聴いていただきました。

 再生機器は、Space Is the Placeの常設システムの中から、スピーカーにJBL「L-100 Classic」、プリメインアンプがマッキントッシュ「MC7200」、レコードプレーヤーがティアック「TN-5BB」という組み合わせを選びました。カートリッジはMMタイプで、MC7200のフォノ入力に入力しています。

土方 目茶苦茶いいですね。中森明菜さんの声を聴いて「上手い!」鳥肌が立ちました。

 JBLとマッキントッシュの組み合わせは、以前から西海岸サウンドと言われている軽快でメリハリのあるサウンドが特徴ですが、今や貴重な30cmウーファーから聞こえるレンジの伸びた低域表現も魅力です。さらに彼女の歌唱力の高さが上積みされたことで、音楽がメロディアスに聴こえる。

 居心地のいい空間で、本格オーディオシステムで聴けた事もあり、気持ちが高まりました。本当に素晴らしい。JBLとマッキンという黄金の組み合わせが、ここまでの表現力を持っていることが改めて確認できました。

 普段は試聴室でレコードを聴くことが多いのですが、こういったお洒落で、しかも落ち着いた環境でレコードを楽しめるのも新鮮です。音が出た瞬間、いいなぁと思いましたし、とても気持ちよく聴けました。

今回試聴したシステム。スピーカーがJBL「L-100 Classic」、プリメインアンプがマッキントッシュ「MC7200」で、レコードプレーヤーはティアック「TN-5BB」。実際にこのシステムの音も体験できます

――Space Is the Placeには3つのアナログレコード再生システムが準備されています。それらのコーディネイトは目黒にある老舗オーディオショップのホーム商会が担当しているそうで、かなり本格的な構成になっています。

土方 やっぱりアナログレコードで聴けるというのがいいですよね。この空間で音楽を聴くと、トレンドに敏感な若者がアナログに興味を持つ意味が解ります。ところで、なぜこのシリーズをステレオサウンド社で発売することになったのでしょう?

武田 オーディオにはいくつかの楽しみ方がありますが、音を記録したメディアを、自分のお気に入りのシステムで、自分の記憶と照らし合わせながら楽しむというのが基本だと思っています。

 『歌姫』シリーズは、誰もが知っている名曲を収めており、その編曲を様々なアーティストが手がけているのも特徴です。例えば今聴いていただいた「シングル・アゲイン」は千住明さん、「いい日旅立ち」は上杉洋史さんがアレンジを手がけています。

 ちゃんとしたオーディオ機器で聴くと、彼らのアレンジによって名曲の数々が甦っていることを、気持ちよく感じ取ってもらえると思うんです。後にも先にも、この事が『歌姫』シリーズをレコードでリリースしたいと思った原点になっています。

土方 そうなんですね。まさにオーディオファン共通の思いを具現化してくれたという意味で、貴重な試みです。

土方さん(左)と弊社・武田(右)のふたりで、中森明菜さんのレコードをじっくり聴かせてもらった

武田 『歌姫』シリーズの音源は、現在はユニバーサルミュージックが管理しています。弊社はユニバーサルミュージックとはこれまでも色々なレコード、CDの企画をご一緒させてもらいましたので、そういったお付き合いもあって実現できました。

土方 最後は人と人との信頼関係なんですね。とはいえ、ステレオサウンドから発売するということは、音質にもこだわっているはずです。ユーザーにとっては、そこも安心材料のひとつだったのではないでしょうか。

武田 『歌姫』シリーズは1994年以降の作品ですから、マスターはすべてデジタル録音です。当時は配信などもなかったので、基本的にはCD用としてマスタリングされています。

 こういったマスターをいかに高音質にアナログ盤にするかも実は重要なのです。というのも、CD用に作られた音源をそのままレコード化しても楽しく聴くことはなかなか難しいんです。

土方 それはどういう意味でしょう?

武田 カッティングの際に帯域をどうするかなどを踏まえて、アナログレコード用にマスタリングしなおす必要があります。弊社ではカッティングエンジニアにマスターの音を、客観的に細部まで聴いてもらい、どういう方向でマスタリングをするかを綿密に相談しています。アナログレコードという器に相応しいようにするにはどうしたらいいかを、エンジニアとしっかり話し合って、音を仕上げているのです。

 オリジナルマスターに忠実であることはもちろんですが、例えば千住明さんの編曲だったら、オーケストラのテイストがきちんと聴こえるようにしてくださいとリクエストもしています。マスタリングエンジニアやカッティングエンジニアとは徹底的に話し合っているのです。

観葉植物やディスプレイ用の鉢、バケツなど様々な種類のアイテムも並ぶ

土方 素晴らしい。僕はてっきり、昔の音のテイストを残してくださいという方向かと思っていたのですが、それよりもさらにオーディオとしての意識が高いところを狙っているんですね。

武田 弊社でレコードを出すからには、そこまで考えないと商品価値がないと思っています。読者の方々のオーディオシステムで、思う存分に楽しんでいただきたいと考えているんです。

土方 今のお話からも、ディスク制作に対する力の入りようが伝わってきます。ところでステレオサウンドでは、『歌姫』シリーズを4枚発売していますが、それぞれの選曲の基準はどうなっているのでしょう?

武田 まずは、本格的なオーディオで聴いた時に、レコードを買ってくれた人のイメージが膨らむ曲を選んでいます。

土方 なるほど、それはわかりやすい。1枚目は僕の世代でも知っている往年の名曲が選ばれていました。

武田 そもそもカバーアルバムは、誰もが知っている曲を違うアレンジ、演奏家で再演しているわけです。その意味では、ジャズやクラシックと同じであり、『歌姫』シリーズはそれを再現しているつもりです。

土方 なるほど、先ほど話したように僕はカバーアルバムを沢山聴いていますが、このレコードはどれを聴いてもおぉと思える完成度だと思います。

――では次に、最新作の『歌姫Vol.4』から、B面1曲目の「愛染橋」と2曲目の「無言坂」を聴いていただきます。

武田 1枚目は誰もが知っている曲というテーマでしたが、『歌姫Vol.4』では演歌系の曲を多く選んでいます。「愛染橋」は山口百恵さんのカバーでアレンジは千住明さんが手がけていますが、この魅力にはまると抜けられないですよね。もちろん明菜さんの歌も素晴らしいのですが、スピーカーの向こうに音が広がるようなアレンジで、何よりその魅力が再現できるレコードにしたいと思っていました。

土方 「無言坂」も素晴らしかったですよ。この曲は1993年のレコード大賞で、僕も20歳の頃に香西かおりさんの曲を聴いていました。個人的な感想ですが、今回のアレンジは原曲を超える魅力を備えています。

武田 『歌姫』シリーズがスタートした1994年の中森明菜さんのディレクターの雑誌インタビューを読むと、このシリーズは彼女が好きな歌をカバーするというコンセプトで始めているんです。つまり、中森明菜さんとして本当に好きな曲を歌っている。これも重要だと思います。

アナログレコード好きのふたりにとって、思わず顔がほころぶ試聴体験だったようです

土方 だから、歌に気持ちが入っているんですね。それはレコードを聴いていてもよくわかりました。アーティスト自身が歌いたいと思っていた曲が選ばれているのが、『歌姫』シリーズの最大の魅力ですね。しかも今日は、そのレコードをこのシステムで聴けたのが素晴らしい。

 L-100 Classicの25mm径チタン製ドームトゥイーター「JT025Ti-4」から表現される中高域の質感は、同社が出していた以前のモデル、例えば、評論家の故・朝沼予史宏さんが絶賛されていた「Ti1000」(搭載トゥイーターは050Ti)や、スタジオモニタースピーカーの定番モデルとして知られた「4312D」(同054Ti)などの、歴代の2.5cmドーム型チタントゥイーター搭載モデルが持っていた、シャープかつスピーディな質感に加えて、伸び伸びとした弾力のある音で、ポップス系や演歌系の曲とも相性がよかったですね。

 さらに駆動するアンプがマッキントッシュのMC7200ですから、厚みがある声がたっぷりと楽しめました。

 中森明菜さんのファンの中には、オーディオは初心者だという方もいらっしゃるでしょう。このシステムはそういう方にはいくぶん高価に感じられるでしょうが、まずはこの音を体験してもらいたいですね。きっと感動しますよ。

※後編に続く

 4月29日〜30日に開催される「第5回北陸オーディオショウ」の土方さんの講演会でも、『歌姫』シリーズをご紹介いただきます。参加予定の方はぜひその音をご体験下さい!

銀座の真ん中で、リラックスできる音楽とアイテムに触れる。
レコードファンにとって夢のような体験型店舗「Space Is the Place」

 今回の試聴では、銀座・東急プラザ5Fにある「Space Is the Place」にお邪魔している。ここは、FACE RECORDSとパートナー企業が、「レコードのある暮らし」を提案する体験型店舗で、「友人宅に遊びにきたようにリラックスしながら、レコードを取り巻く多様なカルチャーに触れて欲しい」……そんな思いから生まれた空間だという。

 DESERGO(インテリア)、ANYNAL INC.(ファニチャー)、GARAGE(観葉植物)、ホーム商会(オーディオ)、日本酒類販売株式会社(アルコール)といった各方面の専門家が選んだアイテムが並ぶ開放的なスペースで、音楽好きのお父さんはもちろん、インテリア好きのお母さんやお嬢さんなど、家族みんなで時間を忘れて楽しめるはずだ。

 気になるレコードはもちろん、オーディオ機器についてもスタッフに気軽に相談していただきたい。

Space Is the Place by Face Records
●住所:Tokyu Plaza GINZA 5F 東京都中央区銀座5-2-1 東急プラザ銀座 5F Tel 03(6263)8879
●営業時間:11:00〜21:00(当面の間 20:00)不定休、1年間の期間限定