ハイエンドオーディオの世界には、「泣く子も黙る」という存在がいくつかある。東京・秋葉原の老舗専門店 ダイナミックオーディオ5555の7F、通称「川又ルーム」と呼ばれる「H.A.L.I」(HIEND AUDIO LABORATRY I)はそんなひとつで、マニア 垂涎の聖地といってよい。その部屋で話題の英国製ハイエンドブランド、ウェストミンスターラボのセパレートアンプを聴いてみませんかというお声が掛かり、寒空をいそいそと出掛けた次第である。

 H.A.L.Iにお邪魔するのはほほ10年ぶりだ。部屋の主によって巧みに統制されたシステムが整然と居並ぶ様は壮観そのもの。日本音響エンジニアリングのHybrid ANKHでルームアコースティックの静粛さが保たれているのが、部屋に入っただけですぐにわかる。その辺りはすべて川又利明さんの鋭い感性とノウハウに依るもので、今回の主役ウェストミンスターラボも川又さんのお眼鏡にも叶い、常設展示とのこと。

創業50年を超える老舗オーディオ店「ダイナミックオーディオ5555」で、極上のサウンド体験を

 東京・秋葉原にあるダイナミックオーディオ5555は、オーディオファンなら知らない人はない老舗店だ。7F建てのビルはフロアーごとに「H.A.L.I」「H.A.L.II」「H.A.L.III」「USEDオーディオ」「セレクト・オーディオ」「サウンドハウス」などに区分されている。その最上階にある「H.A.L.I」は、同店でもナンバーワンのハイエンドモデルの品揃えを誇る空間になっている。

 今回は、ウェストミンスターラボのセパレートアンプ「Quest」「Rei」がここのリファレンス機器として常設になったと聞き、小原さんにそのサウンドを紹介してもらうことにした。H.A.L.Iにはオーディオファン垂涎のモデルが多数並んでいるが、その中から今回試聴に使ったのは以下の製品群となる。

 ちなみにダイナミックオーディオ5555では、事前に申し込めばこれらの製品を実際に試聴可能。さらに同店に置いてあるオーディオ機器であれば、別のフロアーからでも準備して試聴に対応してくれるそうなので、意中のモデルがある方は相談してみてはいかがだろうか。

 今回の小原さんのリポートを読んでH.A.L.Iの音が気になった方は、同社サイト(リンク参照)から申し込んでいただきたい。(編集部)

<取材時の主な試聴機器>
●SACD/CDプレーヤー:ソウルノート S-3 ver.2
●SACD/CDトランスポート+DAC:エソテリック Grandioso P1X + D1X
●アナログターンテーブル:TechDAS Air Force One
●フォノイコライザー:ブルメスター 100
●プリアンプ:ウェストミンスターラボ Quest
●パワーアンプ:ウェストミンスターラボ Rei×4
●スピーカーシステム:B&W 801D4
 HIRO ACOUSTIC LABORATORY MODEL-CCCSImproved
●パワーアイソレーター:トランスペアレント OPUS Power Isolator 他
●電源/スピーカーケーブル:Y’Acoustic System製 他

H.A.L.Iにはデジタルソースからアナログソースまで、いずれもハイエンドモデルが準備されている。今回はCD再生にはソウルノート「S-3 ver.2」を、アナログレコードは写真のTechDAS「Air Force One」とブルメスター「100」という組み合わせを使った

H.A.L.Iの音を聴くのは10年ぶりという小原さん。自身の愛試聴盤や川又さんのお薦めディスクを試聴し、新たな発見もあった様子

ダイナミックオーディオ5555
●住所:東京都千代田区外神田3-1-18 TEL 03(3253)5555

 ウェストミンスターラボは、既にStereoSoundONLINEでも何度か採り上げられているので特徴の解説は簡潔に止めよう。

 プリアンプ「Quest」は、フロントパネルにスイッチやノブ類が一切ない、リモコン操作を基本としたモデル。入力端子とボリュウムの数値がディスプレイされるのみで、実に潔い。内部はデュアルモノ構成のフルバランス増幅回路で組まれており、電源回路はブロック毎に個別に10系統設けられている。ボリュウム調節は高精度な抵抗ラダー・ネットワークにて64ステップ(0〜63)の超低ノイズリレーによる制御だ。

 パワーアンプ「Rei」は独自のクラスA増幅を採用している点がセールスポイントのモノーラル型。100W(8Ω)、200W(4Ω)、400W(2Ω)というリニアなパワーをギャランティし、ブリッジモードも選択可能。筐体はCNC機械加工された宇宙航空グレードの6063アルミ合金製で、マイクロソニックの高調波振動を抑制するような構造を採っており、ヒートシンクは非対称フィンとなっている。

 組み合せたスピーカーはB&Wの最新トップエンド機「801D4」。送り出しには、私の愛機であるソウルノートのSACD/CDプレーヤー「S-3 Ver.2」をあらかじめ用意していただいた。

 ここ数年の私のヴォーカルのリファレンス盤、パトリシア・バーバーの『Higher』から 「ハイ・サマー・シーズン」を聴く。現われた音像フォルムは等身大。しかも生身のような湿り気と温度感が感じられる。ガットギターのアルペジオは響きが鮮烈だ。指板上をスライドする指の摩擦音がきわめてリアルで、胴鳴りの豊かさにも驚かされた。

新たにH.A.L.Iのリファレンスに加わった、WestminsterLabのプリ&パワーアンプを聴く

プリアンプ Quest 写真右上段
¥3,300,000(税込、WestminsterLab 1.5m電源ケーブル付属)
●接続端子:バランス入力3系統(XLR)、バランス出力2系統(XLR)、オプション2系統拡張可能
●入力インピーダンス:51kΩ
●ボリュームコントロール範囲:0〜-63dB /ミュート
●寸法/質量:W470×H110×D392mm/13.2kg
※オプション:拡張カーボンファイバーオプション¥330,000(税込)、RCA入力カード¥220,000(税込)

モノーラルパワーアンプ Rei 写真右中段・下段、写真左上段・中段
¥4,400,000(ペア、税込、WestminsterLab 1.5m電源ケーブル付属)
●出力:100W(8Ω)、200W(4Ω)、400W(2Ω)
●周波数特性:5Hz〜40kHz(±0.1dB)、2Hz〜52kHz(-1dB)
●接続端子:バランス入力1系統(XLR)、バランス出力1系統(XLR)
●入力インピーダンス:200kΩ
●出力インピーダンス:0.018Ω
●出力電圧:12Vrms
●寸法/質量:W232×H112×D320mm/16kg

現在H.A.L.IにはパワーアンプのReiが4台展示されており、バイワイアリングやブリッジ接続の音も体験できる。XLRケーブルやスピーカーケーブルにはY’Acoustic System製が使われている

 上原ひろみの最新作『Silver Lining Suite』から、組曲の第2楽章「アンノウン」を聴くと、弦楽隊のアンサンブルとピアノの丁丁発止がダイナミックに再現された。とりわけ驚いたのが、叩きつけるような左手の力強い打鍵の様子。それがとてつもなくパワフルなのだ。このシステムがもたらすトランジェントの鮮度の高さを強く実感した。

 マーク・ジョンソンのベースソロ作『Overpass』から「ナーディス」を再生。指の動きが見えそうなほど旋律は生々しく、倍音がきれいに伸びてひたすら美しい。なおQuestには、グランドのモードを切り替えることで音場の違いを楽しめる「ハイブリッド・グラウンディング」機能も搭載されている。ここでそれぞれの音を確認してみたが、今回は「モード II」(左側へ倒した状態)よりも、デフォルトの「モード I」(右へ倒した状態)の方が見通しがよいように私は感じた。

 ヒラリー・ハーンの『PARIS』からショーソンの「詩曲」を聴く。独奏ヴァイオリンがこれまた等身大でスピーカー間に浮かび上がり、息を飲んだ。オーケストラの雄大さも白眉で、スピーカーの存在が完全に消え、リッチなハーモニーに酔い痴れた。

 せっかく4台のReiがあるので、バイアンプとブリッジ接続の音も比較してみた。結論からいえば、私は断然バイアンプの音が好みだ。ブリッジは低域に厚みがつき、ドライブ力も上がるようだが、クリアネスがスポイルされる印象。

 例えばハーンの演奏ではヴァイオリンの倍音の伸びがもう少し欲しくなるし、上原ひろみのピアノカルテットはスピード感が鈍る。この演奏の最大の聴きどころであるアグレッシブさが後退する感じなのだ。

Reiのバイアンプ&ブリッジ接続で、音の印象が大きく変わる

取材では、B&Wのスピーカー「801D4」(写真手前右)とHIRO ACOUSTICの「LABORATORY MODEL-CCCS Improved」(写真左)の音を聴いている。H.A.L.Iにはこの他にもフォーカル「Grand Utopia EM」やY’s Acoustic System「Ta.Qu.To-Zero」といった製品が並んでいる

バイアンプとブリッジ接続を聴き比べるため、川又さんにケーブルをつなぎ替えてもらった

 その点でバイアンプは、テクスチャー再現が一段と精巧になるだけでなく、ダイナミックレンジが圧倒的に拡大する。ネットワークを介した逆起電力や干渉がなくなることで、音色が一層ナチュラルに澄んで聴こえるのだ。ハーンの演奏は独奏とオーケストラの距離感がより立体的になり、音場感のさらなる広がりを感じた。

 パトリシア・バーバーでは、ヴォーカルとガットギターの絡みがひときわ密になった上、ステレオイメージはより豊かに。上原ひろみではピアノの音色はさらにヴィヴィッドになり、リズムを刻むチェロのスタッカートの切れ味が増した印象となった。

 最後にH.A.L.Iのリファレンスシステム、川又さんが手塩に掛けたエソテリックのセパレートSACD/CDシステムと、ヒロ・アコースティクスのスピーカーを用い、ウェストミンスターラボのポテンシャルがこれら超ハイエンド機器とどう渡り合うかを確認した。特に初めて聴くヒロ・アコースティクスのスピーカーは興味津々。ダブルウーファー仕様の「MODEL-CCCS Improved」である。ちなみにB&W 801D4が4セット買える値段だ。

 いやはや、これは凄かった。パトリシア・バーバーの声は艶かしく、音像フォルムがホログラムのように浮かび上がった。ハーンでは独奏ヴァイオリンの響きが生のニュアンスを胎んで、スピーカーの後ろ側にハーモニー/アンサンブルが悠然と展開した。最後に聴いたステレオサウンド企画のゲルギエフ指揮『春の祭典』のLP再生は、再生芸術のカタルシスを味わった思いだ。

 これだけ威容なシステムでも、与えられた仕事を高いレベルできっちりこなしたウェストミンスターラボのアンプ群もさすがであった。

“私が製品を選ぶ基準は、音質しかありません”
H.A.L.I担当・川又さんは、ウェストミンスターラボのここがお気に入り

 H.A.L.Iの担当者でもある川又利明さんは、その知識と経験の豊富さで、オーディオファンの間でも大きな信頼を集めている。今回の取材の最後に、川又さんはウェストミンスターラボのどこが気に入ってリファレンスに採用したのかについてお話をうかがった。

株式会社ダイナミックオーディオ 専務取締役 店長 川又利明さん

 「私が製品を選ぶ基準は、音質しかありません。値段やデザインといったことはまったく関係ありません。

 ウェストミンスターラボのアンプは、すべての音楽が気持ちいいのです。ジャンルとかアーティスト、レーベルに関係なく、すべてが美しく聴こえます。弦楽器や打楽器、ヴォーカルなどのどれもが心地いいし、音場感、迫力もある。

 そもそも、最初に聞いたXLOのチェックCDのナレーションが印象的でした。この声はオンマイクでまったくいじっていませんが、ウェストミンスターラボで再生したら、スピード感があって輪郭も鮮明だったんです。まさに目の前でしゃべっているように鮮度が高い。その瞬間、このアンプは素晴らしいと思いました。

 これまでの重厚長大なハイエンド機器とも違って、反応がよく機敏です。ハイスピードで正確な波形が伝送できる。当然、音が膨らまず、輪郭も鮮明に描き出してくれる。余分なもののない、端正な音が楽しめる製品です。」