ベンチマークは、1983年アメリカ テキサス州でスタートした老舗といえるオーディオブランド。2020年に日本に本格的に導入されるやいなや、その性能の高さで話題となり、「冬のベストバイ」でも好結果を残している。その人気製品を自宅に導入したのが鳥居一豊さん。プリアンプ/ヘッドホンアンプHPA4とパワーアンプAHB2を購入、2chステレオシステムの核としているという。(編集部)

 愛用のスピーカーを鳴らし切りたい。これは僕にとっての大きな目標だった。愛機であるB&Wのマトリクス801S3を使い始めて8年目になるが、ベンチマークのHPA4、AHB2というアンプの導入でそれは果たされた。

Benchmark
CONTROL AMPLIFIER
HPA4
オープン価格(実勢価格46万2,000円前後)

●接続端子:アナログ音声入力4系統(XLR×2、RCA×2)、アナログ音声出力2系統(XLR、RCA)、ヘッドホン出力2系統(XLR4ピン、6.3mmTRS)、他
●寸法/質量:W220×H98.6×D212mm/3.63kg

POWER AMPLIFIER
AHB2
オープン価格(実勢価格46万2,000円前後)

●定格出力:100W(8Ω)×2、モノ・モード時380W(8Ω)
●接続端子:アナログ音声入力1系統(XLR)、他
●寸法/質量:W280×H99×D237mm/5.67kg
●問い合わせ先:https://www.benchmarkmedia.jp

 ベンチマークは1983年にスタートしたアメリカのオーディオメーカーだ。AHB2は横幅28㎝のコンパクトなAB級増幅のパワーアンプで、それでいてステレオ駆動時100W+100W(8Ω)、ブリッジ動作のモノーラル駆動時は380(8Ω)という出力を実現している。出力値は充分以上。よくよく調べてみると、定格出力時のTHD+N(全高調波歪率+ノイズ)が0.0003%と驚異的な低歪みで、S/Nは135dB。一度輸入元から自宅試聴用にお借りして、その性能と駆動力の高さに脱帽し、購入に至った。

 AHB2の高性能の理由は、ひとつはTHX-AAAというアンプ技術の採用。回路で起こりうるエラーを予測し、エラーの起こった信号に補正をかけるフィードフォワード補正を行なうことでAB級アンプのクロスオーバー歪みの問題をほぼ解消している。ふたつ目がTHX-AAAアンプのために高S/Nで優れた電源供給能力を持つスイッチング電源を組み合わせたこと。サイズが小さいのもスイッチング電源採用が大きな理由だ。

 ペアとなるプリアンプ/ヘッドホンアンプのHPA4はボリュウム回路や入力切り替えをすべて高品質な金接点コンタクトリレーとし、4つの独立したボリュウム用アッテネーターで256ステップの細かな音量調整が可能。S/N135dB、歪み率0.00006%という高性能を実現した。そこにTHX-AAA技術を採用したTHX-888アンプ回路によるヘッドホンアンプを搭載したモデルだ。

軽やかにローエンドをドライブする駆動力と色付けのなさが魅力

 これらの優秀なスペックに興味を引かれたのは事実だが、肝心なのは音だ。事前に実機をお借りした段階で念入りに試聴をしたが、最初の印象はスペック通りの高S/Nと低歪みがよくわかる音というもの。中高音の雑味が少なく、音場の広さや空間再現も優秀で実に見晴らしがいい。低音も軽やかと言っていいほどローエンドまで淀みなく鳴らし切る。この低音にはちょっと戸惑ったほど。いい意味で力の抜けたストレートな出方で、ちょっと聴くとパワー感がもの足りないのだが、よく聴けば今まではなかなか得られなかったハイスピードで反応のいい低音が出ている。

 反面、音の色づけや演出はまったくと言えるほどない。それまでフロントのスピーカーを駆動していたパワーアンプアキュフェーズのA46も音色はニュートラルだが、中高音の艶やかさとかボディ感のあるリッチな感触がある。比較により、改めて固有の音の魅力に気付いたほど。ベンチマークにはそうした味わいやアンプ的な主張がないのだ。そのそっけないほどの無色透明さもAHB2に惚れ込んでいる理由だが、アンプに音色や個性を求める人には向いていないだろう。

 AHB2を2台手に入れ、現在はモノーラル動作で鳴らしているが、せっかく2台あるのだからいろいろな鳴らし方も試してみた。まずはステレオ動作のまま、高域側と低域側を2台のアンプで鳴らすバイアンプ駆動だ。

 HPA4のXLRバランス出力とRCAアンバランス出力をXLR変換ケーブルを使って2台のAHB2に接続。高域側をバランス接続とし、低域側をアンバランス接続とした。中高域のみずみずしさ、音場の見通しのよさがさらに向上した。もしも比較的鳴らしやすいスピーカーならばバイアンプ駆動もよさそう。

 しかし、大きく重いウーファーで発売当時から鳴らしにくいと言われてきた801S3には、モノーラル動作のバイワイヤリング接続で使用する方が圧倒的によかった。定格出力がチャンネル当たり100Wから380Wとなることもあるが、無理に力んだ様子のない低音の鳴り方はそのままに、生々しさというかエネルギー感あふれる躍動感が出てきた。“あっけなく凄い音が出ている!”と思った。この化け方は驚くものがあり、ステレオ動作もできるAHB2だが、本領を発揮するのはモノーラル動作での使用だと感じた。

鳥居邸のメインシステム接続イメージ

 鳥居さんが導入したのはプリアンプ兼ヘッドホンアンプのHPA4と、ステレオパワーアンプのAHB2。AHB2はフロントL/RスピーカーB&W Matrix 801S3駆動用に2台購入し、内部をブリッジ接続してモノーラルアンプとして使っている。取材ではさらにAHB2を4台借用し、計6台のAHB2でサラウンド再生を試みた。

 AHB2をステレオ・モードで使い、801S3をバイアンプ駆動する方法も試したものの、モノ・モードで使った場合の音質がより好ましかったそうだ。

 なお、接続イメージは図の通り。HPA4のユニティゲイン機能を使い、サラウンドシステムとの併存を図っている(AVセンターからの入力信号は音量調整しない)。2chステレオソースの再生時はAVセンターを介さないいっぽうで、サラウンド再生時にもAHB2をフロントスピーカー駆動用のアンプとして使う方法だ。(編集部)

801S3という難物をついに鳴らし切った!

 躍動感のある鳴り方の理由は、低音が鳴ったときの出音のスピードの速さに加えて、音が止まったときの収束の速さにあると気付いた。オーケストラの演奏では大太鼓をドーンと鳴らし、音を止めるべきところで太鼓の膜に手を当てて止めているが、その所作が明瞭にわかる。出るべき音はしっかりと出し、余計な音は出さない。大太鼓や低音楽器が鳴り響いても音が混濁しないので低音の音数がさらに増える。ドロドロと連続音になりがちなティンパニの連打も実にキレ味のよい鳴り方になる。重たいウーファーをがっちりとグリップして制動している感じが伝わるのだ。若い頃、編集者時代に『FMレコパル』や『サウンドレコパル』の試聴室でリファレンススピーカーのひとつだった801S3を優れたパワーアンプで鳴らしたときの感じを思い出した。ついにここまで来た。ようやく801S3をしっかりと鳴らし切ることができたと実感できた。そのあたりの個人的な感慨はさておき、AHB2のモノーラル動作の低音の鳴り方は素晴らしい。購入を決めた一番の理由がこれだったし、ドラムなどの低音が大好きという人はぜひ聴いてみて欲しいと思う鳴り方だ。

 僕はサラウンド再生をメインとしたオーディオビジュアルシステムを構築しているので、今まではステレオ再生時でも信号がAVセンターを経由するなど、ステレオ再生の視点でいうと物足りなさもあった。今回のHPA4とAHB2の導入でステレオ再生時は純粋にステレオ音声信号しか通さないシステムが構築でき、もちろんステレオ再生での音の情報量や再生クォリティの大幅な向上を果たすことができた。

 それでいてサラウンド再生系との連携も容易だ。HPA4はボリュウムを0dBとするとユニティゲインとなり、設定で入力ごとにボリュウム位置をプリセットで固定できる。つまり、AVセンターのプリアウトからの入力はユニティゲインに設定すれば、サラウンドのボリュウムはAVセンターで操作、オーディオ系の入力時はHPA4でボリュウムを操作できる。こうした柔軟な設定をタッチパネル式の液晶ディスプレイで自由に操れるのもHPA4の魅力だ。

プリアンプ兼ヘッドホンアンプHPA4

HPA4はプリアンプLA4にヘッドホンアンプ機能を追加した製品で、プリアンプとしての機能・性能はLA4とまったく同等

 AHB2のペアとなるプリアンプには、HPA4からヘッドホンアンプを省略した兄弟機であるLA4もある。タッチパネル操作などの特徴やアンプ設計は同じで、38万5,000円前後とLA4の方がやや安価だ。僕の場合は、仕事を含めてヘッドホンもよく使うし、その音と自然な音場感に惚れ込んで手に入れたクロスゾーンのCZ-8Aを鳴らし切ることにも興味があり、HPA4を選んだ。

 耳と音源の距離が圧倒的に近いヘッドホン再生の方が、HPA4の驚異的な高S/Nと低歪みはよく実感できる。その情報量豊かな音は素晴らしい。CZ-8Aの魅力である音のいい部屋で聴くスピーカー再生に近い音場は、HPA4とのバランス接続でさらに輝きを増し、自身を包み込むような自然な空間感が味わえる。ステレオ再生とは思えない音場と空間感だ。スピーカーと同様にきちんとヘッドホンを鳴らし切り、ヘッドホンそのものの音だと思うような無色透明さは、僕にとってのヘッドホンアンプのリファレンスだ。

スピーカーが完全に消える夢のAHB2×6台構成

 しかし、まだ終わりではない。なんと輸入元であるエミライの好意で、AHB2をさらに4台追加し、自宅の6.2.4構成のサラウンドの6ch分のスピーカー(801S3×2セット、802S3×1セット)をすべてモノーラル動作のAHB2で鳴らすことに挑戦させてもらえたのだ。決して広くはない我が家で、こんな夢のようなことを実現できてしまうのもコンパクトなAHB2のメリットだ。

 今から思えば悪魔の誘いだったとしか思えない。サラウンド再生での同一スピーカー使用、空間再生での各チャンネルの音のつながりにこだわり、現在の構成になった我が家だが、コスト的な選択と集中で単体パワーアンプはフロントのみに導入していた。これが充分にスピーカーを鳴らし切れるパワーアンプまで6chに用意するとどうなるか。スピーカーが完全に消えるのである。

 我が家の設置では基本的にスピーカーからリスニングポイントまでの距離を2.5mで揃えているが、サラウンドスピーカーだけ部屋の形状や配置の都合で1.7mとなり距離が近い。だから、これまではフロントとサラウンドの間の音のつながりは良好でも斜め後ろの音が出るとサラウンドスピーカーの存在を感じていた。それがきれいに消えたのだ。部屋のどこにもスピーカーがなく、部屋のあらゆる場所から音が出ている感覚になる。5.1ch音声が収録されたUHDブルーレイ『TENET テネット』のチャプター1の拷問シーンでは、線路を貨物列車が行き交うが、その音のスムーズな移動と明瞭な再現に息を呑む。圧巻なのは音楽ソースで、すべてのスピーカーから音が出ているのに、音は目の前からしか出ていないように感じる。空間はあるがそれは音楽ホールのようで、視聴室の空間ではない。各スピーカーの音が完全につながるということはこういうことか。

 これこそがマルチチャンネル再生の音楽の醍醐味。映画を見れば映画の空間になり、音楽を聴けばコンサートホールやスタジアムになる。音による空間再現だ。マルチチャンネルの音楽ソフトはフロントL/Rch以外はホールの響きしか収録されていないことが多くてサラウンドの面白さを感じにくいと思っていたが、理想的な再生ができるとこれが実に面白い。家にある音楽ソフトをすべて聴き直してしまったほどだ。

 スピーカーを鳴らし切る、そのためのHPA4とAHB2の導入は僕にとってひとつの頂上の踏破だ。それは間違いないのだが、そこから眺めた景色には次の頂が見えていた。道はまだ続く。

6台のAHB2はすべてモノ・モードで使用。フロントL/RとサラウンドL/RのMatrix 801S3、サラウンドバックL/RのMatrix 802S3を駆動した

きっかけの作品『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』

ベンチマーク導入のきっかけになった『劇場版『鬼滅の刃』無限列車編』。AHB2、HPA4の導入により、IMAXでの感動を自宅でも味わうことができたという

 ベンチマークAHB2、HPA4導入に先立つ昨年10月。凄い映画に遭遇した。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』がそれだと言うと、意外と思う人も少なくないかもしれない。この映画、内容も映像も素晴らしいがそれ以上に音が凄い。グランドシネマサンシャイン池袋のIMAXシアターで聴いた「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」の轟音は忘れがたい。落雷のような音が鳴るのだが、そのスピードの速さとパワー感に圧倒された。

 この音を自宅でも再現したい。しなければならないと感じた。だが、6月に発売された同作のBDを再生したとき、頭には「歓喜の歌」の歌詞が甦ったものだ。「友よ、この音ではない」。これがベンチマーク導入に踏み切った直接的な原因だ。「雷の呼吸」に限らず、アクションシーンでの重厚でしかも俊敏な音の数々は『鬼滅の刃』のアクションを音で彩るもの。ベンチマークを導入後には、高らかに喜びの声をあげたことは言うまでもない「友よ、これが『鬼滅の刃』だ」と。

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