テクニクスがハイエンドイヤホン「EAH-TZ700」を発表した。私は早速、テクニクスブースで試聴したが、ひじょうに明瞭で品位の高い音だ。特に低域がよい。音階がきちんと再現される、解像度の高い低域だ。スケールがあるが、同時に精密で、立ち上がり、下がりが俊敏だ。低音の時間軸が正しく推移する感覚だ。
テクニクス初のハイエンドイヤホンはどのように開発されたか。テクニクスCTOの井谷哲也氏に話を聞いた
井谷 これまでテクニクスとしては主に据え置き型モデルを展開してきましたが、市場的に見ると、ノイズキャンセリング付きイヤホンなどが伸びていますし、ハイエンドイヤホンの市場も伸びてきています。これまでヘッドホンは日本では「EAH-T700」のみですが、欧州ではさらに2機種を発売しています。
それらのバリエーションを伸ばしていきたいという中にあって、開発サイドとしては、長年研究所で磁性流体をうまく使って低歪みで広帯域なドライバーを作るという研究を進めていました。それがものになり始めたのです。
麻倉 それはスピーカー用として、ですか?
井谷 いえ、完全にイヤホン用です。スピーカー用だと、ユニットが大きすぎてやりにくいようなのです。技術的には、ボイスコイルの中に円柱形のマグネットがありますが、その隙間に磁性流体を埋め込んでいます。
スピーカーと違ってイヤホンのドライバーは、エッジの円周部分でしかサポートされていないので、結構ぐらぐらなのです。すると単純なピストン運動ができず、歪みが発生します。
麻倉 動きが不安定で、直線運動ではなくなってしまうわけですね。
井谷 おっしゃる通りです。そこで弊社のエンジニアが考えたのが、歪みを抑えるために、マグネットとボイスコイルの間に磁性流体……言ってしまえばマグネットにくっつく油ですね……を埋め込むという方法です。液体状の磁石のようなものです。
この磁性流体自体は新しい技術ではなく、トゥイーターなどで放熱をよくするために使われてきました。マグネットとボイスコイルのような動きのある部分に使うのはなかなか難しいのですが、逆にイヤホンのドライバーは小さいので実現できました。ある種のダンパーのように働くのです。
麻倉 もともとイヤホンのドライバーにはダンパーがない。
井谷 そうです。でも磁性流体がダンパーのように働くので、動きがきちんと補正されるし、エッジも柔らかくすることができます。結果、エッジの材料をもっと自由に選べるようになり、今回は今までよりも柔らかく、しなやかな素材を使っています。
そうすると低域も伸びるので、再生帯域が広く、歪みの少ないドライバーが達成できるわけです。これはテクニクスらしいユニークな技術ですので今回、商品化しました。
麻倉 音的な特徴はどんなところにあるのでしょう?
井谷 個人的な感想ですが、イヤホンを聴いて初めてお腹に響く低音が感じられました。あれ? という感じです。低域の歪みがない点が大きいでしょう。多くのイヤホンでは低域にピークを作ることで、低域感を演出しているようです。しかし今回はそれがないのです。
麻倉 つまり、そんな事をしなくても本物の低域がでると。これまで磁性流体をマグネット周りに使うとか、エッジの素材を柔らかくするといったことは他社はやっていなかったわけですからね。音的にもワールドファーストですよ。
井谷 おそらく今回が初めてだと思います。IFAでも色々な国の方にも聴いていただいていますが、一様に驚かれています。弊社の小川理子もこれは凄いと納得していて、もっと頑張れと言われています(笑)。
麻倉 イヤホンは、ハンドリングが簡単で使いやすい部分ばかり注目されがちで、あまり音質的なところ、ハイエンド製品の開発は難しかった。しかし、今回のドライバーはそういった展開もできそうですね。
井谷 最近の市場動向を見ていると、マルチドライバーに走っています。でも今回はシングルドライバーという点も、他社さんとは違う特徴です。シングルだと音色が統一できるし、点音源のメリットもあります。その意味でもユニークなポジションを取れるのではないかと考えています。
麻倉 私はとても明瞭で、質感があり、特に低域の再現が素晴らしいと聴きました。大いに期待できますね。