映画や映像ソフトの制作や興業を行なうアップリンクが、吉祥寺PARCO内に新しい映画館「アップリンク吉祥寺パルコ」を12月14日にオープンした。ここでは、オープン直前の12月12日に行なわれた施設説明会の模様と、大胆なアイデアがいっぱいの5つのシアターを紹介しよう。

カラフルな座席、洒落たインテリア、個性豊かな5つのシアター

 吉祥寺PARCOの地下2階。そこは以前、書店のあったフロアーだった。それを改装してスクリーン数5、計300席の“ミニシアター・コンプレックス”を作り出した。それが「アップリンク吉祥寺パルコ」だ。シアター数は5つで、それぞれにコンセプトをつけ、内装を含めて個性的なものに仕上げている。

 スクリーン1は「POP」。イスは、オレンジ、ブラック、ブルーの柄をランダムに配置しており、壁紙はイーリー・キシモト。その名の通り、なかなか華やかな印象だ。座席数は63席(車イス用1)。

 スクリーン2は「RAINBOW」。7列の座席のイスを7色で配置。背面の壁は青空をイメージしてブルーとなっている。スクリーン側からシアター内を見ると、空に虹が架かっているように見える。座席数は52席(車イス用1)。

 スクリーン3は「RED」。座面と背を赤の合皮、肘掛けを黒としたイスを配置。赤い照明でクールなムードに仕上がっている。大胆な配色もあり、映画館というよりもクラブやライブハウスの雰囲気に近い。座席数は98席(車イス用1)。

 コンパクトなスクリーン4が「WOOD」。木目調のイスに背面の壁もウッディな仕上げとなっており、落ち着いたムードになっている。照明も洒落たデザインで、サイズが小さいこともあって、上質なホームシアターのようなイメージだ。座席数は58(車イス用1)。

 最後は同じくコンパクトなスクリーン5「STRIPE」。ストライプ模様のファブリック生地のイスで、床もストライプ模様で統一。壁紙はウィリアム・モリスの“鳥とザクロ”を使っており、こちらもリビングルームのような印象。座席数は29(車イス用1)。

 このように、どのシアターも一般的な映画館とはまるで違った印象で、ひとつひとつのシアターを見て回るのも楽しい。

 もちろん、シアターとしてのスペックも充実している。プロジェクターはNEC NC1000c(2K/キセノンランプ)、スクリーンサイズは4.765×1.956m(スクリーン5のみ3.600×1.506m)、スクリーンはファブリックタイプの生地を使用。これは、ホームシアター用スクリーンでも知られるオーエスの「WS103サウンドマット」だ。そして、スピーカーは田口音響研究所が開発した平面スピーカーを使ったスピーカーシステムを採用。イタリアのパワーソフト社のパワーアンプ「OTTOCANALI K4」シリーズを導入している。いずれのシアターもチャンネル構成は7.1chだ。

 そして、各シアターに映像を配信するサーバーは、日本初導入となるGDCの第6世代デジタルシネマメディアサーバーの「SR-1000」。単にユニークなだけではなく、映画館としても充実したものになっている。

「アップリンク吉祥寺パルコ」を作った5人が登壇し、その思いを語った。

 施設説明会では、アップリンクの社長である浅井隆さんの進行で、設計や内装などに関わった4人が登壇。それぞれが「アップリンク吉祥寺パルコ」に関わった経緯や、デザインのポイントを語った。

 まずは設計を行なった北嶋祥浩さん。建築家、一級建築士であり、大学の講師も務めている。映画館の設計は初めてだそうで、しかも既存の建物の中に映画館を造るということで大変苦労したとか。ちなみに吉祥寺は実家があり、かつてあった書店にもよく通っていたとか。お世話になった場所への恩返しの気持ちで映画館作りに取り組んだという。

 そして、音響設備の田口音響研究所の田口和典さん。これまでも築地本願寺や東京・初台オペラシティコンサートホール、国会議事堂衆議院本会議場、羽田空港ANAラウンジ、ブルーノート東京など、さまざまな会場や施設に田口スピーカーを設置してきた実績がある。自らがこだわった平面スピーカーは20年の歴史を持つ。

 平面スピーカーは決して目新しいものではなく、かつては多くのメーカーが開発していたこともあった。各社が諦めるなか、ずっと平面スピーカーにこだわり続け、近年アルミハニカムを素材にすることで完成度を高めたという。

 「振動板が平面のため、水面に広がる波紋のように、音の波が乱れないことが特徴です。声が滑舌よく聴こえるので英語も聞き取りやすく、効果音もしっかりと聴こえます。衣擦れの音だけでもぞっとするような、生々しい音がするシアターです」と胸を張る。

 照明などのデザインを担当したのが、中村亮子さん。照明デザイナーとしてニューヨークで活躍した後、独立しLOOP Lightningを設立したという。ニューヨークの拠点のほかに、来年には京都にも支社を立ち上げる予定だ。中村さんも映画館に関わるのは初めてだというが、ニューヨークの映画館にもないシアターごとにコンセプトが異なるという試みは実にチャレンジングだったと語った。

 最後はコーラ小林さん。会社員の傍らで大好きなコーラ作りの探求を進め、ついに今年クラフトコーラ専門メーカーの「伊良(いよし)コーラ」を立ち上げた。祖父が漢方薬職人であり、その工房を改装してクラフトコーラ・ファクトリーをオープンしたという。

 浅井隆さんによれば、「アップリンク吉祥寺パルコ」ではドリンク&フードにもこだわった。映画館と言えばコーラがつきものだが、普通のコーラでは面白くないと考えていた。そんなとき、移動販売車で販売していたコーラ小林さんと出会い、導入することが決まったという。スパイスなどを配合して身体にいい成分を含むというコーラを試飲させてもらったが、コーラの爽やかさとともに、スパイスやフルーツの風味がたっぷりで実に美味しかった。こだわりのフードメニューとともに人気のドリンクになるだろう。

 「アップリンク吉祥寺パルコ」はこのほかにもこだわりが満載で、館内にはギャラリーや蒼の洞窟のような回廊などもあり、実に楽しい空間になっている。単に映画を上映するだけではなく、カルチャーのホットスポットをキーワードに、その場所にいるだけで気分の上がる演出を目指したという。映画を見るのはもちろんだが、映画の興味のない人でもぜひ立ち寄ってみたいと感じる場所になっている。

ミニシアター・コンプレックスという新しいコンセプト

 最後に浅井隆さんのインタビューを紹介しよう。今回オープンした「アップリンク吉祥寺パルコ」は、小さなシアターを集めて、たくさんの作品を上映したい、というコンセプトに沿って創られたミニシアター・コンプレックスだ。

 小さなシアターではあるが、音については自信があるという。田口和典さんの平面スピーカーと、イタリアのパワーソフト社のアンプを初めて組み合わせて聴いた時のサウンドには鳥肌が立ったとか。インタビュー時点では12月14日のオープンに向けて音のバランスを追い込んでいる最中とのことだったが、ダイアローグの明瞭度、細かな音まで再現する情報量の豊かさに感心させられた。平面スピーカーは音の波形が崩れにくいため、遠くまでよく音が届くことも特色で、聴き心地の良さもある。迫力はあるが耳が痛くなるようなサウンドではなく、クリアーでスピードの速い音を重視したのは小さなシアターにもマッチしていると感じた。

 また、フロントとセンターのスピーカーは口径の小さなユニットを多数配置した構成だが、小口径ユニットのためスピーカーの奥行が10数センチ程度と薄く、壁掛けでコンパクトに設置されていた。こういう奥行の薄いスピーカーはホームシアターにもマッチするはず。

 また、スクリーンは周囲に枠のない太鼓張りとなっているが、これは広さに制限のあるシアター内でなるべく大きなサイズとするためのものとか。そして、スクリーンにオーエスのファブリックタイプの「サウンドマット」を選んだのも理由がある。一般的なサウンドスクリーンは音を透過させるために均等に孔が空いているのだが、ミニシアターではスクリーンと座席の距離が近いため、その孔が見えてしまうのだ。しかし、ファブリックタイプは生地の織り目の隙間から音が透過するので孔は目立たない。このあたりの考え方もホームシアターに通じるものがある。

 個人的には、スクリーン4のWOODがホームシアターのお手本のような出来で、落ち着いた雰囲気が好ましかった。ミニシアターということもあり、ホームシアター的な雰囲気もあり、「いつか自宅にもホームシアターを」と考えている人にとっては、すごく参考になる映画館でもあると感じた。

 吉祥寺PARCOの館内に映画館を造るのはかなり大変だったようで、建築基準や安全(消防)などの基準が厳しかったこともその一因だったという。このため、リサーチを含めて実現にこぎつけるまでには数年の時間を要しているそうだ。

 「映画はビデオソフトや動画配信サービスなどでも手軽に楽しめますが、映画館に集まって鑑賞するのはまた別の楽しみがあります。ライブのフェスティバルのようなイベントはそこに集まって雰囲気を味わうだけで楽しいですし、初めてのバンドやミュージシャンに会える面白さがあります。『アップリンク吉祥寺パルコ』は映画フェスティバルに集まるような感覚で楽しめる空気を作りたいと考えています」(浅井)

 映画館に行くこと自体が楽しみになり、自分の知らない映画との出会いもある空間、それが「アップリンク吉祥寺パルコ」。こうしたユニークな映画館は実に貴重だ。映画好きはもちろんだが、興味をもった人はぜひとも一度足を運んでみてほしい。