2010年代半ば頃から、全国の映画館の音は急速にワイドレンジ化、ハイファイ化されてきた。フィルムに比べてより安定したデジタル・サウンドが供給できるDCP(Digital Cinema Package)上映が一般化したことが、その最大の理由だろう。それを契機に映画館の音響システムの整備が始まり、それにたいして観客が素早く反応する。音を良くすることで観客動員を増やすことができると各興行主が認識するようになり、サウンド・システムの整備によりいっそう注力するようになるという好ましい連環が始まったわけである。1970~80年代の日本の映画館の音のひどさに閉口していた筆者世代のヴェテラン映画ファンにとって、この現象は同慶の至りというほかない。

  とくに音の良い映画館を調べてみると、(株)ジーベックスが施工を手掛けた例が多いことがわかる。東京周辺では、ぼくがよく出かける「日比谷TOHOシネマズ/スクリーン1」「テアトル新宿」「109シネマズ・プレミアム新宿」「新文芸坐」などである。そして、ジーベックスと組んでそれらの劇場のスピーカーシステムの設計・製造を担当しているのが、イースタンサウンドファクトリー(ESF)のスピーカーデザイナー佐藤博康さんだ。

 その佐藤さんから「名古屋の地に高音質な音響設備を備えた映画館の改修に携わったので、ぜひ一度来てください」との連絡を受け、7月下旬、Stereo Sound Onlineのスタッフとともに出かけてみた。

写真:嶋津彰夫

 場所はJR.名古屋駅前の「ミッドランドスクエア シネマ」。この夏リニューアルが終了したこのシネコンのスクリーン1とスクリーン8に「粋」と名付けられたハイクォリティ・サウンド・システムが導入されたわけだ。いちばん規模の大きなスクリーン1(座席数319)は<至高(SIKO)>、296席のスクリーン8は<鼓動(KODO)>と名付けられている。ともにドルビーアトモス用のオーバーヘッドスピーカーは備え付けられていない(関連記事あり)。

 

 

 事前に佐藤さんから、それぞれのスクリーンスピーカーの構成を聞いたが、もうその時点でぼくの目は点になった。スクリーン1は5ウェイ、スクリーン8は4ウェイ構成という従来の映画館のイメージを覆すワイドレンジ&フラットレスポンスを指向するスピーカーシステムが備え付けられているのである。しかも、スクリーン1の超高域を受け持つコンプレッション・ドライバーのダイヤフラム(振動板)には物性値に優れた超高価なベリリウムが奢られているのである。「ん? ハイエンドか!」と思わず突っ込んでしまうおれ…。

 

スクリーン1<至高>について

写真:嶋津彰夫

 もう少し詳しく解説しよう。スクリーン1<至高>のL/C/Rスピーカーシステムの構成は以下の通り。LF(低域)ドライバーは18インチのペーパーコーン×2、MLF(中低域)ドライバーは15インチのペーパーコーン×1、MHF(中高域)は1.4インチスロートのポリマー樹脂ダイヤフラムの同軸2ウェイコンプレッションドライバー+ホーン、UHF(超高域)は1.4インチスロートのベリリウム・ダイヤフラムのコンプレッションドライバー+ホーンで、すべてのドライバーの磁気回路にはネオジウムが採用されている。

 それぞれの受け持ち帯域はLFが20~630Hz、MLFが630~2,000Hz、MHFが2,000~6,300Hz(内蔵クロスオーバーで4,000Hzクロス)、そしてUHFが6,300~20,000Hzだ。MHFとUHFに使われているホーンは特殊強化樹脂製で、MHFの指向性は水平90度×垂直60度で、UHFが80度×60度だ。このスピーカーシステムの他にLFE(Low FrequencyEffect)用として18インチ・ウーファーを用いたJBLのサブウーファーが4基用いられているという。

 

スクリーン8<鼓動>について

写真:嶋津彰夫

  いっぽうのスクリーン8<鼓動>は以下の通り。LF(低域)ドライバーは18インチ・ペーパーコーン×2、MLF(中低域)ドライバーは15インチ・ペーパーコーン×1、MHF(中高域)は1.4インチスロートのポリマー樹脂製ダイヤフラムのコンプレッションドライバー+ホーン、そしてHF(高域)が2インチのチタン・ダイヤフラム・コンプレッションドライバー+ホーンと言う構成だ。LFが20~500Hz、MLFが500~1,500Hz、MHFが1,500~3,500Hz、HFが3,500~20,000Hzを受け持つ構成だ。ホーンの指向性はスクリーン1<至高>と同様だ。JBLのサブウーファーはスクリーン1よりも多く、6基使われている。ESFとジーベックスは、スクリーンスピーカーを備え付けたのち、時間をかけてイコライザーで周波数特性を調整し、劇場公開に臨んだという。

 

映画の音を構成するD.M.S.がクリアーに鳴り響き、ワイドレンジ感も伴なう

  まずスクリーン8で、佐藤信介監督の「キングダム 大将軍の帰還」を観た。戦闘シーンなどとても音数が多く、それをダンゴ状にせずクリアーにそれぞれの効果音を解像して聞かせる印象で、まずはこんな明快な音がホームシアターではなく、劇場で聴けることに驚かされる。それから、ダイアローグのキレと明瞭度がきわめて高いことにも感心させられた。邦画なのに台詞が聞き取れず「字幕をつけてくれ~」と切望した1970年代のふるぼけた映画館をふと思い出し、隔世の観にとらわれたワタシです。

  スクリーン1に移動し、今度は「デッドプール&ウルヴァリン」を。最新MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のビッグ・バジェット作品だけに、そのゴージャスなサウンドの魅力を十全に楽しむことができた。まあとにかく映画の音を構成するD.M.S.(ダイアローグ、ミュージック、サウンドエフェクト)すべてがクリアーに鳴り響き、ワイドレンジ感がハンパない。しかも声に十分な肉が付き、聴き応えもある。

  それからぶつかる音や銃撃音など派手な効果音がうるさくないことにも驚かされた。現代の映画館の最大音圧レベルは、客席の最前方から3分の2の場所で85dBの音圧を維持すると規定されている。そう、かなりの大音量なのである。実際、音が良いと言われている劇場でも、派手な効果音がふんだんに盛り込まれたアクション映画などを観ていると、音がうるさすぎてヘトヘトになってしまうことがあるが、<至高>と名付けられたこのスクリーン1は、映画全編を観終わっても、大音量による疲労を感じさせないのである。高価なベリリウム・ダイヤフラムのUHF用コンプレッションドライバーを採用した恩恵だろう。

スクリーン1に導入された5ウェイ・スピーカー 写真:小沢英男

 映画の音というと、アルテックの2ウェイ・システム<ヴォイス・オブ・ザ・シアター>を思い浮かべるぼくのような古い映画ファンにとっては驚天動地のハイファイ・サウンドが聴ける「ミッドランドスクエア シネマ」のスクリーン1とスクリーン8。中部地区の映画ファンには何をさておいてもお出かけいただきたいし、最近話題の名古屋メシと高音質映画館のカップリングで旅行の計画を立てるのも一興かと思います。

 

ミッドランドスクエア シネマH P