近年イマーシブ・オーディオによるフェスやコンサートが増えて来ました。そんな中、Yamahaのイマーシブ・オーディオであるAFC Imageが駆使されたコンサート「森山威男ジャズナイト」が先ごろ開催されました。ジャズコンサートにおいてイマーシブ・オーディオはどのように使われたのでしょうか…?
 そこで今回はその使われ方と効果はどういったものだったのか、本公演のFOHオペレーターを務めたラックオンの豊田浩紀氏、統括エンジニアリングを担当された可児市文化芸術振興財団の池田勇人氏のインタビューも交えながら詳細をリポートします。(後編)

リポート:三村 美照(M&Hラボラトリー)

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Voices from the Front Line〜オペレーションの実際

 今回は、このステージのFOHオペレーターを務めたラックオンの豊田浩紀氏、統括エンジニアリングをされた可児市文化芸術振興財団の池田勇人氏をお迎えして、実際に使用された方々ならではの非常に面白いお話をお伺いすることが出来ました。

 

FOHエンジニア:豊田浩紀氏

名古屋ビジュアルアーツでレコーディングを学び、1995年から岐阜でSRキャリアをスタート。その後東京・名古屋と拠点を移し、2003年に独立、ラックオン設立。今までに担当したオペレートは多岐にわたるが、特に生音を大切にする古典邦楽等のSRにはこだわりを持っている。他に、独特の世界があるがゆえに敬遠されがちな日本舞踊の音源編集や音出しに精通する。当コンサートのFOHとしては2017年から担当し今回で6回目となる。イマーシブ・オーディオのミキシングは2018年から

統括エンジニア:池田勇人氏

岐阜県の可児市文化創造センターで音響業務を担当。(公財)可児市文化芸術振興財団に所属。ドラマやスポーツ中継、バラエティーなどのテレビ音声や音響業務の経験を活かし、地域の文化芸術を支える。また最近では新築の劇場建設に関わる音響のアドバイス業務を行うなど、他館との交流も積極的に行っている。今回はシステムの統括エンジニアリングを担当

 

 

イマーシブ導入の経緯は?

三村 では早速ですが、今回のステージをイマーシブ・オーディオでやろうと言いだされたのはアーティストサイドからですか、それともエンジニアサイドからでしたか?

池田 2018年に私の前任のシステムチューナーの方から、イマーシブ・オーディオでこのコンサートをやってみないかという提案がありました。

三村 その時からAFCですか?

池田 いえ、その頃はレベル・ディレイ・マトリックス、つまりLDMを使ってそのようなことを手動で実験的に行いました。その時はHYFAXのLDM1を使用しました。AFC Imageを使用し始めたのは昨年(2022年)からです。

 

ミックス感覚の違い

三村 オペレーターとして従来のL/R-PAとどのようなところが違うと感じますか?

豊田 フェーダーを突いた時に音量がリニアに上がってくる感覚はイマーシブ・オーディオの方がありますね。従来のPAは全体的に音がボワーっと大きくなるイメージですが、イマーシブ・オーディオは音の塊が大きくなるイメージです。

三村 従来のPAは離れた位置にある2つのスピーカーから鳴っているものが、オブジェクトという整理された音の塊から鳴っているという感じ方の違いですか?

豊田 そんな感じですね。もう少し詳しく言いますと、今まではある楽器のフェーダーを上げるとPAが大きくなるというイメージが、その楽器自体が大きくなるというイメージの違いを感じます。それから、反射音の影響を感じることが少なく直接音の方が多いようなイメージもします。

三村 それはやり易いということですか?

豊田 ロックなどでは少し違うのかもしれませんが、今回のようなジャズでは、とてもやり易いです。

 

注意すべき点

三村 イマーシブ・オーディオを使う際に注意した点はありますか?

豊田 今回はリバーブです。今までは奥行き感を与えるためにリバーブを付けたりしていましたが、イマーシブ・オーディオではある程度の奥行きを表現出来るのでリバーブの使い方が変わってきました。つまり、それぞれの楽器のマイクはカブリを少なくするためにオンマイクにしています。これは定位感をよくする為でもあるのですが、少し空気感を与えた方がより自然に感じるために短いリバーブを付けています。ただ、この為には1つのオブジェクトに1つずつのリバーブが必要なので、卓内でラックがその数だけ必要になりますけどね。

三村 そのリバーブはどこに返しているのですか?

豊田 各オブジェクトに返しています。

三村 それはモノラルで?

豊田 基本モノです。ただドラムは少し開いているので、LRでそのオブジェクトに返しています。

池田 2018年に最初にやった時にはリバーブをシステムのLRから返したのですが、音がそちらに引っ張られて音の定位に違和感が出てしまった経験があります。

豊田 それがあったので、今回のように個々のオブジェクトに個別のリバーブをかけて各オブジェクトに返すようにしています。基本的に点音源は点音源として扱いたいですからね。でも空気感も待たせたい…。

三村 なるほど!空気感用のリバーブを加えるということですね。各楽器のリバーブは同じものですか?

豊田 今回は全て同じものです。

 

L/Rの呪縛!

三村 他に注意点はありますか?

豊田 今までのPAはL/Rで考えていたのだと思うのですが、L/Rの呪縛を解き放って空間にモノ音源を置いていくという発想の方が良いと思います。そうでないとイマーシブ・オーディオでの音の纏め方が難しくなると思います。広げる場合にも点からスタートして、この辺りにこのように少し広げようという発想の方が良いと思います。

 

従来のPAでは出来なかったこと

三村 従来のPAでは出来なかったことが、これで出来るようになったという部分はありますか?

豊田 従来のPAでは理不尽だったことが解消出来た点が自分的には非常に大きいと感じています。

三村 それはどういったところですか?

豊田 オペレーターは意図している音をなるべく多くのお客さんと共有したいのですが、それが従来のL/R-PAでは不可能だった部分があります。例えばパンを大きく振るとセンターの座席以外の人には意図したバランスではない音になっています。これは極端な例ですが、しかし大なり小なりそのようなことは必ず起こっていました。

池田 パンポットを使うこと自体に罪の意識を感じていましたもんね(笑)

豊田 ですから、音をサービスする立場としてはそのような座席が存在すること自体が常に理不尽だと感じていましたし、もっと額縁を広く使いたいのだけれども、それが出来ないもどかしさがありました。

池田 どのホールでもそうだと思いますが、同じ金額の席でも座席位置による差が大きいのが悩みですからね。

三村 イマーシブ・オーディオでは座席位置の違いによる差を少なく出来ることも特徴の1つですものね。

豊田 オペレーターとしてイマーシブ・オーディオの魅力はその部分が非常に大きいです。意図しない音の鳴っているエリアが少ない! イマーシブ・オーディオを経験するとL/Rには戻れないとよく聞きますが、理不尽さともどかしさから解放される状況を経験すると戻れないという意味で、その気持ちは非常よく分かります!

インタビュー中の池田氏(左)と豊田氏(右)

 

演奏者の方からは何か?

三村 イマーシブ・オーディオを使うようになって演奏者の方からは何か言われましたか?

池田 L/R-PAのようにステージの中央に音が溜まることが減ったので演奏のしづらさが減ったみたいです。2018年にイマーシブ・オーディオをやり始めてからは演奏者の方からのクレームはないですからね。

豊田 ただ、ステージ上で低音の回り込みが少ない分、モニターはしっかり出さないといけないので大変なのですが、しっかり出すと今度はフロントの音が濁り出すので新たなバトルが発生しています(笑) モニターは研究の余地がありますね。

池田 モニターに関してはカブリの問題が従来よりもシビアになりますから注意が必要ですね。

豊田 今回はピアノに返すスネアの音量に気を遣いました。折角アクリルのパーテーションを設置しているのに意味がなくなってしまいますので。

 

セットアップ時間

三村 話は変わりますが、従来と比べてセットアップ時間は増えましたか?

池田 スピーカーが増えた分、チューニング時間は増えました。また、今回はターゲットスピーカーに時間軸を合わせる作業もあったので、それなりには時間を要しました。

三村 リハーサル時間は変わりましたか?

池田 それは変わらなかったですね。

 

将来やってみたいこと

三村 最後に、このイマーシブ・オーディオを使ってみたいステージ等はありますか?

池田 ここでは市民ミュージカルを3年に一度やっているのですが、これをより定位感のあるシステムでやってみたいですね。それと、中にはスピーカーの存在を嫌う方もおられるのですが、スピーカーから音が鳴っているようには聴こえないイマーシブ・オーディオは、そういう方に対する説得材料にもなるのではないかと考えています。

豊田 自分としては、生楽器+チョットPAのようなシチュエーションだと、スピーカーから音が鳴っている感の少ないイマーシブ・オーディオが非常に有利なので、是非これをやってみたいですね。

三村 お話は尽きないのですが、時間が来たようです。本日はお忙しい中、大変ありがとうございました。

 

終わりに

 近年増えているコンサートでのイマーシブ・オーディオの導入は、“デュアルモノPA”では出来なかった「面」や「点」や「位置」といった空間を利用する新たな音楽の表現方法が出来るようになったと共に、それが多くの観客席エリアで同じように楽しめる時代が到来したと言っても過言ではない思います。

 従来は同じS席でも中央の席と端の席では同じように聴くことが出来ませんでした。同じ金額を払っているのにです!今回のインタビューの中でオペレーターの豊田氏が、「今までのPAでは自分が意図しない音が鳴っているエリアが存在することが心苦しい」と言っておられました。そういったオペレーターが抱えるジレンマや、観客の不公平感の多くを解消出来るイマーシブ・オーディオは、これからのコンサートにおける画期的な手段になり得ると思います。

 みんなが同じようにパフォーマンスを味わえるイマーシブ・オーディオ! 是非もっともっと普及して欲しい! そう願うのは私だけではないと思っています。

 最後に、もう少し詳細をお知りになりたい方やご質問や意見のある方は、プロフィール欄にあるアドレスまでメールを下さい。

森山威男氏を囲んで。今回の音響関係者全員集合!

 

執筆後記

「チャンネル・ミックス」から「オブジェクト・ミックス」へ

 「イマーシブ・オーディオ」という言葉のイメージは、何か頭の周りを音がグルグル回るような印象をお持ちの方が多いのではないですか?最初は私もそうでした。映画のサラウンドのイメージとオーバーラップしましたからね。しかしコンサートに限ると、ほとんどがステージ側、つまりフロント部分での音の定位感の向上や面音源や点音源による新しいミックス法によるライブ音楽の創生に使用されています。つまり昨今のイマーシブは、「没入」という言葉とは少し異なる状態にあり、その言葉自体が誤解を生む原因になっているのではないかと感じています。
 そこで、イマーシブ・オーディオという言葉の代わりに「オブジェクト・ミックス」を用いるのは如何でしょうか。これに対する従来のPAは「チャンネル・ミックス」です。
「チャンネル・ミックス」から「オブジェクト・ミックス」へ。
 このような呼名の方がマッチしているように思うのですが・・・・
 独り言でした。

 

 

筆者プロフィール
三村美照(みむら・よしてる)
音響システム設計コンサルタント。1978年「スタジオサウンドクリエーション」に入社、レコーディング・エンジニアとして経験を積む。その後、業務用音響機器の設計業務を経て、1989年から本格的に音響システム設計に従事、現在「M&Hラボラトリー」代表取締役を務める。仕事においては「ベストよりも常にベター、ベストは逆に「終わり」を意味する。私たちの仕事に終わりはない」、「常により良いものを、よりシンプルに」をポリシーに「サウンドシステムの音」を築き続けている。豊田スタジアム、長居陸上競技場、東京ドーム、大阪フェスティバルホール、国立京都国際会議場等をはじめ実績例は100件以上と多岐多数。
Email:mimura-mhlab@movie.ocn.ne.jp

 

Sponsored by YAMAHA SOUND SYSTEMS INC.