世界で高く評価されるPMCのスタジオ・モニター
── まずは今回の来日の目的をおしえてください。
オリバー・トーマス(以下、OT) 日本で「PMC」製品の代理店業務を行なっていただいている「オタリテック」さんをはじめ、ビジネス・パートナーの皆さんとお会いし、いろいろな情報交換をするというのが一番の目的です。私にとっては今回が初めての日本訪問であり、日本の皆様と直接お話することで、我々にとっての非常に重要なマーケットの理解をより深めたいと思っています。
── スタジオなども訪問されるのですか?
OT ええ。昨日は大阪のゲーム会社、「カプコン」さんのスタジオ(編註:PROSOUND 2023年2月号にレポート記事を掲載した『bitMASTERstudio』)を訪問しました。3つのスタジオをすべて見学させていただいたのですが、いずれも素晴らしい作業環境でしたね。中でも我々の「PMC」シリーズをいち早く導入していただいた『Dubbing Stage』は、非常に興味深く見学させていただきました。なぜ興味深かったかと言えば、世界的に見ても「PMC 6-2」を天井に設置しているスタジオは珍しいからです。ハイト・スピーカーとしても採用されたという話は聞いていましたが、実際にスタジオを訪れて感激しました。
── オリバーさんは、「PMC」の共同創業者であるピーター・トーマス(Peter Thomas)氏のご子息と伺っています。
OT はい。私は3歳のときから「PMC」で働いています(笑)。冗談のようで、冗談ではありません。父は自宅で「PMC」を創業したので、オフィスが家にあったのです。とはいえ、ずっと音響に興味があったかと言えばそうではなく、十代の頃は自動車産業に興味がありました。父も「私の会社で働きなさい」と言う人ではありませんでしたので、大学では自動車工学を学びました。「PMC」で本格的に働き始めたのは10年ほど前のことで、ジュニアR&Dエンジニアとして音響技術者としてのキャリアをスタートしました。私は音響におもしろさを感じ、どんどんのめり込んでいきましたが、「PMC」で働き始めて感じたのは、アコースティックとしての音響を本当に理解している人はそれほど多くないということです。大学で音響学の教鞭を執っている人と話をしても、「この人、本当に音響を理解しているのかな?」と感じることが多かったですね。
── お父様からは音響や製品開発について多くのことを学ばれたのではないですか。
OT そうですね。父から最も強く言われたのは、主観だけではなく客観性を持って製品開発を行いなさいということです。音を聴くのはもちろん、客観的な測定値も必ず確認しろと。客観的な事実を元に、物事を科学的に判断しろということは常に言われてきたことです。「PMC」の製品開発は1人で進めることはなく、必ず3〜4人のチームで進めていきます。人はそれぞれ好みがありますし、全員が良いと感じるまで製品をローンチすることはありません。また、先行投資をしろというのも強く言われてきたことですね。特にシミュレーション・ソフトウェアや測定器には投資を惜しむなと。しかしそんなことを言う父ですが、いわゆるオタクな技術者ではありません。もの凄いレコードのコレクターで、機械よりも技術よりも音楽を愛する人なんです。
── 本社は現在、ビグルスウエード(Biggleswade)という街にあるそうですね。
OT ロンドンで創業した「PMC」ですが、何度かの移転を経て、今はビグルスウエードに本社があります。ロンドンよりも北の田舎町で、窓を開ければ鳥のさえずりが聞こえるようなところですよ。そんな静かな環境が音響機器の開発に適しているのです。工場は同じ場所ではありませんが、すぐ近くにあります。社員数はイギリス国内で約60名、アメリカの「PMC US」で約15名で、そのうち製品開発に携わっている技術者は12名です。
── 「PMC」の歴史を振り返り、ターニング・ポイントとなった製品をいくつか挙げていただけますか。
OT 一番最初にターニング・ポイントとなったのは、「BBC」にも納品した「BB5」です。「BB5」によってプロ・オーディオ業界における「PMC」への評価が確かなものになりました。「BB5」の設計は現在でも「BB6」に引き継がれています。それと2000年頃に販売した「DB1」も重要な製品です。「DB1」は、『ATL(Advanced Transmission Line)』の機構を備えた小型のスピーカーでした。また、同時期に「FB1」というコンシュマー向けのスピーカーを発売したのですが、この製品によって会社の売上が2倍にまで拡大しました。広告でロビー・ウィリアムズやブライアン・メイといったスターを起用したのが大きかったのかもしれません(笑)。そして2010年に発売したロー・プロファイルのパッシブ・スピーカー、「wafer1」と「wafer2」も新しい市場を開拓してくれたターニング・ポイントとなった製品の一つです。
イマーシブ時代を見据えて開発された新製品「PMC」シリーズ
── 国内外のイマーシブ・スタジオで多く採用された「twotwo」シリーズ(編註:現在は生産完了)ですが、その開発ストーリーをおしえていただけますか。
OT 2007年、我々は「Digidesign」…… 現在の「Avid」と共同で、アクティブ・スピーカーを2モデル開発しました。「RM1」と「RM2」という製品なのですが、憶えていますか? DSPを内蔵したアクティブ・スピーカーで、世界中のプロフェッショナルから高く評価していただきましたが、あの2つの製品は、定められた価格をターゲットに開発した製品だったのです。ターゲット・プライスが決まっているということは、徹頭徹尾妥協のない製品開発は行えません。そういう意味では、我々にとって100%満足のいく製品ではなかったのです。しかし、「RM1」と「RM2」という2種類のスピーカーを開発することで、我々はスタジオ・モニターに関する多くのノウハウを得ることができました。その知見を元に新しいスピーカーの開発に取り組み、完成したのが「twotwo」シリーズだったのです。
── 「Digidesign」とのコラボレーション・スピーカーが「twotwo」シリーズの原型だったとは驚きです。
OT 「RM1」と「RM2」は、間違いなく「twotwo」シリーズの原型です。
「twotwo」シリーズの開発コンセプトは、DSPを搭載し、アクティブ・タイプで、なおかつ幅広い用途に対応するスタジオ・モニターというものでした。「twotwo」シリーズの前に「AM1」というアクティブ・スピーカーを発売しましたが、あの製品は1モデルだけでしたので、サイズの異なる複数のモデルをラインナップしようと考えたのです。
── イマーシブ・スタジオで「twotwo」シリーズが高く評価されたことについては、どう捉えていますか?
OT 非常に嬉しいことですが、「twotwo」シリーズの開発時にはイマーシブ・オーディオなんてまったく念頭にはありませんでしたよ(笑)。イマーシブ・スタジオで「twotwo」シリーズがここまで支持されたのは、その音質はもちろん、歪みの少なさが評価されたのではないかと考えています。歪みの少なさというのは、マスタリング・スタジオをはじめ、すべての作業環境において重要なファクターですので、「だからこそイマーシブ・スタジオに適している」とは思いませんけどね。
── とはいえ、とてもポピュラーなスピーカー・メーカーでも、イマーシブ・スタジオではまったく見かけないブランドもあります。「PMC」のスピーカーには、イマーシブ・セットアップにおいて、使い手を魅了する“何か”があるのではないかと思います。
OT そう言っていただけると嬉しいですね。少し違う話になってしまうかもしれませんが、我々は「Dolby Laboratories」と非常に関係の深い会社です。現在注目を集めているDolby Atmos Musicのコンセプトも、我々と「Dolby Laboratories」で長期間共有してきたものです。我々は他のメーカーに先んじて、EQやルーム・コレクションに取り組んできたというのも大きかったかもしれません。
我々と「Dolby Laboratories」との深い関係は、アメリカ・ロサンゼルスの『Capitol Studios』の改修プロジェクトをきっかけにスタートしました。ご存じかと思いますが『Capitol Studios』は2014年、Studio AとStudio Bという2つのスタジオのメイン・スピーカーとして、「QB1-A」を世界で初めて導入しました。実は「QB1-A」というスピーカーは、『Capitol Studios』の改修プロジェクトのために開発した製品だったのです。しかし両スタジオのコントロール・ルームは、音響的に決して優れているとは言えず、我々は「新しいスピーカーをインストールするだけではなく、部屋自体を造り直す必要がある」とアドバイスしたのです。そこから我々は信頼されるようになり、Studio Cのリニューアルも任されることになりました。2017年に実施されたStudio Cのリニューアルは、ハイト・スピーカーを設置したDolby Atmosへの対応でした。その改修時には、『Capitol Studios』の親会社であるUniversal Music Groupのスタッフも多数来ていたのですが、彼らが我々と「Dolby Laboratories」を引き合わせてくれたのです。
「Dolby Laboratories」とのリレーションがスタートした当初、彼らはルーム・コレクションで作業環境をチューニングするということに注力していました。しかしあまり上手くいかなかったようで、我々から「スピーカーを無理に補正するのではなく、空間そのものを調整するべきだ」とアドバイスしたことをよく憶えています。
長くなってしまいましたが、ご質問に対する回答としては、「PMC」に対する「Dolby Laboratories」の信頼が大きいのではないかと思います。彼らは我々を信頼してくれていますから、新たにイマーシブ・スタジオのプロジェクトが立ち上がったときは「PMC」を推薦してくれているのでしょう。その結果、必然的に我々のスピーカーを採用したイマーシブ・スタジオが多くなっているのではないかと思います。
── 新しい「PMC」シリーズは、どのようなきっかけで開発がスタートしたのでしょうか。
OT 「twotwo」シリーズも自信作でしたが、『ATL』の機構と6インチ・ユニットのエクスカージョンの設計に関しては、改善の余地があると考えていました。あとはDSPです。もっとパワフルなDSPを搭載することにより、「twotwo」シリーズを超える性能を持ったスピーカーを開発できるのではないかと考えたのです。よく質問されるのですが、「PMC」シリーズは「twotwo」シリーズを改良した製品ではありません。完全に新しい製品であり、共通点はほぼ無いと言っていいでしょう。「PMC」シリーズのアイディアが最初に出たのは、2017年の『The NAMM Show』で、15人いる『PMC US』のスタッフとディスカッションしたときが最初だったと記憶しています。
「twotwo.6」と新しい「PMC6」を比較すると、低域のレンジが10Hzから15Hz低く、ロール・オフしていると思います。低域の再生能力の向上は今回の大きな目標の一つで、それは見事に達成できたと自負しています。我々は「PMC」シリーズを、もう一度ハイエンド・スタジオ・マーケットに回帰するという想いで開発しました。ここまで完成度が高く、仕上がりに満足した製品はこれが初めてです。
── 先ほど、「twotwo」シリーズの開発時にはイマーシブ・スタジオはまったく念頭になかったとおっしゃいましたが、「PMC」シリーズではイマーシブ・スタジオという用途は強く意識されたのではないですか?
OT そうですね。『SOUNDALIGN』(編註:DSPの制御/設定を行うためのWebインターフェース)と、より正しく補正できるEQは、イマーシブ・スタジオでの使用を念頭に置いて開発した機能です。また、背面に拡張用のスロットを設け、現状はアナログとAES3のみですが、将来的に他のフォーマットにも対応できるようにしてあります。
── 海外での評価はいかがですか?
OT 昨年と比べて、スタジオ向けスピーカーの出荷量は2倍になっています。中でも「PMC6-2」というモデルが一番売れているのですが、これまでよりも高ゲインで、歪みも少なく、広範なレンジというところが評価されています。
── 最後に、ブランドと同じ「PMC」という製品名を付けた理由をおしえてください。
OT 我々の製品の名前は昔からあまり評判が良くなかったので、今回はセンスの良い名前にしたかったんです。そこでシンプルに、“PMC”という社名に、数字を付け足した名前にすることにしたのです。iPhoneの新しいモデルも、後ろの数字だけが変わるじゃないですか。それと同じような感じですね。モデルによって音質的な差はなく、単純にアプリケーションに合わせて選定していただけるのも「PMC」シリーズの大きな特徴です。
── 本日はお忙しい中、ありがとうございました。
取材協力:オタリテック株式会社 写真:八島崇
PMC製品に関する問い合わせ:オタリテック株式会社