『プロサウンド』2020年6月号と8月号にて、Netflixにおいて日本初となるドルビーアトモス(以下、アトモス)のホーム用フォーマットにネイティブ対応した『攻殻機動隊 SAC_2045』シーズン1を採り上げた。それから約2年を経て、5月23日よりシーズン2の独占配信がスタートしている。6月号に掲載した前編では、シーズン1で得たノウハウをシーズン2でどう活かしたのか、主にサウンド・デザインに焦点を当てた。後編となる今回は、『攻殻機動隊 SAC_2045』のイメージ作りに欠かせない、劇中音楽(劇伴)を担当したコンポーザー、戸田信子氏と陣内一真氏にスポットを当てる。お2人とも、マイクロソフトゲーム『Halo 5:Guardians』をはじめ、多くの代表作を持つ気鋭のコンポーザーである。『攻殻機動隊 SAC_2045』では、画と音の相乗効果を引き出す“フィルム・スコアリング”技法を活用した楽曲作り、そして、アトモスによる音楽ミキシング。この2つのテーマについて、お話しいただいた。

『攻殻機動隊 SAC_2045』シーズン2制作スタッフ

● 原作:士郎正宗
● 監督:神山健治、荒牧伸志
● シリーズ構成:神山健治
● 脚本:神山健治、檜垣 亮、砂山蔵澄、土城温美、佐藤大、大東大介
● キャラクターデザイン:イリヤ・クブシノブ
● 音楽:戸田信子、陣内一真
● サウンドデザイナー:高木 創
● 音響効果:千本 洋
● 録音アシスタント:高木祐希
● スタジオエンジニア:小西真之
● フォーリーエンジニア:井沢佳世、高岡侑花、山口慎太郎
● オープニングシーケンス:PERIMETRON
● オープニングシーケンス監督:佐々木 集、神戸雄平
● オープニングテーマ:『Secret Ceremony』 millennium parade
● エンディングテーマ:『No Time to Cast Anchor』 millennium parade
● 音楽制作:フライングドッグ
● 主題歌協力:ソニー・ミュージックレーベルズ

 

『攻殻機動隊 SAC_2045』Ⓒ士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会 ※本企画内のすべての劇中画像クレジットは上記になります

インタビューにご協力いただいた方々(順不同)

● コンポーザー 戸田信子 FILM SCORE,LLC
● コンポーザー 陣内一真
● サウンド・デザイナー 高木 創 有限会社デジタルサーカス

 

 

監督のイメージを聞き、それにふさわしい音楽を作るフィルム・スコアリング

──『攻殻機動隊 SAC_2045』は、神山健治さんと荒牧伸志さんのダブル監督でした。お2人から、楽曲面に関して何か伝えられたことはありましたでしょうか?

戸田 日本のアニメ作品では、映像チームが必要とされる楽曲リストを用意して、映像に当てはめていくという手法が確立されています。『攻殻機動隊 SAC_2045』でも、そうした手法を採った部分もありますが、私と陣内くんで、両監督に“フィルム・スコアリング”で劇伴を作りたいとお願いして、採用していただきました。私達の制作は、音楽のプロダクションを一括しておまかせいただくことが多いんですね。今作も劇伴制作の諸々をお任せしていただきました。

 フィルム・スコアリングでは、脚本やセリフのみ入った映像などを見ながら、ストーリーの概要、監督が求めているイメージを事前に聞いた上で、それにふさわしい音楽を作曲する手法です。いわばエピソード毎に監督から挑戦状を渡され、それに対して“これならどうだ!”と音楽で解答していく。これは私たちにとってチャレンジングな制作方法でした。サウンド・デザインを担当した高木さんもそうだと思うんですけど。ね?(笑)

映画音楽作曲家・プロデューサーユニット
戸田信子 × 陣内一真 プロフィール

【主な代表作】
コナミデジタルエンタテインメントゲーム『メタルギアソリッド4 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット』、マイクロソフトゲーム『Halo 5:Guardians』、マーベル『アイアンマンVR』 Netflixアニメ『ULTRAMAN』、ディズニープラスアニメ『スター・ウォーズ:ビジョンズ /九人目のジェダイ』、TVアニメ『ウマ娘プリティーダービー』、『RWBY氷雪帝国』、映画『太秦ライムライト』、TVドラマ『東京ラブストーリ(2020)』、『タイムスクープハンター』など多数
公式ホームページ:www.filmscore.jp

 

 

高木 最初にフィルム・スコアリングとはどういうものか、ご理解いただけるようにデモを作ってプレゼンしていましたよね。

戸田 ええ、『攻殻機動隊 SAC_2045』シーズン1の2話まで、フィルム・スコアリングに関してプレゼンしていました。もう一つ、シーズン1と2でチャレンジした事に、劇伴について、シーズン1では5.1chサラウンドを採用していたのを、シーズン2でアトモス・ミックスに移行したことですね。これもチャレンジでした。

 劇伴の内容として、シーズン1は序章となるお話で、シーズン2ではさらにストーリーが展開していくという内容でした。そこで陣内くんと話し合って、同じ世界観として結び付けるような“全話に通じるアイコニックなテーマを作ろう”と話しました。軸となるテーマを、シーンに合わせて様々なアレンジを行い、その間をスコアリングで埋めていく。映像チームからくる楽曲リストをいただいて作曲する方法と、フィルム・スコアリングの手法を活かした曲を作る方法と、双方の良いところを取った劇伴制作ができたと思っています。

監督からの直接コメントが、クオリティアップの重要なカギ

──作曲は、それぞれに得意とするジャンルを受け持つような分業体制だったのでしょうか?

戸田 いいえ、私達の間で曲を振り分ける事はありませんでした。私が監督からいただいた指示に沿った曲を作るために、陣内くんに説明するんですが、そこでうまく伝えられないと、“わかった。俺が作る”みたいな。そこから2人で詰めていったり、陣内くんが作ったモチーフに対して、私がメロディを付けたりと、その曲によってやり方がまちまちだったので、共同作業という言い方がいいでしょうね。

陣内 主に戸田さんがエピソード毎にラフな状態の曲を画に付けて“こんな曲をこのタイミングで使います”というイメージを両監督と共有して。そこから、曲のイメージを膨らませて作曲したり、“この曲のピークはこのカットに持ってこよう”とか。特にスコアリングでは、それを意識して作曲していました。

戸田 サウンド・デザイナーの高木さんとは、『ULTRAMAN(Netflix独占配信)』からご一緒していたので“高木さんなら、きっとここに効果音を付けそうだ”みたいなことも想定して、スコアリングを行ったところもありました。

高木 『ULTRAMAN』と『攻殻機動隊 SAC_2045』。いずれも神山監督と荒牧監督のお2人が、音響面まで見てくださいました。僕はこれまで実写映画やドキュメンタリー映画などで監督と直接コミュニケーションしながら、音響をクリエイションした経験があるので、同じような制作スタイルだったので仕事はやりやすかったです。

 ファイナル・ダビングに入る前に、監督にプレビューを見ていただく段階があるんです。それまでに戸田さんと陣内さんが用意された音楽と、僕が仲間(千本 洋氏)と一緒に作った効果音を組み合わせて、3人が納得できる段階まで突き詰めてからプレビューを行っていました。しかし、シーズン2も後半になってくると、お互いに“きっとこういう音を付けるだろう”と予測できるまでになっていました。しかも、作品内容と何の齟齬もなくなるほど、音楽も音響デザインもこなれていました。劇伴と効果、話数を重ねることでお互いにクオリティを高めあえる。非常に幸せな制作でした。

戸田 そうですね。監督から直接コメントをいただきながら作曲できたことが、クオリティアップの重要なカギになったと思います。監督も“スコアリングすると、こんな一面を見せられるんだ”と感じられたのか、シーズン2の後半ともなると“ここはこういう展開にですよね”と尋ねなくても、イメージの共有ができてくる。とてもよい制作だったと思います。なかなかこういう現場はないので、プロデューサーの牧野さんには本当に感謝しかないです。

イマーシブ・オーディオミックスへのチャレンジ

──音楽は当初5.1で、途中からアトモスとなっています。なぜ途中からアトモスへ変更したのでしょうか。

高木 それは音楽的な理由ではなく、制作に使用した角川大映スタジオが、アトモスに対応したばかりだったので、マシンパワー的に不安だったんです。そこで音楽までもアトモス・ミックスに挑むのは、制作進行上リスクがあったからです。それがシーズン2の制作前に、スタジオのスペックが上がり、安心して作ることができるようになりました。

 マシンパワーが上がったので、シーズン2の2話まで、80trくらいオブジェクトを使って効果音を付けたのですが、音の密度が高まり自分的に気に入った感じに作れたんですね。ところが、戸田さん達が5.1で作ってきた曲をそのまま入れると、音楽の美味しいところが埋もれた感じがしたのです。そこで、MAで戸田さんからいただいたミックスを7.1.2へ拡張していました。しかし、5.1chサラウンドをアトモスへとアップミックスするだけでは、戸田さんや陣内さんのイメージした思いを込めることはできないと判断され、シーズン2の3話以降は“音楽もアトモスでミックスします”と戸田さんが決断してくださいました。

戸田 『攻殻機動隊 SAC_2045』は、音響的にしっかりと作りこんでいる作品でしたから、劇伴のアトモス・ミックスにチャレンジできる良いチャンスと考え、シーズン2の3話から音楽もアトモスでミックスことに決めました。課題も多かったんですがアトモス・ミックスにした事で、圧倒的に自由度が広がると思いました。

 ただ、Netflix作品なので、皆が同じ環境で観ているわけではないんですよね。スマホとイヤフォンで聴いている方から、自宅でりっぱなオーディオシステムで聴いている方まで再生環境は様々。そこで、私達の曲がどんな再生環境でも伝わるようにすることが、私にとって今一番大きな課題です。

──5.1から7.1.2になったことで、作曲スタイルに変化はあったのでしょうか?

陣内 僕は5.1サラウンドを想定した曲作りのために、L/R/LS/RSのクワッドで音源を組んでいるんです。そこで作曲したものを、スタジオでアトモス・ミックスすると、音の芯がなくなり、音が散っているような感じに聴こえたんですね。ちょっとこれはまずいなと。シンセに関しても、リヴァーブがついているソフトシンセのプリセットは作曲では便利なんですが、アトモスでリヴァーブを付けるとちょっと違和感が出てしまいました。そこで、リヴァーブやディレイを切って、別chに立ち上げ、ミックスでコントロールができるようにしました。他にも収録時にマイクを加えたり、アトモス・ミックスを行うエンジニアの自由度を高めるようにマルチで吐けるようにしていました。これはサラウンドとアトモスで共通して言える事で、エンジニアがミックスしやすいようにすることを心がけていました。

戸田 アトモスを活用しようとするなら、イマーシブ・オーディオに有効なマイキングまで理解しておかないと、ミックス時に困る事が出てしまうんです。それに対処するには、音を1から考えなおさないと欲しい音が出ない可能性があります。でも、逆に1から考えなおすことができれば、イマーシブ・オーディオに大きな可能性があるとも言えます。

 

高木氏と千本氏が作った効果音、戸田氏、陣内氏による劇伴が組み合わさり圧巻のサウンドが全編に繰り広げられる

 

劇伴におけるハイト方向の演出はいまだ模索中

──音楽のアトモス・ミックスで、ハイト方向に音を置くことはありましたか?

戸田 音楽にとってハイト方向の表現はものすごく難しいですね。効果音は空間の中で音を動かす意味があるので比較的簡単なのでしょうが、音楽で音を動かすと効果音のように聴こえてしまう可能性が生まれてしまいます。

 これは高木さんのアイデアなのですが、シーズン2の戦闘シーンで気持ち悪さを助長するために、女性ヴォーカルを使った挿入歌が上から降ってくるようにしたのですが、それはイマーシブだからできる効果だと思いました。ただ、オーケストラを使った曲で、音に広がりを持たせるといった形で使う表現に関しては、まだ模索しています。

陣内 そもそも音楽は、例えモノラルであっても成立することが前提だと思うんですよね。もちろん音響的な表現で可能性が広がりますが、感情表現としてみた場合、多chに頼らなくても成立しなければなりません。これはとても重要なポイントで、『攻殻機動隊 SAC_2045』で、曲を作るときも“この音はハイトに置こう”というふうに意識して作る事はありませんでした。そこに加えることで新しい音場を作ったり、音響的な表現に関しては、その曲を収録したり、ミックスするエンジニアにお願いした方が効果的に生かしてくれると思います。

高木 今回、戸田さんや陣内さんからいただく劇伴が、途中から7.1.2になっても、僕はそこまで踏み込んだ音響的な操作はしませんでした。心がけたのはステレオ・トラックダウンまで想定して、セリフと効果音、劇伴が渾然一体になる事を意図していました。

 戸田さんがおっしゃるように、音楽で高さ方向を加えた演出をしても効果音ぽくなるだけで、それよりも魅力的な音楽によって、感情に訴えかける方が大切です。そこが最も重要なところで、演出や感情表現を伝える事がしっかりと伝わる曲を作った上で、イマーシブ表現をするなら、きっと今までとは違う次元の表現になるでしょう。

戸田 そうですね。イマーシブ・オーディオは、作る側からすれば演出の幅が広がるし、今までになかった表現ができる。それだけに、技術的に高度な制御ができないと、演出が崩壊するということもありえます。ここは駆け引きの難しい場所で、高木さんのようなサウンドの出口に携わるエンジニアのセンスが問われるところだと思います。

高木 僕が音響効果をしていて、一番楽しいと感じる時は、特徴的かつ異質な効果音を出せた時です。モノラルであってもアトモスであっても同じで、面白さを感じる肝は変わらないと思うんですね。戸田さんも仰ったように、スマホやPCのスピーカー、映画館、ホームシアターと視聴環境が多様化しています。確かにイマーシブ・オーディオは、映像表現に対して確実に効果のあるテクノロジーです。しかし、映画に音が入った約100年前から、その時その時に先輩が作ってきた効果音は映えて聴こえるんです。どうやったら印象に残る音が作れるのか。先輩方もそこに心血を注いできたと思うんですよ。それこそ『宇宙戦艦ヤマト』の波動砲の音であったり、『ウルトラマン』のスペシウム光線の効果音だったり。音の仕事をしていない人でも、忘れられない魅力的な音は枚挙にいとまがないわけです。

 『攻殻機動隊 SAC_2045』の制作を通して最高に面白かったのは、効果音で表現できないところを、陣内さんと戸田さんが作ってくる音楽の中に、効果音のような音をガツンと入れてきたことなんですよ。

 超ロング望遠レンズで飛行機を見ているシーンがあると、僕は“これだけ距離があると、飛行機が飛ぶ効果音は付けられないな”と考える。ところが、そこに戸田さんや陣内さんが、ドーンとアタックの強い音楽を書いてくる。すごい銃撃戦が繰り広げられるシーンの途中で、すっと銃撃が止んで、敵が周りを一瞥する刹那を狙って、音楽が入る。それによって、ドラマ性がぐっと加速する。これは音楽だけ、効果だけの表現できないところで、2つが絡み合ってこその演出、まさにフィルム・スコアリングの力だと思っています。

戸田 フィルム・スコアリングで、作曲家がもっとも注意しなくてはいけないのは、当然の事ながらいただいた映像にはセリフ以外の音は入っていません。それを見たとき“音楽で全部を表現しなければならない”という曲作りをしてしまう事なんですね。セリフは入っているので、それを避けた曲はわりと作りやすいんですが、効果音がどこで鳴るのかきちんと考えず、音楽だけで成立させようとバンと貼ってしまう。すると“効果音はどうしましょう?”となる訳です。

 曲も効果音も同じ空気を揺らす立場として、このシーンはどちらが空気を持っていくか、ということをしっかり頭に入れて、音響効果さんとコミュニケーションをとる。今作でも、高木さんが大爆発した音を出したいと言うときに、音楽までジャーンって音を入れてしまうと効果音と音楽が喧嘩してしまいます。だからと言って、そこだけ音楽を抜いてしまうと、曲として成立しなくなる。結局、ファイナル・ダビングで、どちらかを引かなければならなくなって、求めている迫力ある大爆発シーンが、音はたくさん鳴っているけれど迫力がなくなることに繋がることも。監督がそこに入れた画の意図をしっかり理解して、音楽が必要な部分はどこか、効果音が必要な部分はどこか、それを見極められないと、フィルム・スコアリングは、すごく難しい作曲になってしまいます。

陣内 僕がフィルム・スコアリングを行う時、最初にテンポマップを作ることがほとんどです。ここで4分の3が来て、カット変わりに合わせて、次は新しいテンポで4分4にしてとか。また、セリフはいただいているので、波形を見ながらセリフを避けてメロディを入れる事もします。その結果、譜割がちょっと変になることもありますが、合わせて聴くと、普通にテーマが分かるようになっている。

 『攻殻機動隊 SAC_2045』でも、効果音がかなり重要になってくるシーズン2後半のエピソードは、セリフに加えてラフの効果音を付けた映像を、高木さんからいただいたので、それを聴きながら“高木さんはこの効果音を上から出すんだ”とか考えながら、効果音を避けたりしました。

戸田 フィルム・スコアリングをする上で困るのが、大雨とヘリコプター。どちらもバーッと全音域に広がる効果音なので、まずは効果音をしっかりと鳴らして、途中から自然に音楽が聴こえてくるようにモチーフを移動させる事もよくします。

陣内 他にも爆発音をダウンビートだと思って曲を作ることもありますね。爆発に向けて盛り上げて、さっと引くとか。身体で体感するインパクトって、音楽ではなかなか出せないんです。そういったシーンでは、音楽よりも効果音をバーンと鳴らしていただいた方が効果的な演出だと思うこともあります。

戸田 今回の制作方法は、私から見て海外の制作方法に近いなと思っています。こういう制作方法を日本国内で行えたことがなかったので、『攻殻機動隊 SAC_2045』でできたことがすごく嬉しかった。監督自身が音響監督も兼ねて作品をディレクションしていくっていう形も、アメリカにすごく近いなと思ったんです。言ってしまうと、海外のような制作をやってみて、シーズンを経る毎にクオリティが上がっていったのは、そういう制作方法だったからだと思っています。

高木 ただ、残念なことに、阿吽の呼吸ができるまでチームワークが極まったときに、作品が終わるんすよ(笑)。

戸田 そうですね(笑)。なので、シリーズが続くことを祈っています。

 

 

イマーシブ・オ-ディオは劇伴とアーティスト作品で捉え方がまったく異なる

──『攻殻機動隊 SAC_2045』全話の制作を終えて、印象深いエピソードはありますか?

戸田 シーズン2には、挿入歌があるんですが、曲のスタート位置、そして、曲が盛り上がるピーク、いわゆるサビの頂点がどこに来るのか。挿入歌は長さの変更がすごく難しいんです。挿入歌を入れたシーンも、ピークを後に持っていくと、スタート位置も後ろに行ってしまうし、後が長くなってしまうと良いところで終わらない。そこで、監督から“いくつかのパターンを作ってほしい”と頼まれ、どれが良いか聴いていただきました。その時、私も同席していたんですが、ほんのちょっとピークが動いただけで、画の見え方がまったく違うんです。そのエピソードは、強く頭に残っています。

高木 僕はほぼ全話です(笑)。いまの戸田さんのおっしゃった話は、シーズン2の第5話ですね。僕が印象的だったのは、『攻殻機動隊』シリーズで登場するキャラクターのトグサが、桜吹雪の中、いきなり縁日のカットに移るシーンがあるんです。その導入部に入れていた効果音と同じピッチの音が、しばらくしてから聞こえてきたんです。“ここにそんな効果音を入れてない”と思ったら、戸田さんたちが作った曲に取り入れられてびっくりしました。なんの打ち合わせもしてないし、その効果音をお聴きになったのかどうかもわかりません。効果音と音楽の世界観が、期せずして一緒になった。感動した瞬間でした。

──今後、劇伴をアトモスで納品する形は、日本でも増えていくと思いますか?

戸田 海外と比較するよりも、ジャンルによってアトモス・ミックスは広がり方が変わってくると思います。例えばゲームは国内でもイマーシブへの対応は早い。映画と音楽はこれから広がっていくでしょうが、劇伴に関してはアトモス・ミックスが増えてくると思います。

 また、Apple Musicなど音楽配信もイマーシブ・オーディオに対応してきていますから、アトモスで制作して、それをステレオなどにダウンミックスして聴く。そういうスタイルになっていくのではないかと考えています。そうならないと、私たちがステレオや5.1サラウンドで納品した楽曲が、勝手にアップミックスされて聴かれるという状態になる。つまり、出音に責任が持てない状態になると思うのです。

──作曲家という視点でイマーシブ・オーディオをどのように捉えていますか?

戸田 私は劇伴におけるイマーシブの捉え方と、アーティストとして作品を作る上でのイマーシブの捉え方は全然違うと思っているんです。『攻殻機動隊 SAC_2045』は、劇伴なので、ここまでに話してきたように、セリフや効果音に干渉しないように作曲したり、演出意図に沿った曲を書きます。そういったところに特化して作るので、オブジェクトを使ってハイハットを回したりとか、そういうことはしないんです(笑)。

 しかし、アーティストとしてイマーシブ・オーディオを使った曲を作るとなると、未知ではありますが、アーティスト性がさらに浮き出るような楽曲を考えやすくなるという気がしています。例えばドラム・セットの真ん中に聴く人を置いたり、オーケストラの曲も、まるでオーケストラの中にいるような音響空間を作ったりもできる。高さも表現できるイマーシブ・オーディオの登場で、いろいろな形態の音楽が出てくると思います。

陣内 僕も作曲家という立場で言うと、個人的な趣味になるんですが立体空間に広がるリヴァーブを聴きたい(笑)。心地よいリヴァーブが、いろんなところから聴こえてくるのは面白そうです。高さ方向の表現も、例えば天井のある空間なのか、天井がなく、突き抜けて広がっていく音の違いみたいなリヴァーブを聴いてみたい。そうした響かせ方ができるのは、イマーシブ・オーディオならではの表現で、とても面白いと思っています。昔、たまたまビョークが5.1サラウンドで作ったアルバム『Surrounded』を、スタジオで聴いたんですね。いろんな音がいろんな場所から聴こえてきて、とても面白い表現だったんですね。そういうアート表現も面白いと思いました。僕達が作っている劇伴に関しても同じで、空間表現の豊かさみたいなところを突き詰めるのも面白いなと思います。それが意図通りうまくいって画と組み合わさった時の満足度はより高まると良いと思っています。

高木 最後にお伝えしておきたいのですが、『攻殻機動隊 SAC_2045』シーズン2のオープニングとエンディングは『Secret Ceremony』と『No Time to Cast Anchor』という曲をmillennium paradeが書き下ろしています。その曲のミックス・レコーディングエンジニアを佐々木優さんという方が担当していて、『攻殻機動隊 SAC_2045』はアトモス作品ですから、5.1サラウンドにミックスしたものを角川大映スタジオに持ち込みアトモス化しました。その時、アーティストが音を楽しんでいる様子がわかるようなミックスにしていたんですね。特にオープニングに流れる『Secret Ceremony』の冒頭で、サイレンの音が鳴るんですが、その空間的な演出意図を彼は汲み取っていて。アトモスが作る立体空間の中に、いかにしてアーティスティックに音を広げるにはどうすべきか考えながらミックスしていたのが印象的でした。

 『攻殻機動隊 SAC_2045』は、戸田さん、陣内さんの劇伴の魅力に加え、millennium paradeの魅力も大きいです。荒牧監督と神山監督、そして、牧野プロデューサーによって、自分たちの思うままのことができました。とても良い巡り合わせが生んだ『攻殻機動隊 SAC_2045』の制作でした。

──どうもありがとうございました。

監修:高木 創

 

タイトル:
攻殻機動隊 SAC_2045 O.S.T.2
アーティスト:戸田信子×陣内一真

<TRACKLIST>
01.SAC_2045
02.War is Peace
03. We are the Dead
04.Omnipotent
05. Sustainable War
06.The Object of Power
07.1A84
08.Overclocked
09.Find Me
10.Big Brother
11.Don't Break Me Down
12.Dead Doll
13.Supernatural
14.The More Intelligent, The Less Sane
15.Hope Lies in the Proles
16.Doublethink
17.Dear Batou (Find Me arrange version)
18.2+2=n
19.Singularity
20.The Net is Vast and Infinite

品番:VTCL-60564
価格:¥3,080(税込)