『プロサウンド』では、2020年6月号と8月号にて、ドルビーアトモス(以下、アトモス)のホーム用フォーマットにネイティブ対応した、日本初のアニメーション『攻殻機動隊 SAC_2045』のシーズン1を採り上げた。その際、制作に携わったプロデューサーのお1人である牧野治康様、素材の仕込みから仕上げまで音響に関わったサウンドデザイナー高木 創様、角川大映スタジオで高木様と共にダビングから納品物の管理をした小西真之様。そして、Netflixの宮川 遥様を招き、シーズン1の音響についてお話しいただいた。
 ここではシーズン1から2年を経て創られたシーズン2の音響制作を紹介。シーズン1制作時に得たノウハウが、シーズン2制作でどのように活かされたのか、前回同様の牧野様、高木様、小西様に加えて、Netflixから嵩原シンディー様と小山ダンビー生能様の5人を招き、存分に語っていただいた。

『攻殻機動隊 SAC_2045』 シーズン2
制作スタッフ

● 原作: 士郎正宗
● 監督: 神山健治、荒牧伸志
● シリーズ構成: 神山健治
● 脚本: 神山健治、檜垣 亮、砂山蔵澄、土城温美、佐藤大、大東大介
● キャラクターデザイン: イリヤ・クブシノブ
● 音楽: 戸田信子、陣内一真
● サウンドデザイナー: 高木 創
● 音響効果: 千本 洋
● 録音アシスタント: 高木祐希
● スタジオエンジニア: 小西真之
● フォーリーエンジニア: 井沢佳世、高岡侑花、山口慎太郎

『攻殻機動隊 SAC_2045』 Ⓒ士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会 ※本企画内のすべての劇中画像クレジットになります

 

アトモス採用作品が少なく、世界に後れをとっている日本のアニメーション業界

──本題に入る前に、嵩原様と小山様の自己紹介をお願いします。

嵩原 私はプロダクション・テクノロジーというチームのアジア担当として日本、韓国や東南アジアで作られる作品の映像や音声の技術に関する支援を行い、作品の品質向上のお手伝いをしています。『攻殻機動隊 SAC_2045』シーズン2では、音響周りの技術サポートを担当しました。

小山 私はNetflixアニメ・ポスプロチームとして『攻殻機動隊 SAC_2045』シーズン1に引き続き、シーズン2での仕上げの工程をお手伝いさせていただいております。

 

インタビューにご協力いただいた方々(順不同)

● プロデューサー 牧野治康 株式会社プロダクション・アイジー
● サウンドデザイナー 高木 創 有限会社デジタルサーカス
● スタジオエンジニア 小西真之 株式会社角川大映スタジオ
● アジア担当 嵩原シンディー ネットフリックス株式会社 プロダクション・テクノロジー
● マネージャー(アニメ) 小山ダンビー生能 ネットフリックス株式会社 ポストプロダクション

 

 

──嵩原様は、東アジアで技術サポートしているとのことですが、前回取材してから約2年。日本でアトモスを採用した作品数は、どのくらい増えているでしょうか?

嵩原 日本で制作された作品は、今年配信予定の作品を含めて6作品です。すでに韓国のNetflix作品のほとんどがアトモスを採用しています。

──日本は普及が後れていると言っていいですか?

嵩原 そうですね。実写作品でアトモスを使いたいというお問合せをいただいておりますので、これから作品数は増えてくると思います。アニメーションのアトモス作品は少ないですね。

小山 もっとアトモスに対応した日本の作品を増やしていかなければならないと考えていますが、様々な理由で採用に至らないケースが多くあります。特にアニメ作品は、ようやく5.1chサラウンド作品が増えてきたという状況で、まだまだアトモス制作のアニメ作品は少ないですね。今年はそうした状況を変えるための活動を、積極的に行っていきたいと考えております。

高木 日本で制作したアニメ作品が少ないとのことですが、東京近郊でアトモス制作のできるスタジオは、僕の知る限り9つはあります。これだけあれば、ごく普通にアトモス作品を制作できる環境になったと言っていいと思いますが、なぜ増えないのでしょうか?

嵩原 制作の初期段階ではアトモスで作ろうという話は上がるんですが、実際にとなると予算、スケジュールなどいろいろな理由で諦める、というパターンが多いかもしれません。

小山 だからこそ、我々Netflixがアトモス体験をできるプラットフォームの受け皿として、推進努力をしていくべきだと痛感いたします。

『攻殻機動隊 SAC_2045』は、テレビアニメ「攻殻機動隊 S.A.C.」シリーズの神山健治氏とアニメ映画『APPLESEED』を手掛けた荒牧伸志氏のダブル監督で制作された

 

Netflixの納品規定について

──それでは、シーズン2のアトモス制作についてお話いただけますか?

高木 『攻殻機動隊 SAC_2045』は、ドルビーアトモスのホーム仕様(以下、アトモス・ホーム)で制作しましたが、複数のスピーカーを使った立体音響による映像制作は、約80年前から行われてきているんですね(表1)。その歴史的延長で近年は、立体音響のフォーマットが次々に生まれており、サウンドバーやヘッドフォンを用いて立体音響が普通に聴ける環境が整ってきました。また、音響制作時に使えるツールもどんどん増えており、デジタル技術による恩恵は大変大きいと言えます。

 そうした技術的な転換期に当たるいま、本作の制作を通して、これから増えるであろうアトモス・ホーム作品の制作におけるノウハウを、この記事を通して読者の皆様と共有したいと考えています。

 アトモス・ホームは、主に7.1.2chの物理的スピーカーを配置して、最大128tr(同時発音。ベッドオーディオの7.1.2、計10trも含む)の音源定位を自在にコントロールできるオブジェクト・ベースによる立体音響です。シーズン1制作時は、角川大映スタジオのMAルームにあるPCスペックなどの事情や、私がアトモス・ホーム制作に慣れていないこともあり、オブジェクトを多数用いて仕込んでみると大幅に時間が掛かってしまったんですね。そこで実制作ではオブジェクトを最大でも10trくらいに抑制し、チャンネル・ベースのような立体音響表現手法に集中していました。

 それがシーズン2の音響制作では、PCの更新と7.1.4から9.1.4へとモニター環境も変わるなど角川大映スタジオの設備が充実したので、音の定位感を高めるため、思い切って80trぐらいオブジェクトを使ってみたのです。その音仕込み素材をMAルームでミックスして、結構良い感じにできたんですね。ところが、Netflixの納品規定にあるラウドネス値(ダイアログベースで−27LKFS±2LU:ITU-R BS.1770-1、トゥルーピーク−2dBFS以下:詳細はNetflixの納品規定をご覧ください。)の規定内に収めようとしても、戦闘シーンの様な迫力のあるシーンになると、軽くオーバーしてしまいました。それを抑えるために、オブジェクトの音量を再調整するんですが、その段階で規定内に収めても、ダイアログや音楽を足すと簡単に突破する。

 どういうことかと言うと、チャンネル・ベースであるならば「Pro Tools」の機能上、サブマスターでダイナミクスのコントロールができるのですが、アトモスのオブジェクトは「Pro Tools」では個別トラック対応ですし、「HT-RMU(アトモス・ホームのレンダリングユニット)」に送っているベッドオーディオのステムミックスと、オブジェクトの統合的ダイナミクスのコントロールが機能できないからだったんです。

 その影響で、ファイナルミックスの日程では収拾がつかなくなったので、後日トゥルーピークを起こしている部分を見つけて、音量を整えるという方法を採ったら、大変な時間が掛かってしまいました。それ以降、調整しやすいようにオブジェクト数を減らしてミックスしています。とは言っても、音の立体感は減らしたくはありません。そこで意図して定位をファントムで浮かせたような“電脳空間”の表現というようなところに集中させていくような作りにしていきました。

 ようやく規定内に収め、ステレオ/5.1chサラウンド/アトモス・ホームの3種類を納品したのですが、NetflixのM&E-QCから「トゥルーピーク値が−1.6dBTPとオーバーしています」というイシューが送られてきたのです。これは何かおかしいと。トゥルーピーク値は−2.0dBTPをオーバーするとNGではなかったのか、と。
 

アトモスの納品に関してトゥルーピーク−2dBFS内に収めなくても良い

高木 ステレオや5.1サラウンドは「Pro Tools」のリミッター・プラグインをプリントマスターに掛けることで、比較的簡単に納品基準に収められます。それができないアトモス・ホーム作品をアメリカではどうやって−2.0dBFS内に収めているのかNetflixにお尋ねしたら「HT-RMUはレンダリング時に−0.1dBFSで止まるようリミッティングされているので、アトモスの納品に関してトゥルーピーク−2dBFS内に収めなくても良い」との事だったんです。

 これは、まだアトモス・ホームでの制作事例が少ないため、Netflixで日本初となった作品に携わった立場でないとわからなかった問題だと思います。これでアトモス・ホームの音響制作時にトゥルーピークの規定オーバーで悩まされることは無くなっていく、というのが、この失敗から得た大きな果実でした。これからアトモス・ホーム作品をミックスする人は「トゥルーピーク規定を恐れることはない」。これが皆様にお伝えしたいメッセージです。

 ドキュメントにある納品規定よりも、更に詳しく知りたければ、嵩原さんにフォローしていただけるので、それぞれの制作状況に合った最適解が出てくると思います。

嵩原 実はNetflixに技術的支援をしているチームがある事はあまり知られていません。これを機会に知っていただきたいですね。逆に私達も現場でご活躍している方の声を聞くことで、今後の作品制作時に活かせるとても貴重なフィードバックになります。弊社の規定でわかりにくいことがあったり、アトモス制作の効率的なワークフローを検討したいなど、知りたい事があればご相談ください。

高木 アトモス・ホームを採用した音響制作について、世界的に共有されている問題はあったりするんですか?

嵩原 トゥルーピークまわりの問題は、アジア地域でまだ深く理解されていないかもしれません。あまりオブジェクトを使わない作品や、5.1chや7.1chをアップミックスした作品では、トゥルーピークにまつわる問題はほとんど出てこないと思います。しかし、『攻殻機動隊 SAC_2045』のようにアトモス・ネイティブで制作され、オブジェクトを多用したシーンがある作品になると、トゥルーピークやラウドネスに関する問い合わせを多くいただきます。

高木 「HT-RMU」の仕様が公にされた段階で、概ねトゥルーピークの問題は解決したという考えでよろしいでしょうか?

嵩原 そうだと思います。もう1つ、納品規定にあるラウドネス値を測る際、リレンダラーを通すことになるじゃないですか。それが理由で、すべてのオブジェクトが−2dBFS内に収まっていたとしても、リレンダラーのサミングで−2dBFSを超えてしまう傾向にあります。この問題はリレンダラーの中でコントロールできるようにするか、Dolby Laboratoriesが出している仕様の通り、トゥルーピーク値が-0.1dBFSを超えていない限り、エンコード処理で行われるリミッターでクリッピングを防げると信じるしかないというのが現状です。

 

QCからの修正を元にブラッシュアップする作業日程が必須になる

──もう1つ、手に入れたノウハウについて教えていただけますか?

高木 テレビドラマやテレビアニメの制作と大きく異なる点として、Netflix作品は映画さながらのクオリティ・コントロール(以下、QC)を行っています。このQCは極めて厳格なもので、テレビアニメのエンジニアにとって未知の領域かもしれません。QCが一体どんなものなのか、Netflixのガイドラインを見れば、だいたいわかります。

 このQC の実施で何がわかるのかというと、画に対して音が微妙にズレていても、テレビ放送では特に規定がないので、自然に聞こえればOK となる事が多いと思います。しかしNetflix作品のQCでは音のズレに対して厳格にチェックされます。QCの閾値(大体2フレーム)を越えないような高い精度で、映像とのシンクロを考える。それを意識しながら仕込みの段階で正確に合わせておかないと、QCでイシューとして大量に指摘されます。これもシーズン1の制作で分かった事です。

──インタビューに先立ち、高木様とお話した際、シーズン2ではPre-QCがなくなって、IMF-QCのみになったと聞きました。これは世界的な納品基準の変化だと思うのですが、どんな理由があったのでしょうか。

小山 Pre-QCは、最終納品物に対する実施ではないというフロー上、最終納品後に使用しているアセットQCという社内ツールを使用できません。また、弊社は統計を取るのが好きな会社なのですが、どの場所にどんな種類のQCフラグが発生しているのか、コンテンツ別に分類し、そこでどういった修正判断が行われているのか、常に分析しながら納品体制や事前のファイルチェック等のアドバイスを実施しています。そうしたQCデータの管理を一貫できるフローを、おすすめしていく形を取りました。また、Pre-QCを実施すると、納品先が最終納品場所とは異なる体制を取らなくてはいけないため、それを無くすことは段取りのシンプル化に繋がるという側面も持っています。

 シーズン2では、その方針を事前に共有して納品スケジュールや修正の体制に向けてご協力いただいた事もあり、スムーズに進める事ができました。他作品でも、同じタイプの作品で頻出するエラーの紹介や、シーズン1で頻出したQCエラーを、事前にコミュニケーションする事で傾向を掴んでいただき、納品前のチェックを徹底した上で納品、IMF-QCを行う事で全体的に再納品率が少なくなりました。

──音響制作において、Pre-QCがなくなった恩恵はありましたか。

高木 小山さんが仰った通り、音響制作の打ち合わせの段階でNetflixから要望があったので、仕込みの段階から音と画のシンクロは、特に気をつけて作業精度を高める事ができました。またシーズン1では、Pre-QCのスケジュールを組み込んでおり、QCのフィードバックを受けてさらに精度を上げています。しかし、Pre-QCがなくなったことによって、あとで直せばいいという訳にはいきません。IMF-QCまでの僕らの一挙手一投足が、コストに跳ね返ってくるからです。そのために、事前に制作側へ説明してQCからの修正を元にブラッシュアップする作業日程を取ってもらう事が必須になると考えています。

 QCは、必ず修正しなければならない事項と、品質を担保する確認事項の2点について指摘するというスタンスです。これからNetflixでアトモス作品を制作する方々は、オブジェクトを取り扱う作業の効率アップだけでなく、QCの注意事項を反映することでクオリティを高める、という制作体制を整える事が必要になってきます。

 

吹替えを前提とした音作りをする必要がある

高木 もう1つ注意する点として、Netflix作品は世界190以上の国や地域で一斉配信され、同時に8言語の吹替えが制作されます。つまり、音響制作では吹替えを前提とした音作りをする必要も出てきます。その時、日本語以外の言語でも、クオリティをしっかり担保していく姿勢は、QCを含めて厳格でした。多言語展開が前提という制作体制に備えて、M&Eへの配慮を深く心得ておく方がいいと思います。

小山 Netflix作品は、全世界同時配信されますし、日本のファンはもちろん、海外のファンにも届ける前提で創られています。世界中にいる攻殻機動隊ファンに同じクオリティで吹替音声での視聴体験を提供する、というところに私達は力を入れています。

高木 Netflixからは、吹替えでも私の意図が反映されるよう話し合う場を設けていただけました。ローカライズに関しても丁寧なご対応をしていただきましたので、大変ありがたかったです。

──今、吹き替えは何ヶ国語ぐらい作っているんですか?

小山 字幕は最大30言語、 吹替は最大8言語+音声解説+聴覚障害者および難聴者向けの字幕となります。

高木 ところで小西さん、M&E納品に対して特に配慮した事はどんな点でしょうか?

小西 Netflixへの納品物は、ステレオ/5.1chサラウンド/アトモスの3種を納品するのですが、1サンプルもずれないように、しっかりと同期が取れている状態のものを納品するという事に気を配りました。

高木 1サンプル! これはとても重要なところで、実写映画制作では納品前にオーサリング工程を入れるのが通例ですが、そこで事故が起きる可能性もあります。その作業を行う上で特別に注意を払うことは何でしょうか?

小西 実写映画では、ポスプロが音を仕上げて、編集はラボが仕上げる、というケースが多いんですね。今回、キューテックが編集を担当してくださいましたが、そこで画と音を合わせてIMFにしていただいた状態でNetflixへの納品をしています。

 この『攻殻機動隊 SAC_2045』のワークフローは、DCPを作っているのと同じような事なので、きっちりと画と音が同期した状態で納品すれば、IMF-QCでも問題は起きないという認識で作業しています。

高木 納品物に対して普段以上に厳格な品質管理が必要になってくるのがNetflix仕様の厳しい所ですよね。その仕様にしっかりと合わせこむことをすれば、作品のクオリティアップにも繋がります。ファイナルミックスを終えた後の納品物管理などの仕事を、小西さんの様にポストプロダクションがしっかりと行って下さると、僕ら音を作る方は安心して作品創りに没頭できます。

 冒頭でアトモス・ホーム対応のスタジオが増えていると話しましたが、納品物の管理から納品に至るまでのプロセスの重要性について、ハコを作るという事と同等に人材の確保も重要なことだと思います。アトモス制作などの情報交換を、ポスプロ同士ですることってありますか?

小西 ほとんど無いですね。でも、シーズン1の後に、劇場版『攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争』が公開されましたが、ファイナルミックスのために東映デジタルセンターのダビングステージに行きました。その時、ホーム用の「HT-RMU」と劇場用の「RMU」の構造の違い、どうやってファイルを渡しているのかなど、アトモス制作に関して、東映のエンジニアと情報交換ができた良い機会となりました。

『攻殻機動隊 SAC_2045』に登場する架空の兵器タチコマ

 

Netflixでも配信された劇場版『攻殻機動隊 SAC_2045』

高木 いま劇場版の話が出たので、そこに話を展開していきます。『攻殻機動隊 SAC_2045』の制作依頼をお受けした時、シーズン1の配信後に劇場版も作るという話をうかがっていました。劇場版は空間の広さからダイナミックレンジの取り方が大きく異なってきます。また、音量設定も音圧レベルが79dB/SPLで校正されたMAスタジオと、85dB/SPLで校正されたダビングステージとでは、音のバランスは当然異なってきますよね。そこで、新たに劇場用ミックス作業が生じます。

 角川大映スタジオで創ったアトモス・ホーム用ミックスは、音楽、SE、ダイアログとオプショナルの4ステムに分けていたので、劇場用ミックスで使う時、ダイナミックレンジ調整に対応できないんです。そこで角川大映スタジオのMA室ではダビングステージでの音量の再バランスを想定して、ステムミックスよりも細分化したダイナミックレンジ調整前のプリミックスステムを作りました。

小西 僕はプリステムを並べる作業をしました。5.1chならステムを切り貼りすることはそれほどPCのマシンパワーは必要がないのですが、プリステム1本1本が7.1.2chで作られている事に加えてオブジェクト・トラックもありましたので、ものすごいマシンパワーが必要でした。そこはやってみて、大変だなと思いました。

高木 劇場版は、作曲家の戸田信子さんと陣内一真さんが劇場版に合わせて曲をアレンジしているので、音楽に関しては新規だったんですね。それを7.1.2chにまとめて劇場版が作られています。なので、劇場版で作成したミックスステム(音楽、音響効果、セリフ、オプショナルトラック)を元に、改めてNetflixの音量規制に合致するよう、そして、映画館さながらの雰囲気を家庭でも成立するように再バランスしました。

 その点につきまして牧野プロデューサーや神山健治監督、荒牧伸志監督には、音響制作において常にベストな選択をしていただけました。かつ、そういう取り組みを受け入れる体制がNetflix側にあった。皆様のご理解がなければ、この作品はできませんでした。

──先程、小西様は、劇場版を制作する際、東映デジタルセンターのエンジニアと情報交換ができたとおっしゃっていました。具体的にどういった事を話されたのですか?

小西 ホーム→シアター→ホームと制作したので、フレームレートが23.976から24に、それをまた23.976に戻すという作業が必要です。その作業を、どの段階で入れるとスムーズにいくのか綿密に相談しました。また、シアター用の「RMU」からデータを受け取る際に、どのような選択肢があるのか丁寧に教えていただきました。

新調した角川大映スタジオのMAルーム。シーズン1作業時から、フロントスピーカーが5chに増え、9.1.4のシステムとなった

MAルームの後方を見る。Lsr/Rsrのスピーカーは壁を開口して、よりダイレクトに音が届くように設置された

 

多様化する聴取環境

──サウンドバーやヘッドフォンなどの普及で、アトモスを視聴できる環境が身近になっています。

高木 そうですね。スマホとヘッドフォンでアトモスなどの立体音響を楽しむ層が増えている。これにはすごく重要な点がありまして、音の密度を高めている事がヘッドフォンで聴いている方がよくわかるんです。いわゆるカリカチュアライズ(単純化したり誇張すること)な音でもアニメーションの音響表現を徹底的に行い、それに響きや現実的音響を重層的に付加して音場的な広がりを付けています。ノイズキャンセル機能を通して聴くと、ステレオ・ダウンミックスでサラウンド表現されている音響の位相差まで、忠実にミックスされている事が如実に感じられると思います。

 ヘッドフォンやイヤフォンによるバイノーラル・レンダリングを含む高次立体音響体験は、今までとは技術的に意味合いが違っているという点は強調しておきたいですね。ヘッドフォンでも良く聴こえるならば、僕らとしては嬉しいですね。いまはヘッドフォンの方が視聴者の立場に近いかなと思っていますが、ヘッドフォンで立体音響を楽しむ事が一般的になると考えると、立体音響での音響制作の意義はとても深いと思います。

 ところでヘッドフォン視聴ということでいうと、嵩原さんがシーズン2 のとあるシーンをヘッドフォンで聴いて、おっしゃった言葉がとても嬉しかった記憶があります。

嵩原 弊社にはテクニカル・レビュールームという部屋がありまして、ホーム仕様の最大スピーカー数である9.1.6chシステムがあるんですね。そこでスピーカーとAppleの「Airpods Pro」で聴き比べたんです。

 とても静かな場面で足音や声優さんの息遣いまで聴こえてきたんですね。それがとてもリアルだったので尋ねたら、ステレオ・ダウンミックスだと聞いてびっくりしました。音のクオリティが高くないと、そこまでの感動に至らないと思うんです。

高木 ネイティブでアトモス作品を創ったからこそ、空間的な情報もステレオ・ダウンミックスに畳み込まれたからだと考えています。バイノーラル化していないステレオ・ダウンミックスであっても高い音場感を形にすることができる。その点は、アトモスを採用した成果の一つであると思います。

嵩原 高木さん、あのシーンはオブジェクトを使っていたんですか?

高木 ベッズだけです。ただし、セリフは近接的な音になるようエフェクトをちょっと掛けています。あとは画ですよね。映像に引っ張られた所があるのと役者の演技もとてもよかった。そうした、いろんな好条件が重なった結果だったと思います。

──牧野さんもヘッドフォンで聴きましたか?

牧野 いいえ。でも、皆さんのお話を聴いていると最新のヘッドフォンで聞いてみたくなりますね。

 これは余談かもしれませんが、予告編を制作するスタッフと話をしていると、一番良い環境で聴いてすばらしい、という事も大事ではあるんですが、スマホで観ても同じ感動が得られるか、という事の方がもっと大事だという話になります。

 今日のお話を聞かせていただいて、『攻殻機動隊 SAC_2045』が持っているサウンドのクオリティは、スマホでの視聴環境を考えるとオーバースペックです。スマホでは表現しきれていないけれど「なんかすごそうだ」というポテンシャルは十分に伝わると思います。スマホでも楽しいけれど、最高の環境で聴いたらもっと凄い。そのように作ってあると思いました。シリーズを通してサウンドクオリティはとても高いので、シーズン1の後に劇場版を創ったとき、音に関して悩み事はあまりなかったように思います。

高木 そのお話、とても嬉しいです。引き続き仲間たちと工夫してゆきます!

牧野 それは楽しみです。

高木 牧野さんをはじめ皆さんのご協力のもと、とても良い制作環境で『攻殻機動隊 SAC_2045』のシーズン2を制作できました。ありがとうございました。

監修:高木 創