TBSラジオはこのほど、7つあるスタジオの常設マイクロフォンを全数更新した。新しく導入されたのは、リボン型やコンデンサー型の大口径カプセルのマイクロフォンではなく、小口径カプセルのNeumann KM 184 Aコンデンサー・マイクロフォンだ。
なぜ、大口径カプセルのリボンやコンデンサーマイクではないのだろうか。そこには、TBSラジオのリファレンス・マイクロフォンの変遷における「TBSラジオの音」があった。そこで、TBSラジオ UXデザイン局メディアテクノロジー部の富田大滋氏に詳しく伺った。

TBSラジオは7つのスタジオ

プロサウンド(以下:PS) 最初に、スタジオの特徴(コンセプト)から伺えますか。

富田 生放送用が3部屋(第6~8スタジオ)と、録音用が4部屋(第2~5スタジオ)あります(第5スタジオはCM制作で優先利用)。

 生放送スタジオは、録音スタジオと比べて、中継LINEの入力数や出力できるバスの数が豊富です。QボタンによるCM送出機能、交通情報など社外スタジオからの中継機能などもあります。また、番組の進行確認やCM送出のためにAPSと制御/監視が接続されています。主に生放送はテクニカルディレクター(ミキサー)が操作することが想定されていますが、簡単なナレーションや収録番組などは、制作スタッフのみでも操作ができるような工夫も盛り込まれています。

 録音スタジオは、収録に必要な最低限の入出力数で、生放送に関わる機能を割愛しています。APSとの制御/監視も接続されていません。主に収録を行う制作スタッフが作業しやすい設計になっています。

お話を伺った富田大滋氏(TBSラジオ UXデザイン局メディアテクノロジー部)
2008年入社。入社以来、Neumann KM 140が設置されていたスタジオで生放送や番組収録を担当。2011年TBSテレビにて送信・回線を担当。2012年から基幹装置やその他の放送設備更新を担当されている

TBSラジオの代表的な生放送スタジオ(第6スタジオ)。吊り下げられているコンパクトなマイクロフォンが今回導入されたNeumann KM 184 A

第6スタジオ・サブコントロールルーム。コンソールはTAMURA NT660

 

TBSラジオの音

PS ラジオスタジオでのマイクは、どのようなものが向いていると思われますか。

富田 その局の運用スタイルや編成方針に依存するのだと思います。TBSラジオの特徴は、トーク番組が中心、出演者が多い、という点なので、出演者が横を向いたり、斜めを向いたり、首を振る回数が少なくありません。つまり、狭い指向性のマイクだとすぐオフマイクになってしまいます。KM 184 Aのように出演者の息遣いまで拾える単一指向性のマイクは、TBSラジオ向きだと感じています。一方、隣の出演者の声を極力収音しないように、天井からの吊り構造で、口元までマイキングできるように代々工夫されてきたようです。

PS これまで使用されていたNeumann KM 140は、1994年に導入されたそうですが、当時の選択、比較はどのようにされましたか。

富田 当時の担当者によると、1994年に現TBS放送センターに局舎移転をし、そのとき「新しいTBSラジオの音を作る」という気概の元、マイクの全面更新に至ったそうです。当時、スタジオ、つまり箱の設計がそれまで残響音の少ないデッドな音が主流でしたが、新局舎からは一転、密閉感も少なく、心地よく残響が生じるライブな音作りに転換したそうです。ラジオスタジオも上記のようなライブな設計となり、その環境で、4機種程度マイクの候補を選定しました。

PS その際、その選定されたポイントは、どのような点でしょうか。

富田 リスナーが聴取する受信環境で、残響も含め、一番心地よく聴こえるかどうかで判断したそうです。選定していた当初は、AM放送しか送出先はありませんでした。そこで、男女アナウンサーの原稿読み音声を、放送休止中に電波で送信をし、収録したそうです。実際送信所から送信することで、送信所設置のOrban社製オーディオプロセッサーを通ることから音色が変わり、AMラジオ特有の帯域に狭められることで放送されます。つまり、実際放送することで、リスナーの実環境での聴取比較検証を行ったということです。

PS TBSラジオの歴代のリファレンス・マイクロフォンを教えていただけますか。

富田 過去の写真資料から年代を推測すると、恐らく局舎を赤坂に移した1961年から1981年頃がRCA 44BXです。続いて、1981年頃~現局舎に移転した1994年までがFostex M88RP。その間に、RCA 77DX。これは正確な記録がありませんが、「44BX」と「M88RP」の時期と重複していると思われます。そして、1994年~2021年12月までがNeumann KM 140で、2021年12月から今回のNeumann KM 184 Aになります。

TBSラジオの歴代リファレンス・マイクロフォン
左から、RCA 44BX(1961年~1981年頃)、RCA 77DX(44BXとM88RPの時期と重複)、Fostex M88RP(1981年頃~1994年まで)、Neumann KM 140(1994年~2021年12月まで)

 

Neumann KM 184 Aの導入

PS 今回、導入されたKM 184 Aの導入数は32式になりますか。

富田 そのとおりですが、程度のいい従来のKM 140を、出演者が増えたときの増設マイクや中継用として保管しています。

PS KM 184 Aは、いつから運用されましたか。

富田 録音スタジオは、2021年11月27日に工事をし、11月28日から運用開始。生スタジオは、2021年12月5日で工事をし、12月6日で運用を開始。録音し始めた素材が放送に出され始めた時期と、生放送で使用され始めた時期は、概ね同じ時期となるように調整を図りました。

PS 今回のNeumann KM 184 A導入のポイントはどのような点にありますか。

富田 今回の更新では、他メーカーの機種との比較試聴はしておりません。なぜなら、今まで継承されてきたものでスタジオ、ミキシングコンソール、各メディアのオーディオプロセッサー、他様々な設計をしており、またこれで成功、発展を続けられてきたからです。そしてこの過程で、リスナーにも「TBSラジオの音」として定着していると想像しています。

 継承されてきたものとは、いろいろなものが挙げられます。圧迫感から解放できるよう心地よい残響が生じるよう設計しているスタジオ。その音を一番自然に表現できたKM 140などのマイク。繊細な音を拾う分、天井からの吊り構造で口元までマイキングできる設置構造。口元までマイキングすることで多少生じやすくなってしまう“吹き”防止のための付属品のウレタン・ポップガードではなく、丸い形状の別製作のポップガード設置。これによるスタジオ宣材写真などの“画としての”TBSラジオブランディング活用。そして、今ではワイドFM、radiko、ラジオクラウド、AudioMovie、YouTubeなど送出先も様々です。これらすべてを上記のような設計と思想とそれら同士の結びつきの元、紡ぎだしています。

 開局70周年という節目に、こういった“TBSラジオを形作る土台の変化”を選択せず、“継承”を選択しました。そして積み上げてきたこれら土台を元に、コンテンツ作りなどに注力できるようにしました。

スタジオにセッティングされたNeumann KM 184 Aのカプセル部と特注のポップガード

Neumann KM 184 Aの出力ステージは天井に設置

PS KM 184 Aは、どのように使われていますか。

富田 今のところは生スタジオと録音スタジオのみです。増設用、中継用として余裕がありますので、用途に合わせて使用されていくと思います。

 天井からの吊り構造のため、KM 184 Aというモジュール構造のものを選定しました。マイクカプセルと出力ステージの間に、エクステンションを挟み込むことで延長し、そのエクステンションをダブルスイベルアダプターで設置することで、TBSラジオの設置方法やマイキングを実現しています。

PS スタジオでは、他のマイクを使われることはありますか。

富田 トーク番組などの出演者増員の場合は、Neumann製のKM 184 Aなどしか使用しません。しかし、生演奏の場合などは、用途に合わせて様々なマイクを選定します。

PS KM 184 Aは、特性図をみると、高域がわずかに膨らんでいるようですが、この特性が使用時に有効に作用していると感じることはありますか。

富田 テクニカルディレクターとしてスタジオに入り、運用していたときはあまり気づきませんでした。しかし、思い返すと、スタジオでのEQなどはほぼ操作しなくて済んでいました。また、ダイナミックマイクなど、他のタイプのマイクを増設するときは、高域が足りないと感じる印象が強かったです。

PS なぜラージダイヤフラムでなくスモールダイヤフラムのKM 184 A(KM 140)を採用されたのでしょうか。

富田 スモールダイアフラムは、ラージダイアフラムに比べて硬く振動しにくいです。TBSラジオのようなトーク番組が多い場合、急な笑い声や叫び声など、音圧レベルの大きな場合でもクリップや歪が発生しにくいという利点があります。加えて天井からの吊り構造で、モジュール構造などの分離タイプでないと、TBSラジオの構造が構築できないからです。

PS マイクカプセルのエクステンションを使っていて、スマートフォンなどの影響はありませんか。また、スマホなどの対策は、どのようにされていますか。

富田 エクステンションを使ったことによる影響は全くありません。スマホの対策もしていませんが、電波という意味ではノイズが乗ったことはありません。強いて言えば、着信音などは乗ったりしたことはあります。TwitterなどSNSの反応を見ながら進行することもあり、無暗やたらに規制はしておりません。

天井吊り下げのコンパクトなマイクロフォンで、手元が広い空間デザインのスタジオ(第4スタジオ)。KM 184 Aの出力ステージは天井に設置している

第4スタジオ・サブコントロールルーム(録音用)。コンソールはSTUDER OnAir3000

 

KM 184 Aの感想

PS KM 184 Aをしばらく使われての感想はいかがですか。

富田 マイク、ポップガード、エクステンション、スイベルアダプターなど設備的には大部分を更新しましたが、音的にも設備的にも自然に溶け込んだ実感です。設備的には、KM 140と比較するとカプセル部分が小さくなり、エクステンションの角度調整部分がフレキタイプではなくなりました。構造という意味では正面の見通しが多少よくなり、マイキングのときの調整がしやすくなりました。

PS KM 184 Aの他のミキサーの方の感想はいかがですか。

富田 大概の設備更新では、現場からのマイナス意見は少なからず生じますが、今回のマイク更新では全くありません。また、KM 140の後継とはいえ、すべて新品に更新しましたので、音声の張りや高域の抜けが良くなったように感じるとのことです。

PS KM 184 Aへの更新で、パーソナリティーの方やアナウンサーの方の反響はありますか。

富田 今回の更新は、「継承」を前提としていますので、大きな変化を期待していませんが、音声がハッキリするようになったなど良い評判を聞いています。

PS Neumann社に、何かお聞きしたいことはありますか。

富田 KM 140からKM 184 Aへの改善ポイントなどが伺えればと思います。

Neumann KM 140からKM 184 Aへの改善ポイントにつきまして、KM 184 Aシリーズでは新開発の電子部品やパッシブカプセルを採用しております。実績のある音響設計を踏襲しつつ、セルフノイズの軽減やS/N比改善などスペックの向上が挙げられます。KM 184 AはKM 140と比較すると、等価雑音レベル(CCIR・A-weighted)を3dB、S/N比(CCIR)を1dB、S/N比(A-weighted)を3dB、向上しております。

 また、カプセル部の小型化も実現しております(ともに22mmΦ)。

第5スタジオ・サブコントロールルーム(CM収録用)。コンソールはSTUDER OnAir3000

 

今後の展望

PS 最後に、KM 184 Aに更新されて、スタジオの改修やFM対応も含めての今後の展望をいただけますか。

富田 逆説的ではありますが、スタジオの改修やFM対応がないようKM 184 Aに更新しました。マイクとは別問題ですが、FMが始まったころはBGMレベル問題などは生じました。つまり、今まではAM用にBGMは薄めにしている傾向がありました。FMだとそれでは物足りなかったため、AMとFMを両立できるレベルを模索しました。また、TBSラジオは独自にラウドネス管理もしており、そういう意味では、マイク音声をなるべくコンプなどで音圧を上げるように心がけました(CMレベルがラウドネスレベル自動調整しているため、CMに負けないような音圧という意味です)。

 Neumannシリーズによって築かれてきたスタジオ音声から、さまざまなコンテンツを世に創出していきますので、今後もご期待ください。

PS お忙しいところ、ありがとうございました。

あとがき

 今回の取材を通して、TBSラジオのリファレンス・マイクロフォンは、伝説的なRCA 44BXなどのリボンマイクを経てから、Neumann KM 184 Aに辿り着いているのが実に興味深かった。心地よい残響が生じるよう設計にしているスタジオで、その音を一番自然に表現できる高音質なマイクロフォン。そして、パーソナリティーが多少横を向いても音を逃さない指向性。さらに、吊り下げることやコンパクトなことで広いデスクスペースも確保している。ワイドFMやradikoなどで聴いてみると、Neumann KM 184 Aの導入が十分に確認できた。実際に、TBSラジオの音を確認していただきたいものだ。

撮影:中山健

 

Neumannお問い合わせ先
https://ja-jp.neumann.com/

 

こちらの記事はPROSOUND 2022年4月号 Vol.228に掲載しています。